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作者: こなひじきβ
第4話 シリウスとの会話
 前世では何も傑出したものが無く、誰にも評価されないのが当たり前だった。自分を見てくれない周囲を認めさせてやりたい……なんて野心も無い。ハルトとしての記憶もちゃんと存在しているのだが、妬ましさなどはどこへやらと消えていた。むしろ今は、ゲームの画面を見る感覚で兄の食事風景をボーッと見ていた。
 
(食事の所作も完璧……さすがメインヒーローだなぁ、追い越してやろうなんてもう思えないや)

 今は目の前に実在する兄に対して、リアルな映像を干渉しているという感覚だ。未だに僕がこの世界に生きているということを受け止めきれていないのかもしれない。そんな事を考えていると、僕の視線に気づいた兄が食事の手を止めて問いかけてきた。
 
「……今日は、何もしてこないのか?」
「え?」

 何の事だろう?と記憶を掘り返す前にシリウスは続ける。
 
「いつもなら、嫌みや文句を言ってくるところだと思うのだが」
「い、嫌みって……食事中なのに?」
「……それは私がお前に言いたかった事なのだが」

 僕の知らなかった情報に驚きつつ、記憶を探ると確かに覚えがあった。学園での兄への妬みによる妨害は承知していたが、記憶を辿ると確かに嫌なことを色々と言っていた。ハルトは入学前からもずっと兄のことを本気で目の敵にしていたのだった。

「いや、全然そんなつもりは無かったよ」
「ならば、何故私のことをそんなに凝視していたんだ?」
「それは……やっぱ格好いいなー……って」
「……格好いい、だと?」

 怪訝そうな目を向けられて思わず体がすくんでいる。只でさえ素行の悪かったハルトは、変な事を言って疑われてしまえば最悪この場で勘当もありうる。エンディングでハルトに勘当を言い渡したのは他の誰でもないシリウスなのだから。

「あっ、えっと……やっぱり兄さんは、どこをとっても絵になるなー……なんて」
「兄さん、だと?……なんだ、嫌みの趣向を変えたのか?」
「いやいや!そういうんじゃなくて……」
 
 記憶が戻る前は『クソ兄貴!』などと呼んでいたが、目の前にいる完璧超人を相手にこれまでの乱暴な言い方はとてもできない。かといってこれ以上おだてようとしても更に怪しまれるだけかもしれない。何と言い訳すればいいのかと迷っていると、シリウスは軽くため息をついて立ち上がった。
 
「まあいい、今日は入学式で生徒代表の挨拶があるから、邪魔しないでくれよ」
「え、入学式?」
「……今日はお前も中等部の三年として学園に行くだろう。まさか忘れていたのか?」
「も、もう本編が始まっちゃうなんて……」
「本編? 今日のお前はずっと何を言っているのか理解できんぞ……」

 唐突な重大情報も相まって僕の口からポロポロとゲーム的な用語が出てしまっていた。今の話を聞いた限り、今日ヒーロー選択イベントが行われる事になる。ヒロインが誰を選ぶのか、……そもそもヒロインは登場するのだろうか。

「そうだ兄さん、高等部から編入してくる人とかっていないの?」
「何故そんな事を……?ああ、確か女生徒で一人居るそうだな」
「そっか!」

 兄はすでに僕の言っている事を理解するのを諦めて聞き流し始めていた。プリ庭ではヒロインであるリリアが誰と親交を深めるのか、入学前の出会いで決めることになっている。他のヒーローが選ばれていたら僕の出番は皆無だったのだが、シリウスが選ばれたのならばハルトにも役割が与えられる。

 ならば、僕のやるべきことは決まったも同然だ。リリアとシリウスの恋路をサポートすればいい。
 
「さて、私はもう出るぞ」
「うん、兄さん頑張って。もしその編入生に会ったら優しくしてあげてね」
「あ、あぁ……」

 心底理解できない、という顔のまま兄は食事を終えて出ていった。かなり差し出がましい事を言ってしまった気がするが、後悔はしていない。

 そして何より、この物語はハッピーエンドにしないといけない。何故ならバッドエンドは全て国の滅亡に直結してしまうからである。『王子が学園で婚約者を見つけなかったら即滅亡とかどんな国だよ!』と前世でツッコんだのを覚えている。
 
(って僕もそろそろ出る時間だった!早く食べて出なきゃ!……いや美味し何これ!?)
 
 王家の豪華な料理の出来映えに、僕の脳と舌が混乱してしまった。これをハルトは何のありがたみも感じずに食べていたのかと思うと居たたまれなくなる。感情がぐちゃぐちゃになったまま強引に食事を早く進めて、急いで出る支度をした。

 高級感の漂う屋敷の居心地、庶民舌には味わいが深すぎる料理の味、実際に会話が出来た登場人物。極めつけにはハルトの思い出せば出すほど胸の奥が焼かれるような記憶たち。

(こんな豪華な料理を毎日食べていたなんて……これまでろくに味わっていなかったのが勿体無さすぎるよ……)

 自分が本当に転生してしまったのだということを改めて実感した。その一方で、ハルトがこれまでの食事に感謝せず食べていたことがなんてもったいない……と思ったのだった。
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