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作者: こなひじきβ
第6話 入学式、出会い
 兄さんの挨拶が終わって皆が歓談を再開する中、僕は人が多すぎてまだイベントの序盤だというのに疲弊してしまい、広間から避難していた。おぼつかない足取りでたどり着いたのは、月夜に照らされた緑豊かな庭だった。それらを一望出来る位置に長椅子を見つけたので、腰かけて休んでいる。長椅子の周辺は照明が当たり切っていないせいかやや薄暗いが、それがまた休むのに丁度良い。

(こんなに静かで落ち着く場所あったんだ……ゲーム内じゃ出てこなかったような気がする)

 意外な発見に喜びを感じたのも束の間で、先程広間から出るまでの事を思い出す。ハルトというキャラクターの設定で知ってはいたのだが、身をもって感じたことがあった。

 ハルトは、普通に話せる相手がいない。

 僕が広間を歩くとき、僕の事を知っている生徒達は露骨に距離を空ける。知らない新入生もいたが、親切な先輩達に手を引かれて離れていく。終いにはこんな会話が聞こえてくる始末だった。
 
「おい見ろよ。流石王家、あんなに立派な服で……見た目だけは様になってるよな」
「でも中身が伴ってないのよねー……」
「同じクラスにならなくて良かったよ、去年は散々だったからな……」
 
 ここまで誰とも話さずに一人で来たこともその証明となっているだろう。僕が気分を悪くしていた所で心配されるどころか煙たがれる始末だった。これまで散々周囲からの気遣いを突っぱねてしまっていたのだから、仕方のないことである。

「本音で向き合える相手がいない、って所は一緒なのかも……なんてね」

 一人になると、つい前世の出来事と今を重ねてしまう。周囲と辺り触りない関係しか作れなかった僕とは対称的だけど、感じる寂しさはどこか似ている。例えハルトに親しい友人がいたとしても別の世界から精神だけ来ました、なんて話はできないだろう。
 
 背もたれの上に頭を乗せて空を見上げる。この世界に来てまだ1日も経っていないというのに疲労でもう動きたく無くなってしまった。こんな調子でこれからやっていけるのだろうか、と不安が過る。

 そんな事を考えていると、ヒールの足音が聞こえてくる。足早に近づいてくると思ったら、近くで立ち止まった。

「あの、すみません」
「はえ?」

 誰かに話しかけられると思っていなかったので、思わず変な声が出てしまった。僕の素っ頓狂な返事に驚いてか、話しかけてきた黒髪の女性は口に手を当てて軽く頭を下げた。

「あ、突然話しかけてしまい申し訳ありません!会場に戻りたいのですが、迷ってしまって」
「ああ、ここ広いですからね。良ければ案内しますよ」

 席から立ち上がる。微妙な暗さのせいか、彼女の顔はよく見えない。少なくとも僕の知り合いでは無さそうだが、困っている以上何もしないわけにはいかない。

「案内してくださるのですか?」
「これぐらいなら全然いいですよ。こちらです」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願い致します」

 前世では何故か道を聞かれることが多かったので、案内をすることは慣れていた。経験が活きてよかった、と密かに安堵しつつ広間のある方向に身体を向ける。

(凄く礼儀正しい人だなぁ……確かリリアもこんな性格だったっけか)
 
 ゲームの展開を思い出しながら彼女が着いてこれる様にゆっくりと歩き出す。屋内に入ると証明の眩しさに思わず目を細めてしまう。

「ところで、貴方は何故あの場所に?」
「あぁ、ちょっと人の多さに酔っちゃって……」
「そうだったのですね!私も少し休みたくて離れていたんです!」

 胸の前で手を合わせて僕の話に乗ってくれた。会場の荘厳な雰囲気が苦手だという点に共感してくれたのかもしれない。

「あはは、そうだったんですね。僕だけじゃなくて安心しました」
「ええ、同じ気持ちの方とお話が出来て私も気分が楽になりました」
「それはよかったです」

 この世界に来てから、初めて普通に人と話しが出来た。ハルトの悪評からまともに取り合ってくれる相手は一人もいない。そして王家や学園の荘厳な雰囲気に飲まれることもない。まだ会ったばかりで名前も知らない相手に、かなり砕けて話していることに気がついた。
 
(この人は、ハルトの事を知らないのかな?)
 
 ハルトと普通に接する事が出来る人なんて、少なくとも学園内にはいないと思っていた。まだハルトの事を知らない新入生なのか、或いは今年からの編入生ぐらいだろう。

(今は明るく話してくれているけど、僕の事を知ったらきっと離れていく……よね)

 そう思うと、ここまでで浮ついた気分が打って変わって沈んでいくのを感じた。僕の様子が変わったことに気づいたのか、彼女は軽く首をかしげる。しかし彼女が何か言う前に、僕の道案内は終わりを迎える事となった。
 
「そこを曲がれば、広間に着きますよ」
「ありがとうございます! 編入したばかりで慣れなくて……」
「それでは、僕はこれで」
「え、あの……」

 僕は彼女の顔を見ることもせずに、背を向けて広間と反対の方に歩く。この世界に来てから、初めて楽しかったと思えたわずかな時間を大事に噛みしめながら僕は再び明かりの届かないエリアへと向かうのだった。
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