第7話 クラスの真面目男
(昨日会った人、綺麗だったなぁ……名前も聞かなかったから、誰かわからないままだけど)
この世界に来てから、誰かとまともに話したのは初めてだった。それも何故か変に身構えなかったというか、心を許していたような感覚があった。もう会うことも無いのかもしれないけれど、穏やかな時間を過ごせたことに感謝の気持ちを抱いた。
それから翌日の朝になり、僕は既にクラスと席が割り振られた教室と席に座って、授業を聞き流しつつ何をするわけでもなく窓の外に顔を向けて呆けていた。
(やっぱり人も景色も綺麗すぎて疲れちゃうよ……何かする気力がどんどん無くなっていく……)
仮に僕がこの状況を楽しめる人間だったら、好き放題な事をして生きていけるのかもしれない。例えばヒロインを自分のものにしちゃったり、いっそ自分勝手に振る舞ってもっと嫌われるような事を……と想像したところで止めた。
(うん。キャラクター達が眩しすぎて、僕からは何も出来る気がしないや)
中等部であるハルトは高等部のリリアとは基本的に遭遇しない。同じ学園内だが敷地が無駄に広く、施設が離れているためにすれ違うこともままならない。そんな中ゲームでのハルトは嫌がらせをするためにわざわざ高等部へと出向いて監視していたという。窓から見えた高等部までの距離を確認して、改めてため息が出てしまう。
(動機はアレだけど、行動力は凄かったんだな)
当然嫌がらせをするつもりは毛頭無いし、そうなると最早出向く用事も浮かばない。つまり僕とリリアの間には何も起こらないということだ。時間を持て余した僕は高等部の建物が辛うじて見えるだけの中等部の教室で窓の外をただ眺めるしか無くなっていた。
ふと教室の中に意識を戻すと、僕を見ている同じクラスの生徒達はいつにないどよめきを見せていた。皆僕の方に怪訝な目線を送っては恐れているかのような険しい表情になっている。
「なんだか今日はハルトの奴が静かだったぞ……?」
「二年までは授業もまともに受けてなかったのに、急にあんなに大人しくなるなんて」
「二重人格? ドッペルゲンガー? ま、まさか本人なんてことは……?」
散々な言われようである。これまでの行いのせいで、ただ黙って席についているだけでクラス全員から注目の的になってしまっていた。……怪異現象とまで疑う人がいるとは思っていなかったけれど。
前世の記憶が戻ってからまだ数時間、家と学園を過ごしただけでわかったことがある。ハルトが何をしていようとも、周囲の兄との比較が常に付きまとっているのだ。身だしなみや所作等、自身の行動全てに完璧さを求められているようで落ち着かない。
「今さらシリウス様に追い付こうとしてるのかしら?……もう無駄だと思うけど」
ボソッと聞こえてきた一言が耳に突き刺さる。事実だとは思うが聞こえないように言って欲しい。ハルトのキャラ紹介テキストからは、こんな環境であることは読み取れない。実際にハルトになってみなければ、こんな気持ちだったのかと知ることも無かっただろう。
(多感な時期にこれじゃ性格も歪んじゃうよね……)
精神年齢が大人に指し変わった今の僕にとっては全然割りきれるが、齢十四のハルトにはさぞキツかったことだろう。誰だって自分の努力を認めてほしいものであり、誰かと比べて劣るなんて言われたら悔しいに決まっている。
「ハルト君……君は一体どうしてしまったんだ?」
「え?何が?」
皆が遠巻きに見ていた中で僕に話しかけてきたのは、ハルトの暴走を止めんとよく口を出してきていたドがつくほど真面目なクラスメイトのケントだった。世界観に似合わぬ真四角の黒縁眼鏡を光らせ、冷や汗をかきながら僕に詰め寄ってくる。
「君が授業を最後まで大人しく聞いてるなんて、今まで無かったではないか!」
「あー……今はそういう気分なんだ」
「気分だと? ウムム……信用できん……」
「信じなくていいから、とりあえず耳元で大声を出さないでもらえると……」
真面目なのだけれど、どこか失礼な態度でまだ納得いっていないぞと話を続ける。ちなみに僕の耳からは離れてくれなかった。
「今度は一体何が狙いなんだ? ……ハッ! まさか優等生である私の座を……!?」
「うん、それはないから安心して」
「ふん! そうやって私を油断させようという作戦なのだろう! 私にはお見通しだぞ!」
「もうそれでいいよ……」
全然こちらの話を聞いてくれそうに無いので適当に流すようにした。真面目すぎる人というのは視野が狭くなりがちなのだろうか。このまま流しておこうと思っていたのだが、僕の元にもう一人ニヤつきながら近づいてくる奴がいた。
