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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
20-3 出会いと別れ
「……ごめんね、日和ちゃん。波音はまだ落ち着いてないから、しばらくお昼は一緒に食べられそうにない」

 授業間に偶然出会った玲は日和を呼び止めると、開口一番にそう口にした。
 波音とは朝に出会った日和だが、互いに気まずくて挨拶は出来なかった。
 仕方ない。
 そう思うしかできなくなるくらい、二人の溝は一瞬にして深まった。

「ううん、大丈夫……です。私がしたことだから……」
「昨日、何があったかは結局言わなかったよ。明日にでも、聞いても良いかな?」
「……うん、私はいつもの場所でお昼を食べるから…………」
「うん、分かった」

 そんな短い会話だが、玲は特に何も言わなかった。
 その分、明日話すことになるのだろう。
 だから今日の昼食は、竜牙と二人きりだ。
 そもそも食事を行うのは日和だけなのだが。



「波音はあの性格だから、一日二日で来るとは思っていない」

 屋上では竜牙が既に息を吐きながら待っていた。
 日和一人分のお弁当が置かれ、目の前で竜牙は元気がなくゆっくりと食べる日和をじっと見ている。
 いつかの狐面が関わった昼食を思い出す。
 皆も、こんな気持ちで昼食を食べていたのだろうか。

「……竜牙、あの……」
「終わったら、話を聞く。そういう約束じゃないのか」

 ふと思った事を口にしようとした日和だが、ぴしゃりと先回りされた。
 今言ってしまえば楽になるんじゃないか。
 そんな思考の元で口に出そうになった言葉を引っ込める。
 それでも、心は、頭は、どうしたら元に戻るかを探し求めていた。

「……私、術士の皆を裏切りたいとか、そんな気持ちじゃないです! それだけは……」
「日和、今は誰もお前を責めていない。波音は多分、日和を疑っている自分に嫌悪しているだけだ。その感情が変わるのは、お前が話した後になるだろう。まだ気にするべきじゃない」
「……っ」

 言葉が詰まる。
 竜牙の言葉は正論で、何を言っても、今はどうにもならないのだ。
 ラニアとしっかりお別れをして、やっと進めなければならない。
 だったら尚更と、一刻も早く会いに行かなきゃと、日和の気持ちは急く。

「落ち着け、日和。顔に出ている」

 竜牙の両手が頬に伸びた。
 強制的に竜牙に視線が向いて、目が合う。

「……っ!」

 ふっ、と間近に竜牙の顔が寄って、全身の血が頭に回るような感覚になった。
 顔が、熱い。
 ――カラン、カラン……
 それはあまりにも唐突で、近くて、手に持っていた箸が手から滑り落ちていく。

「す、すす、すみませ……!」
「……替えだ」
「あ、ありがとう、ございます……」

 竜牙は落とした箸を拾うと、袂から別の箸を取り出し手渡してきた。
 なんでそこからそんなものが、と一瞬突っ込みが頭に浮かんだものの、恥ずかしさやよく分からない緊張で頭が一杯になって言えず。
 途中から、昼食の味はしなかった。


「……行きましょうか」
「ああ、そうだな」

 授業がすべて終わった。
 校門で待機していた竜牙と共に、日和はラニアの鷹が待つ場所へ向かう。
 後ろから別で波音が来るはず。そう、玲は言っていた。

 波音は午後の授業でも存在が遠くにいた。
 視界には入っているのに、話しかけず、話しかけられず。
 なんとなく目の前の弥生すらも遠く感じて、気が気じゃなかった。
 だけど今は、早く終わらせてしまいたい気持ちで一杯でもある。
 ラニアとは早く別れたい訳ではない。
 しかしこの焦ってしまう気持ちは、仕方ないことなのだろうと思う。

「不安な顔をしているな」
「……はい、不安です」
「何があっても、とは言えないが……私は味方でいるつもりだ」
「大丈夫です。ありがとうございます……」

 竜牙は少しでも不安を取り除いてくれる。
 一人だったら、多分こうして向かうことすら億劫になっていただろう。
 いつもよりも短い時間で竜牙に連れられ、移動していく。
 そのおかげかあっという間に目的地の近くに着いた。
 来る時間は少し早かったようだ。
 周囲に空色の鷹の姿はまだ無かった。

