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作者: 山のタル
残酷な描写あり
15.完全金属(パーフェクトメタル)
 都市を赤く染めていた夕日が徐々に山の向こうに消えて行き、夜の気配が貿易都市に足音を立て近づいて来る頃、『閉店』と書かれたプレートを扉に掛け、カグヅチはカウンターの椅子に勢いよく腰かけた。
 
「さて、どうしたもんかな?」
 
 そう呟いた彼の視線は、カウンターに置かれた1つの大きな巾着袋きんちゃくぶくろに向けられていた。
 中味がギッシリ詰まり、はち切れんばかりに膨らんでいるこの巾着袋はカグヅチの物ではない。数刻前すうこくまえにやって来た女性が置いて行った物である。
 
 ………………
 
 …………
 
 ……
 
 それは昼食を食べ終えたカグヅチが、店のカウンターで一息入れていた時である。
 
 カランカラン――。
 
「こんにちは! カグヅチさん居るかしら?」
 
 ドアベルを軽快に鳴らして店に入ってきたのは、以前カグヅチの店にやって来てカグヅチが作った短剣を購入して行ったミーティアという女性だった。
 
「おお、ミーティアの嬢さんじゃねえか! いらっしゃい!」
 
 海のように深い青色のショートヘアーが特徴の小柄な女性で、背が2メートル近いカグヅチからすれば子供のように小さく見える。
 カグヅチの頭から生える角の様に特徴的な見た目があるわけではないが、このミーティアという女性が見た目に反して只者ではないことをカグヅチは知っている。
 
 ミーティアが購入した短剣、あれはカグヅチが今まで鍛え上げた武器の中でも指折りの傑作品だった。
 その短剣をカグヅチは、出来映えとは真逆なごく平凡で何処にでもありそうな普通の鞘に収めた。
 そしてそれを、上質な鞘に納めたそこそこの出来の短剣や鞘も出来も至って普通の短剣、その他沢山の短剣が混ぜこぜになった棚に値札も付けずに一緒に並べて置いていたのだ。
 何故そんな事をしていたかと言うと、カグヅチはあの短剣を『物の価値を正確に見抜ける人物』にしか売る気が無かったからだ。
 せっかく丹精込めて鍛え上げた傑作品を『その価値が分からないような奴の手に渡ってほしくない!』という思いがカグヅチにはあった。
 だから鞘の装飾を見て『鞘の装飾が豪華だからこれは良い物だ!』と思い込んだり、鞘から抜いた時の刀身の輝きだけに魅入られたり、手に持った時の軽さから武器ではなく芸術品だと見込み違いをしたり、そうした物の本質を見抜けずに騙されて購入しようとする愚か者を見極めるためにワザとそんな事をしていたのだ。
 
 そしてこのミーティアという女性は、見事一発でその傑作の短剣の価値を見抜いて見せた。しかも、短剣を手に取ることも、鞘から短剣を抜くことなく、棚をチラリと一目見ただけで……。
 ミーティアが店の商品を物色して「素材の質が良くない」と呟いた辺りで、ミーティアは『物の価値を見抜ける人物』だとカグヅチは確信した。
 しかし、手に取ることなく鞘に収まったまま一発でそれを見抜くという、不可能に近い芸当を目にしたカグヅチは正直驚愕した。
 だが同時に、このミーティアという女性に強い興味を抱いたのだ。
 
「また来てくれて嬉しいぜ!」
「また来るって約束したからね」
「ハハッ、覚えていてくれたか!」
「あの短剣をあんなに格安で売ってもらった以上、忘れるわけにはいかないでしょう?」
 
 (よし、また来てもらう約束を条件に格安で売った甲斐があった。まあ、正確には「次来たとき面白い話を聞かせてもらう」だったが、細かいことはどうでも良いか。こうして来てくれたということは、約束通り何か面白い話を持ってきてくれたということだからな)
 
「で、また来てくれたということは、約束通り面白い話を持ってきてくれたんだろう? どんな話を聞かせてくれるんだ?」
「まあ落ち着いて。話をする前に是非紹介したい人がいるんだけど、会ってくれるかしら?」
 
「これからする話に関係あるから」と付け加えられては、カグヅチとしては断る訳にもいかないのでこころよく了承した。
 
 そしてミーティアが店の外に向かって手を振ると、それを合図に二人の人物が店に入ってきた。
 一人は黒髪でミーティアより背が高い男だ。スラリとした体格に軽装の防具を装備して、上からローブを羽織っていた。しっかり伸びた背筋と腰に剣を装備した姿は、まるで上品な貴族紳士を思わせる様な雰囲気があった。
 もう一人の人物は、男とは正反対でミーティアより背が低く、まだ幼さを感じる女の子だった。
 あでやかなコーラルピンクの髪に新緑色のローブを羽織り、両手にはガントレットを装着して、先端に丸い水晶の触媒しょくばいが付いた杖を持っていた。
 
