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作者: 山のタル
残酷な描写あり
22.鉱山の異変6
「ティンク、準備はいい?」
「はい、いつでもオッケーです!」
「よし、それじゃあ始めましょう! ヴァンザルデンさん、あとはお願いね」
「わかったぜ。――これより作戦を開始する! 各員、所定の位置に着け!!」
 
 セレスティアから指揮を引き継いだヴァンザルデンは、後方にいる兵達に号令を飛ばすと、セレスティア達の後ろの離れた場所に移動した。
 
 現在、セレスティアとクワトルとティンクの三人は、鉱山の入り口近くに陣取っている。
 そこから後ろの離れた位置に、マイン領主軍・元帥のヴァンザルデン、同じくマイン領主軍の将軍が2人、ストール領地軍・騎士団長のヴェスパと副団長、ヨッヘリントが指名したAランクハンター3人とBランクハンター4人、合計12人の「元・魔獣討伐別動隊」が控えている。
 
 そしてその更に後ろの鉱夫達の宿舎があるエリアには、討伐部隊、支援部隊、予備部隊に振り分けられていた、5700人の兵士やハンターが集まっていた。
 その中には、マイン領主軍・参謀長のカールステン、マイン公爵家当主のオリヴィエ・マイン公爵、ストール鉱山都市領主のギャランド・ストール伯爵、ストール鉱山都市ハンター組合支部長のヨッヘリントもいて、鉱山の入り口が見える安全な位置から前線の様子を伺っている。
 
「……どうしたヴェスパ、表情が険しいぞ?」
 
 腕を組み、横目で隣にいるヴェスパを見ながら、ヴァンザルデンは声をかけた。
 
「私はそんな顔をしてましたか、元帥?」
「ああ。なにか不安な事でもあるのか?」
「元帥には敵いませんね……」
 
 そう言ってため息を一つ吐いたヴェスパは、目を細めてセレスティア達を見据えながら、自分の気持ちを語り始めた。
 
「元帥、正直に言えば、私は今回の作戦、一つの大きな賭けの様に感じています。
 私達の目の前にいる『淵緑の魔女』と、その魔女が連れてきた二人のハンター。マイン公爵様は知り合いのようですが、私達はあの者達について何も知りません。
 実力も不明な中で、あの者達に任せて魔獣を誘き出して戦うなど、賭け以外のなんと言えるでしょうか?
 魔女達が魔獣に勝てばよし。ですが、もし負けでもしたら、私達で災害と呼ばれる魔獣に対処など出来るか、それこそ未知数です。……最悪の場合、全滅だってあり得るのですよ?」
 
 ヴェスパの不安も最もである。今回の作戦自体、セレスティア達が先陣を切って立ち回ることを前提としているものだ。もしセレスティア達がしくじれば、それは作戦失敗を意味しているも同然だったからだ。
 もちろんヴァンザルデンもその事は十分に理解していた。だが、ヴァンザルデンはヴェスパと違い、今回の作戦に対して特に不安など抱いていなかった。
 
「ヴェスパ、お前の不安も解らんでもない。
 しかしな、今回の作戦はマイン公爵様が友と呼ぶ、セレスティア殿の力を信じてお決めになったことなのだ。そして、お前の主のストール伯爵様も、マイン公爵様の決意を信じてこの作戦に賛成された。
 配下である俺達が、その主の決意を信じないでどうするのだ?」
「――ッ!? ……確かに元帥の言う通りですね。
 主に忠誠を誓った身である我々が、主を信じられないようではいけませんね。……わかりました。私もマイン公爵様や伯爵様が信じた、セレスティア殿達の力を信じましょう!」
 
 ヴェスパの顔には先程までの不安で険しくなった表情は既に無く、そこには決意に満ちた凛々しい戦士の顔があった。
 そんなヴェスパの変化に、ヴァンザルデンは満足そうに「フッ」と笑みをこぼした。
 その時であった――
 
「――空気が、変わった!?」
 
 ヴァンザルデンの誰よりも鋭い勘が、場の雰囲気が変化しつつあることをいち早く察知した。
 最初はヴァンザルデンの様に勘が鋭い者にしか気付くことが出来ないちょっとした変化だった。しかし、その変化が徐々に大きくなるにつれて、その場にいる誰もが変化に気付き始めた。
 ヴァンザルデンがこの変化の中心と思う場所を見ると、そこにはやはりと言うか当然と言うべきか、今回のイレギュラー的存在のセレスティア達がいた。
 セレスティアの足元には、ヴァンザルデンでも見たことが無い、複雑な形をした魔法陣が展開されていた。
 それだけでもヴァンザルデンにとっては驚くべきことだったが、ヴァンザルデンを更に驚かせたのは、セレスティアの隣にいるティンクというハンターの少女も、セレスティアと全く同じ魔法陣を展開していたことだった。
 
「な、何ですかあの魔法陣は!?」
「お、おい! あれはなんて言う魔術だ!?」
「あんな魔法陣、見たことねぇぞ!?」
「誰か、あれを知ってる奴はいないのか!?」
「元帥、あれは、一体なんでしょうか!? 何が起きようとしているのでしょうか……!?」
 
