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作者: 山のタル
残酷な描写あり
87.帝国へ8
 ティンクの正体が皇帝陛下にバレてから数日後、わたくし達は特に大きなトラブルも無く、無事に貿易都市に戻って来くることができました。
 貿易都市に着くとすぐに皇帝陛下に指示の元、中央塔の裏口前に馬車を停め、そこで皇帝陛下と皇后様を降ろしました。二人はそのまま手慣れた様子で裏口を守る警備隊に軽く挨拶して、中央塔に入っていきました。
 その別れ際に皇帝陛下から「ご苦労だった。これはその礼と、今回の護衛の詳細を記した書状だ。書状はハンター組合の組合長に渡してくれ」と言われて金貨5枚という破格の臨時報酬と、組合長宛の書状を手渡されました。
 臨時報酬の額の大きさに目を丸くしながら皇帝陛下を見送ったわたくし達はすぐにハンター組合に向かい、受付で依頼完了の報告し、組合長に面会を求めました。皇帝陛下の書状を見せたこともあり、面会の許可はすぐに降りました。
 
 皇帝陛下の書状を読み、わたくしの報告と、ピークさんの説明を聞いた組合長は「いくら本人から頼まれて依頼主が許可したからといって、皇帝の護衛を引き受けるとは前代未聞だぞ……」と頭を抱えていました。
 しかし同時に、「まあ、『ドラゴンテール』と『双璧』がいるんだから、余程の事がない限り問題なかっただろうがな……」と納得もしていました。
 結局この件に関して組合長はそれ以上言ってくることはありませんでした。そしてわたくし達は依頼成功の最高評価と本来の報酬を受け取って、そのまま解散することになりました。
 
 
 ◆     ◆
 
 
(――以上が、これまでの経緯になります)
 
 月が頭上に登り、人々の喧騒けんそうが寝静まる夜遅くに、クワトルは拠点の裏庭で佇みながら念話でセレスティアに護衛依頼中の詳細と、エヴァイア・ブロキュオンとの一件について事細かに報告していた。
 
(お疲れ様、クワトル。……しかし、面倒なことになったわね。よりによってブロキュオン帝国の皇帝にティンクの正体がバレるなんて……)
(どういたしましょうか?)
 
 クワトルの問いに、セレスティアは少し考えてから答える。
 
(……バレてしまったものを今からとやかく言っても仕方ないわ。皇帝も竜種の血を引いているということだからティンクに親近感が湧いただけかもしれないし、幸いにも皇帝は対等な関係を望んでいるのでしょう? だったら少なくとも悪い方向に転がることは無いでしょう。変なことになりそうだったらこっちから無理難題な条件を押し付ければいいわ!
 まあ、この件は急ぐ事でもないだろうから、後々みんなで時間を合わせて話し合いましょう)
(かしこまりました)
 
 セレスティアの考え通り、皇帝との一件は今すぐどうこうなるものでもない。それにクワトル達が皇帝と再開する予定も特に決めたわけでもないので、急ぐ必要は全くなかった。
 
(ああ、それと。明日カグヅチさんの所に顔を出す予定だけど、時間があるならクワトルも一緒にどうかしら?)
(ええ、是非同行いたします!)
(了解よ。それじゃあ、ティンクにも伝えておいてね。じゃあまた明日)
(はい。お休みなさいませ、セレスティア様)
 
 その言葉を最後に、セレスティアとクワトルの念話が切れた。
 
「……さて、明日の予定もできたことですし、こちらも早々に決着が付いてくれると嬉しいのですが……」
 
 そう呟いてクワトルが見つめる先、裏庭の中心では、ティンクを相手にパイクスとピークが二人掛かりで襲い掛かっていた。
 
「でりゃああああ!」
「ほっ!」
「はぁああああ!」
「おっとっと!」
 
 三人が今しているのは、復路で出来なかった稽古の続きである。パイクスとピークは復路で時間がある時に、連携を意識して自主練や話し合いをしていた。そして復路の初日にクワトルが言った通り、今日この時、その成果を確かめることになったのだ。
 つたなさはまだ残っているものの、初めの頃に比べれば連携の取れた動きでパイクスとピークの二人がティンクを追い詰めている。その成長具合は、ティンクが二人の攻撃を捌くのではなく、回避に専念していることからも窺え知ることができるだろう。
 
