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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
17 「魔女の二つ名」
 ブラッドムーンの夜に行われる魔女の夜会。
 ルーシーたちがこの夜会に参加した目的、それは……聡慧の魔女ライザに会うこと。
 突然現れたライザに、ルーシーだけではなくその場にいた魔女全員が息を呑んでいた。
 その声は耳触りが良く、囁きに近い息漏れ声のようなのに、まるで遠くまで届くようにとても良く通る。
 サラリとした長い銀髪はキラキラと波打つように、裾の長いドレスと同じように床に付いていた。
 そしてルーシーの生まれ故郷やスノータウンでは見かけたことのない、褐色の肌。太陽の紫外線で焼けた色ではなく、生まれつきのその肌はとても美しく艶やかだ。
 細く切れ長の瞳は凛々しさを彷彿とさせ、知的さを強調するかのようだった。
 そう、彼女の容姿最大の特徴は「神々しいほどに美しい」だ。
 しゃなりしゃなりと歩く姿は凛とした花のようで、その立ち居振る舞い全てが優雅に見える。
 それだけでもそこいらの人間では太刀打ちできない完璧さであるが、聡慧と呼ばれるだけあり、とても聡明で理知的な彼女に、およそ欠点など見当たらない。
 誰にでも粗野な態度を取るニコラですら、まるで距離を測るように、ライザの機嫌を損ねてしまわないように注意を払っているように見える。
 そんなライザがルーシーの目の前に立ち、目線が合うように膝をついて挨拶をしてきた。
 周囲の魔女たちは畏れ多いとも、物珍しいとも取れるような声を上げる。
 静かに微笑むライザ。ルーシーはなぜ自分に、という気持ちで構えた。

「初めまして、私はライザ。皆からは聡慧の魔女と呼ばれています。よろしくお願いしますね、小さな魔女さん」
「あ……えっと、あの……初めまして。ルーシーです。……よろしくお願い、します」

 挨拶を交わすと同時に、ライザがルーシーの頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、ニコラが説明する。

「この娘は私の弟子でね、今は魔女の修行中なんだ。右も左もわからない初心者だよ」

 そう告げるニコラに、しかしライザは振り向くことなくきょとんとした表情でずっとルーシーを見つめていた。

「そうなのですか……。では私の勘違いだったんでしょうね。珍しいこともあるものです」

 二人の会話の意図が理解出来ずルーシーが戸惑っていると、早速ニコラが本題に入ろうとする。
 魔女の夜会に参加した最大の理由であるライザが目の前にいるのだから、この機会を逃すわけには行かないとでも言うように。

「すまないがライザ。私たちが今日夜会に参加したのは、あんたに会って相談したいことがあったからなんだ。あんたも多忙とは思うが、少し時間をくれるとありがたい」

 そう言われ、ライザは立ち上がりようやくニコラと向き合った。
 一触即発というわけではないのに、なぜか緊張感が走る。
 そんな時、二人の間にある緊張に気付いていないであろう他の魔女が割って入った。迷惑そうに慌てて間に入ったその魔女は、ニコラを遮るように両手を広げて訴える。

「ちょっと待ってよ! ライザ様に先に相談する約束を取り付けてあるのは、この私なのよ! 急に来て、勝手に約束しないでくれるかしら!」
「あんたは? 見たところ初めて会う魔女のようだけど」

 初対面の相手にはなおのこと容赦がないのか、冷たくあしらうように言い放つニコラに対して、間に入った魔女は顔を真っ赤にしながら否定した。

「私は! これでも夜会には十回以上参加してるわ! 滅多に来ないような魔女に言われたくないわね!」
「十回ね、それはそれはご苦労なことだよ。だけど忘れたのかい? 夜会で喧嘩は禁物……」
「わかってますー! あんたと違って夜会にたくさん参加してるんだもの! これは喧嘩じゃなくて、私は元々こういう体質なんですー! なんたって私は癇癪の魔女なんだから! 何よ癇癪の魔女って! 私はただ感情をコントロール出来ないだけなのに! ひどいわよね! あなたもそう思うでしょ!? 同情なんてしないでちょうだい!」

 とんでもない二つ名の魔女もいたものだとルーシーは思いながら、魔女の二つ名にはその扱う自然属性に依らず付けられることもあるのだと初めて知った。
 その人物の代表的な特徴とでもいうのか、確かにそんな二つ名を付けられたらルーシーも堪ったものではないなと同情する。
 ルーシーならば消極の魔女、薄幸の魔女、劣等の魔女……。
 果たしてどれに該当してしまうのか、考えただけでも背筋が寒くなる思いだった。

 興奮している魔女を宥めるように、ライザが彼女の肩にそっと手を添える。

「大丈夫、まずはあなたの相談から聞きますよ。順番は守られなければなりませんから。安心して、落ち着きましょう」
「はい……、聡慧の魔女様……。ありがとうございます」

 そう諭され、癇癪の魔女はニコラに軽く会釈するとそのまま玄関ホールから二階に続く階段を上って行った。
 恐らく二階に相談する為の個室が用意されているのだろう。
 相談というからには他者に聞かれたら困るものもあるはずだ。その配慮なのか、以前からそういう仕組みになっているのかもしれないとルーシーは癇癪の魔女の背を目で追いながらそんなことを考えていた。
 するとライザは手を口元に当てて肩を震わせながら笑いを漏らす。心の底から面白がるように。

