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作者: 山のタル
残酷な描写あり
132.王都陥落2
 扉を開け、“王権派”の貴族達は玉座の間に足を踏み入れた。
 玉座の間にはハッセ大公の予想通り、ムーア44世が玉座に腰かけて堂々と待ち構えていた。その隣にはいつもの様にカンディが控えて立っている。
 
 玉座の間を歩きながらハッセ大公は周囲を見渡した。物陰などがほとんどない玉座の間には隠れる場所は少なく、少なくとも玉座の間にはムーア44世とカンディ以外の人の気配はなさそうだった。
 
 最低限の近衛兵は配置されているものと思っていたハッセ大公は、余りにももの寂しい玉座の間の様相に怪訝な顔をした。
 
(……おかしい。どうして近衛兵の姿が見えないのだ? 少なくとも国王陛下の周囲には必ずいると思っていたのだが……?)
 
 ハッセ大公がこう思うのも当然だ。ムーア王国の近衛兵とは、国王直轄の精鋭兵士達だ。その主な任務は国王と王城の守護である。
 つまり、近衛兵は何か特別な命令がない限り王城から離れることはあり得ないのだ。
 しかしおかしなことに、ハッセ大公は王城に入ってから玉座の間に来るまで近衛兵を誰一人として目にしていないのだ。
 これは明らかに異常な状況だった。
 
 王都が攻められたというこの状況で、守護対象であるムーア44世を近衛兵が守護しないなんてあり得ない。しかしそのあり得ない状況が、現実として目の前にあったのだ。ハッセ大公は言い表せぬ不安を感じた。
 
(もしやカンディの奴、何か企んでいるのか……? いや、そう考えた方が色々と納得がいく!)
 
 実はハッセ大公は、王都攻略戦が始まった時からある疑問を抱いていた。それは、王国軍の行動の早さである。
 国王軍はムーア王国の軍隊であり、その最高指揮官は12の騎士団の各騎士団長達が務めているのだが、最終的な王国軍全体への命令権は国王のムーア44世の手にあるのだ。
 つまり今回の防衛戦のような重大な出兵などは国王の命令が必ず必要なのだ。
 
 だが、ムーア44世は歴代の国王の中でも自分の意見が希薄で判断力と決断力に問題がある為、陰で『優柔不断の王』と評されている人物だ。
 電撃戦を仕掛ける為にサピエル法国軍と共に迅速に王都を目指したハッセ大公は、優柔不断な国王の出撃命令が出されるより先に王都に到着できると予測していた。
 しかし現実には、ハッセ大公達が到着した時には王国軍は既に出撃しており、それどころか城門前にしっかりと陣を構えて迎撃態勢が整っていた。
 
 この時点でハッセ大公は驚いたのだが、それより驚かされたのは、城門が破壊されてから王国軍が降参するまでの早さであった。
 はじめこそ王国軍は王都に侵入されないように奮闘していたが、一時間も掛からぬうちにムーア44世からの降伏命令が出され、直ぐ様矛を収めて王都に撤退したのだ。
 
 これらの迅速な命令を優柔不断の国王が下せたとはハッセ大公は到底思えなかった。しかしカンディが圧をかけて国王を動かしたと考えれば、その全てに説明がつく。
 更に言えば、迅速な撤退命令で引き揚げたはずの王国軍と近衛兵の姿が見えないことを合わせて、カンディが何か策略的なものを練っていると考えた方が現状の説明に納得がいく。
 
(となれば我々がここに来ることを見越して尚、近衛兵を置いていないということだ。必ず何かしらの思惑があるはずだ! 警戒しておくべきだろうな)
 
 ハッセ大公はこっそりと後ろに手を回して、背後から付いて来ている“王権派”貴族達に手で『警戒しろ』という合図を送った。
 
「……国王陛下、ご無事で何よりです」
 
 ハッセ大公に続き、後方の貴族達も片膝をついてムーア44世に向かって頭を下げる。ハッセ大公達のこの態度は国王への忠誠の挨拶の基本姿勢であった。
 これによりハッセ大公達は、国王に対して敵対的意思がないことを態度で示した。
 ……心なしか、ハッセ大公はカンディから感じる鋭い視線の圧が少し弱まったように感じた。
 
