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作者: 嵩都 靖一朗
残酷な描写あり R-15
霧ノ病~Ⅱ
 
 
 
冷え込みが和らいで、草葉に降りたしもが溶け出しはじめる明け頃に。
薄靄うすもやの漂う林に差し込む陽の光と、その合間を、きらきらと落ちるしずく

ある時、そのうちの一粒が、麻色の髪に触れて弾け。
駆け足で行く少女の後ろ姿が、もやの向こうに消えていく。

鳥のさえずりさえない、森閑しんかんとした朝だった。

まぶたに陽の温もりを感じて目覚める。
銀のまつげが光を返し、一層、まぶしい。
目を細め、ゆっくりとまばたあいだ
彼は、ベッドに手をついて身体からだを起こした。

そして、汗を吸ったせいか... いつもより重く感じる厚手のローブを、そっと脱ぐ。

たっぷりとしたそでの白シャツに、薄墨のベスト姿。
あらかじ前留まえどめを全て外していたとは言え、そのまま寝るには窮屈きゅうくつすぎた。
適当にまとめて枕元に置いたローブの上にまた一枚、脱いだベストを投げかけ、ゆっくりと一息。

シャツの左袖をめくり上げ、手首かひじ、肘から肩口までを隈無くまなさすり。
具合を確かめ歩きながら暖炉を見れば、燃え尽きかけの火。

そばに置かれたケトルの湯を木桶きおけの水に足すと、それを持って部屋を出た。

朝方まで起きていたらしい付き人を気遣い、音を忍ばせる彼が振り向くと。
脚組みをして椅子に座り頬杖ほおづえをしたまま寝入る、黒服の執事。

ティーテーブルに本を数冊積んでも、まだ低そうに身をかたむけている様子は、見ていて微笑ましい。

ベッドに横になるよう言いに起こしても、無駄だろう。
人の言う事をさっぱり聞かない男だから ... ...
静かにドアを閉めつつ思う。

肩書だけ執事を休ませるには、放置が一番。
友人の気質をよく知る彼なりの配慮だった。

所変わっては、タイル張りの洗い場。
歩幅3つ程の窮屈きゅうくつなスペース。

彼は衣服を着たまま頭から微温湯ぬるまゆをかぶり、汗を流した。
その後にシャツを脱いで絞ると、丁寧に身体からだを拭いたうえこしに巻く。

用意しておいたタペストリーを開いたところ。
帝国城下の屋敷と通じるそこから顔を出したのは、何の用もない食事用器具カトラリーだった。

ミス・リリアナ。彼女は言う。
チェストは朝から飾り甲冑かっちゅうと言い争っていてそれどころではないそう。

なので、あわただしくえの服を投げ渡される。

ポイッ 

「え ... 」

ポイポイッ ... !

「いや、こら ... 待たないか、リリィ ... 」
〈 ソノ他ノ ゴ要件ハ、マタ、ノチホド オ伺イ シマスワ ! ソレヨリ 今ハ、オ屋敷ヲ 守ラナイト ... !! 〉

無造作に飛び出てくる、シャツにボトムス。ソックス、そしてガーター。

あと、何か一つ肝心な物を忘れている気がするけれど。
彼女はしばし悩んでから適当なスカーフを投げ渡して、さっさと引っ込んでしまった。

チェストと飾り甲冑かっちゅう居座古座いざこざが茶飯事なのは知っている。
何しろゴッツイ物同士の喧嘩なので、放っておくと屋敷に甚大じんだいな被害をおよぼしかねないのだ。
そのために、まぁ、屋敷の主そっちのけになるのもむをないとしてだが。