「どうした?」
「いつも空色の鳥が迎えに来るんです。その鳥について行って、城に入るんです」
「城?」

 不思議そうな竜牙に頷きながら、辺りを探す。
 しばらくすると、空から見覚えのある鷹が舞い降りてきた。

「……あの子です」
「……確かに、妖だ」

 日和が指差した鷹に竜牙の視線が厳しくなる。
 鷹はそれを気にしている素振りも無く、空を旋回をするとまた案内するように道に沿って飛び始めた。

「こっちです」

 鷹を追いかけ、その後ろを竜牙がついていく。
 更にその背を日和は追いかけた。

「……なるほど、これがその"城"か」

 いつものように暫く走ると空に隠れた同色の城が目の前に現れ、竜牙は呟く。
 日和と竜牙は導かれ、開かれた城門の中へ入っていった。

「――こんにちは、日和さん。最後の日まで、会えたわね」

 王城の一番広い部屋――というより、ホールが広がっていた。
 いや、奥には玉座がある。謁見の間だろうか。
 ラニアは窓際で佇み、窓からの光を浴びてこちらを見ている。

「ラニア……! ごめんなさい、私……!」

 日和はラニアに駆け寄ろうとした。
 しかしラニアは手を出して制止すると、静かに首を横に振る。

「……何も言わなくて良いわ。あと一人、赤い術士さんが来れば……最後の時間ね」
「え……?」

 赤い術士とは、多分波音だろう。
 では最後の時間とは、一体なんだろうか?

「お前が、この城の主か?」

 竜牙は警戒をしながら女王に問う。
 ラニアは頷くと、両手を広げた。

「ええ、そうよ。でも……今はもう力が無いの。全て日和さんにあげちゃったわ」
「……目的は、なんだ?」

 にこりと微笑むラニアは今まで見せていた姿のまま。
 その様子が逆に不信を抱いたのか、竜牙の目には力が入り、手には槍が持たれた。

「……それはもう、果たしたの。あとは死ぬだけ。貴方達が私を倒してくれるのでしょう?」
「ラニア……」

 ラニアは嬉々とした表情で自分の最期を問う。
 どうして満足そうな顔をしているのか、日和にはまるで分からない。

「――……ここが、貴女がかよった女王の城なの?」

 そこへ鏡面のように反射する床、豪奢な絨毯が敷かれた先に、最後の役者が現れた。
 その顔はいつもの不機嫌顔なのに、まるで見慣れない表情をしている。
 今日ほぼ顔を合せなかった分、日和の心は締め付けられた。

「ええ、いらっしゃい。貴方達が来るのを待っていたわ」

 まるで初めて会った時のように、ラニアの声は明るく、穏やかだ。
 ラニアはくるりと回ると、玉座へ向かう。
 こつ、こつ、と靴音を鳴らしてラニアは豪奢な椅子の前に立った。

 ああ、今から始まってしまうのか。
 ラニアの死は止められないのか。
 否、彼女は妖。
 妖の女王であるからこそ、今から絶たれなければならない。
 友人のように心を通わせた彼女の死が近付いている。
 そう意識するだけで、日和の心臓の鼓動は早くなった。

 ぞくり。
 胸騒ぎがして、背中には悪寒が走る。
 彼女がその玉座に座れば、――もうラニアには会えない。
 道案内をしていた空色の鷹が城内へと入ってきて、三階分はありそうな天井に近い場所でくるくると旋回する。