「よく来たハッセ大公。早速だが、まずお主に聞かなくてはならないことがある。……どうして私を、いや、ムーア王国を裏切った?」
 
 ムーア44世から予想していた通りの質問が飛んできた。これにどう答えるかで、カンディ達“王権派”の今後が決まると言っても過言ではない。
 カンディは間髪入れず、用意していた答えを国王に返した。
 
「恐れながら申し上げます国王陛下。このような事態になっている状況では信じていただけないかもしれませんが、我々は決してムーア王国を裏切ったわけではありません!」
「……それはどういうことかな? 先日の会議でサピエル法国の条約違反が明らかになり、ムーア王国はブロキュオン帝国とプアボム公国に協力することになったはずだ。
 それなのにお主達はサピエル法国の進軍を止めるどころか、サピエル法国と共にこの王都に攻め入ったではないか?」
「確かに我々はサピエル法国と共にこの王都に参りました。しかし、我々の目的はあくまでムーア王国と国王陛下を救うためだったのです」
「……申してみよ」
「まずサピエル法国の条約違反ですが、これは庇いようのない事実です。これに関しては我々も国王陛下と同様の意見です。しかし、だからと言ってサピエル法国と事を構えればムーア王国は只では済まないことになります! 
 戦争が始まればサピエル法国が大人しく自国に留まり敵を迎え撃つ道理はなく、必ず迎撃に打って出るでしょう。勿論その際は敵対したムーア王国にも容赦なくその牙を突き立ててくるでしょう。そうなれば主戦場はムーア王国内となり、その被害は測りえないものとなるのは明らかです! ……両軍のどちらが勝ったとしても、ムーア王国の財政は戦争被害の復興で更に厳しくなるでしょう。
 ……一番理想だったのはサピエル法国が条約違反の罪を受け入れる事でしたが、サピエル法国にその意思は毛頭なかったようで電撃的な速さで軍を動かしてきました。
 そこで私は、抵抗せずに降伏することでサピエル法国を素通りさせ、主戦場をムーア王国内から逸らす妙案を閃きました。そうすればムーア王国は戦争からまぬがれ、無駄な被害を出さずに済むのです」
「ふむ……」
 
 ハッセ大公の説明を聞いてムーア44世は少し考える様に顎に手を当てた。
 ムーア44世のこの仕草は、意見になびいている時によくする癖だ。つまり今ムーア44世はハッセ大公の意見に揺れ始めているということだ。
 
(……よし、まずはこちらの意見を聞き入れてもらえることには成功したな)
 
 ハッセ大公が最も恐れていたのは、ムーア44世がハッセ大公の弁明に聞く耳を持たないことだった。
 しかしハッセ大公の的を射た必死の弁明により、一番の関門は突破することが出来た。
 
 そもそもハッセ大公を含む“王権派”の目的は、ムーア王国の現在の権力体制の維持である。だからムーア王国から離れたりや、王権奪取等の考えは抱いていない。
 あくまでも新しい権力体制を敷こうとしている“新権派”と、その考えに賛同し国王をたぶらかしているカンディを排除することが現在の優先目標だ。
 そしてそののち、ゆっくりとムーア44世を傀儡として操り、自分達に都合のいい国にする。これが“王権派”の真の目的である。
 
 あとはその思惑を悟られない様に、ムーア44世をうまく口車に乗せることが出来ればいい。今はその土台に乗せるところまで来た。
 そうなると最後の難関は、ムーア44世の横に控えて立っているカンディだ。
 
 悔しいことに頭脳戦に関してはムーア王国内でカンディの右に出る者はいない。ハッセ大公もその事は理解していた。
 だから一見まともに見えるが実は苦し紛れの弁明をカンディに指摘されることを、ハッセ大公は警戒していた。
 しかし意外なことに、カンディは口を挿むどころか一歩引いてハッセ大公とムーア44世のやり取りを眺めているだけだった。
 
(……カンディのやつ、てっきり何か言ってくるものと思ったが……警戒しすぎたか?)
 
 カンディが動かないことに不気味さを感じながらも、今はそれよりも自分達の行動の正当性を主張することが大切だと思い、ハッセ大公は気持ちを切り替えてムーア44世の説得に集中した。
 
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