「クソッ! 当たらねぇ!!」
「これでも避けられるって、一体どんな運動神経してんだよ!!」
 
 ティンクに攻撃が当たらず、ついつい愚痴をこぼす二人。二人の動きは今までないくらい息の合ったもので、決して悪いものではない。ただ、その相手が悪いだけだ。
 ティンクは以前のスペチオとの特訓で、『複数対一』で模擬戦をしていた。意識の違う二人の連携より、意識が同化している同一人物複数による連携の方が遥かに難しいのは当然で、それで鍛えられたティンクからすれば、パイクスとピークの連携を凌ぐのは意外と簡単なのであった。
 そしてもう一つ、ティンクが回避ばかりで反撃しないのは、二人の動きを十分に観察しているからである。あくまでもこの特訓はふたりの成長を見るためにしているものだ。外からはクワトル、内からはティンクが二人の動きを見て現在進行形で評価している。
 もしティンクが往路の稽古の時のように反撃すれば、十分な評価を下す前に戦闘が終了してしまう。
 
「こんのおおおお! 待ちやがれ!!」
「おい、前に出るなパイクス! 一旦下がるぞ!」
 
 パイクスの攻撃を大きく後ろに飛んで避けるティンク。攻撃を避けて逃げるばかりのティンクに苛立ちが積もり、それを追いかけようと短絡的な行動をしようとしかけたパイクスをピークが急いで咎めて止める。
 
「――チィッ!」
 
 パイクスは大きく舌打ちをしたが、攻撃の手を止めると、指示通りピークと一緒にティンクとの距離を取って息を落ち着かせる。
 
「……深追いは避けましたか。良い判断ですね」
 
 そんな二人の行動を見てクワトルはそう呟いて感心した。
 実はティンクがずっと回避に専念していたのは二人を評価するのともう一つ、二人の連携を崩す目的があった。パイクスは元々短気な性格をしているので、回避ばかりされては次第に苛立ち、短絡的な行動を起こす癖があった。ティンクはその苛立ちが積もる頃合いを見計らって、わざと大きく後退してパイクスだけをおびき寄せ、その瞬間にカウンターを仕掛けて形勢を逆転させるつもりだった。
 
 以前であれば、その状況を冷静に見て罠に気付いたピークからの忠告などパイクスは聞く耳すら持たなかった。しかし、帝国から貿易都市までの復路で自主練をしてお互いに話し合い自分の弱さに向き合えたお陰で、パイクスは戦闘中にも冷静さを保ち、ライバル視しているピークの言葉にも耳を貸すようになっていた。これは大きな進歩であった。
 
「いいかパイクス、お前なら全力を出せばあのティンクの素早さにも付いていける。牽制はお前がやれ! 俺はタイミングを計って援護するから、その隙になんとか攻撃を当てるんだ! 出来るな?」
「ハッ! 誰に言ってやがる! お前こそ、俺が攻撃しやすくなる様なまともな援護をしろよ!」
 
 耳打ちして簡単な打ち合わせを済ませると、パイクスがティンクに向かって飛びだした。
 獣人特有の高い身体能力により一瞬で最高速度まで加速したパイクスは、弓矢を圧倒する速さでティンクとの距離をあっという間に縮め、手にした木剣に移動した速度を上乗せさせて横薙ぎに振り抜いた。
 
「おりゃああああ!!」
「わっと!?」
 
 パイクスの攻撃を寸前のタイミングで後方に飛んで回避するティンク。しかし、パイクスの攻撃はまだ終わりではない。
 
「まだまだいくぜぇーー!!」
 
 さっきまでの手合わせで今の攻撃が避けられることも当然考慮していたパイクスは、木剣を振り抜いた後も足を止めることなく最高速を維持しながら、木剣を上下左右に滅多切りの要領で振り回しティンクを追い駆け回す。
 
「オラオラオラオラァァーーーーー!!!」
 
 周りの迷惑も気にせずに目にも止まらぬ速さで振り回される木剣は、残像を伴い何十本にも分裂しているように見える。
 そんな走る殺戮兵器と化したパイクスの攻撃を、ティンクは後方に動きながら木剣の動きに連動するよう体を上下左右に動かして、これまた直撃する寸前ギリギリで躱していく。
 
(チッ! ムカつくぐらい簡単に躱しやがって!!)
 
 パイクスは力任せの大振りを抑え、脇を閉めて小振りにしたことで過去最速の連撃を繰り出しているものの、その剣筋を目で全て捉えながら回避するティンクに内心で舌打ちをした。しかしそこには先程の様な苛立った様子は無く、むしろ心は至って平静だった。
 
(躱されてること自体はムカつくが、それは想定内だ。俺の攻撃はあくまでも牽制……今はまだな)
 
 一見猪突猛進に見えるパイクスの攻撃も、先程の打ち合わせ通りのただの牽制に過ぎない。パイクスが狙っているのは、あくまでティンクの注意を自分の攻撃一つに集中させることだった。
 そしてその目論見は今のところ上手くいっている。今現在、ティンクの目はパイクスの剣筋一つに向けられており、意識は回避に専念されている。
 
(もう少しだ……もっと下がれ!)
 