彼は言う。

「だが、リリィ ... ... 今の私にとって肝心なのは ... 」

スカーフより。何よりも。

「 ... ... 下着で、あって、だな ... ... 」

つっこむ間もなく。
投げ渡された衣服を抱き、途方とほうに暮れることしばし。

簡単に拭き上げられたままの銀髪が、物悲しく水をしたたらせていた。

それはそうと、いつまでもこうして居るわけにもゆかぬ。
一先ひとまず、ボトムスだけでもくべきだろうかと、思い至ったわけで。

いたし方ない ... か ... ... 」

かたわらにあった籠棚かごだなに替えを置いてから、こしに巻いたシャツをほどいてボトムスに手を伸ばした。

が、その時。
みょうな気配に嫌な予感。
彼は、ほんの一瞬だけ硬直し、そして振り向いた。

すると、何と、朝食の仕度をしに来たらしい少女が、こちらを凝視したまま立ち尽くしていて。

数秒のあいだ
両者共に身動き不可。
微動だにせず。


「イヤァアアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ !!!!」


突然の悲鳴に椅子から跳ね上がって目覚めた執事は、
ベッドで寝ていたはずの主人の不在に息を飲んで部屋を飛び出し、駆けつけた。

そして... 見たものに吹き出し、足を滑らせ、入り口の柱に頭を打ち付ける。

3スリーステップで 撃チーーーン

「ヤァァァァーーーッ 痴漢ーッ ! 変質者が家にー ... !! お兄ちゃん!! お兄ちゃん ... !!」

胸に詰め込んだ息を悲鳴と共に吐き出しながら、両手で顔をおおい兄を呼ぶ少女。
彼の下半身は少女の頭に隠れていたが、少女からは丸見えか... ...

「って!! 何やってんだフェレンス! つか、この、ヘンタイ魔導師!!!!」

居合わせてしまった寝起き執事は、超絶に間の悪い主人の恥ずかしい姿を見て、ほとほと呆れた。

かた若干じゃっかん引きつった表情で口元をふよふよと踊らせながら赤面する全裸魔導師だったが。
彼は、ある時 スッ... と立ち直り、手早く衣服を着込んで、コホンと、一つ咳払せきばらい。

「いや、カーツェル ... これはだな、たまたま ... 」
「たまたまもクソもヘッタクレもあるか! ヘタレ・スットコドッコイ!!」

経緯いきさつべようとしたが、返り討ちにった。

「人様の家でことわりもなく歩きまわってるから、こういう事になるんだろうが!
 そもそも鍵も無い洗い場で無防備に全裸さらしてんじゃねーよ!!
 馬鹿ぶぁーーーかなのかテメェェ!!」

着替えたばかりのシャツの両襟りょうえりを握り込まれ、ゆっさゆっさと身を揺さぶられる。
もっともな言い分なので、何も言い返せずして。
フェレンスはただただ、視線をらし、悪かった、申し訳ないと繰り返しびるしかなく。

実のところ ... 寝起き頃に少女が古家を出て行く物音を聞いた気がして、
留守と思い込んでしまったのが要因だったのだが。
その事について、彼は何も言わなかった。

うつむき、赤面する少女を見つめ。例え腑に落ちなかろうと... もくす。

恐る 々 視線を上げた少女は、フェレンスを見て小さく言った。

「 ... 魔導師 ... さま ... ?」

昨夜は顔を伏せたきりで、よく見えなかったせいもある。
二人の会話を聞きながら、少女は今になって気が付いた様子だった。

その声を聞いて、カーツェルは小言を飲み込んで振り向く。

もちろん、動揺する気持ちも含まれていただろう。
しかし、うるむ少女の瞳は切なる願いを秘めて輝いた。
それは、彼女が生まれて初めて間近に見る ... 一人の帝国魔導師に向けられた、熱望の眼差し。

彼女の期待する気持ちに水を差してはいけないと思った。
フェレンスの襟を放し、やれやれと、その手を腰に当てるカーツェル。
この件のせいで偉大な帝国魔導師のイメージが害されるなんて、恥ずかしすぎる。
そう考えた彼は、速やかに汚名返上する事こそ最優先と判断した。

