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作者: 清水レモン
みなおし
 あれは夏期講習のときだった。
 授業内容を早めに終えた先生が言った、
 「時間に余裕があったら、みなおすだろ?」
 思わず「テストのときですか」と、おれが質問する。
 「ああ」
 と彼女は、うなづいた。
 いつもならばこんなとき『質問あるなら手を挙げろ、まずは挙手! しゃべっていいのはそれからだ』と一喝されるのだが。
 めずらしいな、とおれは思ったのでひときわ印象的。
 「余裕があるからみなおす、それはいいことだ。だがな。思いがけない落とし穴があるので注意しろ」
 いつもより気合が感じられるポニーテールに、色の濃いスーツは気持ちわずか短めの丈。
 「落とし穴…ですか」
 「ああ」
 質問のたびに、うなづかれる。
 熱帯夜だからこその冷房、それゆえに冷える。スーツの腕をまくりあげ、チョーク黒板コンコン、コンコン。
 そのリズムは『どうした、わからないのか、いや、わかるだろめう?』と答えを求めているみたいな挑発に聞こえる。
 まるでチャチャいれたみたいな、おれの発言だけ宙に浮いてしまう。どれくらいの沈黙になっただろう。
 おれは続きを聞きたくて、うずうずしている。催促できないイラダチと、一歩まちがえば眠気の到来。
 「ああ」
 誰かに答えたように、ひとこと発したので、おれは思わず。
 「どんな落とし穴」
 と、ひとりごとをつぶやいた。
 聞こえるか、聞こえないか。
 普段だったらすくいあげられるはずのない発言。それなのに、
 「…気になるか?」
 と、くちもとニヤついて彼女が言う。

 「そりゃもう」
 「ああ…そうか」
 だから落とし穴ってなんですか、テストみなおしのなんですか。
 「教えてやろう。耳かっぽじってよぉく聞いておけ」
 ポニーテールをブンと揺らし、教室を一瞥した。
 
 「まず、おまえたち。
 おまえたちは鍛えあげられた戦士だ。一回目の答が正解だよ、基本的に。
 みなおすだろ、時間に余裕あったら。同じになるはずだ。基本的に。
 ところがだ、ちがう答になったとする。最初のと。
 その場合、最初がまちがいだ。うっかりミスだよ。基本的に。
 ためしに、もう一回やってみろ。みなおしで出した答と同じになる。
 そこで終了…なんだが、な。たいていは。
 たまに、あるのが、もう一回やったら最初のときと同じ答だった。
 あるいは、またまたちがう答になってしまった。
 そんなときは、どうする。
 いじるな、あわてるまえに回り道しろ。
 簡単に解ける別の問題、できれば単純な計算問題がいい。やってみろ。
 つまり、答がまちがっているというより、おまえがズレている可能性が高いってことだ。
 おまえがズレテいる、自分自身の問題だからチューニングが必要だ。
 チューニングずれたまま、いくらやってもまちがいが続くぞ。
 チューニングで整えてから、もう一回やる。
 つべこべ考えない、チューニング直後が正解だ。
 時間に余裕あるといっても、うっかりすると時間どんどん過ぎるからな。
 みなおしは、みなおし。あくまでも余興だよ、おまけなんだからな。
 急いで解答欄に消しゴムかけたりするんじゃない。
 みなおしの基本は、あわてない。回り道。おまけの余興。
 いいな?
 ポイントまとめておくぞ、
 ・最初が正解。
 ・みなおすと同じ答。
 ・みなおしてちがったら、みなおしが正解。だが、もう一回やれ。同じだったらそれが正解。
 ・答がくるくる変わるなら自分のチューニングをしろ。
 ・チューニングして出たのが正解。
 ・よし大丈夫だと胸をはれ。
 
 いちばん大切なことを言っておく、おまえたちは鍛えあげられた戦士だ。
 そんじょそこいらの連中とは全然ちがう。
 迷ったときは、胸をはれ。
 いいな、こうだぞ」
 そう言って、見せつけるように胸をはった。
 はちきれそうなスーツ姿、いまにもボタンを弾き飛ばしそうだったが、一糸みだれることのない服装それはそれはもう完璧だった。
 みなぎるエネルギー、おれは圧倒されたのを覚えているし、思い出せばすぐにあの日あの夜あの姿の授業が浮かんでくる。

 だからおれは…みなおしを中断し、単純な計算を解くことにした。
 おれ自身の調整だ。
   
 
 
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