「紹介するわね、この二人は私の知り合いのハンターで“クワトル”と“ティンク”よ」
「初めまして、クワトルです。こっちのティンクと二人で『ドラゴンテール』というパーティを組んでおります」
「ティンクだよ!」
「俺はカグヅチだ。よろしくな!」
 
 挨拶をしながら、カグヅチは二人の事を観察する。
 
(ハンターという事と二人の装備を見るかぎり、クワトルが前衛の剣士、ティンクが後衛の魔術師といったところか……)
 
 ミーティアに紹介された二人のハンターをカグヅチがそう評価したところで、ミーティアが改めて話を切り出した。
 
「それで話なんだけど、実は私は大陸の辺境に住んでる商人でね、この都市には新しい商売の開拓のために腕の良い鍛冶師を探しに来たの」
 
 (なるほど商人だったか。それなら『良い目』を持っていることも頷ける。……ただ、これ程良い目をした商人は出会ったことも聞いたこともがないがな)
 
「それでカグヅチさんの腕を見込んで提案なんだけど……カグヅチさん、私と手を組む気はないかしら?」
「おいおい、いきなりだなぁ……」
「回りくどいのは好きじゃないだけよ」
 
 カグヅチは「う~ん……」と腕組をして悩む素振りをしたが、正直言ってこれはかなり興味のある提案だった。
「手を組もう」と言うミーティアの目的はまだ分からないが、その目の良さは既に知っている。ミーティアの目は間違いなく本物だ。
 そんな人物が新しい仕事のために腕の良い鍛冶師を探しに来て、自分に話を持ちかけてきた。それだけでもカグヅチの好奇心をそそらせるには十分すぎる理由だった。
 
「……とりあえず、組むにしても内容次第だ。もちろん話してくれんだろう?」
「ええ!」
 
 ミーティアはそう言うと、先程からクワトルが持っていた中身がギッシリ詰まって膨らんでいる巾着袋を受け取り、カウンターの上にドンッと置いた。
 
「この都市の鍛冶師の作った作品をあらかた見たけど、ハッキリ言って使っている素材、主に金属類の質が良くなかったわ。そこで――」
 
 ミーティアはそう言って巾着袋から取り出した物を、カグヅチにも見えるようにカウンターの上へと置いた。
 それは白色に輝く独特の金属光沢をもった、拳大こぶしだい程の大きさの金属の塊だった。
 
「こ、これは!?」
「私が提供するのは見ての通り金属素材。それもそこらに出回ってるやつじゃないわ。最高品質の物よ!」
 
 自信満々のミーティアが取り出した金属の塊を、カグヅチは目を見開きながら凝視する。
 
 (俺の目の前に置かれたこの金属の塊……見た目からして恐らく鉄だが、最高品質の素材? ――バカ言ってんじゃねえぞ!? これはそんな言葉で収まっていい代物しろものじゃねぇ!? 今まで色々な鉄鉱石や製鉄された鉄を見てきたが、ここまで出来の良い鉄なんて見たことも聞いたこともない! 一体どうやってこれを!? ……いや、それよりも聞かなくちゃならねえことがある)
 
「ミーティアの嬢さん……あんた、これを使って俺にどうしろって言うんだ?」
 
 (そう、目的だ。ミーティアの目的が分からない。この鉄はどう考えても俺の知る今の製鉄技術で作れるものじゃない! 長年鍛冶師なんてやってれば嫌でも判る。この鉄の塊は、これ一つで国家予算並みかそれ以上の価値がある! こんな物を俺に渡して一体何をしたいのか……ダメだ、ミーティアの目的がまるで想像できない)
 
 目の前に出された物の価値がぶっ飛び過ぎていて、カグヅチにはミーティアの目的が全く読めなかった。
 そしてミーティアが提示した目的は、これまたカグヅチを驚愕させる内容だった。
 
「簡単よ。カグヅチさんには私の提供する素材で、いつも通りこの店で売る商品を作ってほしいの。もちろん素材は無償提供よ! その代わり、それで得た売上の半分を頂きたいの!」
 
 カグヅチの心境を知ってか知らずか、ミーティアはクスッと笑いながらカグヅチの質問に答えた。
 
「ば、バカ言うんじゃねぇ! あんた、この鉄にどれ程の価値があるのか解って言ってるのか!? もしこれを使って何か商品を作っても、その値段は国家予算レベル並みだぞ!? そんな物が商品として売れるわけがねぇ!!」
「そんな事は解ってるわよ」
「なっ!?」
 
