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作者: 山のタル
残酷な描写あり
幕間4-1.皇帝の暗躍
 貿易都市の中心にそびえ立つ巨大な建物“中央塔”。貿易都市のどの建物よりも背が高いこの塔は都市のシンボルで有名な観光名所であり、そして貿易都市の重要施設でもある。
 そんな中央塔の地下には、貿易都市を管理する“八柱オクタラムナ”しか入ることが出来ない特別な会議室がある。その会議室に今日、八柱以外の人物が初めて足を踏み入れることになった。
 
「さて、まずは急に呼び掛けたにも関わらず、こうして迅速に集まってくれたことに感謝する」
 
 部外者にも関わらず貫禄のある態度で八柱に接しているのは、ブロキュオン帝国皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”だ。彼が貿易都市のトップである八柱相手に、このような大きな態度を取っているのは当然だ。
 というのも、この貿易都市は『4ヵ国協力平和条約』によりブロキュオン帝国、プアボム公国、ムーア王国、サピエル法国の4国が協力して築き上げた大都市なのである。そしてその貿易都市を管理する八柱のメンバー8人の内、半数の4人は各国の宰相が務めている。
 つまり、エヴァイアの招集により今この場に集まった八柱のメンバーで各国の宰相ではないイワン、メール、ベル、ツキカゲの四人は実質宰相と同程度の地位でしかなく、その宰相より偉い皇帝であるエヴァイア・ブロキュオンには基本的に逆らえないのだ。
 
「いえ、皇帝陛下が我々に用事があると言うのであれば、八柱として集まるのは当然の責務ですぞ」
 
 イワンは集まった四人を代表して、畏まった態度でそう言った。
 
「それで、突然事前連絡もなく“妖艶メルキー”とご一緒に訪問され、我々に用事とは一体何事でしょうか?」
 
 通常では、国の頂点に立つ皇帝のような超重要人物や宰相が貿易都市を訪問する時は、事前に貿易都市側に訪問日時を記した文章を届ける決まりになっている。貿易都市側はそれに合わせて、重要人物が貿易都市にいる間の安全を期すために警備体制を強化することになっているからだ。
 しかし今回のエヴァイアの訪問に関しては事前の通達が一切無い前代未聞のことで、イワン達は事態の把握も対応も何もできてない状態だった。その状態でいきなり召集を掛けられたのだからイワン達の混乱は相当なもので、まずは現状の把握を最優先にしようとしていた。
 エヴァイアも今回の配慮が足りない前代未聞の訪問で八柱達が困惑しているのは理解していたので、さっさと用件を伝えることにした。
 
「実は君達4人だけに伝えたいこと……というより、帝国の今後の方針について伝えるべきことがあったから、それを言いに来たのさ」
「我々4人だけ……? 八柱全員にではなくですかな?」
「その通り。君達4人にだけさ」
 
 ハッキリとそう断言するエヴァイアの考えがいまいち読めず、四人は顔を見合わせる。その中でメールがイワンにアイコンタクトを送る。イワンはメールのその動作の意味を読み取るとそれに頷き返した。そしてイワンの後を引き継ぎ、メールがエヴァイアに質問を飛ばした。
 
「つまり陛下が事前通達をせずにここに来たのは~、他国の宰相達に聞かれたくない内容の話をするため、という風に解釈してもよろしいのですか~?」
「流石の回転の速さだね。あまり大きな声で言えないけど、メールの言う通りだよ。
 僕が事前通達を出さなかったのは、これから話す内容はまだ他の国に知られる訳にはいかないけど、君達4人には知っておいてもらい、その上でこちらに協力してほしいと思っているからさ」
「……その為に他の宰相3人が自国に戻っているこの時期を事前に“妖艶メルキー”から聞いておいて、そのタイミングを見計らい、更に他国に知られないように事前通達を出さずに内密に訪問した。これで合ってますか~?」
「まるで見てきたかのような修正の余地がない完璧な考察だよ!」
 