「〈乙女の前でまさかの全裸事件〉はさて置いて。まずは仕事だな ... 」
「ああ。だが、その前に一つ頼みがある」

そんな彼に対して、泣く 々 ... フェレンスは言う。

「先程の件については、もう ... 触れないでくれないか ... ... 」
「そうはいくかよ。いいか、俺はお前の下僕って事になってんだ。
 俺以外の面前で恥をさらすなんてな、金輪際こん りん ざい、許さねー。
 分かったか。このド間抜け野郎」

なのに追い打ち。
グサグサと胸に突き刺さる言葉。
人の寝ている間にドジ踏むような奴は思い知って学べ。
と、悪魔のような薄ら笑いを浮かべる彼には、さすがのフェレンスも胸元まで両手を上げての降参姿勢。

「分かった。では、今日限り... 全裸になるのはお前の前だけにしよう」
しかしフェレンスはそう言って悪戯いたずらに微笑んだ。
「いや。そういう問題じゃねーだろうが ... ... つか、気持ち悪ぃからやめろ ... ... 」
カーツェルの嫌がる話の傾向は、把握はあく済みである。

一方の少女は、若干、およごしになるカーツェルを見て思った。

他者に対する人当たりは良いのに何故なぜなのか。

フェレンスには口の悪い彼が、からかわれていると自覚し戸惑いながらも、
深く息を吸うと共に... 何かしら言葉を飲み込む様子が不思議でならない。

彼は物静かにフェレンスのえりを整え、スカーフを折りまとめていく。
その手つきは彼の誠実さを表しているかのよう。

自らも首に掛けていたタイを結び直し。そこから一歩下がったカーツェルは、おごそかに拝礼する。

   左手は忠義。右手は心遣い。
   腹部は敬服。胸元は誠意。

左手を腹部に当てつつしむ彼の姿勢には、一切の乱れも揺るぎも無い。


「従者である前に、友人であって欲しい... 私が彼に出した条件でした」

昨日の寒さが嘘のような小春日和。
柔らかな日差しを受ける庭木の下へこぼれる光の粒が、若草に降る中。
カーツェルに食事の仕度を任せ、離れの小部屋へと続く渡り廊下を少女と歩きながらフェレンスは言った。

「主従という立ち関係は、あくまでも体裁的なもので。彼が一方的に意識しているだけ。
 もともと私には、使用人をやとい入れる気など無かったので ... ... 」

少女の疑問を察して、簡単に説明する。
それでも彼はタイを締めた瞬間、はっきりと意思表示し切り替えをはかるのだと。

「普段の粗暴さからは感じ取れないかもしれませんが。ああ見えて頭のかたい男で。
 軍人家系に生まれ育ったためか、ある程度は筋を通さねば気が済まぬと言って聞かない。
 まぁ ... 共に過ごすにあたって、あの二面性は見ていてきないので、好きにさせていますが」

そよ風にサラサラと揺らぐ銀色の髪が、白い肌をでる様子を見上げていると、
視線に気付いたフェレンスが微笑みかけてくる。

少しのあいだ見つめられて、少女はほほを赤らめた。

「ところで、昨日は親切にして頂き ... 助かりました」

すると、あらためて少女に礼を言うフェレンスが、
申し遅れをびながら胸にしまっていた階級章を取り出した。
プラチナのペンダントブローチだ。

帝国の象徴とされる菱十字を、錬金と魔術の象徴であるウロボロスがかこうモチーフ。
鍵爪で留められた七色石ミスティックストーンは佐官と同等たる階級のあかし

第一等・帝国魔導師。
軍、管轄下。高等錬金術師団所属。特務士官。

「名を、〈フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ 〉と申します」

彼は、そう名乗った。
ただし。そのくらいは、帝国が彼を取り込むために提示した褒賞ほうしょうであって。
実権を握る官僚達からは無論... 反発され、認められてはいない。
渡り廊下の手前に立ち、フェレンスの後ろ姿をながめながらカーツェルは思った。
せっかくなので食材を買い足しに出掛けようかと、一言伝えに来たが。それもせず立ち去る。

大して役にも立たない飾り階級なんか ... ...

