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作者: 山のタル
残酷な描写あり
20.鉱山の異変4
 カールステンの説明を纏めると、こういうことらしい。
 
 9日前の夕方頃、鉱夫達が一日の仕事終えようとしていた時に、ストール鉱山の内部で地響きが発生した。幸いにも鉱山の入り口近くにいた鉱夫達は無事だった。しかし、鉱山の奥まで潜っていた鉱夫達約30人は、日が落ちても戻って来なかった。
 その翌日、すぐに捜索隊が編成されて、戻らなかった鉱夫達の捜索が始まった。だが、2日経っても鉱夫は戻ってこず、さらには、行方を探しに行った捜索隊も誰一人戻らずそのまま消息を絶った。
 この事態を流石に異常だと認識したストール伯爵は、直ちに鉱山を閉鎖して、オリヴィエに援軍を要請した。
 
 要請から2日後、オリヴィエの援軍が到着した。
 その翌日に、総勢50人の偵察隊が2部隊も編成され、鉱山内部の調査が行われた。
 しかしその2部隊の偵察隊両方とも、伝令役の魔術師の定時連絡を最後に消息不明となった。その時の最後の連絡は、「鉱山内の魔素濃度が異常に高い」だったそうだ。
 その後、対策会議が開かれて、昨日ついに民間人の避難が決定した。因みに、オリヴィエが私の所に伝書鳥を飛ばしたのもこの時らしい。
 
 そして今日、再び会議が開かれて今に至るということだ。
 
 
 
「なるほどね。大体の事情は理解したわ。で、オリヴィエは私に何をさせるつもりなのかしら?」
 
 カールステンの説明を聞いて大体の経緯を理解した私は、一番肝心な部分を聞くことにした。
 
「今の流れでおおよその検討は付いていると思ったのですが?」
「一応会議の場だし、そういう事は口に出して意思統一した方がいいかなと思っただけよ」
 
 やれやれとした仕草をしたオリヴィエだったが、直ぐに表情を険しいものに変え、ゆっくりと話し始める。
 
「先程のカールステンの説明にもありましたが、捜索隊の最後の定時連絡の内容は『鉱山内の魔素濃度が異常に高い』というものでした。そして、カールステンに鉱山の入口から内部の様子を確認してもらったところ、この報告が事実であると裏付けがとれました。
 この事実から、我々は鉱山内部に“魔獣”が出現した可能性が高いと判断し、討伐隊の編成を決定しました」
「成程ね。つまり私にその討伐隊に加わって魔獣を討伐して欲しいと」
「話が早くて助かります。……引き受けてくれますか?」
 
 オリヴィエがあんな慌てた内容の手紙を送ってきた時点で面倒事だとは予想していたけど……、魔獣とはまた厄介ね……。
 とは言っても、姿が確認されたわけじゃないから、オリヴィエ達にとってはまだ憶測の域みたいだけど……。
 
 そう思ってはみたものの、私は今まで出た情報で魔獣の出現はほぼ確実だと睨んでいた。
 と言うのも、鉱夫達はともかくとして、戦闘訓練を受けているはずの騎士や兵士が編成されている捜索隊や偵察隊が、誰一人として戻って来なかったのは明らかに不可解だからだ。
 もし、凶暴な魔物の群れや盗賊が鉱山に潜んでいたのなら、誰か一人は伝令役で逃がすはずだし、訓練を受けた騎士や兵士がそんな奴らに後れを取るとも思えない。もし、そんな事が出来るとすれば、それらに逃げる暇も与えず、簡単に蹴散らせる程に圧倒的な力を持つ、そう、魔獣の様な化け物がいるという事だ。
 
