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作者: 山のタル
残酷な描写あり
19.鉱山の異変3
 慌てた様子で戻ってきた門兵に連れられて、私達はストール伯爵邸の会議室まで案内された。
 
「お久しぶりですセレスティア殿! 駆けつけていただき感謝します!」
 
 会議室に入るなり、上座にいた人物が私達を出迎えてくれた。
 上品な貴族服を着ているが、それを引き千切らんとしてその存在を主張している屈強な肉体がとても不釣り合いな女性だ。……そう、こんな見た目でもれっきとした女性なのだ。
 彼女こそ私に手紙を寄越した張本人、“オリヴィエ・マイン”だ。
 
「オリヴィエの頼みなら断れないしね。……でもあの文面はもう少しなんとかならなかったの?」
「はは、こちらも忙しくてそこまでしている余裕はありませんでしたから……」
 
 ……やっぱりか。まあ、そんなことだろうと思ったけどね。
 
「……マイン公爵様、それでそちらのお方はどなたなのでしょうか?」
「ああ、そうだったわね。皆にも紹介しないと。
 セレスティア殿、とりあえず空いてる席へどうぞ」
 
 空いてる席と言われても上座から左側の三段目しか空いてる席が見当たらなかったので、とりあえずそこに座ることにした。
 ちなみにクワトルとティンクは私の後ろを挟むようにして、背後に立っている。
 しかしこの位置はなんだか居心地が悪い。周りを囲っている人達は初めて会う人達で、それぞれが値踏みするような目線で私を見てくるからだ。
 まあ今私が着ている普段着の白衣は、特殊な術式を組み込んだ研究用のオリジナルの服なので、世間に出回っているデザインの服ではない。なので、奇異の目で見られるのも仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
 
「えー、では、紹介するわ。こちらはセレスティア殿。今回の事態に援軍として駆けつけてくれたのよ。
 皆には『淵緑えんりょくの魔女』と言った方が分かりやすいかしら?」
「淵緑の魔女ですと!?」
「あの伝承の……!?」
「実在したのか……」
 
 マイン公爵のその言葉に、会議室にいた全員がざわめき始めた。まあ、私の事はこの周辺(主にマイン領)では『淵緑の魔女』という名で知られているが、人前に出ることが滅多に無く、名乗る機会も無いので、存在は伝承扱いされていても不思議ではなかった。
 
「地獄の門番……」
「まさか人だったとは……」
「いや、あれは擬態した姿ではないのか?」
「成程、あの姿で人々を森に誘い込み、本当の姿を現して、地獄へいざなうという訳か……」
 
 って、一体どんな風に伝えらてるのよ、わたしぃぃーー!!
 
 
 
 あまりにも理不尽な言われようだったので確認してみると、どうやら淵緑の魔女の伝承にはかなりの尾ひれがついていたようだ。
 そもそも淵緑の魔女に関する話は、私の先祖が私の屋敷のある淵緑の森と呼ばれる森全体の所有者で、侵入者が来ないようにするために創ったものだ。その内容自体も、『淵緑の森は魔女の領域で立ち入るべからず』的な内容のはずだった。
 
 しかし、時の流れというものは残酷で抗いようもなく、時間が経つにつれて逸話や噂にはどうやっても尾ひれが付いてしまうものだ。……それも、その時が長ければ長いほど、付いていく尾ひれの数は増えていく。
 
 現代版の淵緑の魔女の話は、簡単に言えばこうだ。
 淵緑の森と呼ばれる深き森は地獄の入り口で、その入り口の門番をしているのが『淵緑の魔女』という女性だ。
 その姿には諸説あり、皺くちゃの老婆、三つ首の獣、巨人族をも上回る巨体を持つ牛、言葉に表せない程の醜悪な化け物など多岐にわたる。
 そして、森に足を踏み入れたら最後、淵緑の魔女に地獄へと連れて行かれるという内容だ。
 ……最早原型すら残っていなかった。
 
 あまりの酷さに卒倒しかけた私は、本当の『淵緑の魔女』の話を会議室にいた面々に説明して誤解を解いた。
 そしてこれを期に、本当の『淵緑の魔女』の話を広めるように頼んだが、
 
「セレスティア殿、それはダメです!
 不本意かもしれませんが、現在あの森に誰も立ち入らないのは現代版の『淵緑の魔女』があってこそなんです。もし本当の話を広めたなら、人々があの森を恐れることはなくなり、侵入者で溢れかえることになりますよ!」
 
 と言われてしまった。
 
 ぐっ……、確かに森に侵入者が来たら研究の邪魔で困る。
 仕方なく私は『淵緑の魔女』の真実を広げる計画を諦めるしかなかった。
 因みに会議室にいた人達には、「この事は絶対に他言無用である。口外すれば私の名の元に、それ相応の厳罰を下す!」と、オリヴィエがキツく口止めをしてくれた。
 
 
 
「話が逸れたが、セレスティア殿も含めて会議を再開する。
 ……だがその前に、セレスティア殿はここに居る面々や今回の緊急事態の詳しい事情をまだ知らないので、その辺りの紹介や説明を先にしようと思う」
 
 オリヴィエは椅子から立ち上がって話を続ける。
 
「まず私の左手に座っているのが、このストール鉱山都市周辺の領主である『ギャランド・ストール伯爵』です。その隣が、ストール伯爵領地軍・騎士団長の『ヴェスパ』。さらにその隣が、ストール鉱山都市のハンター組合支部長の『ヨッヘリント』です。
 そして、私の右手に座るのが、我がマイン領主軍・元帥の『ヴァンザルデン』です。その隣、セレスティア殿の左に座る人物は、同じくマイン領主軍の参謀長を務める『カールステン』。最後に、セレスティア殿の右に座る人物が、ストール鉱山の鉱夫長こうふちょうをしている『ボノオロス』です」
 
 オリヴィエの紹介に合わせて、各々が小さく一礼する。それに対して私も小さく一礼を返し、改めて自己紹介をすることにした。
 既に私の事はオリヴィエが紹介してくれたが、淵緑の魔女の件でグダグダになってしまったからね……。
 
「改めまして、セレスティアです。この度は私の友であるオリヴィエから救援の手紙を貰い、急いで駆けつけた次第です。
 後ろの二人は私の知り合いのハンターで、『ドラゴンテール』というパーティのクワトルとティンクです。二人とも腕が立つので、役に立つかと思い連れてきました」
 
 私の紹介に、二人とも「よろしくお願いします」と言って一礼する。
 そんな二人を見て、ハンター組合支部長のヨッヘリントが疑問を口にした。
 
「『ドラゴンテール』のクワトルとティンク……腕の立つハンターなら一通り頭に入れてるつもりなんだが、聞いたことの無いパーティ名と名前だな」
「支部長がそう疑問に思うのも無理はないでしょう。なにせわたくしとティンクは、貿易都市で最近ハンター登録をしたばかりですので、貿易都市の外まで情報が届いていなくても不思議ではありません」
 
 ヨッヘリントの疑問に答えたのはクワトルだ。
 
「では、何故それで腕が立つと言い切れるんだ?」
「それはわたくし達がハンターになる以前から、セレスティア様と親交があったからです。そもそもハンターになる切っ掛けも、セレスティア様がわたくしとティンクの腕を見込んで提案してくれたことですので」
 
 クワトルの説明に「なるほど」と呟いて、ヨッヘリントは納得してくれたようだ。
 
「ではカールステン、我々が再確認する意味も含めて、セレスティア殿に今回の事態の説明を」
「わかりました。それではご説明します」
 
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