その束縛を受け入れた時から、の民の末裔であるフェレンスは贖罪しょくざいを負わされているのである。
たかが身分証明とは言え ... 聞くにえなかった。

対して、少女は輝く瞳をまるまると開いて自己紹介を返す。

「わ、わたしはルーリィといいます! そして、お兄ちゃんの名前はルーウィル!」

階級や身分の都合など彼女には分からない。
しかし、政府官僚や軍の関係者に名の知れた人物というだけで、も言えぬ興奮を覚えた。
それ以前の話をすれば、カーツェルが時折見せていた素行そこうが、主人の要望に答えるためであると知って、
素直に尊敬できる人物だと感じたのだ。

「ご主人様とお付き人という関係を、お供の方が自分から望んでいるなんて、
 素敵ですね ... ! ... だって、大きな街では、仕事が無いために
 帝国政府へ付属労働者登録の申し立てをする人が増えたと聞きます ... 」

少女が言うのは、所謂いわゆる、人権を売る奴隷制度のことである。

「ただ、生きるためだけに買われていって、開拓地で辛い労働を強いられたり、
 主人となる方がどんな人であっても、忠誠を誓うしかないなんて ...
 噂に聞くだけでも、とても悲しい話ですもの ... ... 」

「素敵? そうでしょうか」

だが、それを聞いていたフェレンスは、何故か悲しそうな表情をしてつぶやく。

「私からしてみれば、彼のした事は ... あなたの言うそれらと何ら変わらない。
 それどころか、私のような魔導師に組みかれるということは ... ... 」
ところが、言いかけて彼は黙ってしまった。
関係をたたえたつもりだったのに。気にさわったのだろうか。
「いえ、確かに。私と彼の場合... 傍目はためには印象よく見えるのかもしれませんね」
それとなく言いあらためるフェレンスの脳裏を、いつかの光景がにじみ浮かぶ。

『俺の身体、命も。自由にしていい。ただしだ、それと引き換えに ... ... 』

一呼吸のよぎった。
その声は、カーツェルのもの。

少女はフェレンスの言葉を気掛かりに思ったが、そのうちに渡り廊下の突き当りに面し。
フェレンスが立ち止まったので、ハッ ... として案内を続ける。
「こちらです」
父母が亡くなる前まで、町へ出稼ぎに来ていた炭鉱夫達のための下宿屋を営んでいたのだと。
フェレンスは、連れられて歩いて行くうちに聞いた。
「それで、この離れを家族で使っていて ... ここが、お兄ちゃんの部屋です」
そこは、離れの最奥。

昨夜から気配は感じていた。
弱々しい ... いや、あえて押さえ込み、何かを隠そうとするかのような、不可思議な気配を。

フェレンスは、ボトムスの隠しから厚みのある
懐中時計を取り出し、カチリとめを一押ししてふたを開いた。
内部のガラス縁の金属部がいくつかにタブ分けされていて、
それらを親指で押し上げるようにスライドさせると、
何層か重なったガラス面が円周の留めをじくに外へ開いていく仕組み。

時計、方位計、星表・星図計、そして魔力とその属性の測定するものと、
更には、人の心に巣食い... 冥府の扉へと誘う〈霧〉の計測を図るものまで。

フェレンスが見ていたのはタブの最下にあった、霧の計器反応。
グラスの内側に暗い虹がおびを引いて、時にちらちらとノイズを走らせている。

なるほど ... 彼女の兄は、もうすでに ... ...

