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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
12-2 師隼に呼ばれて
 夜、日和が宿題をしている最中、竜牙のノックがあった。
 その音に顔を向ければ、扉の隙間から顔を覗かせた竜牙が「日和、明日時間はあるか?」と訊いている。
 元々予定を作らない人間なので、頼みがあれば基本はOKを出してしまう。
 今回も当然断る理由もなく、日和はすぐさま「大丈夫です」と答えるのだった。

「明日、師隼が帰ってくる。先日の女王が出たことで戻る予定を早めたらしい」
「師隼が、ですか……」
「行けるか?」

 いつものトーンで確認として訊く竜牙の表情は何故か硬い。
 術士達を取り仕切る世話人である師隼が絡むのであれば何かしらの大切な話なのかもしれない。
 これは多分、選択肢は無いのだろうと日和は感じた。

「はい、大丈夫です」
「学校を終えたら迎えに行く」
「わかりました」

 そんな簡単な会話をして迎えたのが今日だ。
 全ての授業を終えて校門に向かえば、竜牙は腕を組んでまた校門に寄りかかって待機していた。
 例のごとく、校門を入口に結界が張られている。

「すみません、待ちましたか?」
「いや、大丈夫だ。行くぞ」

 先日の女王の一件から、なんとなく竜牙の雰囲気は固いまま。
 竜牙はまだ戦いに割り込んだ日和を気にしているのだろうか。
 日和の心は少しだけ絞めつけられた。

「あの、竜牙」
「……どうした?」

 居ても立っても居られなくて、日和は声をかけた。
 すると竜牙は足を止めて固い表情のまま日和に顔を向ける。

「この前の……まだ怒ってますか?」
「いや……急にどうした?」

 日和の不安を正直に打ち明けると竜牙は目を丸くしている。
 少し悩んだ素振りを見せると、くすりと笑って首を傾げた。
 日和にとっては意外な反応だ。
 驚いて、恥ずかしくなって、顔を隠すように少しうつむいてしまった。

「な、なんでもないです。その……ちょっと距離を感じるというか、話しかけづらいというか……」

 竜牙は小さく息を吐いて日和を見る。
 肩をすくめると口を開いた。

「……正直に言うと、気にしてはいる。怪我をさせたくはないし、あまり危険な所に寄りつかせたくもない」
「うぅ……」

 玲レベルの心配性だ、と言いたいところだが、既に一度大怪我を負っているので強くは言い返せない。
 更に言うならば妖、それも『女王』と呼ばれる通常とは違う、強い存在と戦っている間に日和は割り込んだのだ。
 それだけ気にされてしまうのも、仕方ないのだろう。
 落ち込む日和に「だが……」と竜牙は言葉を続ける。

「日和なりに努力はしているのだろう、とは思っている。だから……何かあればちゃんと言ってくれ」
「あ……はい、分かりました」

 竜牙の言葉に日和は少しだけ嬉しくなった。
 ただ心配している訳ではなく、危険を犯した日和をとがめる訳でもない。
 更に日和の行動を認めてくれてもいる。
 そんな小さな優しさに、心が溶かされた気がしたのだ。
 安心した、きっとそんな言葉が正しいのだろうと思う。

 そうして二人で歩いた先。
 まだまだ遠目ではあるが、屋敷の門前に人影があることに気付いた。
 真っ黒な衣服を身に着けているが、髪は白髪。
 日和を呼んだ当人、神宮寺師隼だ。

「……珍しいな、こんな所で」
「竜牙、もう来たのか。……いや、時刻的には悪くないか……」

 屋敷の門まで来ると竜牙は休んでいたらしい師隼に声をかけた。
 東京から戻ってきたばかりらしい師隼は、少し疲れた表情でポケットから時計を取り出し、時刻を確認している。
 竜牙は普段屋敷の中にいる師隼がこの場所にいることが珍しかったようだが、日和は違った。
 黒い衣装は普段着ている着物かと思ったが、三つ揃えの黒いスーツを身に着けている。
 東京に行くとは聞いていたからその手にあるキャリーケースに違和感はない。
 それでも術士全員からしても中々見ない、珍しい光景であった。
 ただ気になるのは、そのどれもが真っ黒で、喪に服した見た目である事だ。
 しかしそんな興味は口に出せる訳がなく。

「師隼、お疲れですか?」
「日和は……元気そうで良かったよ。この時期は少し面倒なんだ。この姿で申し訳ないが、中へどうぞ」

 疲れた表情を見せる師隼を心配すると、師隼は苦笑しながら竜牙と日和を中に入るよう促す。
 このまま前に立っていても余計に師隼を疲れさせるだけだろう。
 日和は竜牙と共に前庭を真っ直ぐに本邸に向かい、屋敷内に向かった。