「……! 何……?」

 回る度に鷹の姿は部分的に赤黒くなっていく。
 先ほどまでの鷹とは少し違うことに気付くが、もう遅い。
 鷹は滑空すると、ラニアの体に吸い込まれて行った。

「うっ……! ぐ、ぐぅ……!! う、うぁ……アアア……!」

 玉座に座ったラニアは途端に胸を抑え、苦しみ始める。
 そして背中から翼が、肌から羽毛が生え、人の体をしていた姿は見る見るうちに変わっていく。

「――!!!」

 全身の毛がよだつ程に気持ちの悪い光景だった。
 ラニアは原型が消えていき、次第に全く別の姿へと変貌する。

「キュイイーーーーーン!!!」

 つんざくような声を上げたラニアは既に人の様相ではない。
 二足で立つ巨大な鳥へと変化した。

「日和、隠れていろ」

 すかさず竜牙は日和を庇うように前に立ち、槍を構える。
 一方の波音は、既に炎を携え駆け出していた。
 鳥は翼を広げ、風切羽を飛ばす。

「――そんなもの、焼いてやる!!」

 波音は炎を噴き羽根をことごとく焼いていく。
 一方の竜牙は移動だけで羽根を避け、距離を縮める。
 石の杭を出し、ラニアだったものに飛ばした。

「キュイイーーーーーン!!!」

 二本の杭が鳥の胴に突き刺さる。
 すると甲高く鳴き、大きな咆哮と共に地面に突き刺さった風切羽が共鳴した。

「何……!?」
「くっ……」

 共鳴した風切羽はかくかくと揺れて、浮き出す。
 ただの羽根だったものは独自に動き始め、鳥の周りをヒュンヒュンと飛び始めた。

「全部、燃やしてやるわ!!」

 目の色が深くなった波音は更に移動速度と火力を上げ、お構いなしに突っ込む。
 手に握る炎で、口から吹き付ける業火で、風切羽やラニアの翼を焼いていく。
 全てを燃やし尽くす勢いだ。

 竜牙は一度集中すると周囲に砂を撒き散らした。
 次の瞬間には槍の刃先を足元に向け、床を引っ掻く。
 引っ掻いた端から岩のつぶてが鳥に向かって飛ばされ、胴を叩く。
 飛んでいた羽根は撒き散らされた砂を纏って土の塊となっていった。
 重さに負け、ぼとぼとと転がり落ちていく。
 二人の攻撃によって羽根の数は減り、隙の空いた胴目掛けて波音は何度も殴る。

「キュアっ!! ギッ!! ギッ!!」

 鳥は短い悲鳴を上げているようだった。
 更に鳴き、バサバサと翼を何度も羽ばたかせる。
 周囲を飛ぶ羽根の数は羽搏くたびに増えていく。
 しかし綺麗に整っていた筈の翼は次第に荒れ始めていた。

「……元を減らすぞ」
「わかったわ」

 竜牙と波音は照準を変え、互いに両翼を狙う。
 波音は火を噴き、裂くように翼に爪を立て、竜牙は槍で一掃する。
 鳥の姿をした女王は段々と憐れな姿へと変わっていく。
 あれがラニアだと思うと日和の胸の奥は軋み、気持ち悪さを感じた。
 人は人、妖は妖、術士は術士。
 分かってはいる。理解している。ただ、納得できていないだけ。
 日和にとっては友人が傷つき、死んでしまう、ただ残虐な光景だ――。

『そう、それでいい』
「……え?」

 次第にその姿を見られなくなっていく日和の耳に、ラニアの声が聞こえた。

『その感覚を、忘れてはいけないわ。あなたには大きな試練が、降り積もるのだから……』

 顔を上げると、じっと、巨大な鳥と視線がぶつかった。

「ラニ、ア……」
『あなたが最期を看取る騎士に、伝えて頂戴。『ラヌニアツカヤは、貴方を赦します』と……』

 ラニアの声は、竜牙と波音には聞こえていないようだ。
 攻撃を受けながらもその声は真っ直ぐ日和に届き、ラニアは最後まで日和に何かを託していく。
 この言葉は、きっと絶対に忘れてはいけないものだ。

「分かった、ラニア……さようなら――」
『ええ、さようなら。楽しかったわ――』

 目から涙が溢れていく。
 ここ数日のお茶会の光景が脳裏に早送りで再生されて、ラニアの沢山の言葉が脳内で響く。
 女王がどう討伐されて、どう消えていったのか。
 それは涙で埋まった視界で見えなかった。
 ただ、泣き崩れていたらいつの間にか外に出ていて、手の中には空色の鳥の羽根が残されていた。

「うっ……く……ごめん、なさい……。ごめんなさい、ラニア……!」

 口から出てくるのは謝罪の言葉。
 周りを気にする余裕は無くて、ただずっと、竜牙に抱えられた中で悲しい思いに浸る事しかできなかった。
 そうして天空の女王は……討伐されて、空の城ごと消えてしまった。

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