▼詳細検索を開く
作者: 山のタル
残酷な描写あり
16.ふわふわの魅力
 貿易都市を出発してから三日目の夜。セレスティア達は予定通りに屋敷に到着していた。
 
「うわ~、立派なお屋敷ですね!」
 
 馬車から降りてセレスティアの屋敷を見たモランは、素直にそう言葉を漏らした。
 セレスティアの屋敷は、日の光も地上に届かないほどの深い森の一部を切りひらいて建てられており、まさに隠れ家という言葉が似合うたたずまいだった。
 屋敷は2階建ての大きな建物で造形自体は至ってシンプルなものだが、シンプルゆえにしっかりとした立派な造りになっている。
 そんな屋敷が夜の光に照らされている姿はどこか幻想的で、まるでおとぎ話に出てくる建造物のようにモランは感じた。
 
「モラン、いつまでも屋敷を見てないで早くいらっしゃい」
「あ、はーい!」
 
 モランが屋敷を眺めている間に、セレスティア達は既に玄関前に移動して屋敷の中に入ろうとしていた。
 モランも急いで自分の荷物を持つと、セレスティア達の後に続いて屋敷に入るのだった。
 
 
 ◆     ◆
 
 
「ただいまー、今帰ったわよ!」
 
 玄関ホールの中心で大きな声で帰宅したことを伝えるセレスティア様。
 するとすぐに奥の廊下から一人の女性が小走りで私達の方に走って来た。
 
「お帰りなさいませ、セレスティア様」
 
 私達を出迎えてくれたのは、燃えるような赤い髪をしたメイドさんだった。
 髪の色と同じ色のメイド服を着ている女性で、全身を赤色でコーディネイトしていた。
 
「ただいまアイン。……早速だけど私は自室に戻るから、あとは任せるわね」
かしこまりました」
 
 セレスティア様はアインと呼んだ女性にそれだけ言うと、足早に屋敷の奥へと消えて行ってしまった。
 
「さてと……セレスティア様のおっしゃった通りあとは私に任せて、クワトルとティンクも今日は早く休みなさい。ずっと外に行ってて疲れたでしょう?」
「それもそうですね。ではお言葉に甘えて、お先に失礼いたします」
「それじゃあねモランちゃん! また明日!」
 
 セレスティア様に続いてティンクちゃんとクワトルさんもそう言って屋敷の奥に行ってしまい、玄関ホールには私とアインと呼ばれていたメイドさんの二人きりとなった。
 自室に戻って行ったティンクちゃん達を見送ったアインさんは、くるりと私の方へ振り返って優しく微笑みかけてくる。
 
「あなたが新しく入る子ね? 初めまして、私はアイン。この屋敷の使用人のリーダーを任されているわ。そして今日からは、あなたの教育係もセレスティア様から任されているからよろしくね」
「はい、初めまして、モランです! 今日からよろしくお願いします、アインさん!!」
「そんなに緊張しないでいいわよ。とりあえず本格的な仕事は明日からしてもらうとして……まずは屋敷を一通り案内するから付いて来て」
「はい!」
 
 そう言って歩き出したアインさんの後を、私は遅れないように付いて行った。
 
 
 
「ふわぁぁ! ベッドがふかふかだ~!」
 
 いや、ベッドだからふかふかなのは当たり前なのだけど、このベッドは普通のふかふか具合とは訳が違う。
 
 私が今いるのは屋敷の2階にある私の自室だ。
 あれからアインさんに一通り屋敷の中を案内してもらった後、最後に自室に案内された。
 アインさんは明日までに私のメイド服を作ってくれるそうで、今はその為の採寸道具を取りに行っている最中だ。
 その間自室で待っているように言われた私は、ベッドに座って一息つこうとしたのだけど、ベッドに腰かけた瞬間ベッドに身体が飲み込まれた。
 いや、正確に言うなら、ベッドが私の身体を飲み込み、その上更に包み込もうとするぐらいベッドが柔らかくてふかふかだったのだ。
 
 そして私はそんなベッドの甘く誘って来る魔性ましょうにあっさり取りかれ、今はベッドに勢いを付けて飛び込んで体を埋めてふかふか度合いに喜びもだえていた。
 
「凄い凄い凄い!! 何これ、凄く気持ちいい! こんなふかふかなベッドがこの世にあるなんて……ここって天国じゃないよね?!」
 
 あまりのベッドの気持ち良さに興奮して、本当に雲の上にある天国が見えてきそうな気がしてきた――。
 
「……モラン、何してるの?」
「――ふえぇ!?」
 
 そんな私を幻想の世界から現実に引き戻したのは、採寸道具を抱えて戻って来たアインさんの言葉だった。
 私は慌ててベッドから飛び上がると、乱れた服を急いで直し、姿勢を正してアインさんに頭を下げた。
 
「す、すいません! ベッドがあまりにも気持ちよかったので、つい……」
「別に謝らなくてもいいわよ。この部屋はもうモランの物だし、そこで何をしていても私は勿論、セレスティア様も怒ったりしないわ。さあ、それよりサイズを測るから上着を脱いでこっちにいらっしゃい」
 
 何でもないようにそう言ってアインさんは、クイクイと手を動かし近くに来るようにと手招きした。
 私は言われた通り服を脱いで下着姿になる。部屋の中とはいえ、夜になって冷えた空気が直接肌に触れ、先程の醜態しゅうたいを見られた恥ずかしさで火照ほてった体を冷ましていくようで少し気持ちいい。
 
