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作者: konoyo
R-15
人が生きるためには見えてはいけないもの
 自宅に戻ってからのあたしはそれはもう上機嫌そのもの。晩御飯の時間に岳人に、

「今日の優江は学校の帰りにデートに行ったんだよ。」

とパパとママの前で冷やかされたけど、テンションの上がりまくっているあたしには照れもしなかったよ。パパが、「なんだと。」とでも言いたげな顔はしていたけど。

 夕食と入浴を済ませて自分の部屋に戻ってひとりになってからも浮かれた気分が冷めない。この日のあたしはどうやらふたつのことに目覚めてしまったみたい。

 ひとつは亮君の新しい魅力。おそらく彼の熱い本性を知っているのはあたしだけではないだろうか。ふたりだけの秘密があるということがたまらなく痛快。誰も知らない亮君をあたしだけが心得ている。その彼は誰が認識するより情熱的で粋なのだ。彼をひとり占めしたような心地がする。

 もうひとつは中学校に進学することに前向きになったこと。これまではなんら自覚も持っていなかったけど、亮君に刺激を受けてなにかしら志を持とうと決意した。当面の目標は目標自体を探すことだ。今はそんな低次元でもいい。成長に繋がるような気がして少しだけ誇らしい。今夜はいつもより気持ちよく眠れそうな気がする。
 
 ただ、それにしてもあたしの就寝前の異常行動が省かれることはない。あたしの部屋と岳人の部屋を二往復して窓やドアの施錠の確認をしてやっとベッドに入る。言い忘れていたけど、あたしが施錠の確認によって侵入を防いでいるのは泥棒や強盗の類だけではない。幽霊とか怨霊とか物の怪など実体のないものからも自分と岳人の身を守っているつもりだ。ただ、この日はいつもより気分が穏やかであったことは間違いなく、あまり不安に襲われることはなかった。ただ、ひとりで学校から帰ることになって寂しい思いをしたであろう岳人の頬にキスをしてからベッドに入った。

 あたしは気分のいいとき、テンションの高いときはうつぶせになって寝ることが多い。ううん。実はうつぶせになって寝るのは亮君に関係することでいいことがあったときだ。うつぶせで寝るのには理由があって。仰向けになって寝るより身体的に程よい圧迫感があって断然気持ちがよかったの。誰かに覆い被さっている感触に陥るの。胸も腰も気持ちいいのだけど、下腹部が暖かく締め付けられているようで特に心地いいんだよね。

 ご機嫌な気分は眠りの中まで持ち越せた。眠りの中であたしはまた夢を見る。それは授業中に居眠りしながら見た夢に似ていた。あたしの頭の中に浮かんだ幻影は「一一三四日」。背景は暗くて文字は真っ白でその姿はやはり朧だった。  

 しかし、数字は非常に印象深く見間違いということはない。やはりなんだか気がかりで目が覚める。昼間と同じ様な夢だが、異なる点がある。ひとつは、昼間感じたあの優しい印象がまるでないこと。ひとつは、浮かび上がった数字がひとつ減っていること。昼間見たときは「一一三五日」だったはず。今は深夜二時。日付が変わって数字は一日減ったことになっている。ちょっと考えれば分かる。なにかのカウントダウンなのだろう。気になるのはなにをカウントしているかだ。今は二月で寒い夜であるのに、やけに空気が生暖かかった。ものすごく変な汗でびっしょり。

 正直に言おう。あたしにはこのカウントダウンがなにを数えているかがピンときた。

 あたしの命の残量である。どうしてそんなおかしなことを考えるの?もっともな質問だと思う。だけど、直感的にそう感じてしまったのだ。閃きってあるでしょう。あたしはこのカウントダウンを見てそう閃いてしまったのだ。

 この気付きはあたしならではのものではないだろうか。普通の人はそんなことは催さないのではないか。そうすぐに死を連想するものではないのだろう。あたしは毎晩、家族の平和を神様に祈っている。あたし以外の家族にもしものことがあれば、あたしの命を身代わりにしてくれと神様に念じている。つまり日頃から死ぬことを覚悟しながら生きているのだ。常に死を意識しているあたしには、幻影は命に係るなにかであると信じ込むのは当たり前のことなのだ。

 あたしは一一三四日後に死ぬ。疑いではなく確実にそう宣告されたのだ。もう着実に死の階段を上っている最中なのだ。途中で降りることなど許されない。こんなに怖ろしくて残酷なことがあるだろうか。人間誰でもいつかは死ぬものだということは自明である。それは当然あたしだって例外ではない。だけど、死は遥か遠くにあり霞んで見えないもの、いつ訪れるかが分からないから落ち着いていられるのだ。我が命の支配者の姿が見えてしまっては、正気を保てるはずがない。 
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