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作者: 山のタル
残酷な描写あり
幕間4-2.ブロキュオン帝国とプアボム公国
 八柱オクタラムナとの会談から数日後、遅れて後を追って来た護衛隊と合流したエヴァイアは、そのままプアボム公国に到着していた。
 
 エヴァイアがプアボム公国に訪問した理由は、ストール鉱山で起きた『魔獣事件』の首謀者の捜索に関して、プアボム公国との間に協力体制を敷くためだ。
 事前にプアボム公国の使者としてやって来たパイクスとピークとの会談で、ブロキュオン帝国が捜索に協力することは決定していたが、細かい情報の共有やその他様々な事の調整は、この会談で決めることになっている。
 
 会談場所は四大公会談の場にもなった、ファーラト公爵邸の会議室である。会議室には四大公の4人、プアボム公国宰相のラルセット、ブロキュオン帝国皇帝エヴァイア、ブロキュオン帝国宰相のメルキーの7人が集まり顔を会わせていた。
 
「さて、揃ったことですし、早速議題に移りましょう」
 
 そう言って会談を進行役の務めているのはマイン公爵だ。
 本来ならその役は会談場所の主人であるファーラト公爵が務めるのだが、今回の会談の主題がマイン公爵領内のストール鉱山で起きた魔獣事件だということ、そして前回の四大公会談でこの会談の主導権を獲得したのがマイン公爵であったので、マイン公爵が進行役を務めるのはある意味当然なのであった。
 
「と言っても、既に大まかなことは事前にブロキュオン帝国へ送った使者との間で簡単に話しは済ませていますので、ここでは細かい部分の調整が主要な議題になります」
 
 マイン公爵は、ブロキュオン帝国が捜索に協力することで同意したこと、そして事前の会談で知り得た情報等を説明し、集まった全員に情報を共有した。
 そして説明を終えたところで、話しは捜査に関する話題へと移った。話し合われたのは、捜査範囲をどこまで広げるか、その為の人員の割り当てはどうするか、そして連絡網の構築をどうするかの三つである。
 
 そして会議が始まってから数刻後……、長い話し合いの末に議題は以下のように纏まった。
 
 捜索範囲はエヴァイアの情報を元に、首謀者はムーア王国とサピエル法国内のどちらかにいる可能性が極めて高いと結論付け、この二国に集中して諜報員を送り込むことに全員が合意した。
 次に人員に関しては、諜報活動に特化した部隊を所持する帝国の諜報部隊を中心にプアボム公国の諜報員と貿易都市の調査員を編成した“混成部隊”を六部隊編成し、ムーア王国とサピエル法国に三部隊ずつ送り込むことで決まった。そしてそれぞれの部隊は商人やハンター等の、各地を自由に移動しても怪しく見られない職種に変装して行動することになった。
 最後に連絡網の構築に関してだが、これは各部隊三日おきの決まった時間に『ミリニアの腕輪』を使用して連絡を取る段取りとなった。各部隊は貿易都市と連絡を取った後、貿易都市側からブロキュオン帝国とプアボム公国に情報を送る流れになる。
 因みに連絡で使用されるミリニアの腕輪は、貿易都市から支給される。これはメールが以前セレスティアに渡したのと同様で、一方からしか魔術回路を繋ぐことができない『連絡用ミリニアの腕輪』である。そして全てのミリニアの腕輪の魔術回路を繋ぐ役目は、ミリニアの腕輪の提供者である貿易都市側に任せることとなった。
 
 決めるべきことを全て決め終えた後、皇帝と四大公がこうして直接話を交わす機会も珍しいということで、議題と関係のない話が雑談の様に繰り広げられた。結果、これが予想外に盛り上がってしまい、昼前に始まった会談は夜遅くまで続くこととなってしまった。
 会談が終了した後、ファーラト公爵はささやかな晩餐会を開いて遠路はるばるやって来たエヴァイアを持て成した。夜遅かったこともあり晩餐会は短めに終了して、解散した各々はファーラト公爵邸の用意された客室で床に就いたのだった。
 
 
 ◆     ◆
 
 
 コンコン――
 
 長い会談を終えた疲れで寝ようとしていたマイン公爵の部屋を、誰かが小さくノックした。
 その音で睡眠モードになりかけていたマイン公爵の脳は正気に戻され、ノックの正体が扉の前で待機している兵士によるものだとすぐに認識した。
 そしてその認識通りに、扉の向こうから中にいるマイン公爵にギリギリ聞こえるくらいの、夜分に合わせた声量の兵士の声が聞こえてきた。
 
「マイン公爵様、皇帝陛下がお見えになっております」
「皇帝陛下が……?」
 
 エヴァイアを呼んだ覚えのないマイン公爵は、エヴァイアがわざわざこんな時間に訪ねてくる理由に心当たりがなかった。少し考えてみたが、考えたところでエヴァイアの目的が見えてくることはなく、かと言って追い返す理由も特に無かったので、マイン公爵はエヴァイアを部屋に通すように兵士に返事をした。
 マイン公爵の返事に小さく答えた兵士は扉を開ける。そして開いた扉から兵士の横を通り抜けて、エヴァイアが部屋に入って来た。
 