 ティンクを追い駆けながら木剣を巧みに動かしてティンクの意識を引き込みつつ、悟られないように慎重に狙った場所に向かってティンクを誘導するパイクス。そして少し大振りのパイクスの攻撃をティンクが大きく後ろに飛んで避けた瞬間――。
 
「今だ! ピーク!」
「はあああああ!!!」
 
 パイクスの叫びに合わせて、突如ピークがティンクの後方から襲い掛かってきた。
 
「うわっと!?」
 
 ピークの突然の奇襲に驚いたティンクは、慌てて無理矢理身体を横に捻った。ピークの大振りの奇襲攻撃はティンクの服を掠めながら通過していく。ティンクは咄嗟のところで、ギリギリ回避に成功することが出来た。
 
「危なかったー!?」
 
 死角からの攻撃を回避して息を吐くティンク。攻撃が回避され、奇襲は失敗した様に思えた。
 ……しかしパイクスとピークは、奇襲回避に成功してティンクの気が緩む、まさにその一瞬を狙っていたのだ。
 
「隙ありだぜぇー!!」
「えっ?」
 
 奇襲によりティンクの意識はパイクスからピークへと移った。そしてピークの大振りの奇襲攻撃を回避することに必死になったティンクは、回避行動を大きく取ってしまったが故に姿勢を立て直すまでに時間が必要だ。更に奇襲の回避に成功したことで気が一瞬だが緩んでしまった。
 それらが重なって出来る一瞬だか大きな致命的な隙、その瞬間を狙っていたパイクスは一気にティンクの懐に飛び込むと、最高速度で木剣を振り抜いた。
 ティンクの姿勢は崩れたまま、凄まじい速度で迫る木剣、それはどうあがいても回避不可能で完璧に決まった一撃であった。
 
 ドゴォ!!
 
「ぐふぅ――!?」
 
 脇腹にフルスイングの木剣がモロに直撃し、その衝撃で体重の軽いティンクは為す術なく吹っ飛ばされ、地面を激しく何回転も転がり仰向けに倒れた。
 
「バカ! やりすぎだパイクス!!」
「あっ――」
 
 ピークの声で冷や水を掛けられた様に頭が冷え「しまった!?」と思ったパイクスだが、時既に遅しだった。
 いくら今までの稽古で軽くあしらわれた相手だからと言って、先程のパイクスの攻撃は魔術師の少女相手に稽古で当てていい攻撃ではなかった。
 殺傷力の低い木剣とはいえ固さはあるので、叩けば相当痛みと衝撃を伴う。それを急所である脇腹に全力で叩き込んだのだ。相当なダメージを受けているのは間違いなく、下手をすれば命に関わる重症を負っている可能性があった。
 実際ティンクは受け身も取れずに地面を激しく転がり、ピクリとも動いていない。
 その事実が頭で理解できた途端、パイクスの表情から一気に血の気が引いて顔が真っ青になった。
 
「――お、おい! 大丈夫か!?」
 
 慌てて倒れているティンクの元に駆け寄るパイクス。
 ティンク愛用の白い服は地面を転がった所為で、土埃を被り土色に汚れ、芝の切れ端があちこちにくっついていた。手足の力は完全に抜けてだらりとしていたが、幸いにも息はあり、気絶しているようだった。
 見た目からは怪我の程度が見て取れなかったが、急いで回復させる必要があるのは間違いなかった。
 
「は、早く回復魔術を!」
「落ち着け! 俺達は魔術師じゃないんだ、回復魔術なんて使えるわけないだろう!」
 
 混乱して慌てるパイクスに、まだ冷静さを保っているピークが正論をぶつけて落ち着かせる。
 
「とりあえず、医者に見せるんだ! 急ぐぞ!」
「ああ、わかった!」
 
 そうしてティンクを運ぶために、パイクスがティンクをそーっと慎重に抱き上げようと手を伸ばした。まさににその時であった。
 
「――油断しちゃダメだよ?」
 
 サッ――
 
「……えっ?」
 
 すぐ近くから聞こえた声と殺気に反応する間もなく、パイクスの首筋に冷たい物が当てられた。
 首筋から伝わる冷酷な感触に、パイクスは恐る恐る横目でその正体を確かめる。するとそこには何処から取り出されたのか、表面が鏡のように磨かれ、天高くにある月と夜空を写し出している短剣があった。
 そして短剣の持ち手の部分に目を落とすと、そこには不敵な笑みを浮かべパイクスに視線を向けているティンクの手があった。
 
