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作者: 山のタル
残酷な描写あり
111.侵入者1
 その後、落ち着いたユノを食堂に連れて行き、遅めの夕食を取ることにした。
 丁度そのタイミングで貿易都市からサムスも帰還していたので、サムスとモランとエイミーに新しい肉体を得たユノをお披露目した。
 
 モランとエイミーには、ユノは何百年も前に肉体を失ったと説明していた。だから二人ともユノの事をてっきり大人の女性だと思っていたそうで、生前のままだという子供体型の姿を見て驚いていた。
 サムスも「見た目子供じゃないですか!」と突っ込みを入れていたが、逆にその姿を見てミューダがユノを遠ざけた理由が何となく想像できたようで、「ミューダ様も大変でしたね」とミューダに同情の言葉をかけていた。
 因みにクワトルとティンクは、今は依頼でブロキュオン帝国の方に行っているそうで、帰って来ることができなかった。一応ユノの事は連絡しておいたので、顔合わせは後日という事になった。
 
「美味しい! こんな美味しい食事はいつ以来かしら!」
 
 ユノは今、アインが用意した食事に夢中になっていた。数百年ぶりの食事だったこともあり、今まで長く味わうことができなかった食欲を取り戻すかの勢いで料理を次々と平らげて、お皿の山を生成していた。
 その小さい体のどこに食べたものが収まっているのか不思議だけど、その清々しいまでの食べっぷりは料理を作ったアインだけでなく見ているこっちも何故か嬉しくなるものがあった。
 
「アインの料理本当に美味しいわ! お陰で食事の喜びを思い出せたわ、ありがとう!」
「そう言われると作った甲斐があります。ですが、料理なら私よりクワトルの方が上手なので、そっちの方がもっとユノの食欲を満足させられたと思いますよ」
「クワトルって確か、今ハンターとして活動してる使用人の一人よね? この料理よりも美味しいなんて、是非食べてみたいわ!」
「じゃあ近況報告会とユノの歓迎会を兼ねて、今度全員で屋敷に集まることにしましょうか」
「悪くない案だなセレスティア。ユノが新しい身体を得た今、我々の計画に改良の余地が生まれたのは確かだからな」
 
 意外とすんなりミューダからの賛同も得られたので、全員の都合が合う日程に屋敷に集まるという私の案は採用されることになった。
 
 窓の外を見ればすっかり夜が更けてきていた。なので日程の調節は明日からということにして、他愛無い雑談などをして楽しんだ。特にユノから、ミューダとユノが一緒に魔術の研究に打ち込んでいた当時の話を聞けたのは貴重だった。
 普段からミューダは過去に無頓着なのかと言うくらい過去を多くを語ろうとしない。モランの件に関してもそうだったように、ミューダ以外の当事者から話が出て来て初めて補足するように語り始めるのだ。
 だから当時のミューダがどんな魔術を研究していて、ユノとの関係やその他の事など、当時でしか知りえない情報を聞けたことはとても面白かった。
 
 そんな久しぶりに思える団欒だんらんとした時間を過ごしていた時、それは突然やってきた。
 
 ファーン、ファーン、ファーン――
 ファーン、ファーン、ファーン――
 
 突如けたたましいアラームが大音量で屋敷全体に響き渡り、私達の会話を遮った。
 
「な、何この音!?」
 
 突然の耳障りな音にユノが驚いて咄嗟に耳を塞ぐ。そういえばこのアラームをユノにはまだ教えていなかったことを思い出した。
 しかしそれを教えるのは後だ。
 
「セレスティア、これは?!」
「ええ分かってるわ。“緊急招集アラーム”よ!」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 月が雲隠れした暗闇の中、人目に付かない草陰に集まる集団がいた。数は11人で、一人の男を中心にして固まっていた。村人が着てるような地味で無地な私服を着ており、年齢も性別もバラバラでどう見ても普通の平民達にしか見えない。
 しかし、こんな夜遅い時間に人目から遠く離れた草陰で息を潜めて集まっている彼等が普通であるはずなかった。
 
「リチェ様、全員揃いました」
「ご苦労様」
 
 一人の男が中心にいた男、リチェにそう報告した。
 彼等の正体は、教皇親衛隊の一人であるリチェが率いるサピエル法国の特殊工作部隊だ。
 リチェもそうだが特殊工作部隊に所属している工作員は、全員地味な私服同様の素朴な見た目をしている。人混みにまぎれたら発見するのは困難なレベルで周囲に溶け込む能力が高く、裏工作の技量も他国の目をあざむいてバレることなく完遂できるほど優秀である。
 
「それで、どうだった?」
「はい。調査の結果、ターゲットはこの先にある森の奥に住んでいることは確実なようです。しかし、住んでいる正確な場所を知る者は皆無でした」
「それどころかターゲットの姿を直接見た人物もおらず、容姿に関しては噂がいくつもあり、皺くちゃの老婆、三首の獣、巨大な牛、醜悪な化け物などと様々でした」
 
 部下からの報告を聞いてリチェは頭を捻った。事前に聞かされていたターゲットの容姿と、部下からの報告に合致する点が全く無かったからだ。そしてリチェ自身が調べて得た情報も部下のものと大差はなかった。
 リチェは慎重な性格をしており、工作活動をする前には徹底的に情報収集をする。そして集めた正確な情報を元に完璧な作戦を練り上げ、そして完璧に作戦を完遂するのがリチェのやり方だ。
 しかし事前に聞かされた情報と集めた情報にあまりにも差異があり、正確な情報を見つけ出せずリチェは作戦を立案出来ずにいた。
 
「こうも情報にバラつきがあると、正確性に欠けるな……」
 
 リチェの経験の中で、ターゲットの情報にこれだけのバラつきがあるのは初めての事だった。本来だったらもっと時間をかけて情報を深く集めてから作戦を練りたいところなのだが、リチェは内心これ以上調査を続けても新しい情報が出てこないだろうと思っていた。
 
(事前に聞かされた情報は正確な情報だ。仲間である僕にわざわざ嘘を教える必要がないからだ。でも集めたターゲットの情報、特に容姿に関する情報はそれにかすりもしない見当外れな物ばかり……。おそらく本当に誰も姿を見たことがなくて、他の噂に基づいてそれぞれが勝手に容姿を想像したのだろう。となればこれ以上、正確な情報を得ることは難しいな……)
 
 長い時間リチェは情報を整理し、様々な考察を繰り返す。そして一つの案を導き出した。
 
「……おそらくこれ以上の調査をしても有益な情報は集まらないと思う。ついでに言うと、僕達がこの件に関する調査に割ける時間はもうあまり残されていない。
 ……本意ではないけど、こうなったら直接この眼で確かめることにしようと思う」
 
 状況を打開するリチェの案に反対意見は出ず、すぐに行動に移すことにした。
 リチェに伝えられた命令では「ターゲットの能力は不明、慎重に行動し情報収集をせよ」と注意されていた。リチェはその命令に従ってこれまで慎重に行動してきたが、情報がこれ以上集まらない今、「教皇様の為なら、少し危険な橋でも渡らないと」と思っていた。
 そしてリチェ率いる特殊工作部隊は今まで数多くの潜入調査を成功させた実績があり、自分達の実力なら少しぐらい危険でも問題なく切り抜けられるという自信があった。
 
 そうしてリチェ達は音を殺して影に忍び、目的の森に向かって素早く行動を開始した。
 その先に待つ脅威を知るよしもなく……。
 
 
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