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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
20-4 始まりの終わり
 疲弊しながら帰宅して早々、日和は使用人に瓶を用意してもらった。
 手のひらでは少し収まらない程の、透明で細長い瓶。
 これに女王の最期に残された空色の風切羽を入れ、机に飾った。

 その後は竜牙から何度も「大丈夫か?」聞かれ、大丈夫と答えた。
 が、そんなことはなかった。
 ラニアが父のように目の前で血まみれになる夢を見て起き上がり、また涙が溢れだす。
 それから眠れず、その様子を心配されて、結局その日のうちに師隼の屋敷へ連れられた。
 報告も兼ねて深夜でありながら執務室を訪ねたが、今、目の前には師隼、中庭が見える窓際には竜牙がいる。

「……女王を討伐したとは聞いたけど、日和は知っていたんだね?」
「……すみませんでした」
「謝罪を聞きたいんじゃない。……あの石も、その女王の関係かい?」

 師隼は息をついて首を横に振る。
 あの石とは、指輪の石の事だろう。
 日和は素直に答えることにした。

「あの石は回収されました。波音のお父さんの占いで、手土産に必要だと言っていたので差し上げましたが……」

 ふぅ、と師隼は浅くため息をつく。

「あの石は女王の核だったということには違いないだろう。話せるなら出来る限り聞きたいんだけど、いいかい? どうせ眠るのも怖いだろう?」

 酷く怒られるのではと思っていたが、そんなことはなかった。
 出された温かいお茶を口に含むと、心が少しだけすっきりする。
 目は腫れぼったく、眠気は来ない。
 そして師隼の言う通り、あの夢を見た上で眠るのは怖かった。

「最初はお昼に――学校の屋上で何かちかちかしたので、なんだろうと思って……。学校の終わりに、向かいました。出会った女王は『後に天空の女王と呼ばれるかもしれない』と言っていました。名前はラニアと呼ぶように言われました。感情は『出会い』だそうです」
「ラニア、ねえ……。死んだ女王に名前を付けて管理していることを知ってるのも驚きだけど……」

 師隼は不安そうな表情で竜牙を見る。
 若干竜牙の表情が引き攣った様に見えたが、今は気にすることができなかった。

「まるで占い師みたいな人で……未来みたいなものが視えると言っていました。それと神話の話を教えてもらいました……」
「……神話」
「師隼が指輪の石を取り換えた話も聞きました。あの石は私の力を狙う女王が準備した物だと言っていました。あの石は術士の力を強くする物で、私が耐えられなければ妖にするんだと言っていました。だから代わりの力を、と私はラニアの石の力を受け入れました。……その、受け入れないと、私の未来は良くならないそうです……」
「そう……。それで?」
「昨日聞いたのは、和音みこ……さんを襲った女王が、もうすぐ襲ってくると言っていました。私には何もできません。だから、強い気持ちを持つように、言われました」
「……」「……」

 師隼と竜牙は揃って、ため息を吐く。
 二人の表情は限りなく重い。

「……師隼、ラヌニアツカヤって……なんですか? それと、彼女からの伝言で、『私は貴方に会う必要は無いと判断した』と伝えるよう言われました」
「――! 困ったな、最初に聞いたのが私達で良かった……」

 目を見開き、師隼は再びため息を吐く。
 竜牙も何か考え事をしているようだった。

「……『ラヌニアツカヤ』とは、この地の神話に出てくる神の名だ。常世とこよと現世の神、この世の何かに姿を化かしては、この地を見守る神の名前だ。……君が出会った女王、ラニアは……その名から取ったんだろうね」
「神話とは、神様に成ろうとした人達の話、ですか?」
「……そう、だよ。そこまで知っているのか……参ったな、他の術士になんて説明するべきか……」

 ぐしゃぐしゃと師隼は頭をかく。
 あまり触れてほしくない話題だったらしい。
 その表情は曇り、難しい顔をしている。

「神様は何故、師隼に会う必要は無いと判断したのでしょうか。何故、私に会いに来たんでしょうか」
「それは……」
「――それは、師隼は試される立場だからだ」

 言いかけ、言い淀む師隼。
 そこへ代わるように答えたのは、日和の横に腰掛けた竜牙だった。

「師隼は過去に罪を犯した。こいつが先祖返りである理由は、その罪の清算の為だ。術士を取り仕切り、こちらのまつりごとをすることでこいつが犯した罪を消す。そのために、最初の記憶だけを持って生まれ変わる。今回会わないと決めた、ということは『今の師隼に問題はみられないと判断した』という事だ」
「ちょ、と、竜牙……」

 竜牙の言葉に師隼はさぁっと青ざめる。
 とても個人的な内情だ。
 その反応から察するに本来秘密とされ、口外してはいけないような事項なのだろう。
 しかし竜牙は真顔で言い切った。

「代わりに日和の前に現れたのは……お前が四術妃しじゅつひの生まれ変わりだから、だろう。何度も転生して影ほどしかないが」
「私が、四術妃の……。四術妃って、なんですか?」

 師隼は目を見開き、苦しそうな表情を見せた。
 これ以上詳しく聞いてはいけないのかもしれない。
 それでも、このまま中途半端に終えて知らないよりは知ってしまいたいと思った。
 多分自分も関わっていることでもある。
 だったら尚更。
 師隼は頭を抱え、今までで一番大きな息を吐く。
 ううむ、と唸る師隼は観念したように、物憂つ気に顔を上げた。
 その表情は仕方なさを訴えるようにゆっくりと口を開ける。

「……四術妃は、たぶらかされて神の紛い物となり、後に神となった少女だ。この地に生まれた初めての妖であり、後にこの世に術士を蔓延らせた術士の根源とも言える存在だ」
「後に、神に……」