「パイクスさん、ここが本当の戦場なら一回死んだよ?」
 
 ティンクは痛がっている様子も無く、首筋に当てていた短剣をパイクスに見せてそう言った。
 
「は? えっ……? なんで?」
 
 目の前の出来事に混乱が加速して思考が上手くできないパイクス。それはその様子を見ていたピークも同様で、何が起きているのか理解できず口を開けてその場で固まっていた。
 
「そこまでです! ティンク、剣を下しなさい」
 
 そこに突然、クワトルの声が響いた。
 クワトルの言葉に従ってティンクは短剣を腰のポーチに仕舞うと、スッと立ち上がって何事も無かったかのようにクワトルの横に並んで立った。
 未だ事態が呑み込めていない二人を放置して、クワトルが説明も無しに言葉を続ける。
 
「パイクスさん、ピークさん。この数日でよくここまで仕上げられました、おめでとうございます!『双璧』と称される由縁、しかとこの目で拝見致しました!」
「二人ともおめでとう! いい連携だったよ!」
 
 クワトルとティンクは二人を褒めると、パチパチと拍手を送る。
 
「あ、ありがとう……いやいや、そうじゃない!」
「ティンク、怪我は大丈夫なのかよ!?」
 
 パイクスとピークは褒められたことよりも、ティンクの怪我具合の方が気がかりで心配そうにティンクに駆け寄るパイクスとピーク。流石に心配させすぎたかな? と思ったティンクは何があったかを説明することにした。
 
「大丈夫、どこも怪我してないよ。パイクスさんの攻撃が直撃する寸前に、魔力弾を作ってクッションにしたの」
 
 ティンクはそう言って手の平に収まるぐらいの魔力弾を作り出した。それを指で押すとグニュっと沈み、離すと反動で元に戻りぷるぷるとゼリーのように揺れていた。相当な弾力が備わっているのが見ただけで分かる。
 魔力弾は自身の魔力を打ち出す初級中の初級魔術である。魔力弾と言ってもその形状は球形や槍状などある程度自由に変える事が出来るので、非常に使い勝手の良い魔術である。そしてティンク程の魔術師にもなれば、魔力の込め方によって硬さや特性も自由できるようになる。
 ティンクは攻撃が直撃する刹那、脇腹と木剣の間に柔らかく衝撃吸収に優れた魔力弾を咄嗟に作りだし、パイクスの攻撃を防いでいたのだ。
 
「じゃあ、転がって倒れたのは?」
「あれは二人を油断させるための演技だよ。本当に気絶してるみたいだったでしょう?」
 
 イタズラが成功した子供のように、ニカニカと無邪気に笑うティンク。
 
「なんだよ、驚かせやがって……」
 
 ティンクのネタばらしを聞いて緊張の糸が切れたようで、パイクスとピークは安堵のため息を漏らした。
 
「安心してはダメです、パイクスさん、ピークさん。先程ティンクが言っていたように、ここが戦場ならパイクスさんは首を切られて既に死んでいますよ」
 
 そう言ってクワトルは二人の稽古のダメ出しをする様に、パイクスの失態を叱って注意した。
 クワトルに言われて思い出したように、パイクスは自分の首筋に手を当てる。そこにはまだ短剣の冷たさが残されており、あと数センチ短剣の位置が首の方に動いていたら自分の命がなかったということを改めて実感し、パイクスの背中に冷や汗が流れた。
 
「二人ともティンクが攻撃を防いでいたことに気付けていませんでしたね? そういった相手の細かい動作に目を向けることをどんな時でも意識しておかなければ、先程のように少しの油断で命を落とすことになりますよ?」
「「……はい」」
 
 クワトルの完璧な指摘に、パイクスとピークは何も言い訳をする余地がなく、素直に頷くしかなかった。
 
「……とはいえ、稽古のルールでは『ティンクに魔術を使わせるか、一撃を加えたら勝ち』との事だったので、あの時既に勝者は決まっていました。最後のはティンクの悪あがきだったので、これ以上その事については何も言いません。
 二人とも、改めておめでとうございます。これならマイン公爵様やヴァンザルデンさんも納得してくれるでしょう!
 しかし、これで慢心してはいけません。独善で狭量な価値観に囚われる事無く、忖度そんたくで寛容な視野を持つことを忘れないでください」
「二人ともお疲れ様!」
 
 再び称賛の拍手を送ったクワトルとティンクに、パイクスとピークは深々と頭を下げて感謝した。
 
「「ありがとうございました!!」」
 
 こうして『二人に稽古を付ける』という最後の目的も無事に達成し、依頼は本当の意味で完了した。
 
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