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作者: 山のタル
残酷な描写あり
23.鉱山の異変7
 魔力蓄変換陣ちくへんかんじんを展開してしばらくすると、私は身体に魔力が溢れるほど貯まっていくのを感じていた。
 
 この魔力蓄変換陣はミューダが作ったオリジナルの魔術だ。
 これは術者の周囲の魔素を取り込み、それを魔力に変換して蓄える事ができる魔術だ。術者は蓄えられた魔力を、任意のタイミングで好きなだけ取り出すことが出来るとても便利な術である。これを使えば、魔力の自然回復を待つよりも格段に素早く、効率的に魔力の補充が出来るようになる。
 
 しかし、一見便利に見えるこの魔力蓄変換陣だが、無視することの出来ない大きなデメリットを二つ持っている。
 一つ目は周囲の魔素を取り込み尽くしてしまえば、魔力蓄変換陣は自動的に解除されて、蓄えた魔力も一緒に消えてしまうということ。
 そして二つ目は、魔力蓄変換陣を発動している間、術者は足元に展開している、約半径3メートルの大きさの魔法陣の外に出れなくなるということだ。
 この魔力蓄変換陣の維持には、術者が魔法陣の中に居ることが必要なのだ。もし魔力蓄変換陣の発動中に術者が陣の外に出てしまえば、術は解除され、同時に魔力蓄変換陣に蓄えた魔力も消えてしまう。
 なのでこの魔術を活かすには術者が固定砲台になるしかないのだ。
 しかし、強大な力を有する魔獣を相手に動けないというのは、ただの的にしかならず大きなハンデとなる。
 
 それを理解していながら、私が魔力蓄変換陣を使ったのには勿論理由がある。それは魔術蓄変換陣の特性にあった。
 魔力蓄変換陣は術者の周囲の魔素を取り込むのだが、実は魔力蓄変換陣を発動している間はその歯止めが出来なくなる。つまり、周囲の魔素が無くなるまで自動的に魔素を取り込み続けるのだ。
 
 しかし、この特性が今回の作戦に大いに役に立つ。
 魔獣は魔素が多い所を好む特徴があるのだが、現在鉱山の中はどういうわけか魔素の濃度が高くなっていて、魔獣が鉱山から出てこないのもおそらくそれが理由だ。
 そこで、魔力蓄変換陣を私とティンクの二人で使用して、鉱山内部の魔素を取り込み魔素濃度を薄くすれば、自ずと魔獣は私達が蓄えた豊富な魔力に引き寄せられて鉱山から出てくるという訳だ。
 そこをすかさず私達が全力で叩き、魔獣を討伐する。これが今回の作戦である。
 勿論、想定外の事態に備えて、後方にヴァンザルデンさん達や多くの兵士を配置してもらい、柔軟な対処が出来る様にしてもらっている。
 ……まあ、そこまでの事態にならないようにはするつもりだけどね。
 
「セレスティア様、鉱山の中の魔素はかなり取り込めましたよ!」
 
 もうそんなに取り込めたのか。流石に二人掛かりなら速いなと感心しつつ、私は作戦を次の段階に移すことにした。
 
「よし、それじゃあ魔獣を迎え撃つ準備をしましょう。
 ティンクは魔獣の気配を探りつつ、錬金術での攻撃準備! クワトルは魔獣が飛び出してきた時、牽制して私達に近寄らせないようにしてね!」
「はい!」
「お任せください!」
 
 クワトルとティンクが私の指示に従って準備を始めたのを確認して、私も自分の準備に取り掛かることにした。
 後ろを振り返ると、そこにはヴェスパ達に集めてもらって山積みになった鉱石の山があった。私はそれに向かって手をかざすと、錬金術を発動させる。
 
(せっかく魔力と素材が豊富にあるから、出し惜しみ無しでいきましょうか!
 まずは鉱石に含まれている不要な不純物を分離……、よし、成功!
 次にこれを均等に四つに別けて合成して……いや、せっかく沢山の素材があるから、新しい組み合わせで作ってみようかな?)
 
