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作者: konoyo
R-15
少女と男
その日の下校時にはあたしの学年の下駄箱の前で岳人がひとり立っていた。

弟は週に一、二回あたしと一緒に家に帰る為にこうしてここで待っている。うん。岳人からそろそろ帰宅デートのお誘いがくる頃だと思っていたよ。

 ところが別の予想外のことも同時にあたしを待ち受けていた。岳人のすぐ隣で、あたしの憧れの人が文庫本を読みながら誰かを待っているようだった。誰を待っているのだろうと気にはなる。なんと驚くことに彼はあたしに向かって笑顔で話しかけてきたのだ。

「的間さん一緒に帰らない?」

 一瞬耳を疑ったが勘違いではない。ふたりで一緒に下校しようなんて、もうそれ以上のことなんてなにも期待もしない。今日一日だけの彼の気まぐれでも構わない。折角訪れたふたりきりになれるチャンスだ。手放しで喜んでふたりで一緒に帰りたいところだが、今日は岳人が待っている。参ったなあと岳人の方にもう一度目をやると意外にも彼は笑顔で、

「優江。お友達と帰りなよ。僕は一人で帰るからね。」

 そう言ってあたしの顔をじっと見つめた。有難かったけど出来ることなら先に校門を出て行って欲しかったなあ。なぜだか岳人はあたしと亮君を見送るように、校門をくぐる姿をその場で眺めていた。

 今日の帰り道は明らかに、いつもとはなにかが違って見える。嬉しくて幸せな時間だったけど、誰か知り合いに見られたくないなってとても気になっちゃう。

 彼はあたしを感激させるような話をたくさんしてくれた。例えばもうすぐ卒業して今のクラスがバラバラになってしまうこと。あたしたちの通っている小学校の児童は私立中学にでも進学しない限り全員同じ中学校に進学することになっている。そのせいもあり、あたしは卒業に特別な感情がなかったんだよね。
しかし、彼はそのことが切ないと言う。

「僕たちは二年間今のクラスで毎日過ごしてきたよね。僕は正直クラスの友達をうざいなと思ったことも何度もあるのだけど、運動会とか発表会とか修学旅行なんかの度に友達が増えて、前からの友達だった人とはもっともっと仲良くなれる気がして、そういうのがとても嬉しくて、楽しかったんだ。

もっともっとみんなと仲良くなりたいし、みんなと話がしたいんだ。だから、みんなと別れることはとても侘しいよ。」

「仲良くなりたいみんな。」には、あたしは入っているのかな?と少し不安もあったけど、亮君の意外な新しい一面が見えた気がして喜ばしい。これまでの彼の印象はとてもクールなものだったけど、今日の彼はとても情が深い。あたしはクラスメイトに対してそんなに熱い感情を持ったことがなかったので、彼のことがやけに眩しく見えた。

「でも仕方ないよね。いつまでも小学生ではいられないのだし。」

 亮君はあくまでまっすぐ前を向いたまま。

「僕らもだんだん大人になっていくのだし、中学校へ行ったら勉強も部活もやらなきゃいけない。意外に部活をやってみることで自分の中の隠れた才能が見つかるかも知れないね。的間さんはやりたい部活とかあるの?」

 あたしは、顔を上げることもなにか声を出すことも苦しかった。中学に進学することを真剣に考えてみたことなどなかったもの。ただ通う学校が変わること、他の小学校の児童とも同級生になるくらいの認識しかなかった。あたしは幼いな、とも自覚はしたがそれ以上に亮君の大人っぽさに感心もするし、憧れもする。この気持ちは今まで彼に憶えていた淡い想いとは明らかに異なる。幸せな時間が経つのは速かった。とても悲しいことにふたりの歩む道はここで別れてしまう。

「それじゃあまた明日ね。」

 そう言って優しく手を振ってくれる亮君に対して、あたしは辛うじて堅苦しい笑顔で言葉も出せずに手を振返すばかりだった。

「今日は誘ってくれてありがとう。」

「また一緒に帰ろうね。」

 そう勇気を出して言えなかった。ああ、情けない。それはとても残念だったけど、一緒に下校したことが幸せすぎて心の傷とはならなかった。歩いてきた道のりは田んぼばかりの田舎道だったけど、まるで初めてのデートで行った遊園地であったかのようにあたしの記憶の中に美しく残った。
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