 なんとなく、分かってきた。
 ラニアの言う神話で捉えると、師隼は星だ。
 ならば、自分は朱だろうか。

「だが、生まれ変わったからといって何かある訳ではない。日和は日和、今のお前に神話は無関係だ」

 そこへ竜牙の手が伸びて、頭に乗った。
 それをあまりにも嫌そうな表情で師隼は見ている。

「何千年も前の話なのに、当時のように目の前でイチャイチャされるのはつまらんな」
「何を言っているのかさっぱりわからんな」
「え……?」

 竜牙はしらばっくれているが、師隼の今の言葉ならば竜牙も神話の人物だろう。
 可能性があるとすれば、神話に出てきた青年ということだろうか。
 銀髪青目の容姿と言っていたので、被っているように思う。
 しかし確証は無く、段々と自信がなくなってきた。

「……あの、私は本当に無関係なんですか?」

 おずおずと聞いてみるが、師隼は頷く。

「ああ、日和は何の関係もない。縛られているのは私と竜牙だけだよ。だから……神話の話は忘れてしまいなさい」
「嫌ですって言ったら、駄目ですか?」
「覚えていても、良いことは無いぞ?」
「……それでも、二人の事が知れるなら」

 竜牙と師隼は顔を見合わせ、ため息を吐く。

「もう神話を知っているのは私と竜牙くらいしか居ないだろう。勿論、興味を持つ者も、だ。それで良いなら、忘れろとは言わないよ」
「……ありがとうございます」

 なんとなく二人の仲が良い理由もよく理解できた。
 この二人はきっと、昔から近くに居たのだろう。
 それこそ知らない世界となっているくらい古い頃から。
 ラニアを忘れずに済みそうだ。
 妖なのに優しい雰囲気のある、何でも教えてくれるような綺麗な女王、ラニア。
 居なくなってしまって寂しいが、ちゃんと自分の立場を理解している人で、素敵な友人だった。
 ラニアの言葉が頭に響く。

「……その感覚を、忘れてはいけない」
「……ん?」

 ラニアが最後に言っていた言葉だが、口に出していたらしく師隼は首を傾げる。

「あ、えっと……ラニアが、最後に……伝言とは別に言っていた言葉がありまして……」
「その伝言も気になるところだが、なんて言ってたんだい?」
「『その感覚を、忘れてはいけないわ。貴女には大きな試練が、降り積もるのだから』……って言ってました」

 ふむ、と師隼は考え事を始めた。
 当時戦っていた竜牙は不思議そうに首を傾げている。
 どうやら竜牙は知らないらしい。

「ラニアが倒される直前、目が合ったんです。その時に。ラニアが死んでしまうのが苦しく思っていたら、言われました」

 師隼が段々と俯いていく頭を勢いよく持ち上げ、じっと日和を見つめた。
 その声は幾段低いさしている人物は、術士以外に居るかな?」
「え、っと……」

 特段仲良くしている。
 ふっと前の席の明るく女子力の高い友人が思い浮かんだ。

「弥生、ですか?」
「弥生……?」

 竜牙の表情が訝しむ。
 当然と言えば当然だ。
 竜牙の主の、妹なのだから。

「奥村弥生……です」


***
 怪しげな女王は死んだ。
 当然と言えば当然だ。
 丁度水鏡波音を中へ案内する案内鳥が居たので、自分が所持している核の欠片を無理矢理突っ込んでやったのだから。
 そいつはもう、あの女王の手先ではない。私の駒だ。
 日和にあげた大きな核はどこかへ消えてしまったけど、どうせあの女王が日和から回収していただろう。
 どんな奴だったかは知らないけど、きっと核の欠片と合わさって女王の姿を保持することも難しかった筈。
 立派な妖として、術士に殺されてしまえばいい。

「ふふふ、変な邪魔が入ったけどあと少し、もう少し! 貴女には沢山世話になったわね。名前を借りて、姿を借りて、その目を貰えなかったのは残念だけど……沢山の子供達を作るには十分な感情だったわ。もう一つ残念なのは……貴女を片付けられないことね。もう少しだから、待っていて」

 女王は笑う。
 そこはまるで大きな実験室。
 妖を生む培養器が並んだ最奥で、目の前には手首を縛られ、直視できぬほどに腐敗したむくろが椅子に佇んでいる。

『私を殺すなら、もっと良い利用方法がある』
 手をかけようとしたところでそう言い出したのは、そっちの方だ。

『私の娘は16になれば最高の餌になるだろう。それまでに手を出すなら、私が妖となってお前を食らう』

 もっと昔に似たことを言う男がいた。
 おかげで余計な感情が増えたが、その感情のおかげか何とか自分の核を脅かさず約束の時まで粘ってきた。
 その為に様々な犠牲を出したが、そんな事は関係ない。
 敵も味方も、自分以外の全ては自分の好きにする。
 使える物は使うし、要らなくなったら捨て、邪魔になれば壊せばいい。
 もう時間は迫っているのだ。
 あとは……

「あとはあの術士達を弱らせればなんてことない。日和もあの女王のおかげで更に美味しそうに仕上がって……ふふふっ、ああ、早く時間にならないかな! あとは貴方のお披露目もしなくちゃね!」

 女王は躯の隣に視線を移す。
 そこには様々な動物を滅茶苦茶に織り交ぜた気色の悪い妖のキメラが佇んでいる。
 迫りくる時間に女王は心を馳せる。

「楽しみね。さて、あの術士達はどうやって弱らせようかな……。あ!! 上手くいけば日和がもっと美味しくなるかも!」

 求める未来に胸を高鳴らせ、恍惚とした表情で女王は不気味に笑う――。

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