 そう思い至った私は、早速合金の作成に取り掛かることにした。
 不純物を取り除いた素材の山には、『銅』、『鉄』、『魔石』の三つがあった。この三つはストール鉱山の主な採掘物のため、素材の山の殆どを占めていた。
 その他でいえば量は少ないが『鉛』、『すず』、更に少量だが『クロム』もあった。
 私はその中から銅と鉄を選んで合成し、『銅鉄』という合金を作成した。
 次に、数ある魔石の中から比較的大きい物を選び、それを先程合成した銅鉄で覆うように包んでいく。
 
(このまま形を整えて、銅鉄を硬質化させれば……完成!
 最後に仕上げで、クロムを表面に薄くコーティングすれば完璧っと♪)
 
 一仕事終えたような達成感を感じつつ、セレスティアは作り上げた物をじっくりと眺める。
 そこには表面にコーティングされたクロムにより、美しい銀色の輝きを放つ大剣があった。大剣は反りの無い真っ直ぐな直刀で、幅広の片刃の剣だ。
 そんな美しい銀色の光沢を持つ大剣だが、その美しさより目を引く特徴は、何と言ってもその巨大さだ。
 大剣の大きさはセレスティアの身長の倍以上もあり、3メートルは余裕で超える巨大さだった。
 
「うん、上出来ね! これならなんとかなるでしょう」
 
 作り上げた巨大な大剣の出来に納得した様子のセレスティア。だが、セレスティアの準備はこれだけで終わらなかった。
 これほど巨大な大剣を作っても、用意してもらった素材はまだまだ余っていた。なので、セレスティアはそれらを使って同じ大きさの大剣を追加で三本作り、合計で四本の大剣が完成した。
 
「セレスティア様! 鉱山の中から大きな気配がこっちに近づいてくるよ!」
 
 セレスティアが大剣を作り終えたまさにそのタイミングで、ティンクが宿舎の方にまで聞こえるように“拡声魔法”を使い、そう叫んだ。
 すぐ隣にいるセレスティアに報告するなら、声の音量を大きくする“拡声魔法”を使う必要はないのだが、魔獣接近の報告は後方の宿舎に待機している全員にも聞こえるように、拡声魔法を使う手はずになっていた。
 
 後方の宿舎では、ティンクの報告を聞いて緊張が走っていた。
 各々が武器を構えて陣形を整え、いつでも戦闘を開始できる体勢を取っていく。
 一見落ち着いて動いているように見える後方部隊だが、一人一人の顔は明らかに引きつっており、恐怖と緊張の色が現れていた。
 まあ、これから災害と称される魔獣と戦闘になるのだ。いくら訓練を積み重ねて鍛えた精鋭とはいえ、実力が測れない未知なる相手と戦うとなれば、少なからず恐怖を感じるのはむしろ正常と言えるだろう。
 
 そしてセレスティアもティンクの報告を聞き、先程作った四本の大剣を宙に浮かせて臨戦態勢を取る。
 
 セレスティアが大剣を浮かせると、それを見ていた後方部隊からざわめきが起こった。その原因はセレスティアが大剣を浮かせるのに使った“浮遊魔術”だ。
 浮遊魔術は、対象の物体を宙に浮かせて操るという術だ。それだけ聞けば便利に思うかもしれないが、これには大きな欠点があった。それは、消費する魔力量が多過ぎてあまりにも燃費が悪いため、まともに使える術者が存在しないのだ。
 どれぐらい悪いかと言うと、普通の魔術師がセレスティアの作った大剣を一本浮かせようとすると、5秒も経たずに魔力切れを起こす。魔力量が多いセレスティアでも、一分持つかどうかという程である。更にそれが四本もあるのだから、単純計算で四倍早く魔力切れを起こすことになる。
 そんな大きな弱点があるので、浮遊魔術を使おうとする物好きな魔術師はそもそもいない。
 
 では何故セレスティアが、今回浮遊魔術を使ったかと言えば、魔力蓄変換陣があったからだ。
 これがある限り、魔力量は実質無尽蔵だ。なので燃費がすこぶる悪い浮遊魔術でも、デメリットを気にせず使うことが出来るのだ。
 そしてそもそもの話、あの大きさの大剣をセレスティアが振り回すのは不可能なので、浮遊魔術に頼るしかなかった。
 つまり、今回の戦術は魔力蓄変換陣があってこそ成り立つ、力技であった。
 
 そんな力技を駆使して臨戦態勢を取ったセレスティアにも、地響きを起こしながら近づいてくる存在を、徐々にではあったが感じ取ることが出来る様になっていた。
 そう、間もなくそいつはやってくる。抗うことそのものが愚かだと思いたくなる様な圧倒的な暴力をその身に纏った、どうしようもなく理不尽な殺戮者が……。
 