「ふふっ、癇癪の魔女も災難ですね。絡んだ相手がまさか魔女の夜会に千回以上参加しているだなんて、想像も出来ないことでしょう。……あら、私としたことが。笑ったら悪いですね。失礼しました」
「あんたのそういうところ、本当に好きになれないね」
「ニコラは優しいのですね。あんな風に絡まれても、そうやって相手を思いやる心があるなんて」
「やめとくれよ。私は誰にも心を開いてなんかいないさ。世間一般の常識の話をしているだけだろう」

 面白がるように話すライザ、そしてそれに冷遇するかのように言葉を返すニコラ。
 かたや夜会に参加する魔女全員が畏敬する聡慧の魔女。
 かたや皆が神のように接する魔女に対して、いつもの振る舞いを披露する氷結の魔女。
 この2人の関係性がわからなくなって頭を抱えるルーシーに、遠雷の魔女システィーナがこっそり話しかける。

「あ、あ、あのね……、ニコラとライザは……、ずっと昔……からの、お友達……なんだよ」
「付き合い長いらしいからねー。ニコラはわかるけど、ライザの本当の年齢なんて誰も知らないんじゃない?」

 両腕を頭の後ろに組みながら、さも興味なさそうに言葉を付け足す幽魂の魔女ヴァイオレット。

「お師様、あまり聞くものじゃないのはわかってるけど。一体いくつなんですか」

 唐突に投げかけてしまった質問だった。
 魔女の世界に関してだけでなく、一般的な常識ももしかしたら自分はちゃんと把握出来てないのかもしれないという思いの連続だったせいだろう。
 ポツリと出てしまった言葉は、もう無かったことには出来ない。
 だがその一言だけで十分だったのか。相当な威力があったようで、二人は途端に態度が怪しくなった。
 システィーナは慌ててフードの端を引っ張ると顔を全部隠して黙秘のサインを出しているように見える。
 ヴァイオレットに関してはにやけ顔がさらににやついて、話してやろうか黙っていようか、その葛藤に苛まれた結果、とぼけるという選択肢を選んだようだ。急に「それじゃ!」と言って走り去ってしまった。

「なんか、ごめんなさい……」

 やはり魔女の年齢を探るのは良くない、ということだけははっきりわかった。
 余計な好奇心は胸にしまって、ルーシーの特性に関する相談は出来そうなのかどうか。その結果を確認する為に、もう一度ニコラとライザに注目する。
 するとさっきの会話を聞かれたのか聞かれていないのか知れないが、二人がジトリとこちらを見つめているので殺気と勘違いして思わず短い悲鳴が漏れた。
 あわあわと言葉に詰まるルーシーをよそに、二人は会話を続けている様子だ。

「この小さな魔女さんの特性を知りたい、ですね。わかりました。それなら早く済みそうなので、癇癪の魔女の相談が終わったら部屋に来てください。そこで改めて話をいたしましょう」
「よろしく頼むよ、すまないねライザ」
「氷結の魔女に借りを作るのは、とても楽しいですから気にしていませんよ」
「本っ当に性格が悪いね、あんたは」
「うふふ、それではまた」

 それだけ言うと、ライザは癇癪の魔女の後を追うに階段を上っていく。
 ライザの後ろ姿を見つめながら、ルーシーは約束を取り付けることが出来たことに感謝を述べた。

「お師様、ありがとうございます。なんだかとても忙しそうなライザさんに時間を作ってもらえるようになって、本当に良かったです」

 笑顔とはいかないが、懸命な表情でお礼を言うルーシーにニコラは難しい表情で考え事をしている様子だ。
 それからふいとルーシーの方へ向き直り、真面目そのものの顔で訊ねる。

「ルーシー、本当にいいんだね? まぁ私が言い出したことなんだからいいも悪いもないんだが」
「えっと……、あの……? どういうことですか」
「特性というものはね、前にも言った通りなんだが。必ずしも本人や周囲の人間にとって良いものばかりじゃない。中にはとても危険で、特性がわかった途端に封印された魔女もいるほどだ。封印と言っても、魔女の肉体をどこかに封じ込めるとかそういったものじゃない。特性が今後一切、扱われないように、顕現しないように、その特性そのものを封じ込めることさ」
「そ……、そんな風になることが……あるんですか」
「さっきの魔女がいただろ。癇癪の魔女だったか。恐らくあの魔女の相談ってのは、自分の特性の封印だと思う。二つ名は特性から由来されることが多い。あの魔女自身も言っていたが、自分の特性のせいで色々と不便被っているんだろう。だから特性を、癇癪を起こさないようにライザに封印してもらいたくて相談依頼をしたんだと思うよ。私の勝手な憶測だけどね」

 そこまで言われて、ニコラの言葉の意味が少しずつわかってくる。

「つまり……、私の特性が私やお師様にとってとても不都合で、あるいはとても危険なものだった場合。その場で封印することになるかもしれない、ということですか」
「……そうだね、そうなる可能性がなくはないってだけのことだよ。どのみち特性が何なのかわからない以上、修行の方向性が定まらないんだ。当初の予定通り、ライザに会って特性を知って、後のことはそれから考えよう」

 ならばなぜ今、話したのか?
 それはルーシーに心の準備をしておけ、ということなのだろうと察する。
 ルーシーは静かに頷き、癇癪の魔女の相談が終わるまで玄関ホールにある会場で待つことにした。
 お茶と茶菓子を口にしながら、今か今かと待ち続ける。
 数十分後に、階段から下りてくる一人の魔女がいた。
 にこやかに、晴れやかに、スキップしながら喜んでいるその魔女は、紛れもなく癇癪の魔女本人。
 カリカリとした雰囲気が全くなく、ご機嫌で会場から出て行ってしまった。
 それを見送った後に二階へ続く踊り場に目をやると、そこにはうっすらと微笑みを浮かべるライザがこちらに手招きして立っていた。 
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