計器のタブを一斉いっせいまわして閉じ、フェレンスはドアに手をかけた。
すると、ノブに触れた瞬間。
部屋をおおう、目には見えないまくがドクリと鼓動し波紋を広げたのを感じ。
それを見ていた少女の表情が、じわじわと曇っていくのを見て察する。

「ルーリィ ... あなたが最後にお兄様の姿を見たのは、いつ頃 ... ?」

「 ... ... 三ヶ月、前 ... です ... ... 」

その部屋には強い結界が張られていた。
おそらく、彼女はドアの間近に立つことさえ許されない。

「お兄ちゃんは ... きっと、わたしを恨んでいるんです。
 わたしが ... わかしが ... お兄ちゃんとの約束を破ったから ... ... 」

でも ... でも ...
少女は両手で顔をふさぎ、涙を隠した。

「でも ... この町には、わたしが出来る仕事が無くて ...
 お兄ちゃんのうつのお薬のために、わたし ... 嘘をついたんです」

震える声と身体からだ

「 ... お金を作るには、それしか方法がなくて ... 」

フェレンスは彼女のそばへと歩み寄った。
そして、身前にひざまずき震える肩にそっと触れて言う。

「腕を、見せてもらいたい」

少女は息を殺して腕をゆだねた。
フェレンスがゆっくりそでめくり上げると、彼女のひじ付近 に残る、いくつもの採血のあと
真新しいものも見受けられた。

「今朝も、血を売りに?」

少女はうなずく。
兄に拒絶され、罪悪感や心細さで胸がいっぱいなのだろう。
呼吸すらままならない様子。
嗚咽おえつする彼女の腕に手のひらを置き、無数の針跡を隠しながらフェレンスは続けた。

「あなたは優しい子だ。しかし か弱い。
 お兄様も、そんなあなたを守ろうとしてご苦労なさったのだろう。
 しかし今はおのれを見失っている。けれども、あなたのせいではない。
 これだけは確かと言える。あなたのお兄様はあなたを恨んでなどいない」

彼をむしばむ病は、恐らく ... ...

フェレンスは話のなかばで立ち上がった。
「心配無い。あなたが心から安心できるよう、直接お兄様と話してくるとしましょう」
そして、主屋おもやの方で待つよう少女に言い聞かせ。
とぼとぼと渡り廊下を戻る姿を見送ってから、彼女の兄の部屋を向き直る。

一方、カーツェルはシャツとベストの上に
薄手のジャケットを着込み、外出の仕度を済ませて部屋を出た。
朝食を用意しても、おそらくは無駄になるだろう。
見越した上での買い出し優先である。

昼、もしくは夕食を想定してメニューを考えつつ。
事前に洗い場と並ぶキッチンを訪れた彼は、野菜籠をテーブルまで持ち運び、
芋や菜の葉の状態を見ながら、同時に食器や調味料棚にも目をくばった。
不足はないか、あらかじめ確認しておきたかったのだ。

ところが... ふとした拍子。
彼の視界に入る薬袋。

不自然さを感じ、棚の前まで足を運ぶ。

複数、たばねられたそれは棚のすみに詰め込まれ、はみ出すほどの量だったが ...
使用された気配が無いのだ。

もしやと思い、手に取ると ... ...

添付てんぷされた説明書を見て、彼はまゆをひそめた。

医療用〈抗鬱薬〉〈安定剤〉各種の記載。

珍しい事ではない。むしろうんざりするほど、よくある話だった。

「こんなモノで治癒できると思うのか ... やぶ医者どもが ... 」

カーツェルは薬袋を投げ置いて、足早に古家を出る。
キッチン手前の角で聞いていた少女が、空っぽの飾り棚の向こうで一人 ... 泣いていた。


霧ノ病を、うつの延長線上のものと言い張る医者は多い。
確かに、類似する点は少なくないが。
心身の異常にとどまらないその病は、
〈生物物理〉や〈精神科学〉観点からのアプローチだけで治療することなど事実上、不可能なのだ。

若干、進行を遅らせる程度ならば効果も見込めるだろうか... と、
いつぞやフェレンスが話していたのを、彼は覚えている。

対処を心得た魔導師でさえ、幾多の症例に翻弄ほんろうされるというのに。
なんて差し出がましい連中だろう。

効きもしない高価な薬を売りつけるなど ... ... 

今日こそは、殴り込みに行ってやる。

町医者をたずね歩くカーツェルから、重苦しい威圧感が漂う。
行く先々で人々を震え上がらせる彼にとって最早もはや、買い出しなどはついでになっていた。
 
 
 
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