「夜分遅くに失礼する、マイン公爵」
 
 エヴァイアは部屋に入るとマイン公爵に一礼して、夜分遅くに訪ねた非礼を詫びた。
 それに対してマイン公爵は「気にしなくてもいいです」と言って返し、訪ねて来た理由を聞くことにした。
 
「実は、マイン公爵に個人的にお願いしたいことがあってね。それの相談に来たんだ」
「……伺いましょう」
 
 エヴァイアのお願いという言葉に興味を引かれたマイン公爵は、立ち話もなんだということで客室のテーブルにエヴァイアを誘導し、お互い向かい合うように腰かけて話を聞く態勢を整えた。
 
「それで皇帝陛下、わざわざこんな時間に訪ねて来て、しかも個人的なお願いとは一体何でしょうか?」
「夜も遅いし話を長引かせる気もないから単刀直入言うけど、今回の魔獣事件の現場になったストール鉱山を視察したいと思っているんだ。マイン公爵にはその許可と、同行兼案内をお願いしたいのさ」
「わざわざ視察を? ストール鉱山の状況は、既にお伝えしていると思いますが?」
 
 マイン公爵の言う通り、ストール鉱山で起きた魔獣事件はセレスティアの情報を除いて正確にエヴァイアに伝えているし、その後のストール鉱山の状況も嘘偽りなく教えている。なので、わざわざ視察をしても新しく得られる情報はなく、視察をしたいと言うエヴァイアの目的がマイン公爵には見えてこなかった。
 
「……まさか、伝えた情報が信用できないとでも?」
 
 考えた中で一番可能性がありそうなのがこれだったが、エヴァイアはそれを手を振ってあっさり否定した。
 
「違う違う、聞いた情報を疑っているわけじゃないよ。むしろ全面的に信用してるさ。だからそんな怖い顔はしないでほしいな」
 
 マイン公爵はエヴァイアに考えを否定されて、ますますエヴァイアの目的が見えなくなった。
 取り合えず念のために作った表情を戻して、改めてエヴァイアに質問を投げ掛けてみる。
 
「では何故、視察をしたいと?」
「今回の事件は元を辿れば、僕の不手際が招いた結果起きたとも言える……。だから僕にも思うところはあるんだ……。
 そして、ヘルムクートが生み出した魔獣の実害をただ聞くだけじゃなく、この目にしっかりと焼き付けておきたいのさ。帝国では未遂で終わった奴の実験の危険さ、それを改めて正確に認識しておく義務と責任が僕にはあると思わないかい?」
 
 俯き加減にそう言ったエヴァイア。それを見たマイン公爵は、エヴァイアが今回の件で大きな責任と後悔を抱えているのだと改めて感じ取った。
 マイン公爵はパイクスとピークからの報告で、「皇帝陛下は今回の事件の責任を強く感じているようです」と、会談時のエヴァイアの様子を聞かされていた。
 その報告通り、目の前に座る今のエヴァイアは大国ブロキュオン帝国の皇帝という面影はなく、まるで皇帝の肩書きを捨てた彼の本心が現れているようであった。
 
 (皇帝エヴァイア・ブロキュオン……、長い戦乱の時代が続いていた西の大陸に突如現れ、瞬く間に西の大陸全土を統一しブロキュオン帝国を築き上げ、現在までの約400年間、帝国を統治し続けている絶対君主。
 きっとこれまでに沢山の困難があって、その都度それらを全て乗り越えてきたはず。そんな偉大で非の打ち所がないような人物でも、こんな風に落ち込むことはあるのね……)
 
 目の前で落ち込んだ雰囲気で座るエヴァイアの姿に、「国の頂点を統べ、どんなに凄いこと成し遂げている偉大な人物でも、所詮は人に違いない」という思いが、マイン公爵の中に溢れた。
 それは同情や共感や哀れみに近い感情であったが、どれとも決めつけがたい曖昧な感情であった。
 
「……分かりました。視察できるようにストール伯爵に話を通しておきましょう」
「感謝する、マイン公爵」
 
 マイン公爵に向かって、エヴァイアは深く頭を下げた。そこには視察の許可をくれた感謝の他にも、どこか謝罪も含まれているような雰囲気があった。
 
「ただ、私も一度領地に戻って片付けなくてはいけない仕事があるので、視察はそれが終わってからになりますが、よろしいですか?」
「構わないよ。元々無理を言っているのは僕の方だからね。それについて文句を言うつもりはないさ」
「では明日、私の出発に合わせて同行して下さい。準備が整うまで、私どもで精一杯おもてなしさせていただきます」
「了解した。よろしくお願いするよ」
 
 こうして、領地に戻るマイン公爵の一団に、皇帝エヴァイアの一団が加わることになった。
 
「……さて、夜分遅くまで付き合ってくれてありがとうマイン公爵」
 
 エヴァイアはそう言って立ち上がって退出するために扉の方へ移動する。そして、扉の取っ手を掴んだところでマイン公爵に振り返りこう言った。
 
「ではマイン公爵、また明日。よい夢を」
 
 そこには噂で聞く通りの、皇帝としての姿と威厳が戻ってきていた。
 
「皇帝陛下も、よい夢を」
 
 
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