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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
12-3 未来へ繋ぐ
「すまない、遅くなった」
「ふふふ、師隼ったらそんな事言わなくても、竜牙も日和ちゃんも責めるタイプじゃないのにね?」

 着替えから戻ってきた師隼は灰青の着物に黒の羽織で現れた。
 いつもの格好で麗那の隣に腰を下ろしたが、そんな師隼にくすくすと笑う麗那は日和と竜牙に視線を向ける。
 その表情はどこか意地悪だ。

「さて……そうだな、回りくどいのはやめて、早速本題に移ろう。先日出たという女王について聞こうか」

 師隼は仕切り直し、竜牙に視線を向ける。
 竜牙は頷き、口を開いた。

「商店街に1体現れた。最初に対応したのは夏樹と日和だ。日和が玲に連絡した内容がこっちに流れてきたのを、そのまま私と夏樹で倒した」
「……それで終われば、わざわざ僕が帰ってくる必要は無いんだけどね」
「……ああ、日和が女王の性質を言い当てて、弱体化させている。それと応援を呼ぶ最中にこめかみを火傷したらしい」
「すみません。あまりに突然だったのと、電話するのに必死で気付かなくて……それは私の不注意です」

 ばつが悪そうに答える竜牙をフォローするように日和も割り込んで答える。
 師隼は小さくため息を零した。

「夏樹の風で痕が残らなかったと聞いているし、大きくは問題はない。しかし、妖と戦えば普通に死ぬ事もある。あまりに危険だから出すぎた事はしてはいけないよ?その対策は後でしよう。それと……女王の弱体化については、知識があったのかな?」

 師隼の言葉は櫨倉命の時ほど重たくはない。
 それでも厳しい物言いだ。
 深く探りを入れるような師隼の目は日和の視線に合わさり、それだけでも空気は重たく感じて言葉を詰まらせる。

「え、と……いえ、知りません……。でも、言わないといけない気がして……」
「これに関しても危険な行為だ。まあ、竜牙から強く言われて反省しているだろうから、私からは何も言わないでおくよ。君が理解しているのなら、それでいい。だからこそ、こうして私が帰ったと聞いてすぐに来ているのだろうしね」
「その、すみませんでした」

 師隼ははぁ、と短いため息を吐く。
 その様子に日和は素直な謝罪の言葉しか出なかった。
 そんな師隼はやっと柔らかな表情を向けると、下向きになった視線を再び日和に向けた。

「反省をしたなら、次はもしもに備えないとならない。その為にも日和は少し講習を受けようか。明後日の午後、時間はあるかい?」
「講習……はい、大丈夫です」
「じゃあ、この話は次回にまわすとして……練如」
「――はい」

 日和の返事に師隼は頷き、名を呼ぶ。
 先ほど一瞬で姿を消した式が、短い返事と共に一瞬で師隼の隣にひざまずいた。

「日和、紹介するよ。彼女は練如、金詰家の"式紙"だ」
「金詰家の、練如……式紙?」

 にこりと微笑む師隼の横で練如は軽く頭を下げ、また上がる。
 その表情は例により、分からないままだが。

「そう、『かみ』は『かみ』でも用紙の方の紙。金詰家では独自の術があるんだ。それが式紙。特殊な紙を媒体に作られる式神の別個体でね、竜牙達とはまた少し違うんだ」
「独自の技術……練如、さんには、主はいるんですか?」

 日和の問いに練如は首を縦に振り、ぼそりと小さく唇が動いた。

「んー、一応いるよ。あと、練如で良い、と言っているね」

 練如は師隼を通してでないと話すつもりはないらしい。
 師隼は苦笑しながら練如の通訳をしている。

「では、よろしくお願いします。練如」

 日和が頭を下げると、練如も頭を下げる。
 今までの式神と比べて練如は随分と独特で異質な存在だと日和は感じた。

「じゃあ日和、右手を出してもらっていいかな」
「……? こう、ですか?」

 師隼に言われ、日和は右手を前に出す。
 師隼はその下に滑り込ませるように人型に切り取られた白い用紙を入れると、日和の手に自身の手を重ねた。

「式紙・練如の新たなる主として契約を言い渡す。術士・金詰日和の力を受け、その契約を全うせん」

 突如、師隼の言葉を受けて日和の右手が強く光った。
 日和の髪はふわりと舞い上がり、ぱちりと小さな電気を帯びて光る。
 たった数秒の光は白い用紙に注ぎ込まれ、ふっと消えていった。
 何が起こっていたのか、日和には不思議でしかない。
 だが焦げ茶の髪は更に金色が混じり、術士の力を使った事を証明していた。

