▼詳細検索を開く
作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
46 「遠雷の魔女は語らない〜初めてのお友達〜」
 神父様は不在だって、リックが教えてくれた。
 遠い場所にある隣町で結婚式があるから、その誓いの立会人をする為に出かけているらしい。
 だから、シスが孤児院を追い出されたことも知らない。

「大丈夫だよ、結婚式だって何日もするわけじゃない。移動に時間がかかるだけだから、あと二〜三日で帰ってくるさ」

 それまではリックが神父様の代わりをしているんだって。
 日曜の礼拝とか、貧しい人への炊き出しとか。
 シスにはよくわからないけど、色々やってるみたい。

「よかったら君が今住んでる場所へ案内してくれないか?」
「え?」

 深い森の真ん中にある、ボロボロのお家。
 そこまで連れて行けばいいのかな。

「でも、シスのお家はすごくオンボロで……」
「うん」
「おもてなし出来るものとか、何もないし」
「うん」
「ほんとのこと言うと、シスだってまだお家の中に入ってないの」
「そうなんだ」

 シスには何もないことを、全部全部、隠さずに話した。
 それでもリックは笑顔で頷いて、最後までちゃんと聞いてくれた。
 話をちゃんと聞いてくれる人は神父様しかいなかったから、シスはとても嬉しかったんだ。
 シスよりずっと年上のお兄さんだけど、お友達になって欲しいって思った。

 そう思う位……、本当に嬉しかったんだよ。

 ***

 リックをお家に案内して、その時にはもうお外が真っ暗になってた。
 だからシスはここにお泊まりしてって、リックに頼んだの。
 これまでずっと友達なんていなくて、一人ぼっちだったくせに……。
 ほんとのほんとに一人ぼっちだって思ったら、なんだか夜が怖くなっちゃったんだ。
 だから、一晩だけでいいからリックにそばにいて欲しかった。

 シスが持ってた食べ物と、リックが持ってた食べ物を二人で分けて夕食にした。
 それからたくさんお話して、眠くなってきたからリックが「ベッドに横になりな」って言ってくれる。
 リックはお家にあったボロボロのシーツを床に引いて寝転んだ。

「お休みなさい、リック」
「お休み、システィーナ」
 
 色々あって、疲れてて、ものすごく眠くて、全然気付かなかった。
 ゴトンって大きな音がしたから、お化けが出たのかと思ってびっくりして目が覚めた。

「……誰?」

 お家にはリックしか泊めてなかったはずなのに……。
 知らない男の人が、リックの他にもう三人いた。
 リックは困ったような顔をしてて、知らない男の人達はすごく怖い顔をして笑ってる。
 シスのこと見て、ニタニタと笑ってたから背中がぞくってした。
 今まで何度か怖いって思ったことはあったけど、それとは全然違う怖さ。

「よくやった、リック」
「へへっ、本物の魔女のガキだな」
「魔法で悪ガキを半殺しにしたって話だ。気を付けて捕まえろよ」

 何を言ってるの?
 シスはリックに助けを求めるように、目で何とか伝えようとしたけど……こっちを見てくれない。
 なんで?
 どうして?

「おじさん達……、リックの……お友達……なの……?」

 怖くて声が震えてて、それでも頑張って絞り出して聞いた。
 シスの勘違いだったらリックに悪いから。
 そしたらおじさん達は顔を見合わせて、大笑いした。
 お腹を抱えて、ヒィヒィ言いながら笑ってる。
 でもシスは見逃さなかった。
 口ひげを真っ黒に生やしたおじさんの手には、ナイフが握られてた……。
 オンボロの家の屋根は隙間だらけで、そこから差し込む満月の明かりに照らされて刃物が光る。

「優男は得だよなぁ、な? リック」
「……っ」
「お嬢ちゃんはお前のこと、良い人だって信じてたのによぉ。可哀想に」
「……ろ」
「魔女のお嬢ちゃん、リックはな? お前に嘘をついてたんだぜ」
「……めろっ」

 嘘?
 シスに嘘をついて、リックに何の得があるの?
 お金なんて持ってないし、食べ物も少ししかない。
 宝石とか、高いものなんて何も持ってないのに。

「南西地方では魔女狩りが盛んでな。魔女殺しに夢中で、周辺にはすっかり魔女がいなくなったと聞く」
「そういう奴らに、他の地方でのさばってる魔女を捕まえて売るのが俺達の仕事さ!」
「どう、して……そんなことするの? だって魔女が嫌いなら、いなくなって良かったんじゃないの?」

 体の震えが止まらない。
 おじさん達の顔が、だんだん化け物に見えてくる。
 人間の皮を被った恐ろしい怪物ーー。

「奴らは魔女をいたぶるのが好きなのさ! だから魔女を買い取って、拷問して、観衆の前でなぶり殺すんだ!」
「やめろっ!」

 おじさん達の狂気に触れて、シスは両手で耳を塞いでた。
 小さく縮こまって、震えて、涙も流れて、どうすることも出来なかった時。
 リックが大きな声で叫んだのだけは、はっきりとわかった。

 おじさん達がリックに注目する。
 リックはシスみたいに震えてて、でも両手をギュッと握って怖いのを我慢してるみたいだった。

「システィーナに、指一本……触れるなっ!」
「なんだと? お前、誰に口利いてんのかわかってんのか?」

 おじさんが握っていたナイフの先が、リックに向けられる。
 それを見たリックは恐怖で顔が真っ青だったけど、それでも立ち向かうのをやめなかった。

「なんでもするから、だからシスティーナだけは勘弁してくれ。頼む……っ!」

 リックの言葉だけは、はっきりと聞こえる。
 ここでシスの味方をしてくれるのは、リックだけだって……わかった。

「うるせぇ! 役立たずはいらねぇから、ここで死んじまいな!」
「ひっ……!」

 ナイフを持って向かっていくおじさん。
 それを避けようと、リックは横に飛び退いて躱(かわ)す。
 もう二人の男達がリックを捕まえようと、ドタドタ大きな足音を立ててシスの目の前を通り過ぎようとした。

「システィーナ! 逃げろ!」
「死ねええ!」

 シスのお友達を、傷付けないで!

「やめてええええ!」

 バリィって、音がした。
 ブチンだったかもしれない。

 あの時と同じーー。
 猫ちゃんが殺されそうになった時に感じた、ピリピリとした感触。

 気が付くと、三人の男達はビクビクと体を震わせながら床に倒れていた。
Twitter