この世界に来てから、誰かとまともに話したのは初めてだった。それも何故か変に身構えなかったというか、心を許していたような感覚があった。もう会うことも無いのかもしれないけれど、穏やかな時間を過ごせたことに感謝の気持ちを抱いた。
それから翌日の朝になり、僕は既にクラスと席が割り振られた教室と席に座って、授業を聞き流しつつ何をするわけでもなく窓の外に顔を向けて呆けていた。
(やっぱり人も景色も綺麗すぎて疲れちゃうよ……何かする気力がどんどん無くなっていく……)
仮に僕がこの状況を楽しめる人間だったら、好き放題な事をして生きていけるのかもしれない。例えばヒロインを自分のものにしちゃったり、いっそ自分勝手に振る舞ってもっと嫌われるような事を……と想像したところで止めた。
(うん。キャラクター達が眩しすぎて、僕からは何も出来る気がしないや)
中等部であるハルトは高等部のリリアとは基本的に遭遇しない。同じ学園内だが敷地が無駄に広く、施設が離れているためにすれ違うこともままならない。そんな中ゲームでのハルトは嫌がらせをするためにわざわざ高等部へと出向いて監視していたという。窓から見えた高等部までの距離を確認して、改めてため息が出てしまう。
(動機はアレだけど、行動力は凄かったんだな)
当然嫌がらせをするつもりは毛頭無いし、そうなると最早出向く用事も浮かばない。つまり僕とリリアの間には何も起こらないということだ。時間を持て余した僕は高等部の建物が辛うじて見えるだけの中等部の教室で窓の外をただ眺めるしか無くなっていた。
ふと教室の中に意識を戻すと、僕を見ている同じクラスの生徒達はいつにないどよめきを見せていた。皆僕の方に怪訝な目線を送っては恐れているかのような険しい表情になっている。
「なんだか今日はハルトの奴が静かだったぞ……?」
「二年までは授業もまともに受けてなかったのに、急にあんなに大人しくなるなんて」
「二重人格? ドッペルゲンガー? ま、まさか本人なんてことは……?」
散々な言われようである。これまでの行いのせいで、ただ黙って席についているだけでクラス全員から注目の的になってしまっていた。……怪異現象とまで疑う人がいるとは思っていなかったけれど。
前世の記憶が戻ってからまだ数時間、家と学園を過ごしただけでわかったことがある。ハルトが何をしていようとも、周囲の兄との比較が常に付きまとっているのだ。身だしなみや所作等、自身の行動全てに完璧さを求められているようで落ち着かない。
「今さらシリウス様に追い付こうとしてるのかしら?……もう無駄だと思うけど」
ボソッと聞こえてきた一言が耳に突き刺さる。事実だとは思うが聞こえないように言って欲しい。ハルトのキャラ紹介テキストからは、こんな環境であることは読み取れない。実際にハルトになってみなければ、こんな気持ちだったのかと知ることも無かっただろう。
(多感な時期にこれじゃ性格も歪んじゃうよね……)
精神年齢が大人に指し変わった今の僕にとっては全然割りきれるが、齢十四のハルトにはさぞキツかったことだろう。誰だって自分の努力を認めてほしいものであり、誰かと比べて劣るなんて言われたら悔しいに決まっている。
「ハルト君……君は一体どうしてしまったんだ?」
「え?何が?」
皆が遠巻きに見ていた中で僕に話しかけてきたのは、ハルトの暴走を止めんとよく口を出してきていたドがつくほど真面目なクラスメイトのケントだった。世界観に似合わぬ真四角の黒縁眼鏡を光らせ、冷や汗をかきながら僕に詰め寄ってくる。
「君が授業を最後まで大人しく聞いてるなんて、今まで無かったではないか!」
「あー……今はそういう気分なんだ」
「気分だと? ウムム……信用できん……」
「信じなくていいから、とりあえず耳元で大声を出さないでもらえると……」
真面目なのだけれど、どこか失礼な態度でまだ納得いっていないぞと話を続ける。ちなみに僕の耳からは離れてくれなかった。
「今度は一体何が狙いなんだ? ……ハッ! まさか優等生である私の座を……!?」
「うん、それはないから安心して」
「ふん! そうやって私を油断させようという作戦なのだろう! 私にはお見通しだぞ!」
「もうそれでいいよ……」
全然こちらの話を聞いてくれそうに無いので適当に流すようにした。真面目すぎる人というのは視野が狭くなりがちなのだろうか。このまま流しておこうと思っていたのだが、僕の元にもう一人ニヤつきながら近づいてくる奴がいた。