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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百七二話 趙王の決断
 韓王は上党郡太守馮亭からの援軍要請を断る。絶望した馮亭は趙へ降伏しようと使者を送るも、趙では、上党を接収して秦と再び敵対すべきか否か、議論となる。
 前262年(春) 上党 馮亭

 馮亭は新鄭から戻った使者を迎え入れ、韓王からの書簡を受け取った。そこには、援軍は送れない為、秦へ一時的に降伏するようにという内容が、記されていた。
「秦へ下れば、一時的に難を逃れることはできよう。しかし……かような屈辱は耐えられぬ……。よしんば屈辱に耐えたとしても、韓の兵力では……秦軍を撃破して上党を救うことなど……夢のまた夢ぞ」
 馮亭は涙を流した。韓の兵力を使えないとなれば、上党の民や僅か数千の兵力で、戦を行う必要があるのだ。援軍がない籠城に勝ち目などない。
「やはり……ここまでか。いいや、だとしても、私は秦に抗ってみせると、民に約束したのだ……! そこのお前、新鄭から戻る途中、山中から野王城の秦軍が見えた筈だ。奴らはここへ向けて兵を動かしていたか」
「いいえ、秦軍は城に篭っていました」
 馮亭は、秦軍がまだ動いていなければ、まだ勝機はあると考えていた。
「お前には再び、援軍を要請しに行ってもらう」
「そんな、無駄ではありませんか?」
「行先は新鄭ではない。韓の兵力は宛にならぬからな。邯鄲へ行くのだ。上党は独断で、趙へ下る。趙と共に手を取り合い、秦と抗うのだ!」

 馮亭は、秦軍が封鎖していない道無き道を使者に通らせながら、邯鄲へ援軍を嘆願した。
 将軍廉頗は、いわれのない利益は、後々の災いとなるからと、上党郡の受け入れを拒否するべきだと主張した。
 代替わりして間もない趙王は、経験豊富な両人の意見を尊重しようとした。
「確かに、これは後に秦が我らへ刃を向けるキッカケとなりうる。駄目だ駄目だ。こんな話は到底受け入れられぬ。それに彼らは矛盾を孕んでいる。上党は韓人であるという誇りの為に、秦軍に抗うのだろう? その為に趙に下るなど、支離滅裂ではないか」
 その意見に、趙王の親族であり宮廷の重鎮である平原君は、反論した。
「支離滅裂ではございません。彼らは韓を苦しめ続ける秦に抗う為、三晋の縁を頼ったのです。窮地に立たされれば、本心が現れるといいます。韓は秦ではなく、三晋に仲間意識を感じているのです。我らを頼ってきた仲間を、見捨てるのですか?」
 その意見に、趙王は絆された。
「確かにそうであるな……」
 その様子を見て、平原君は得意げに畳み掛けた。
「秦とは、いつか戦うことになります。一度の敗戦で趙攻撃を諦めるような国ではないのです。ならば、我らは、一人でも多くの仲間と手を取り合い、戦うしかないのです。廉頗殿も、対秦の為の軍備を整えていると聞いていますぞ。今こそ、秦に反撃の狼煙を上げる時です!」
「待たれよ、秦程の強大な敵と干戈を交えるのならば、その為に最低でも一年は用意をする必要がある! 趙王様お聞きください。私は確かに対秦用に兵を集めて訓練し、武具兵糧を集めています。しかしまだ不十分。偶然の出来事に託けて、早まってはなりませぬ!」
「準備があるのならば、戦えるはずだ。大規模な範囲に砦を設置し、進むも退くも自在にできるよう、兵や武具兵糧の配置も計算されているそうではないか。流石は北方の戎族を蹴散らす優秀な趙兵の頭だ。しかし北方の騎馬民族には勇ましく対峙できても、秦国相手には戦う前から弱腰などと。そんなことで、秦を相手に、国を守り切れるのか!」
 趙王は、平原君の勢いに押された。
「では、我が方は上党を接収し、韓を救おう。秦と戦うのだ!」
平原君(生年不詳〜没:紀元前251年)……趙の王族。政治姓は嬴、氏は趙、諱は勝。武霊王の子で、続いて甥の孝成王を補佐した。戦国四君の一人に数えられる。

孝成王(生年不詳〜没:紀元前245年)……戦国時代の趙の王。姓は嬴、氏は趙、諱は丹。恵文王の子。
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