「師隼、今のは……」
「君のお父さんからの言伝ことづてでね。『日和が少しでも術士と関わるのであれば練如を式にしてくれ』って言うので、少し早いけど頃合いかなと思ったんだ。これで練如の主は、君だよ」

 師隼の言葉に日和は練如を見る。
練如は微動だにせず、ただ日和に頭を下げているままだ。

「ただまあ、練如は君の力を受けて生きるようになっただけで日和自身はまだ何も変わらない。練如を使役できるようになるのはまだ先だろうし、精々自身の力で酔う事が減るようになるくらいだ」
「えっと……ありがとう、ございます……」

 ぺこりと頭を下げる日和に、師隼は優しく微笑む。

「当分はまだ、こっちに居て貰うけどね。いいかな?」
「練如が良ければ、それでいいです」

 まさか父が日和に式神を用意しているとは思わず、日和も心の中でどこか緊張していた。
 感覚は全くなかったが、初めて術士の力を使ったらしい。
 ただ手が温かかっただけで、実感は一切湧かない。
 一瞬のような出来事だが、頭を下げた時に見えた自分の髪の色でやっと日和は金色の部分が増えたことに気付いた。

「これからも力を使うと髪の色が変わるんでしょうか……」

 無意識に口から言葉が漏れていた。

「綺麗な金の混じった髪だけど……そうだね、君が術士の力を使いこなす時には綺麗な金色の髪をしているのだろうね」

 師隼は帯に刺していた扇子で日和の髪を撫でる。
 時々きらきらと光る髪が、術士の力を所持しているという証である事を示していた。

 それから日和はそのまま練如に連れられ、家に戻った。
 竜牙は後に来る玲、波音、夏樹と共に別で話があるらしく、神宮寺家に居るままだ。

「練如、ありがとうございました」
「……私の役目は主をお守りすること。それ以外にはない」

 練如は極端に口数が少ない。
 それは竜牙以上だ。

「そう、ですよね……。えっと、また明後日、会えますか?」

 日和の問いに、練如は小さく頷く。

「主が呼べば、私は行く。どこへでもだ」
「……会えるの、楽しみにしています」
「……主。私はいつでも戦える。主が求めれば、主が望めば、いつでも。主の力のあるままに」

 気付けば、練如は夕方の赤みの中で影も無く消えていた。
 まるで残響の様な練如の声だけが響いた。



「やあ、皆揃ったようだね」

 日和が練如に連れられ帰った後、波音・玲・夏樹が巡回から戻った。
 術士が目の前に揃った師隼はにこりと笑う。

「私が外出している間に女王が現れたという報告、討伐に金詰日和が手助けをしたという報告を受けたよ。そこで、こちらでは金詰の遺産を日和に契約させた」
「なっ、事後報告ですか?」

 突然告げられた師隼の言葉を遮るように、玲が声を上げる。
 師隼は想定していたように大きく頷き、口角を上げた。

「君ならそういう反応をするだろうね。だがこの際仕方がない。練如は早目に動けるようにした方が良いし、彼女の力酔いは今から更に間隔が狭まる。彼女の体の負担を考えても今が一番……いや、寧ろ遅いかもしれない程だ。……それとも玲は、彼女に妖になって貰いたいのかな?」

 瞳孔の開いた師隼の瞳が玲を捉える。
 玲は何も言わず、唇を噛みしめた。

「安心してくれ、すぐに術士になれとは伝えていない。彼女が自分から申し出るまでは一般人のままで居て貰うよ。彼女が少しずつ練如に力を渡すことで酔いづらくする程度さ」
「……日和、そんなに酷いの?」

 波音は眉をしかめ、心配そうな表情になっている。
 この術士達は溜め込むそばから常に力を使い、溜まらないようにしている。
 何の訓練も受けていない、力のある一般人が日常をまともに過ごせるかどうかは想像つかないだろう。

「そうだね……先日体調を崩した割には、もう1週間ほどでまた体が悲鳴を上げ始めるんじゃないかな。彼女の感情次第ではあるが」

 師隼の予測に竜牙の表情が歪み、玲の表情は重い。
 雨の日の日和を思い出し、また倒れこむ日和を想像しただろう。

「……それで、日和さんに式紙の契約をさせたのは分かりました。日和さんに女王討伐の手助けをさせてしまった事は、良いんですか?」

 最初に女王を見つけ、日和を守り戦っていたのは夏樹だった。
 今もまだ気にしているのだろう、夏樹の疑問に師隼は視線を合わせ、頷く。

「ああ、金詰日和は大変家の血が濃いようだ。
 彼女自身、妖から襲撃されやすいのが問題だが……手伝ってくれるなら寧ろ、そうしてもらった方が良いだろう。戦っている時に思考は巡らせられそうかい?」