 エヴァイアはメールの考察をにこやかに全面的に肯定したことで、二人のやり取りを聞いていたイワン、ベル、ツキカゲも今の状況を把握することができた。
 その様子を確認したエヴァイアは、さっそく本題を切り出すことにした。
 
「以前、プアボム公国のストール鉱山で起きた魔獣事件の話は知ってるね? それについて進展があった。マイン公爵が中心に調査してくれた結果、あの事件は人為的に起こされたものであることが判明した」
 
 エヴァイアの人為的という言葉でイワン達4人が驚きの表情を浮かべたが、4人が何か言う前にエヴァイアが手を挙げそれを抑え込む。そしてそのままエヴァイアは話を続けた。
 
「事件の首謀者は“ヘルムクート”と“マター”という二人の男だ。この二人は元々我が帝国に所属していた人物だが、魔獣事件の一年ほど前にとある罪から逃れるために帝国から逃亡してそのまま行方不明になった。
 そして二人はストール鉱山で魔獣を人為的に生み出す実験をし、その結果魔獣事件が引き起こされたのさ」
 
 エヴァイアが語った魔獣事件の真相は簡単に信じられる内容ではなく、頭のおかしい作家が思いついたような荒唐無稽なものだった。
 しかし、大国であるブロキュオン帝国の皇帝の性格上、何の根拠もなくそんな話はしないとイワン達は知っていたので、この信じられない話を信じる他なかった。
 
「にわかには信じられない話ですな……。そもそも魔獣は人為的に生み出せるものなのですかな?」
 
 頭では信じるしかないと思っていても、当然心の何処かでは納得できない部分もあったイワンは、素直な疑問をエヴァイアに投げかけた。
 
「ヘルムクートは元々それを研究していて、押収した彼の研究資料を読む限りでは、理論的に可能らしい。これについては今手元に証拠がないから僕の話を信じてもらうしかないけど、その理論の信憑性は魔獣事件の真相が如実に物語っていると思うけど、どうかな?」
「「「「…………」」」」
 
 エヴァイアの言ったことにイワン達は言葉を返せなかった。そしてそれがイワン達の答えであった。
 
 
 
 それからエヴァイアはパイクスとピークから聞いた魔獣事件の詳細を、そのままイワン達に話した。マイン公爵によって規制された情報しか入手できていなかったイワン達にとって、時系列順に魔獣事件の詳細を知れたことは大きな収穫で、魔獣の危険性について改めて再認識するいい機会になった。
 
 エヴァイアから魔獣事件の詳細を聞き終わったところで、ツキカゲが気になっていたことをエヴァイアに質問した。
 
「……それで、その二人は今何処にいる?」
「確実な証拠がある訳じゃないから何とも言えないけど……、少なくとも我がブロキュオン帝国とプアボム公国内にいないことは確かだよ。……貿易都市はどうなのかな?」
「……少なくとも、そんな危険な背景を持つ奴等は確認できていない」
 
 ツキカゲは影に潜む能力を持っていて、その能力を活かし貿易都市の隅から隅まで常に監視の目を光らせている。
 そのツキカゲが確認できていないと言うのだから、貿易都市にもヘルムクートとマターの二人がいないとみてほぼ間違いないだろう。
 
「となると二人は、ムーア王国かサピエル法国、もしくはそれ以外の何処かに身を潜めているということですね」
「いいえ~、二人はムーア王国かサピエル法国のどちらかにいると見ていいと思いますよ~」
 
 ベルの言葉を修正するように、メールはまるで根拠があるかのようにそう言いきった。
 
「どうしてそう言いきれるのですか“智星メール”?」
「考えてみてください~。魔獣を生み出す実験なんて大それたことが、身を潜めている状態の個人が起こせるとはとても思えません~。つまり、ヘルムクートとマターの背後には何かしらの大きな力を持った組織が関わっていると考えるのが自然でしょう~。
 そしてそんな力を持つ組織が国から離れた場所に存在できるはずがありません~。ブロキュオン帝国とプアボム公国と貿易都市でそのような存在が確認できていないとなれば、ムーア王国かサピエル法国のどちらかにいる可能性が最も高いのです~。
 ……そして一番考えたくない可能性は、が二人に関わっている場合です~。もしそうだった場合は、事態はとても複雑でややこしいことになり、最悪の場合はこの貿易都市の存続にもかかわることになりかねません~
 皇帝陛下もそこまで思い至っているからこそ、こうしてお忍びでここに来ているのですから~」
 
