▼詳細検索を開く
作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
45 「遠雷の魔女は語らない〜追放〜」
 シスは悪くない。
 シスは悪くない。

 猫ちゃんいじめを笑って見てた女の子達が、シスターを呼んできた。
 みんな大泣きしながら叫んでる。
 シスターは悲鳴を上げていた。
 女の子はずっとシスのことを指差して、シスターに嘘を言ってたんだ。

「全部システィーナがやったの!」

 シスター一人だけじゃ大変だからって、湖に浮かんでる男の子を一人ずつ引き上げながら、女の子に大人をたくさん呼んできてって色々言ってた。
 シスは地面に座ったまま、元気がない猫ちゃんを抱いて……。
 なんだかとっても疲れてて、全身が重くてだるくて、ぼんやりしてた。
 黙ってじぃっとシスターの方を見てたら、ものすごく怖い顔で叫ばれた。

「なんてことを……っ! この……、忌々しい魔女め!」

 これまでずっと我慢して、心の奥に押し込んで、言わないようにしてきた言葉を吐き出したみたいに、シスターはありったけの気持ちをその言葉に込めてた。
 シスはそう言われて、何が何だかわからなくなる。
 猫を殺そうとした男の子達は、じゃあ何なの?
 シスは猫を助けようとしただけなのに、殺そうとしたそいつらはシスターにとって良い子なの?
 悪い子は、シスの方だっていうの?

 そんなの、絶対おかしいよ。

 だって、シスは何にも悪いことなんて……してないのに!

 ***

 シスの追放が決まった。
 教会近くに住んでる村の人達を呼んで来て、みんなで湖に浮かんだ男の子達を助けた、すぐ後のこと。
 みんながシスのことを化け物でも見るような目で見て、ひそひそと悪口を言ってる。
 汚いものを見るように。
 その目は全部、シスのことを大嫌いだと言っていた。
 
 シスターの命令通り、シスは自分の荷物をまとめる。
 荷物って言っても、全部寄付でもらった服とかぬいぐるみとか、みんなが興味のない本とか、そんなのだけ。
 それをリュックに詰めて、背負って、教会を出て行こうとした。
 空はすっかり夜になってて暗くて。
 教会の明かりが窓から漏れている。
 玄関の前に男の子以外みんなが立ってて、暗くて顔は見えなかった。
 見えないはずなのに、みんなの顔が怒っているように見えた。
 嫌そうにしてるように見えた。
 シスが出て行くことで、笑っているようにも見えた。
 振り向いたのは、一度きり。
 そのままシスは教会に背を向けて、歩いて行く。
 誰もお別れの言葉や挨拶なんて、してくれなかった。
 ただ同じ屋根の下で、同じものを食べて過ごしただけの仲でしかない。
 だからむしろシスは嬉しくて仕方なかったんだ。
 本当は十六歳になるまで出られないと思っていたのに、こんなにも早く出られたから。
 
 行く場所は村の人が教えてくれた。
 ここからずっと歩いて行くと、森があるって。
 そこには動物とか、弱いけど魔物とか。そういうのが住んでる危険な場所。
 森の真ん中辺りに広場があって、そこには大きな池があるみたい。
 古いけど小屋があるから、シスはこれからそこに住むことになる。
 出て行ってすぐに家があるのは、とってもラッキーだって思った。
 そうだ、ここをシスの王国にしよう。
 猫ちゃんをたくさん連れてきて、猫にとっての天国……って言ったらなんだか死んじゃったみたいで嫌だな。
 そうだ、確かそういうの……楽園って言うんだっけ?
 決めた! シスの王国に、猫の楽園を作ろう!
 
「えへへ、なんだか楽しくなってきちゃった」

 家があれば、なんとかなるって思ってた。
 池の水はよくわかんないけど、湧き水って言って、とても綺麗だから飲んでもお腹を壊さないって。
 だからシスは簡単に考えてたんだ。
 
 家があっても、お仕事してるわけじゃないからお金の稼ぎ方がわからない。
 お金がなかったら、食べ物を買えない。
 食べ物の作り方も、育て方も何も知らない。
 
 これから先どうやって……、何を食べて生きて行ったら良いのかなんて……。
 シスは全然考えてなかった。

 困ったシスは、会いに行くことに決めた。
 何かとっても困ったことがあったら、会いにおいでって言ってくれた神父様に。
 どうして追い出されたのか聞かれても、シスは何も悪いことをしてないから、嘘はつかないでちゃんと全部本当のことを言えばわかってくれる。
 だって神父様だけが、シスのことをちゃんと見てくれてたから。
 良い子だって、賢い子だって褒めてくれた、たった一人の大人だから。

 ***

 次の日の朝、シスは家の前にある池の水をたくさん飲んでから町に向かった。
 森から町までは街道沿いに歩いて行けば、看板がぽつぽつ立っているから、それの通りに行けば町に着くことだけなら簡単だった。
 神父様から教えてもらったメモに、住所が書いてあるんだけど。
 字は読めても、それがどこのことを言ってるのかシスにはわかんなかった。
 お店の人に聞こうとしたら、シスの髪の毛と目の色を見た途端に無視される。
 怒鳴られたり、ツバを吐かれたりして、誰も教えてくれなかった。
 シスは町に来ることがなかったから、今になってわかった気がする。
 銀色の髪と、赤い目は、みんなみんな……大嫌いなんだなって。

 町の真ん中の噴水広場にあるベンチに座って困っていると、男の人に話しかけられた。
 
「やぁ、こんなところに小さな魔女だなんて珍しいね」

 神父様に教えられた。
 知らない大人に優しく声をかけられても、返事をしちゃダメだって。
 ついて行ったらダメだって。
 だからシスは何も言わないんだ。話さないんだ。

「あのね! この町に神父様がいるはずなの! でも神父様に書いてもらった住所の場所がわからなくて! シス、神父様に会いたいのに、お腹すいちゃってもう動けなくって……」

 気付いたら涙が一杯、一杯出てた。
 誰も優しくしてくれない。
 話しかけてくれない。
 相手にしてくれない。
 でもこの人はシスに話しかけてくれた。
 きっと、良い人なんだ!

 シスにびっくりして、男の人はそれでも優しく笑って話を続けてくれた。

「それじゃあ君がエイデル孤児院にいた、システィーナだね?」
「え? シ、シスのこと……知ってるの?」

 男の人はシスの隣に座って、手を差し出した。
 握手、かな?
 シスはその手を握って、上下にフリフリされた。

「よろしく。僕は元・エイデル神父の弟子みたいなものさ。リックって言うんだ。よろしくね」
「リック……? 神父様の……、弟子……?」

ーーそれが、シスとリックの出会いだった。
Twitter