 さらに魔獣の存在を後押しするのは、鉱山内の魔素濃度の上昇だ。
 魔素は通常目に見えず、魔素を見る才能がある一部の人にしか見る事が出来ないが、この世界を満たしている物質というのは誰でも知っている。
 魔素は生物が生きる上で欠かすことが出来ない。人だろうが魔物だろうが植物だろうが、全ての生き物は魔素を取り込み、魔力に変換して体に蓄積する。魔力の蓄積量は種族や個体によって差はあるが、魔力を生命エネルギーとして利用することで生物は生きている。
 しかし、魔獣の魔力の蓄積量は膨大で、ハッキリ言って桁が違う。
 その所為で、魔獣が存在する場所の周囲では、魔獣から溢れ出た魔力が魔素へと還元され、魔素の濃度が上昇することになる。
 つまり、鉱山の魔素濃度が上昇しているという事は、魔獣が出現した可能性の裏付けにもなるのだ。
 
「そうね。魔獣が出現したというなら見過ごせないわ。それに、オリヴィエの頼みなら断る訳にはいかないからね。その依頼、引き受けるわ」
 
 まあ、元々そのつもりでここまで来たんだけどね。
 
「それはそうと、討伐に成功したら何か報酬はくれるのかしら?」
「ありがとうございます! もちろん用意しますが、何がいいですか?」
「そうね……」
 
 そう聞かれて思案する。
 自分から聞いたはいいけど、流石にオリヴィエからお金を貰う訳にはいかないわよね。そこまで頼るつもりはないし……あっ!
 
「じゃあ個人的に頼みたい物があるから、その話は討伐が終わってからでもいいかしら?」
「分かりました。では、その時に個室を用意させるのでそこでお聞かせください」
 
 よし、これであの件は何とかなりそうね!
 報酬の約束を取り次いで、確認することは全て確認したので、いよいよ作戦会議が始まった。
 
 
 
「セレスティア殿が来る前にも話していましたが、現在我々の兵数は有志のハンターも含めて総数1万3200人です。その内、討伐部隊が2000人、支援部隊が700人、予備部隊が3000人、防衛部隊が3000人、民間人の護衛部隊が4500人となっています。
 護衛部隊は言うまでもなく、避難する民間人の護衛をするため戦闘には参加しません。また防衛部隊は、いざという時にストール鉱山都市を防衛線として戦う事になるので、こちらも鉱山の戦闘には参加しません。
 ですので、魔獣討伐は討伐部隊と予備部隊と支援部隊の総勢5700名で行うことになります。
 以上を含めて具体的な作戦を立てたいと思いますが、何か案のある方はいますか?」
「少し気になることがあるのだけど、いいかしら?」
 
 ストール領地軍・騎士団長で部隊編成を任されていたヴェスパが、編成内容の詳細を説明し、それを踏まえた作戦を協議しようとしていた。
 それに対して手を挙げてたのは、戦略や戦術に関して素人のセレスティアだった。
 
「セレスティア殿、何でしょうか?」
「皆さんも知ってるとは思うけど、魔獣の力は大小関わらず災害レベルよ。その魔獣討伐にしては討伐部隊が2000人しかいないのは少ないと思うのだけど、どうしてかしら?」
 
 セレスティアが気になったのはそこだ。
 魔獣の力は災害と例えられる程にとてつもなく強大だ。普通なら魔獣の討伐には万単位の兵力が必要と言われている。
 だが、それをたった2000人の討伐部隊、予備部隊の3000人を含めれば5000人はいるが、それでも何とか出来るとはセレスティアには到底思えなかった。
 
「確かにセレスティア殿の言う通りで、魔獣の討伐にはそれ相応の兵力が必要なのは分かっています。
 ですが、今回に関してはこうするしか手は無いのです」
 
 ヴェスパの説明にセレスティアは疑問符を並べる。
 
「魔獣は現在、鉱山の内部に居ます。鉱山内の通路は縦横5メートル程の幅しかなく、その狭さでは兵を大量に投入しても陣形が縦長になってしまい、戦闘になれば中衛~後衛の兵は身動きが取れなくなり、数の優位性を活かせません。
 ですから、厳しいのは分かっていても少数精鋭で挑むしかないのです」
 