「じゃあ測るからそのままじっとしててね」
 
 アインさんはそう言うと、採寸用メジャーを取り出して慣れた手つきで私の体を細かく採寸して、テキパキとメモを取っていく。
 そして採寸が終わると、アインさんは様々な色の布の生地を私に重ねてメイド服に使用する色を選んでいく。
「うん、やっぱり黒が似合いそうね!」と黒色の生地を私に重ねたアインさんは、頷きながら満足そうな顔をしていた。
 
「じゃあ、服は明日までに仕上げておくから楽しみにしててね! ……あ、そうそう言い忘れるとこだった」
 
 採寸を終えて部屋を出ようとしていたアインさんは、ふと何かを思い出した様子で私の方に振り返り戻って来た。
 
「モランが夢中になってたそのベッドのことだけど、それに使ってるマットレスはセレスティア様とミューダ様が作った特別製でね、ちょっとした仕掛けがあるのよ」
「ちょっとした、仕掛けですか……?」
「そうよ。ヘッドボードの横に透明で円筒形のカプセルが埋め込まれているのだけど……わかるかしら?」
「え、え~と……あ、ありました」
 
 アインさんが言った通りにヘッドボードの横を調べると、確かにそこには手の平程の大きさの透明のカプセルがヘッドボードに半分ほど埋め込まれていた。
 
「そのカプセルに手を触れると魔力を流し込むことができるんだけど、ちょっとカプセルの半分ぐらいまで魔力を流し込んでみて。流し込んだ魔力の量は可視化できるようになっているから、それを目安にね」
「は、はい」
 
 私はアインさんに言われた通りに、そっとカプセルに手を当てる。そして手の平に意識を集中して魔力を手の平に集め、集めた魔力を手の平からカプセルへと注ぐようにゆっくりと流し込んでいく。
 すると魔力を流し込んだカプセルの中に白く光る水が現れて、カプセルの中をどんどん満たしていく。
 
「その白い水が込めた魔力の量を可視化したものよ。さあ、水がカプセルの半分になるまで満たしてみて」
「は、はい!」
 
 私は引き続きカプセルに魔力をゆっくり流し込んでいく。白く光る水はあっと言う間にカプセルの半分を満たした。
 私は魔力を込めるのを止めて、カプセルの中の水を覗きこむ。
 水は白く光っているが、よく見ると水自体が白く色づいているのではなく、透明な水が白色の光を発光しているようだった。
 
 言われた通り魔力をカプセルに込めたが、ベッドには目立った変化はなく、何かが変わったようには見えなかった。
 私がそんな疑問を浮かべていると、アインさんはベッドを手で押して満足そうな顔を浮かべていた。
 
「うん、やっぱり私はこれくらいが好きかな? ほら、モランも座ってみて」
 
 そう言ってベッドに腰かけたアインさんは、クイクイと私を手招きしていた。
 私は疑問を残しつつもアインさんの隣に座るようにベッドに腰かけた。
 
 ギシッ――。
 
「えっ……? あれ!? さっきみたいに柔らかくない!?」
 
 座ってすぐに気づいた。マットレスの質がさっきと変わっているのだ。
 さっきまでは雲みたいに柔らかくふわふわだったはずなのに、今は適度な弾力を持っていてマットレスで受け止めきれなかった私の体重をベットの骨組みが受け止めてきしむ音が聞こえた。
 マットレスを手で押したり、寝転がったりしてみたけど、さっきみたいなふわふわな部分はマットレスのどこにも残っていなかった。
 
「驚いた? このマットレスはさっきのカプセルに込めた魔力の量に応じて硬さを変えることが出来るのよ。魔力を込めれば硬く、魔力を抜けば柔らかくなるわ。魔力を抜く時は、魔力を込めた時と同じようにカプセルに手を当ててからカプセルの中の魔力を自分の身体に取り込むイメージをすれば大丈夫よ。そうやってマットレスの硬さを自分好みに調節してね。じゃあまた明日。おやすみなさい」
 
 一通り説明を終えたアインさんは、今度こそ本当に部屋から出ていった。
「おやすみなさい」と返してアインさんを見送った私は、アインさんに言われた通りマットレスの硬さを色々変えて、一番良い寝心地を探してみることにした。
 
「……やっぱり最初のあのふわふわした感じが良いかな?」
 
 色々試してみた結果、魔力を込めていない最初のふわふわなマットレスが一番という結論に至った。
 あれやこれやとなんだかんだ色々やってみても、結局最終的には原点に戻るなんてよくあることだもんね。
 私はアインさんと違って背中に大きな翼があるから、寝返りがしにくい。浮遊島にいた時でもみんな寝具はもっぱら、綿や干し草を詰め込んだとても柔らかい物を使っていたから、必然的に柔らかいマットレスが身体に合うのだろう。
 
 カプセルから魔力を全て抜きふわふわになったベッドに飛び込むと、ベッドは最初と同じで優しく、柔らかく私の体を受け止めてくれた。
 すると直ぐに身体の脱力感と一緒に強烈な睡魔が私を襲って来た。
 
「……あれ? 魔力を使いすぎたのかな? なんだか眠気が……。明日は、早お、きしな……いと――――」
 
 私の意識はそれを最後に夢の中に落ちていくのだった……。
 
Twitter