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作者: 山のタル
残酷な描写あり
133.王都陥落3
「しかしハッセ大公、それなら先程どうしてサピエル法国と共に城門を攻めたのだ? これは明らかな敵対行為ではないのか?」
「それは誤解です国王陛下! 我々は先程の戦闘に誰一人として参加しておりません! 我々はサピエル法国軍の後方にいました。そもそも先の戦闘は我々の方も予想外のことだったのです。本来はサピエル法国と我々の意思を使者が伝えるだけだったのですが、それをサピエル法国が我々に相談もせずに勝手に先走って戦端を開いたのです!」
 
 言い訳にも聞こえるハッセ大公のこの言い分だが、これ自体は紛れもない事実だった。
 ハッセ大公達の予定では、使者がハッセ大公達とサピエル法国の意思を伝え、ムーア44世との会合の場をも設けて無血降伏の提案と“新権派”の悪評を吹き込む工作をするつもりであった。
 しかし実際にはサピエル法国がハッセ大公達に何の相談も無しに勝手に攻撃を仕掛けたのだ。
 ハッセ大公はこのサピエル法国の行動を激しく抗議してその是非を問い詰めたのだが、終わったことを言っても仕方ないとあしらわれてしまっていた。
 
「その証拠に、先程の戦闘で我々の兵には死者は元より、誰一人として怪我を負った者はいません。このようなことになり信じていただきにくいのも重々承知しております。しかし先程も申し上げた通り、我々はムーア王国の事を重んじております! どうかこの気持ちだけは信じていただきとうございます!」
 
 誠心誠意に頭を下げるハッセ大公。これに関しては証拠を今すぐに提示できるわけではないので、信じてもらわないことには話が進まない。
 
「……報告によれば敵軍の後方で先頭に加わらなかった多数の部隊がいたとのことです。おそらくそれがハッセ大公達だったのではないかと思われます」
 
 意外にも助け舟を出したのはカンディだった。この予想外の手助けに、ハッセ大公は驚きの表情を隠せなかった。
 
「ふむ、分かった。その事は信じることにしよう」
 
 なんとかムーア44世から信用を得たことに、ハッセ大公は心の中で安堵の溜め息を吐く。これでようやくスタート地点に立つことが出来た。
 
 しかし一つ気がかりなのは、なぜカンディがわざわざ助け船を出したかであった。先程口を出してこなかったのもそうだが、どうにもカンディの狙いが読めない。
 その事が心底不気味に思えて仕方がない。
 
「それでハッセ大公、戦闘は予想外で元々は何か意思を伝えるだけのつもりだったとの事だったが、結局のところサピエル法国の要求は何なのだ?」
「はい。今回の戦争でサピエル法国が敵と見なしているのはあくまでブロキュオン帝国とプアボム公国のみであり、ムーア王国には傍観の立場を要求しています。おそらくサピエル法国は、無駄な戦闘で消耗を避けたいのと、ブロキュオン帝国とプアボム公国に攻め込む際に背後の安全を確保したい狙いがあるようです」
「無駄な戦闘を避けたいと言うなら、どうして先程サピエル法国は攻撃を仕掛けてきたのだ?」
「それは、王国軍が城門前で迎え撃つ態勢を整えていた事が原因かと推測します。城門前で士気高く整列していた王国軍を見て、自らの力を見せつけるという強硬手段に打って出たのでしょう」
 
 ハッセ大公のこの推測は正しい。実際城門前に整列していた王国軍の士気は高く、戦闘準備も整っていることは、離れた敵陣からでも容易に確認できるほどであった。
 ムーア王国に余計な行動をしてほしくないと思っていたサピエル法国にとって、圧倒的な力を見せつける先制攻撃こそが最も手っ取り早くムーア王国を無力化させる方法であることは間違いなかった。
 
「ふむ……ではハッセ大公、お主はこれからムーア王国はどのように動くべきだと考えておる?」
「サピエル法国の要求通りに、我々は傍観に徹するのがよろしいかと思います。先程の戦闘を踏まえて言えば、サピエル法国軍の力は王国軍を遥かに凌駕しています。抵抗したところで得られるのは大きな被害のみでしょう。それに結果論にはなりますが、既にムーア王国はサピエル法国に降伏しておりますので、その事を理由にすれば戦争を傍観することに後ろ指をすものは誰もいないでしょう」
 
 ハッセ大公の言う通り、ムーア王国は既に降伏をしてしまっている。そのような状況でサピエル法国に抵抗の意思でも見せようものなら、間違いなくサピエル法国は全力を揚げて後顧の憂いを絶ちに来るだろう。
 それに抵抗したところで、既に楽々と強固な城壁を破壊できる力を見せられた後では兵士達の士気が上がるはずもなく、待っているのは一方的な虐殺だけであった。
 
 (ハッキリ言って、ここまで来ればこちらのものだ。正直、降伏してくれたのは運が良かった。サピエル法国に抵抗する無意味さを自ら示してくれたのだからな。こうなってはいくらカンディと言えど、抵抗の提案など出来ようはずがない。例えしたところでその無意味さをもう一度正論を交えて国王陛下に説けば、いくら優柔不断な国王陛下でもカンディより私達の主張の正しさに靡くのは火を見るより明らかだ。……あとは約束通り、サピエル法国が“新権派”の貴族達に「抵抗された」等の難癖をつけて討伐してくれれば、味方の減ったカンディを追放するのは容易い。そうなればもう、我々“王権派”に逆らえるものはいなくなり、ようやく我々の目標が達成される!)
 
 着実に目標達成に近付いているという現状に、体の内から溢れてくる達成感を感じて、ハッセ大公は思わず身震いしそうになった。
 そしてそれはハッセ大公の後ろに控えている“王権派”貴族達も同様で、現に綻び始めている顔の表情を隠そうと必死に頭を下げて顔を隠そうとしていた。
 その雰囲気を背中に感じながら、ハッセ大公は勝負を決めるため駄目押しの言葉を放つ。
 
「国王陛下、納得しかねるかもしれませんが、ムーア王国にこれ以上の損失を出さぬ為にもどうか、決断をお願いします!」
「……そうだな、ムーア王国の為なら仕方ないだろう」
「陛下……!」
「しかしなハッセ大公、残念ながら今の私にはそのような国の大事決定を下す権利は、もう無いのだよ」
「…………は?」
 
 自分でも間抜けだと分かるくらいの疑問符を、思わず口から出してしまったハッセ大公。しかしムーア44世の言っている意味が理解できずに思考が停止してしまった今、そんなことを気にできる余裕はなかった。
 
「け、権利がないとは、どういう事ですか……?」
「実はな、お主達が来る少し前、つまり降伏命令を出した後に、王都を陥落させられた責任を取って王位を譲ることを決めたのだ。だから今、ムーア王国の正式な国王は私の息子のルーカスであり、大事に関する決定権も当然ルーカスにあるのだ。だから説得をしたいなら私ではなく、ルーカス……いや、新国王のムーア45世にした方がいいぞ?」
 
 
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