 ヴェスパの言う通りで、鉱山内部は非常に狭く、数の優位性を活かせない場所だ。そのような場所で兵を大量に投入するのは愚の骨頂でしかない。だからこそ少数精鋭の部隊で挑むしかないのだ。
 それが例え、討伐に数を必要とする魔獣と戦う事だとしても。そして、その方法でどれだけの死者が出るか分かっていても……。
 
 戦略や戦術に関して素人のセレスティアでも、ヴェスパ達にはこの方法しか選択肢が無く、苦渋の末に決断したのだと察し、納得するしかなかった。
 
 
 
 会議が始まり一時間が経過した所で、作戦の内容が決まった。
 一時間と聞けば短い時間で決まったように思うかもしれないが、元々ある程度の事まで考えて部隊の編成作業をしていたわけで、作戦会議と言っても細かく内容を煮詰めるだけだったのだ。
 そしてセレスティアは、そういう軍事的な事や戦術に関しては専門外な為、話に加わることなくただ様子を見ているだけだった。
 
「では、本作戦の内容を確認します。
 本作戦の目的は鉱山内部の調査、そして魔獣出現の確認及び討伐です。
 まず、討伐部隊2000人に支援部隊700人から200人を加えた2200人。そしてこの作戦の肝である、高い実力を持つ精鋭の『魔獣討伐別動隊』で作戦に当たります。支援部隊の残り500人は防衛部隊の方に組み込みます。
 鉱山内部は狭く深く入り組んでいる為、大人数で行動が出来ません。そこでまず、討伐部隊から20人、支援部隊から2人を組み合わせた合計22人を、一つの小隊として再編成します。そしてそれを100小隊作り、これを運用していきます。
 作戦開始と同時に、100小隊の内、20小隊が鉱山内部に突入します。更にその2時間後に、別の20小隊が突入を開始します。
 そして、突入から一刻4時間を過ぎた小隊から地上へと戻り、待機していた小隊と交代します。このローテーションを繰り返して、鉱山内部の調査を進めていきます。
 もし魔獣発見の報告があれば、これを確実に討伐するために、各小隊を向かわせて出来る限り魔獣の情報を収集します。
 そしてその情報を元に対策を練り、セレスティア殿を含めた魔獣討伐別動隊を魔獣がいるポイントに急行させて、これを討伐します。
 以上が本作戦の内容になりますが、何か意見のある方はいらっしゃいますか?」
 
 マイン領主軍・参謀長のカールステンが説明した作戦内容に、手を挙げる者は誰もいなかった。
 それもそうだ。この作戦内容自体、この場にいる全員(セレスティアとクワトルとティンク以外)で決めたものだ。今更、意見のある人物などいるわけが無い――はずだった。
 
「……ではこの内容で決定して各部隊へと伝達し、明日には作戦を決行したいと――」
「ねえねえ、さっきから会議を聞いてて気になってる事があるんだけど、聞いてもいい?」
 
 会議をしめようとしていたカールステンに質問を投げかけたのは、黙って会議を聞いていたティンクだった。
 あまりにも意外な人物からの発言だった為、会議室にいた全員がティンクの方に不思議そうな目を向けていた。
 
「貴女は、ティンクさん……でしたね。気になっている事とは何でしょうか?」
 
「ティンクがこの作戦の何が気になったのか分からない」といった様子でカールステンはティンクに訊ね返す。
 そして、この後のティンクの発言で今回の作戦案が根底から覆ることになろうとは、この時に予想できた者は誰一人としていなかった。
 
「うん。会議を聞いててね、どうしてみんなで戦おうとしてるのか不思議だったの。
 だって戦う人がいっぱいいるなら、魔獣をおびき出して広い場所でみんなで戦った方がいいと思うんだけどな~」
 
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