 メールの説明を聞き、事態の深刻さを認識したイワンとベルとツキカゲの三人は無言でゴクリと喉を鳴らし、表情が一層険しいものへと変化した。
 
「メールの言う通り、事はとても複雑になりかねないものだ。しかし現状では確たる証拠がなく、大きく動くことが難しい状態だ。
 今は少しでも多く情報を迅速に集める必要があり、その為には当然人手がいる。だから、どの国とも深い関わりが無い君達4人の力が必要なのさ!
 それと、僕はこの件に関して後日プアボム公国に訪問する予定でいる。そこでプアボム公国と協力関係を結ぶつもりだ。
 我がブロキュオン帝国とプアボム公国、そして貿易都市、つまり君達4人と力を合わせ、首謀者の二人とそれに荷担している平和を乱そうとしている組織を確実に叩き潰すんだ!」
 
 エヴァイアの力の籠った言葉に、イワン達は顔を見合わせる。4人の表情には決意が表れており、全員が同じ意志であることを確認し、イワンが代表してエヴァイアに答えた。
 
「皇帝陛下のお話は分かりました。我々としても協力することに異議はありませんぞ。しかし二つほど、質問しておきたいことがあります。
 この件は“忠国パンドラ”と“冷然カンディ”には、内密にしておくということでよろしいのですかな?」
「そうだ。先程も話に出たように、もし背後に国が関わっていたなら、宰相という立場にある彼等も関係している可能性が当然高くなる。こちらの動きを悟らせないためにも、この調査は疑いのあるムーア王国とサピエル法国には感づかれないように秘密裏に行う必要があるのさ」
「なるほど、了解しましたぞ。ではもう一つの質問ですが、もし本当に、背後にどちらかの国が関わっていた場合、皇帝陛下はどうなさるおつもりですか?」
 
 イワンのこの質問に対してエヴァイアは息を大きく吸うと、皇帝らしい威厳のある態度で堂々とこう答えた。
 
「もしそうだったなら、『4ヵ国協力平和条約』を悪意を持って破り他国を侵攻した罪を問い、相応の報いを制裁という形で取らせる所存だ!
 ……もしそれで素直に納得し反省の意を示さないようであれば、そ奴等を平和を乱した大罪人と見なし、我々が正義という名の武をもってこれを断罪するのみである!!」
 
 
 ◆     ◆
 
 
「本当に、これでよかったのですか?」
 
 皇帝陛下と“妖艶メルキー”が退出した会議室で、残った儂ら3人に向けて“見透しベル”がそう言いました。
 
「“見透しベル”の言いたいことは分かりますぞ。……ですが、儂らにはこの選択肢しかないのも確かなのですぞ」
 
 儂のこの一言で、再び会議室には何とも言えない沈黙が訪れました。
 とりあえず何か言うべきだと思った儂は、再び口を開くことにしました。
 
「とにもかくにも、儂らは今出来る事をするしかありませんぞ。儂ら4人……いや、“妖艶メルキー”と、おそらく今回のことを知っているであろう“並立ラルセット”を含めた6人で密な連携をとって事に当たりますぞ。……くれぐれも“忠国パンドラ”と“冷然カンディ”に悟られることのないように……」
「「「了解」」」
 
 そう、儂らは八柱オクタラムナ。平和の象徴である貿易都市を管理する平和の担い手。儂らにはそれを守るために、然るべき行動を取らねばならない使命がありますぞ! ……例え、それがどのような結果になろうとも……。
 
(……ですが、もしできるなら、二人のどちらかと敵対する最悪の事態には、ならないでほしいですな……)
 
 
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