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作者: konoyo
R-15
学校へ行こう
眩しい陽光が差し込んでくると、いつも目覚まし時計が鳴るより先に目が覚める。寝覚めが比較的いい体質で、毎朝気持ちよく起きられる。

 階段を降りてリビングに出るとコーヒーの香りが心地良く流れてくる。あたしはコーヒーを飲まないけど、パパの飲むコーヒーの香りは大好きなの。この臭いを嗅ぐと一日が始まるんだなあって感じがする。

 家族四人で揃って朝食を済ませたら、あたしは洗面台の前でちょっとだけおしゃれをする。おしゃれと言っても、寝癖をなおして髪にドライヤーをあてるだけ。気分によってはちょっと可愛いヘアゴムで髪をとめるときもある。あたしの髪の毛はショートボブだから髪の毛のセットにたいした時間はかからない。本当は、もっと伸ばしておしゃれをしてみたいけど、それは中学生になってからのお楽しみと、自分の中で遊びを残してあるんだ。

 おめかしが終わる頃に岳人から、

「姉たん。早く行こう。」

と声がかかる。

「ちょっとだけ待ってね。」

 そう言ってあたしは部屋からランドセルを取り出し、そして机の前で手をあわせて、

「今日もいいことがありますように。」

と心の中で呟いてから、岳人のもとへ走る。

「優江っていつも遅いんだから。」

「優江って言わないの。お姉ちゃんでしょ。」

 岳人はあたしに文句を言いたいときはいつも優江って呼び捨てにする。今みたいに待たされたときとか、テレビを占領して岳人の見たい番組を見せてあげないときとか、ひとりでお菓子を食べているときとか。どうやら優江って呼び捨てにするのが好きみたい。きっと自分がお兄ちゃんになったつもりでいるのだろうね。そんなところも可愛らしいのだけど。

 学校まで歩いて二十分くらい。学校にたどり着くとあたしは岳人の学年の下駄箱までついて行く。そして、岳人がちゃんと上履きに履き替えるのを確認してから、

「いってらっしゃい。」

と手を振って岳人を見送る。岳人も不思議とこのやり取りを恥ずかしがらず、
「もう来ないでよ。」

とか言ったりしない。いつも岳人が上履きに履き替え終わる直前まで、ふたりでお喋りをする。ときには話に夢中で上履きを履き終わってからも話が続くこともある。

 今日も無事にいってらっしゃいが言えてよかった。

「おはよう。」

という大きな声と急に肩を叩かれたことにびっくりしてしまった。声をかけてきたのは果歩ちゃん。クラスで一番の仲良しでいつも一緒に行動している。

「びっくりした〜。おはよ。」

 ふたりで靴を履き替えているときに、果歩ちゃんが慌てた様子であたしの耳元で囁く。

「優江。ヤバイよ。」

 なにごとだろうと思って後ろを振り向くと確かにヤバい。後ろからひとりの男子が近づいてくる。彼の名は望月亮君と言って、クラスでもあまり目立つタイプの男子ではない。どちらかというと大人しくて物静かな存在。だけど、実はあたしも果歩ちゃんも密かに憧れていた。果歩ちゃんはなんの躊躇いもなく亮君に大きな声で挨拶する。

「亮君おはよう。」

「おはよう。」

 亮君はこちらをちらりと見ただけだが、しっかり挨拶を返してくれる。このクールさというか、さり気なさがあたしの中で結構ヤバいのだ。なんとなく、他の男子と違って大人っぽい感じが凄くキュンとさせる人なんだよね。

「優江はバレンタインはどうするの?」

 果歩ちゃんはあたしが、バレンタインデーに亮君にチョコを渡したり、告白するのかどうかを気にしているみたい。

「んん。きっと何もないよ。」

 あたしは落ち着いてそう切り替えしたが、これは本音とは少し違っていた。中学に行ったら亮君と同じクラスになれるかどうか分からないのだし、今年がチョコを渡す最後のチャンスかもしれないから、ちょっと頑張ってみようかなという気持ちはあった。まあ小心者のあたしがどこまで行動に移せるかは分からないから果歩ちゃんにはそう答えるのだけど。
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