▼詳細検索を開く
作者: 山のタル
残酷な描写あり
86.帝国へ7
 わたくしがティンクからの念話を受けたのは、パイクスさんとピークさんに稽古の件について話している時でした。
 
 (クワトル、こっちに来れる……? ちょっと不味い事になっちゃった……)
 
 その声はいつも元気なティンクからは想像も出来ない、申し訳なさそうな弱々しい声で驚きました。
 
 (……分かりました。すぐに向かいます)
 
 何かやらかしたのではないかと不安になり、二人へのアドバイスを簡単に済ませて、わたくしはティンクのいる部屋に急いで向かいました。
 幸い、ティンクは皇帝陛下に粗相そそうを働いたわけではありませんでした。しかし、それ以上に厄介な状況になっていたのは、ティンクの言葉を聞いて確信しました。
 
 
 
 わたくしはティンクのとなりに腰掛け、皇帝陛下達と向かい合う。
 皇帝陛下も皇后様もニコニコと余裕のある表情でこちらを見つめてきている。一見すれば友好的にも見えますが、わたくしにはそれが逆に恐ろしく感じた。
 
 ティンクは正体がバレたと言っていました。それはつまり、ティンクが竜種の血を引いているということがバレたということです。
 しかし、どうして……?
 ティンクは見た目こそ人と何ら違いはありません。膨大な魔力も普段から抑え込んでいるので、魔力量が多い魔術師の少女程度にしか認識されないはずです。そう見せるために魔術師としてハンター登録をして、魔術師らしい格好をしているのですから。
 ティンクがうっかり口を滑らせてしまった可能性もありますが、それも現実的ではない。ティンクは自分の力を誇示する子ではありませんし、正体を隠す理由もしっかりと理解しています。
 つまり、普通に接していればティンクの正体に気付くことは、まずあり得ない。だからこそ、皇帝陛下がどうやってティンクの正体に気付けたのかが分かりませんね……。
 
 わたくしがそうして静かに思考していると、皇帝陛下の方が先に口を開いて、いきなり核心に触れてきた。
 
「ティンクって“竜種”の血を引いてるだろう? ……ああ、そんなに警戒しないでおくれよ。別にその事を言いふらす気はないよ。正体を隠してハンターをしているということは、何か事情があるんだと理解しているからね」
 
 皇帝陛下の言葉を信じないわけではないが、隠していたことがバレた相手に警戒をするなと言う方が無理というものだ。
 わたくしは警戒の色をそのままに、一番気になっている質問を皇帝陛下に投げ掛けた。
 
「……ティンクが竜種の血を引いていると、どうして言い切れるのですか?」
「そうだね。根拠は色々あるけど、一番の決め手は僕と同じ匂いがしたことかな?」
「同じ匂い、ですか……?」
 
 私の疑問に、皇帝陛下は自慢げに胸を張って答える。
 
「そう、実は僕も竜種の血を引いているのさ!」
「なんですって!?」
 
 竜種は生態系の頂点に君臨する生物である。しかし、その個体数は少ない。
 スペチオ様から昔聞いた話によれば、遥か昔、数多くいた竜種の間で覇権をめぐった争いが起きたそうだ。その所為で殆どの竜種が死に、残ったのは覇権争いを勝ち抜いた者と、争いに参加しなかった数十頭の竜種だけだったそうで、その数十頭も今ではスペチオ様を含めて三頭しか残っていないという。
 そして竜種は基本的に完成された生物で寿命がとてつもなく長いので、わざわざ子孫残そうとする物好きは少ないと、物好きのスペチオ様は言っていた。
 スペチオ様の子供はティンクしかいないので、皇帝陛下は必然的にスペチオ様以外の竜種の子供という事になるが、一体親の竜種は誰なのか……いや、今はそんな事はどうでもいいことですね。
 つまり皇帝陛下は自分と同じ様な身の上で竜種の血を引くティンクの気配を、本能的に察知できたということのようだ。
 
(ティンクも皇帝陛下が竜種の血を引いていることに気付いていたのですか?)
(……似たような気配は感じたけど、話を聞くまではそれが何のか、ティンクには確証が持てなかったの……)
 
 確かに、似た気配を感じたとしてもそれが何なのかを理解するのは難しく、確証を得るにはそれを裏付ける証拠がいる。
 
「そう言えば皇帝陛下はさっき、『根拠は色々あった』とおっしゃっていましたが、それは何だったんですか?」
 
 少なくともわたくしが見ていた限りでは、ティンクが正体がバレるような行動をしていた様子は見受けられませんでした。皇帝陛下は一体ティンクの何を見て正体に辿り着く根拠を得たのか……。今回はバレてしまいましたが、今後の為にもそれを知っておく必要があります。
 
