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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
12-1 プレゼント
 女王と戦った翌日。
 日和は登校して授業の準備を済ませると、波音が早速教室内で結界を張って詰め寄ってきた。

「――ちょっと、昨日女王に会ったんですって!? 貴女、大丈夫だったの!?」
「あ……波音、おはよう。えっと、大丈夫だったよ」

 まさか最初の話題が昨日の女王の話になると思わず、突然話しかけられたことに日和は少し驚いた。
 女王相手には無事である。
 しかし帰宅した後は、竜牙がほどほどにお怒りだった。
 自分からは用事がないと話しかけない竜牙の口数は、いつもよりも余計に少ない。
 難しい表情をしていて大変に気まずくて。
 今朝も竜牙の様子は変わりなく、心のダメージをさり気無く負っていたところだ。

「なら良いけど……ごめんなさいね。昨日は私、巡回休みの日だったから……」

 申し訳なさそうに眉をハの字にした波音だが、休みだったのなら仕方がないとも思う。
 寧ろ学生でもあるのに、夕方は毎日働き詰めだなんて。
 しかも命のやり取りもしているのだから、少しは休んで欲しい。

「そうだったんだ。あ、そうだ。波音に渡したい物があって……」
「……? 何かしら」

 そんな気持ちも後押しされて、日和は鞄から猫の包装紙に包まれた物を取り出す。
 不思議そうな表情を向ける波音に差し出した。

「これ、波音に」
「え、私に? 誕生日でもないけど?」
「その……昨日、波音落ち込んでるように見えたから……」

 波音は目を丸くして、包みを受け取る。
 そして、くすっと笑った。

「なあに? この私を励まそうなんて思ってるの? ……へぇ、可愛いじゃない」

 中のトートバッグを一目見て、波音の表情こそあまり変わりはなかったが、どこかうずうずしている様子が伺える。
 気に入ったのか口角は上がっていて、嬉しそうだ。

「波音が編み物を紙袋に入れてたのを思い出して、波音に似合いそうなの選んだの。あと……」
「……?」
「これ、探していたついでに可愛かったので。その、お、お揃いにどうかなって思ったんですけど……」

 一緒に購入した猫模様のペンを波音に差し出し、自分の分も手に持つ。
 色違いのペンを見せると波音は明らかに意識したように赤い顔になり、日和からペンを受け取った。
 プレゼントなんて中々しない日和は緊張したのだが、喜んでもらえたらしい。

「お、お揃い……」
「仲良しのお友達、みたいになりませんか?」
「あ、ありがと。たっ、大事にするわっ! ……また後で、ね」

 顔を真っ赤にした波音は席に戻っていき、自分も小さく息を吐く。
 プレゼントすることがこんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。
 だけど全然悪い気はしなくて、少し嬉しくなってつい口角が上がってしまう。

『お揃いの物があると仲良しの友達みたい』

 弥生の言っていた言葉はなんとなくだけど確かにそんな気もする。
 弥生は何でも知っている。自分は教えて貰ってばかりだ……と日和は思うのだった。



***
 波音は日和の手から赤い猫柄のペンを受け取った。
 日和が持っていたのは黄色の猫柄。
 色違いのお揃い、というやつだ。
 日和はあまり周りの人間に興味が無いように思っていたのだけど、認識は間違ってた……? それとも誰かの入れ知恵……?
 嬉しさと恥ずかしさで頭の中はぐるぐると回りだして、これ以上は何も言える気がしない。
 見れば日和の顔も赤くなっていて、互いに恥ずかしさと照れて顔が赤い状態だった。
 その中で波音は「また後で、ね」口にした。
 熱くなる顔を隠しきれないまま席に座り、心を落ち着かせる。
 しかし席に座ってからは落ち着くどころか、顔は更に熱を持った。
 頭の中で復唱された日和の言葉がですます調に戻っていたことに気付いて、冷静さなど完全に消失してしまった。

(緊張しながら渡されたら、私だって緊張しちゃうじゃない……!!)