 先に玄関を踏み入れると、前髪を目の下で切り揃えた不思議な格好の女性が目の前に居た。
 不思議な格好というのは着物を着ているのだが……まずは、何故か袂は帯に入れられている。
 更に着物の裾は少し長めのおはしょりまで。
 動きやすさを重視しているのだろう、下半身は黒のスパッツを履いたすらりと長い脚が伸びているのだ。
 ただ、表情が長い前髪でよく見えないのと、長い後ろの髪は膝で纏められていて……見てからに異様な雰囲気を感じる。

「…――失礼」

 女性は日和を見るなり、ひゅっ、と風切音を立てた。
 一体何が。
 そう思った瞬間にはぼんっ、と小さな爆発音を立てて姿を消してしまった。
 その動きの速さは忍者と例える方が合っている。気がする。

「ふぇっ……えっ?」

 たった一瞬の出会いだが、何が起こったのかも分からなかった。
 日和の口から変な声が漏れ、首を傾げる。

「今のは……ここに住んでいる式だ」
「そうなん、ですか?」
「どうした、練如れんにょにでも会ったかい?」

 次いで入った竜牙は知っていたようだが、更に後ろの師隼はその姿を見ていなかったらしい。
 不思議そうに首を傾げている。

「ああ。もう話していいのか?」
「寧ろついでに紹介もするよ。先にいつもの場所で待っていてくれ、着替えてくる」

 キャリーケースを持つ師隼はいつも姿を見せる真っ直ぐ歩いた先の大広間ではなく、右に伸びた廊下の先へ歩いていく。
 日和は竜牙と一緒に真っ直ぐ、広間の方へと向かっていった。



「ふふふ、いらっしゃい。思っていたよりも早く来たわね」

 大広間では、その中央で座布団とお茶がすでに用意されていた。
 中心に座る人影の隣に一枚、お茶を囲むように二枚、誰が来るか既に分かっているような配置だ。
 そんな中に人影の正体である麗那は、たたずんで微笑んでいる。

「麗那さん! えっと、先日振りです」
「ふふふ、そうね。とりあえずそこへ座りなさいな」

 麗那に促され、日和と竜牙は座布団に腰を降ろす。
途端に麗那はにっこりと魔女の笑みをたたえて日和の顔を覗いた。

「前よりはすっきりとした顔をしているかしら? ふふふ、落ち着いたみたいね」
「あ、あの……――」
「――そういえば私、学校ではあまりしっかりと挨拶はしなかったわね。私、生徒会副会長なの。学校はどう?困ったこととかはあるかしら?」

 くすりと微笑む麗那は令嬢の仕草を解くことなく座っている。
 日和は少しだけ緊張しながら首を横に振った。

「い、いえ……! 生徒会をされていたんですね。存じ上げず、すみません……」
「別に気にすることはないわ。私はただ、可愛い生徒たちが困っていたら手を差し伸べることがお仕事だから、聞いてみたかっただけよ」

 麗那がくすりと微笑むと、綺麗な指が湯呑を掴んで麗那の口元へと運ばれていく。
 静かで一つ一つの動作に無駄がない。
 明らかに波音以上のお嬢様が目の前に居る。
 生徒会の人間だからだけではない。れっきとした品格を持った人間を前に、日和は緊張しながらもこくこくと頷いた。

「えっと……学校ではそこまで気になることはないので大丈夫です。あっ、いつも屋上でご飯を食べているんですが、いいんでしょうか……?」

 『屋上は立ち入り禁止』であることを日和は咄嗟に思い出し、口にする。
 やはり怒られることだろうか、と少し心配になった。

「ふふふ、知っているわ。皆で中々面白い隠れ家を見つけたわね。貴女にとってはあの場所で皆と食事をすることに意義があるのでしょう?だったら私は何も言わないわ。目を瞑っておいてあげる。――」

 長いまつげを揺らして麗那はにこりと答える。
 ほ、と少し胸を撫で下ろしたのも束の間、麗那の視線が竜牙に向いた。

「――だけど日和ちゃんを危険に晒すのは良くないわね? 最初が最初とはいえ、気を付けなきゃ。あまり周りに頼っちゃだめよ?」
「……善処する」

 竜牙は目を瞑りはぁ、とため息を零して返事をしたが、麗那の言う最初とはどっちだろうか。
 屋上から落ちた件については確かに危険だったし、実際死を覚悟はした。
だけど竜牙と初めて会った時も、それはそれで色々と問題があるのではないだろうか……と少し考えがよこしまになってしまった。
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