 あっさりとそんなことを言うミーティア。もうカグヅチの頭は混乱し、頭痛がし始めていた。
 
「カグヅチさん、何か勘違いしてるみたいだけど、この鉄で作ったものは売らないわ。カグヅチさんに提供するのはこれよりも質は落ちるけど、世間に出回ってる中でも最高の物にするつもりよ。それなら高級品程度の値段で販売できるでしょ?」
 
 そう言って、ミーティアは腰のポーチからもう一つ鉄の塊を取り出し、先程取り出した鉄の塊の横に置いた。
 それは先程と同じ大きさの鉄の塊だったが、品質は先程の物より数段下……いや、それでも一般に出回っている物と比べると最高品質と言って良い物だった。
 あれだ、比べる対象が悪すぎただけである……。
 
「……なるほど、確かにこれなら多少値段は高くつくが、ミーティアの嬢さんの言う通り売り物にはなるだろう。……じゃあ、最初に見せたこれはどうするつもりなんだ?」
「それは、これを使ってクワトルとティンクの武器と防具を作って欲しいのよ! そして二人には、それを手にハンター活動をしながらこのお店の宣伝もしてもらうの。『あそこの店には最高の鍛冶師が作った良い物があるぞ!』ってね。そうしたら、お客が増えてお店が繁盛すること間違いなしじゃないかしら?」
「ほう……。そして俺はあんたの提供する素材で作った物を売ってその売り上げはあんたと山分け。あんたは金が手に入り、俺は鍛冶師としての名声が上がると?」
「それだけじゃないわ。カグヅチさんには新しい素材の開発も頼みたいの」
「……その話、詳しく聞かせろ!」
 
 ミーティアからの更なる提案に、カグヅチは身を乗り出す勢いで食いついた。
 
「……魔石、はもちろん知ってるわね?」
 
 カグヅチは頷く。
 魔石。それは世界を満たしているが通常は目にすることが出来ない“魔素”が何らかの理由で固まり出来ると言われている魔力の塊だ。
 その実用性は高く、発見されてから様々な技術の発展に役立ち、それ無くして今の生活は成り立たないと言っても過言じゃない鉱石である。
 
「でも魔石は加工には不向きで、もし手を加えようとしたら、良くて内包されていた魔力が散って減る。悪くて魔力そのものが四散してただの石になるわよね? だから基本的にはそのまま使うしか方法は無い。しかし、それは今ある技術で加工しようとした場合の話。……カグヅチさん、あなたの“鬼闘術”なら、もしかしたら魔石を加工可能にすることが出来るんじゃないかしら?」
「ッ!?」
 
 (こいつ、まさか俺の“鬼闘術”の原理を知ってるのか!? ……いや、それは今はいい。それよりも、ミーティアの言う通り魔石の加工は不可能だ。だが……今まで考えもしなかったが、確かに俺の鬼闘術なら……いけるのか?)
 
「ふ、ふふふ……面白れぇ、面白いじゃねえか!?」
「それじゃあ!?」
「ああ、その話乗った! やってやろうじゃねえか!」
「よろしく頼むわね、カグヅチさん!」
「こっちこそよろしくな! ミーティアの嬢さん……いや、ミーティアさん!」
 
 こうしてカグヅチはミーティアという謎多き商人と手を組むことになったのである。
 
 ……
 
 …………
 
 ………………
 
 カグヅチは数刻前のやり取りを思い出し、おもむろに巾着袋からあの鉄の塊を取り出した。
 それは白く輝く、誰も見たことが無いはずの金属であった。
 
完全金属パーフェクトメタル……。不純物を極限まで取り除くことで出来ると言われるてい純粋な単一金属で幻の金属。まさか実在したとは……いや、それ以前にどうやってこれを作ったのやら……。それに――」
 
 カグヅチはもう一度巾着袋に手を入れ、また何かを取り出す。
 それは先程の白い鉄ではなく、むしろその真逆ともいえる真っ黒に輝く物体だった。
 
「こんな大きさの魔石、一体どこで手に入れたんだ……?」
 
 通常魔石は採掘される鉱石の中に混ざった状態で発見される。
 だがそれはせいぜい小石程度の大きさでしかなく、今カグヅチが持っているような手の平に収まる程の大きなものが採掘されることは滅多に無い。
 しかし、そのあるはずのない魔石と幻の金属は、今間違いなくカグヅチの目の前にあった。
 
「……今も信じられねぇな。でも、なんだろうなこの気持ちは……ウズウズしやがるぜ! やってやる、俺はやるぞ! 待ってろよミーティアさん、最高の物を作ってやるからよ!!」
 
 そう叫び気合を入れたカグヅチは、勢いよく立ち上がると巾着袋を持って意気揚々に店の奥の工房に姿を消すのだった。
 
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