「ああ、それに関してはまず、僕の力について説明しないといけないね」
「いいのエヴァイア? 貴方の力は帝国の超極秘情報の一つよ?」
「いいのさメルキー。こっちは彼等の秘密を暴いて、その上で問い詰めることまでしている。僕は彼等と対等の関係を望んでいるんだ。だから、こちらも同等の秘密を教えることがフェアだと思わないかい?」
 
 皇帝陛下の言い分は至極真っ当なもので、皇后様も納得した様子でそれ以上は何も言わず素直に引き下がった。そして皇帝陛下は、自身の力とそれに関する昔話を話し始めた。
 
「僕のご先祖様である竜種は、“ブロキュオン”という名だった。今から遥か昔にあったと言われる竜種の覇権をかけた争いに参加せずに生き残った数少ない竜種の一匹で、帝国の名前の元になった存在だよ。
 ご先祖様は元々争いを好まない性格だったようで、覇権争いを生き残った後は小さな森に隠れ住んでいたそうだ。そこに長耳族の一部が住み着き、小さな村を形成してご先祖様を守護神として祀り上げた。ご先祖様はそれを特に反対もせず受け入れたそうで、その小さな村は長い時を平和に過ごした。
 ……しかし時代は流れ、人が覇権を争いはじめた頃、元々ご老体だったご先祖様は寿命を迎えようとしていた。そこで守護神であるご先祖様の血を絶やさないようにと考えた村人たちは、一人の巫女をご先祖様に捧げ子を成させた。
 そして産まれた子を見届けたご先祖様は静かに天命を迎え、ご先祖様の血を引いた子は村の長となり、ご先祖様の血は脈々と村で引き継がれていった。
 これが、僕の産まれた村に伝わる伝承さ。そして僕は、そのご先祖様の血が色濃く浮き出た先祖返りという訳だよ」
「なる程、つまり皇帝陛下の力というのは、そのご先祖様から受け継いだものということですね?」
「察しが良い人材は大好きだよ! ティンクもそうだけど、君もぜひ欲しくなってきたね!!」
 
 皇帝陛下は嬉しそうにそう言って勧誘してきましたが、もちろん丁寧にお断りさせていただきました。
 
「……話が逸れてますよエヴァイア」
「ああ、ごめんごめん」
 
 皇后様に注意され、皇帝陛下は謝りながら脱線した話を元に戻す。
 
「僕が受け継いだのはご先祖様と同等の寿命と魔力、そして『超感覚』とご先祖様が言っていた能力だ。『超感覚』はその名の通りの力で、生物の持つ感覚全てを数十倍~数万倍にまで自在に増幅できる力さ。
 生物は『視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚』の五感を頼りに、物事や状況を判断し生きている。生物の種類によってそれぞれの感覚の強さに違いがあるのは知っていると思うが、同じ生物でも感覚の強さに明らかな違いが出ることがあるのは知っているかい?
 例えば、目が見えない人は聴覚や触覚や嗅覚が発達し、常人では聞き分けられない音を聞き分け、空気の感触が分かるようになり、匂いに敏感になるそうだ。そしてそれらの情報を正確に処理して周囲の空間を把握できるように脳も同時に発達し、目が見えなくても周囲の状況がようになるらしい。『超感覚』はそれを意識的に操作できる力なのさ」
 
 皇帝陛下の説明を聞いて、わたくしは目の前にいる皇帝陛下、エヴァイア・ブロキュオンの恐ろしさを改めて思い知らされた気分になった。
 まず寿命の長さである。竜種と同等という事は、優に数千年~数万年以上の時を生きれるという事を意味する。寿命の長さは、生物の強さを測る指標の一つである。ブロキュオン帝国の建国は300年~400年前と言われており、その時から皇帝の座は一度も変わっていないという事実と、目の前の皇帝陛下の見た目の若さが寿命の長さの話を裏付けている。
 そして先程の皇帝陛下の説明にあった、『感覚が発達すると情報を正確に処理するために脳も発達する』という話だが、これは以前にセレスティア様とミューダ様から似たような話を聞いたことがあったので、信じるに値する情報である。
 人の限界を超えて何倍も遠くを見る事の出来る視力、常人には聞こえない音を聞き分けられる聴覚、触れた空気から情報を読み取る鋭い触覚、グルメ家すら足元にも及ばない豊富な味覚、犬などよりも優れた敏感な嗅覚、それらから得た膨大な情報を演算して処理する高度に発達した頭脳。
 それは最早、人とという枠組みに収めるのは不可能な、『化け物』と呼ぶのに相応しい存在だ。その化け物っぷりを裏付けるように、皇帝陛下はティンクを竜種の血を引く者だと確信した根拠の話をし始めた。
 
