対決
「きゃあっ!」
突然陽の光の下に放り出されて、私たちはどさっと地面に倒れこんだ。下敷きになったはずのジオが、すぐに体を起こして私を立たせてくれる。
「怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫。みんないるわね?」
ナンテンもホクシンも側にいる。全員で脱出できたことを確認して、私はほっと胸をなでおろした。
「エリス、どうした?!」
ダンジョンの入り口を守っていた騎士たちが走ってくる。どうやらここは、入り口前のエリアのようだった。
「ありがとう。転移ポータルのおかげで、命拾いしたわ」
「何があった?」
「実は、巫女姫が……」
説明しようとした声を、地響きが遮った。
ゴゴゴゴゴゴ、と文字通り地の底から轟音が響いてくる。と、同時にダンジョンの入り口が崩れた。
「おい、これ……」
「逃げて!」
叫びながら、私も走り出す。
周りにいた冒険者たちが右往左往する間も、ダンジョンの入り口を中心に地面が割れていく。石畳を切り裂き、建物を崩し、その割れ目の中から紫の異様な物体が姿をあらわした。
「なんだあれ……」
振り返った街の住民が、そうつぶやくのは無理もない。
出現したのは、高さ三十メートルほどの生き物だった。子供の粘土細工のように不格好なそれは、なんとなく豚に似ている。毒々しい紫のそれの首には金の枷がはめられていた。その枷から伸びた鎖を持つのは、やはり三十メートルほどの高さの人影だった。
人影のほうは豚とは違い、神々しい金の輝きを放っている。柔らかく慈愛にみちた微笑みを浮かべる、その顔には見覚えがあった。
「あれ……巫女姫じゃないか?」
「だよな?」
周りの野次馬も同意見だったらしく、全員口々に巫女姫の名前を呼んでいた。
『ジオ……そこにいるんですか?』
人影の視線がこちらに向けられた。
私の隣でジオが身構える。
『愛しい愛しい私のジオ。逃がしませんよ』
ずずん、と周りの建物を蹂躙しながら獣と人影がこちらに近づいてくる。とても人の手に負えるような存在には見えなかった。
「エリス、俺の後ろに」
ジオが私を背中にかばう。それを見て、巫女姫の表情が変わった。
『この女っ……! ジオに触れるな!』
女が鎖を引くと、紫の獣が吠える。
ごおっ、とすさまじい衝撃が私たちを襲ってきた。紙一重のところで、ジオが私を抱えて離脱する。
『消えろ! 消えろ! 消えろ! ジオは、私のものだ!』
駄々をこねる子供のように叫びながら、女たちが迫ってくる。私を抱えて、ジオは崩れる街並みを疾走した。
「エリス、この先で降ろします」
「何言ってんの?」
「あいつの目的は俺です。俺があいつのもとに行けば、あなたを助けることができるかも……」
「他人の善性に期待するなって言ったのは、ジオでしょ。あいつはジオを手に入れた上で、私を八つ裂きにする。そういう女よ」
「ですが」
「あいつにジオは渡さない! ナンテン、乗せて!」
白いドラゴンに声をかける。まっすぐ走ってきたその背中に飛び乗ると、ぐんと移動速度が上がった。振り返ると、荷物のなくなったジオをホクシンが背中に乗せていた。
「あっちの丘まで行って! 仕掛けるわ!」
「はーい!」
街を出て、開けた場所に出たところで私たちは止まった。
ナンテンの背中から降りて、自分の足で立った私は大きく深呼吸する。
紫の獣を連れた女は、すさまじい勢いでこちらに向かってきていた。
「巫女姫が何か企んでるってわかってて、無策で突っ込むわけがないでしょ」
懐から大事にしまっていた虹色のウロコを取り出す。スバルからもらった、古竜の逆鱗だ。
「術式……発動!」
逆鱗に魔力を込める。私の魔力に反応して、ウロコは虹色の輝きを放ち始めた。その光に呼応するようにして、足元から虹色の光が立ち上る。光は私の周りだけにとどまらず、丘全体、さらにダンジョン街を含めた辺り一帯へと広がっていく。
『……っ?!』
光り輝く女が立ち止まった。
異変に気が付いたのだろう。
『何……体から……力が、抜ける……?』
「コキュートスへのマナ供給停止。私がその程度で終わらせると思った?」
あんな巨大なダンジョン、真正面から攻略するなんてバカバカしい。
潰すなら、限界まで弱らせてからだ。
「レイラインを逆転させて、コキュートスのマナを大陸中に拡散してやる!」
女と獣を中心にオーロラのような光が放たれた。光は勢いよく外へと広がっていく。
『あ……アア……アアッ!』
「なまじダンジョンと一体化してたのが、仇になったわね!」
私の手の中で逆鱗が強く光り輝く。
レアアイテムがあるからといって、こんな大技、人間ごときが実現させるのは難しい。綿密な準備と、大がかりな記述式が必要だ。
だから私は一か月の時間をかけて、コキュートスの周りの森を巡り、連鎖発動式の記述式を各地に描いてきたのだ。
『嫌あああああっ、わたし、ワタシ……は! ジオがほしいの……! 手の中に閉じ込めて、ずうっと、ずうっと愛してあげるの……!』
体中のマナを拡散させながら、それでも女がこちらに向かってきた。
鎖でつながれた獣をこちらに向かってけしかける。
「ママに近寄るなああああっ!」
「あっちにいけーっ!」
双子が同時にブレスを吐く。その勢いに押されて、獣が足を止めた。
一瞬のスキをついて、ジオが前に出る。
「お前のそれは愛じゃない」
ドラゴンの黒い刃が獣を切り裂いた。
巨体に次々と傷が刻まれていく。
『ギイイイイィィィッ!』
痛みに怯んだところに、双子たちのブレスが追い討ちをかける。焼かれたところから勢いよくマナがあふれ出し、術式に乗せられてさらに拡散していく。
体の大半を消しとばされた獣は、ゆらりと幻のように霞んでいく。
『やめて……その、金の輝きは……私、私の……!』
「いいかげんにしなさいよ!」
私は逆鱗を握りながら巫女姫を睨みつけた。
「子どもみたいにほしいほしいって、わめきちらしてばっかりで……! それでどれだけジオが苦しんだと思ってるの!」
こんな女のことで悩むなんてバカみたいだ。
ぐだぐだ考えるのはもうやめ!