 その場にいたハンター達は口々に驚愕の言葉を並べ、ヴェスパはヴァンザルデンに乾いた声で確認を求める。マイン領主軍の二将軍やストール領地軍・副団長は声も出せずに、ヴェスパと同じ疑問の目をヴァンザルデンに向けていた。
 そんな目を向けられても、ヴァンザルデン自身も何が起ころうといるのか理解出来てはいなかった。
 そもそもヴァンザルデンは武器を持って戦う戦士で、魔術に関しては詳しくはない。そういった事は全てカールステンに任せていたからだ。
 もし、今隣にカールステンがいたのなら、「あの魔法陣はなんだ!?」と先に声をあげていたのは、ハンター達ではなくヴァンザルデンだっただろう。
 だからそんな目で見られても、「俺も分からないから質問をするな!」とヴァンザルデンは叫びたかった。
 しかしそれでも、ヴァンザルデンにも元帥としての立場があったので、「何か答えを返さなければ」と思い、ヴァンザルデンは唯一理解していたことを答えた。
 
「俺にもわからない。……ただ、一つだけ言えるとすれば、これが作戦開始の合図ということだ!」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 鉱山の入り口から少し離れた場所にある鉱夫達の宿舎で、前線の様子を伺っている人物がいた。流れるように肩まで伸びるライトグリーンの髪に知的な印象を抱かせる落ち着いた顔立ちをした青年は、マイン領主軍・参謀長のカールステンだ。
 彼は今、普段人に決して見せることのない驚きに引き攣った表情で絶句していた。
 その理由は言うまでもなく、先程セレスティアとティンクが展開した魔法陣だ。展開された魔法陣はあまりにも複雑な形をしていて、豊富な魔術の知識を持つカールステンでさえ初めて見るもので、アレが一体どんな魔術なのか、皆目見当がつけられずにいた。
 
(あんな魔法陣は知らない、初めて見るものだ!?
 ……もし、ヴァンザルデンさんがここにいたら、間違いなく「あれはどんなん魔術だ?」と聞いてくるだろうな……)
 
「困ったなぁ……」
 
 カールステンが困ったと呟いたのには理由がある。
 カールステンは“ドリュアス”という、「植物と心を通わすことが出来る」非常に珍しい能力を持つ種族だ。しかし、ドリュアスはその稀な能力を持つ代わりに、魔術を上手く扱うことが出来ないという特徴がある。
 それゆえ、軍に所属していても戦闘では役に立たないカールステンは、参謀長という立場にいる自分の存在は、ヴァンザルデンやマイン公爵をサポートする為の“知恵袋”だと位置づけていた。
 だからこそ、カールステンは毎日熱心に様々な書物をジャンルに囚われることなく読み漁り、あらゆる知識を蓄えてきた。全てはヴァンザルデンやマイン公爵の役に立てるように。
 ところが、今目の前で起きている出来事を、カールステンは誰かに説明出来る気が一ミリたりとも湧いて来なかった。
 セレスティアとティンクが発動させた魔法陣、あんなものはカールステンが記憶する限り、どんな書物にも載っていなかった。
 だからこそ、もしヴァンザルデンに「あれはどんな魔術だ?」と聞かれても答えることは出来ず、“知恵袋”としての自分の存在が揺らいでいる様に感じたからだ。
 
「どうしたのカールステン? 顔が引き攣っているわよ」
 
 そんなカールステンの心情を知ってか知らずか、マイン公爵がカールステンの隣に来て声をかけてきた。
 
「マイン様、……私は自分の知識に自信を持っていました。ですが、それはただのおごりだったのかもしれません。
 私は様々な知識を得て、この世の殆んどは知り尽くしたと思ってました。しかし、私が持つ知識では、これから何が起ころうとしているのか、全く分からないのです……。
 ……やはり私は、まだまだマイン公爵やヴァンザルデンさんの役に立たない、未熟者だったようです」
 
 カールステンは歯を噛み締めながら、弱々しく、そう言葉を吐き出す。
 
「……カールステン、弱気になるのは止めなさい。
 私もヴァンザルデンも、貴方が私達の役に立つために必死に努力をしていたのは知ってるわ。だから、今までの努力が無駄だったみたいな言い方をするのは許さないわよ?」
 
 そんな弱気になっていたカールステンを励ますように、マイン公爵は力強くハッキリとそう言い放った。
 
「マ、マイン様!」
「そんなカールステンに、私から一つ、良いことを教えてあげるわ。
 貴方は自身の知識不足を嘆いているけれど、そんなこと気にする必要はないわ。何故なら貴方が蓄えた知識は、所詮常識という規格の中にしか存在できる物でしかないの。普通ならそれで十分かもしれないけど、今回相手にする魔獣はその常識という枠組みから外れた規格外の災害よ。……そして、そんな規格外に対抗できるのは、同じく常識の枠組みから外れた規格外の存在だけということよ」
 
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