「謁見の時から君達を観察していたが、ティンクは僕と同様に明らかに人を超えていたよ!
 まず謁見の間に来た時、近衛兵達が君達を凝視して見張っていただろう? あれは僕の命令でそうさせた。事前に一人一人見張る人物を指名して、それ以外には目を向けないように指示して、尚且つバラバラに配置してね。
 あの二将軍とクワトルは視線に気付いて無視していたが、どの近衛兵が視線を向けているかまでは気付いてなかったよね?」
「…………」
 
 皇帝陛下の言う通り、視線には気付いていましたが、誰が視線を向けているかまではわたくしには分からなかった。
 わたくしの無言の肯定を聞き、皇帝陛下は話を続ける。
 
「しかし、ティンクだけは正確に視線を向けた近衛に視線を向け返していた。それも何の魔術の発動も無しにだ! 視線を返されて手を振られた近衛は度肝を抜かれていたよ! ハハハッ!」
 
 皇帝陛下はそう言って笑っているが、わたくしやティンクからすれば笑えない。
 今の一言で、皇帝陛下は魔術の発動を察知できると言ったようなものだ。いや、実際感じ取れるのだろう。魔術師が魔力や魔素の動きを感じ取るのもわば感覚である。『超感覚』を使う皇帝陛下がその程度のこと出来ないはずがない。
 
「探知系魔術も無しに向けられた視線に正確に気付ける鋭い察知能力を持つなんて、武術の達人でも一握りいるかいないかだ。そんなことが普通の魔術師にであるわけがないだろう? これが根拠の一つ目さ!」
 
 チラリとティンクの方を伺うと、ティンクは明らかに顔から血の気が引いて動揺していた。
 初めてあのような場謁見の間を見て興奮して軽率な行動を取ってしまい、結果それが正体がバレる切っ掛けになってしまったのだ。『迂闊・油断』そう言われてセレスティア様にお叱りを受けてもおかしくない程の失態でした。ですが……
 
(大丈夫ですティンク、わたくし達はパーティーです。怒られるときはわたくしも一緒ですよ)
(ク、クワトル~……!)
 
 そう、わたくしは元々、ティンクのサポートをするために一緒にハンターになると志願しました。ティンクの失態は、それを注意できなかったわたくしの責任でもあります。ティンクだけに責任を負わせるわけにはいきません。
 
「それにもう一つは、ティンクから感じる違和感だ。ティンクからは見た目よりも多大な魔力の気配を感じるが、まあ、強い魔術師であれば納得のいく気配の大きさだよ。
 ……だけど、その気配が魔術を使ってもまるで変化しないのさ! おかしいと思わないかい?」
「…………あっ!?」
「……どういうことでしょうか?」
 
 ティンクは何かに気付いたようですが、わたくしは皇帝陛下の言っている意味が分からずに素直に聞き返した。
 
「なぁに簡単な話だよ。魔力の気配というものは、生物が持つ魔力の流れで生じる波紋のようなものだ。意図して隠そうとしない限りは、魔力に敏感な者なら感じることが出来る。
 そしてそれは必ず流動的なものなんだよ。魔術を使えばもちろん、歩いたり呼吸をするだけでも魔力の気配は微妙に変化するのさ」
「……ま、まさか!?」
 
 ここまで言われれば、その気配を感じられないわたくしでも理解できました。つまり――
 
「そう! ティンクにはその変化が微塵も感じられなかったのさ! 僕の『超感覚』をってしてもね! 謁見の時からここに来るまでの間一度もだよ?
 そしてこれが意味する事はただ一つ。ティンクの実際の魔力量が気配で感じるよりも何倍も大きく、それを偽装出来る程に完璧に自身の魔力をコントロールしているという事さ! ……流石の僕も度肝を抜かれたよ、ここまで完璧な魔力コントロールは今まで見たことなかったからね」
「「…………」」
 
 ティンクは元々の魔力量が膨大だった為、セレスティア様とミューダ様から世間に出ても怪しまれないように魔力をコントロールする特訓を受けていた。
 そのおかげでお二人からお墨付きが出る程に完璧な魔力コントロールを身に付けましたが……、まさかそれがあだとなるとは……。
 
「これが二つ目の根拠だよ。どうだい? これでもティンクが人の枠に収まる存在と言えるかな?」
 
 皇帝陛下はしたり顔でこちらを見つめそう言った。
 ……どうやら、元よりわたくし達に逃げ道は無かったようですね。
 
「いえ、十分ですよ。皇帝陛下は本当に恐ろしいお人ですね、敵にだけは絶対に回したくないですよ」
「はは、褒め言葉として受け取っておこう」
「……それで、皇帝陛下はわたくし達に何を望んでおられるのですか?」
「おや、最初に言わなかったかい? 僕は君達と対等な関係を望んでいるのさ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「……少し考えさせてもらってもいいですか? 返事は後日、必ず致しますので」
「ああ、構わないよ。言い返事が貰える事を期待しておこう!」
 
Twitter