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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百七三話 司馬靳、上党へ軍を進める
 趙王は上党郡を接収し、同地へ趙軍を派遣する。その動きを知った秦王は激怒する。
 朝議の後、廉頗は、趙王の決断を嘆いた。
「この様な国の大事に決断を下すには、趙王様は余りに若すぎる。不甲斐ない……藺相如殿が病に伏していなければ……私が藺相如殿のように頭の切れる男であったなら……平原君如きに、いいくるめられることはなかったのだ……!」

 趙王は上党郡へ兵を派遣した。
 そして太守の馮亭は、趙王から太守の印綬を受け取り、上党郡は正式に趙国に帰順した。


 前262年(夏) 野王 白起

 白起は秦軍を率いて、韓の新鄭を攻める方針を固め、軍を動かそうとした。しかし副将の司馬靳は、背後の上党を先に帰順させるべきだと主張した。
「奴らが趙や魏と連携して背後を襲って来ることがあれば、厄介です」
「確かにそうだが……韓王と上党郡が連絡を取る手段はない。我らがここを制圧してから数日の内ならば、山道を通ることはできただろうが、今はそうではない。韓王を通さずに他国と交渉するなど持っての他ではないか?」
「しかし、孤立されて追い詰められたのならば、道理よりも実利を取ることも有り得ます。どうか私に兵をお与えください。二十日以内に陥してみせます」
「左様か。では新鄭周辺の偵察を行うあいだに、城を陥してこい」
「御意!」
 司馬靳は上党へ兵を進めた。すると、趙軍が待ち構えており、迎撃の布陣を敷いていた。
 冷静な司馬靳は衝突を避けて兵を下げ、白起へ状況を報告した。
 白起は、臣下の道を外れた上党郡の行動に呆れた。そして、対応に難儀した。
「趙を攻撃するのは、国策ではない。かといって、中にいるのは韓人達であり、我が秦軍の背後を襲わないとも限らない」
「いかがされますか、武安君殿」
「秦王様、張禄丞相に報告するのだ、司馬靳殿」
「御意」

 白起は咸陽へ使者を派遣し、秦王と張禄の判断を仰いだ。秦王は報告を聞くや否や激怒し、「趙の若造は破廉恥極まりない」と罵った。
 張禄は、外交にて解決することを望んだ。それは趙と戦うことは得策ではないと考えていたからだった。張禄は秦王に対し、白起が率いる秦軍ならば、仮に上党の趙軍に背後を襲われても、大事には至らないと主張した。しかし頭に血が昇った秦王の癇癪は収まらなかった。
「当初の予定通りに新鄭を攻撃しながら、別働隊にて上党を攻撃するのだ。趙王の肝を潰してやるのだ!」  その感情的な命令は、すぐさま白起へと届けられることになった。

 命令を受け取った白起は、秦王が癇癪を起こしたことを察した。
「流石の丞相も、秦王様を諌めきれなかったか」
「本軍が新鄭を攻めるとしたら、それを指揮するのは総帥である武安君殿しか考えられません。上党を攻める別働隊は、誰に指揮をさせますか」
「司馬靳殿は誰にすべきと思うか」
「王齮を将軍とし、率いらせるというのはいかがでしょうか」
「どうしてそう思ったのだ?」
「涇城攻めでは、王翦が指揮をしました。王翦が指揮をすれば、また蒙武のような猪武者が突撃を行い、王齮の様な冷静な男が困惑するでしょう。此度の戦は、盛況な趙軍が相手です。こちらも大軍をぶつける必要がある以上、王翦には不安が付きまといます」
「確かに、王翦の指揮は、多くの兵種を巧みに操れぬやもしれんな。王齮ならば、それができるか……。王齮はこれまでも、冷静な判断でよく戦い抜いてきたと、周囲の将兵が評価していた。突撃力はないが、とにかく臨機応変に戦い抜けるであろう」
「まるで張唐将軍のようですね」
「そうだな。決めたぞ。王齮を将軍とし、上党方面軍五万を率いらせる。張唐将軍を副将とし、新鄭方面軍四万が新鄭を陥落させる前に、上党を撃破させる」
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