 夏樹はぶんぶんと首を横に振る。
 余程自信がないのか、先日の女王で酷く必死だったか、溢した言葉は申し訳無さそうに口から漏れた。

「……初めて女王を見ましたが、そんな余裕は無かったです」
「なら、それでいい。後は彼女さえ守れれば問題は無い」

 落ち込む夏樹に師隼はにこりと笑顔を向ける。
 そこに竜牙が気鬱げに師隼へ視線だけを合わせ、口を開いた。

「……その為だけに、巡回を練如に任せ術士を集めたのか?」

 竜牙の少しだけ苛立ったような声が響いた。
 師隼は笑顔を崩さず、弄ぶように手元の扇子をばさりと開く。

「今回は、本当は兄上の墓参りだけだったのだが…東京の分倍河原ぶばいがわらから連絡が入ってね、ついでに行ってきたんだよ。一つ報告があったみたいでね。覚えてるかい?櫨倉命が遭遇し、金詰日和を殺しかけたあの妖。確か牛と熊が混ざった姿をしていたと聞いたけど」

 師隼の目は笑っておらず、寧ろ怒りの様な圧を感じる。
 夏樹以外の表情が、ぴくりと反応した。

「あれだが、報告例が最近一つあってね…麗那が見つけた時には狐面が一人、やられていたらしい。
 彼女が捕えてきたのはフクロウと猫か何かを混ぜたような姿をした妖、今回はそいつを連れて行ったんだよ。そしたら、『2体の妖を無理矢理合成した姿だ』って結果を返された」
「は……?」
「そんな変な妖がいるの……?」

 師隼の報告に波音の表情は歪み、玲は怪訝な顔をした。
 夏樹に至ってはどんな想像をしたのか、一瞬で表情が真っ青になった。
 だが、互いに相容れるような容姿の生き物ではないことは確かだ。

「流石の分倍河原も初めて見たと驚いていたよ。何か普通じゃない事態が起こっている。金詰日和に関わる事なのかどうかもまだ分かってない。君たちも気をつける事だ」

 師隼の言葉に術士は頷き、解散となった。
 主の表情は酷く重く、また主の前を去る術士四人の表情も暗い。
 師隼の屋敷を出ると曇天の空が広がり、むわりと夏の気配を感じさせる蒸し暑さが、更に気持ち悪さと煮え切らない気持ちを抱かせる。

「……ねえ、竜牙。私が来た時はもうやられかけていたけど、そんな気持ち悪い見た目してた?あいつ……」

 先に屋敷を出た竜牙に話しかける波音の言葉は沈んでいる。
 『あいつ』とは日和を襲った妖だろう。
 竜牙は表情を変える事なく、言葉を選ぶように少し考え込むと首を横に振った。

「確かに牛とは言い難い胴体はしていたが、あの時はいていた……。言われれば、不気味な見た目だったかもしれない」
「僕も日和ちゃんを助ける事しか考えてなかった。違和感は感じてたけど、そういう事だったんだね……」
「まあ、あの状況じゃ仕方ないわよね……」

 竜牙も玲も日和の為に真っ先に走った人間だ。
 波音は納得せざるを得なく、それ以上は過去の記憶を掘り返す気にはならなかった。

「僕もこちら側はよく見ておきます。何かあったら、すぐに応援要請します」
「その方が良いだろうね。全く関連の無い妖同士が合成された姿って言われても、それはそれで怖いけど。多分僕たちが会った個体はそこまで違和感のないものだったのかな」

 夏樹と玲は不安な表情を見せる。
 それをもばっさりと切り崩すように、竜牙は先に歩き出して後ろの三人へ振り返った。

「姿はどうであれ、妖は妖だ。在れば斬る。それ以外に何の必要もない」

 酷く冷えた鋭い視線だけがそこにあり、妖に向ける目と同じ色をしている。
 ここにいるのが正也であれば同じ空気が漂っていたのかもしれないが、やはり竜牙は異質だ。
 三人の中にそういった心がありながら、その言葉を認める。

「あれぐらいの真っ直ぐな強さが欲しいわ」
「竜牙さん、かっこいい……」
「……」

 波音はないモノねだりのため息を吐き、夏樹は憧れの目の色に変わった。
 玲は静かに、心の中でそれが出来る力と技術と願った。
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