「グウゥゥゥゥオオオォォォォォォーーーーーー!!!!!!!」
 
 聞く者の身を縮こませるほどの威圧感が乗った、低く唸る咆哮を撒き散らし、そいつは遂に鉱山から姿を現した。
 頭部と不釣り合いなほど巨大な袋状の丸い腹部。頭部の下からは八本の長い脚が伸び、アンバランスな身体を支えている。脚の先は尖っており、それぞれが動く度に地面に突き刺さるほど鋭い。
 その見た目は、間違いなく“蜘蛛”のそれであった。
 しかし、それが普通の蜘蛛でないことは、3メートルを超える巨体を見れば誰の目にも明らかだった。
 更に、全身を銀色を基調として黒い模様の入った鎧の様な甲殻で覆っており、まるで全身を武装しているようで不気味さしかなかった。
 
 そんな『鎧蜘蛛よろいぐも』と呼ぶのが相応しい姿をした魔獣は、セレスティアを見つけた途端、彼女目掛けて襲い掛かるように一直線に走り出した。
 
「させません!」
 
 すかさずクワトルがセレスティアと魔獣の間に割って入り、突進してくる魔獣に斬りかかった。
 それに対して魔獣は、素早く突進の勢いを殺すと、クロスするように組んだ二本の前脚で、クワトルの斬撃を受け止めた。
 
 キィィーーン!
 
 クワトルの斬撃と魔獣の前脚がぶつかり合った瞬間、まるで金属同士がぶつかった様な甲高く耳障りな音が響いた。
 魔獣はクワトルの斬撃を受けてもビクともしておらず、剣を受け止めた前脚にも傷一つ付いていなかった。
 クワトルは直ぐに後ろに飛んで魔獣から離れると、態勢を整えて再び剣を構え直す。
 
「なんという硬さ……これは骨が折れそうですね」
「伏せなさいクワトル!」
 
 セレスティアの叫びに瞬時に反応してクワトルが伏せると、その頭上を掠める様に二本の巨大な大剣が魔獣に向かって勢いよく飛んで行き、斬りかかった。
 魔獣はクワトルの時と同じように前脚をクロスさせて、受け止める姿勢を取る。
 
 ドォオオーーーン!!
 
「グゥゥゥゥ!!??」
 
 しかし、クワトルの時と違って、今度の斬撃は魔獣とほぼ同じ大きさの大剣、それも二本同時による攻撃だ。質量そのものがあまりにも違いすぎる為、魔獣は先程と同じように受け止めきることが出来なかった。
 魔獣を襲う巨大な破壊力は、魔獣の脚を伝って足元の地面に到達すると、地面を抉るように陥没させる。そして地面が陥没したことで態勢を崩した魔獣は、金属の軋む音と共に地面に叩き伏せられた。
 
「ティンク!」
「いっくよぉーーー!!」
 
 セレスティアがティンクに指示を飛ばすと、「待ってました!」と言わんばかりにティンクは錬金術を発動させる。すると、魔獣の真上に大小様々の炎の玉と氷の塊が無数に出現した。
 それらはティンクが杖を振りかざしたのを合図に、魔獣に向かって雨のように降り注ぐ。
 
 ドドドドドォォーーーーーン!!!!!
 
「これはおまけだよー!」
 
 そう言って、ティンクは更に追加で錬金術を発動させる。
 すると今度は魔獣の周りの地面が盛り上がり、5メートルを超える大きさの土の壁が四つも出来上がる。
 檻のように魔獣を囲ってそそり立った土の壁は、根元の部分に亀裂が走ると魔獣に向かって倒れていき、砂煙と轟音を巻き上げながら魔獣を押し潰した。
 
「やりましたか?」
 
 クワトルはティンクに確認するが、ティンクは不満げな表情で頭を横に振って答えた。
 
「ううん、まだみたいだよ。……流石に魔獣はしぶといね」
「……グゥゥ、ウォォォォオオオオオ!!!」
 
 ティンクの言葉通りに、呻き声を上げながら瓦礫の山を押しのけて魔獣が再び姿を現した。
 だが、流石に鎧のような硬さの甲殻を持った魔獣でも、セレスティアの攻撃とティンクの猛攻を受けて無事では済まなかったようで、身体のあちこちにヒビが入り、痛ましそうに数か所がボコボコに凹んでいた。
 
「グゥゥゥ、ウォォオオオオーーーーー!!!!」
 
 だがしかし、それも束の間の事だった。
 魔獣が雄叫びを上げると、身体から魔力が溢れ、魔獣の全身を覆い尽くす。すると、ヒビや凹みなどの傷が見る見るうちに回復して元通りになっていった。
 
「これは、持久戦になりそうね……」
 
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