 日和もあれで緊張していたのだろう。
 これは完全に入れ知恵だ。
 きっと奥村弥生の仕業だ。
 結局この日の授業は中々頭に入らなかった。
 昼食では気は保ったもののやはり意識してしまう。

「それじゃ日和、気をつけて帰りなさいよ」
「はい……! 波音、また明日っ」
「まっ、また明日……っ」

 いつも通りに日和に声をかけたつもりだが、日和の声は明るく跳ねている。
 結局心臓が跳ね上がったまま帰ることになってしまった。
 何でだろう、あの子と居ると本当に調子が崩れる。

「波音、また集中できてないね」
「うっ、うっさいわね……! わかってるわよ!」
「波音の気持ちも分からなくはないけど、こんな時ほど集中出来るようにならないとって思うけどなぁー」
「うぐぐむむ……! 分かってるって言ってるでしょ!? やってるわよ!」

 探知をしながら帰宅したけど、また焔に怒られてしまった。
 でも今でも心臓はドキドキとうるさいのだ。
 こればかりは日和のせい、100%私のせいにしないで欲しい。



 波音は術士の鍛錬をしながら家の前へと辿り着いた。
 洋風建築の自宅の前、インターホン越しに話しかける。
 今は早く自室に戻りたいと気が急いていた。

「波音です。ただ今帰りましたわ」

 ぎい、と音を立てて門は開く。
 波音が中へと足を踏み入れ、庭を過ぎると玄関の前には世話人が扉を開けて待っていてくれた。
 ただし、これはどれも大体いつもの事。
 中に入れば目の前で花を活ける女性がいる。
 母だ。

「……お母様、戻りましたわ」
「波音。……今日は問題なくて?」

 紅蓮のように燃えるような赤い髪を揺らして、母から刺す様な視線を受ける。
 これもいつもの事ではあるが、その言葉はとても固く、重い。

「ええ、昨日女王が出たと聞いたけど、大丈夫だったみたいです。……後でまた、巡回に出ます」
「そうですか。波音、高峰の心を忘れない様に。いつかその名を取り戻すまで」
「……はい、お母様」

 波音は母の横を抜けて1階の奥へ向かう。
 中庭の横を抜けて自分の部屋に入り、一つ息を吐く。
 圧力のある母の前で話すのは未だに緊張する。
 それは15年経った今でも一切変わっていない。
 変わったのは……――。

「――どうして、私が猫が好きだってバレたのかしらね?」

 部屋の中は文房具に鞄、アクセサリー、小物と言う小物がみっちりと猫で埋め尽くされていた。
 リアルなものからキャラクター風のものまで。
 日和からもらった鞄とペンをその中に混ぜると、何の違和感もなく溶け込んだ。
 それだけで頬が自然と吊り上がる。

「にじみ出てるんじゃない?波音の性格が猫だから」
「どういう意味よ」

 呼びもしないのに出てきた式神に、波音は不貞腐れながらも紙袋に入れた編み物道具を新入りのトートバッグに詰めた。
 編み棒が若干はみ出るけど関係ない。
 あまりの可愛さに思わず頬が釣り上がる。
 猫は波音にとっての癒やしだ。
 至福に浸っていると、コンコン、とドアが叩かれた音がして、波音は扉を開ける。
 温厚な目、優しく口角を上げている父が居た。

「……聖華せいか、おかえり」
「お父様、どうしたの?」

 父は部屋の中の一点を、じっと見つめる。
 新たに日和から貰ったバッグの猫と目が合ったようだ。

「可愛い娘の様子を見に来ただけなんだけどね……おや、新しいお仲間かい?」
「そう。友達が、くれたの。昨日の私を心配してくれて」

 簡単に説明すると父の表情が一気に緩む。
 にこりと笑って大きく頷いた。

「……そうかい、良い友達が出来たみたいだね。聖華は今から巡回かい?」
「ええ、そうよ」
「気をつけて、ね。無理しないように」
「ありがとう、お父様」

 父は満足そうに微笑むと部屋を出ていった。
 本当に様子を見に来ただけらしい。

「じゃあ波音、巡回行こうか」
「……そうね。行ってくるわ」

 焔が波音を仕事に誘う。
 波音は後ろを振り返り、溢れんばかりの猫達にしばしの別れを告げて部屋を出て行く。
 日和から贈られた鞄とペンは、宝物になったらしい。
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