「あなたにジオは渡さない! ジオは、私のものよ!」
『なんだとぉぉぉ……!』
「愛してるから、絶対あげない!」
私は逆鱗に力をこめた。
拡散するマナの勢いが増していく。
『殺す! 絶対殺す!!』
女がその手を振り上げた。手のひらに危険な力が集まっていく。
ため込んだ力ごと、女の手が勢いよく私の頭上へと振り下ろされた。
でも私がその場から動く必要はなかった。横から、腕に向かってドラゴンの双剣が襲い掛かったからだ。
黒い刃は女の腕を手首ごと斬り落とす。
『ぎゃあああっ!』
「俺の愛する女に、手を出すな」
『違う違う違う! ジオは私の……!』
斬り落とされた腕から、激しくマナを拡散させながら女は頭をふりかぶる。また何か術を発動させようとしてるみたいだけど、うまく集中できずにいるみたいだ。
ふーん?
イライラすると余計に精神統一できないんだ?
そーかそーか。
私は、ジオに向かってにっこり笑いかけた。
「ジオ、大好き」
告げられて、ジオがぱっと顔を輝かせる。
「世界で一番愛しています、エリス」
『あああああああああっ、いやあああああああぁぁぁぁぁ!』
激情もむなしく、女の体からマナが解き放たれていく。輝いていた輪郭が、紫の獣と同様にかすんだ。マナが拡散されすぎて、存在を保てなくなったんだろう。
マナは生きとし生けるものを支える存在。
体を構成するマナがなくなれば、生物は命をとどめておくことはできない。
「終わりよ」
『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………!』
逆鱗がひときわ強く輝く。
蓄えたマナを全て散り散りにされて、巫女姫はその存在を消失させた。
「は……やった……」
へた、と私はその場に座り込んだ。
魔力を使い果たして、もう一歩も動けそうにない。
ぼんやりしていると、温かくて大きな腕が私を抱きしめた。
「ありがとうございます、エリス! あなたはやはり、世界で一番素晴らしい魔女です」
「ムカついてキレてただけよ」
「そういうところがいいんです。ああ……愛してます!」
「あー、パパだけズルい!」
「僕もママにぎゅーする!」
ジオに抱かれていると、ドラゴンたちもつっこんできた。二頭のもふもふに抱き着かれて、もみくちゃになる。だけど気分は最高だった。
「コキュートス、消滅させてやったわよ」
「さすが、誇り高き魔女エリスです」
マナが広がる丘の上で、私たちは笑いあった。
突然陽の光の下に放り出されて、私たちはどさっと地面に倒れこんだ。下敷きになったはずのジオが、すぐに体を起こして私を立たせてくれる。
「怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫。みんないるわね?」
ナンテンもホクシンも側にいる。全員で脱出できたことを確認して、私はほっと胸をなでおろした。
「エリス、どうした?!」
ダンジョンの入り口を守っていた騎士たちが走ってくる。どうやらここは、入り口前のエリアのようだった。
「ありがとう。転移ポータルのおかげで、命拾いしたわ」
「何があった?」
「実は、巫女姫が……」
説明しようとした声を、地響きが遮った。
ゴゴゴゴゴゴ、と文字通り地の底から轟音が響いてくる。と、同時にダンジョンの入り口が崩れた。
「おい、これ……」
「逃げて!」
叫びながら、私も走り出す。
周りにいた冒険者たちが右往左往する間も、ダンジョンの入り口を中心に地面が割れていく。石畳を切り裂き、建物を崩し、その割れ目の中から紫の異様な物体が姿をあらわした。
「なんだあれ……」
振り返った街の住民が、そうつぶやくのは無理もない。
出現したのは、高さ三十メートルほどの生き物だった。子供の粘土細工のように不格好なそれは、なんとなく豚に似ている。毒々しい紫のそれの首には金の枷がはめられていた。その枷から伸びた鎖を持つのは、やはり三十メートルほどの高さの人影だった。
人影のほうは豚とは違い、神々しい金の輝きを放っている。柔らかく慈愛にみちた微笑みを浮かべる、その顔には見覚えがあった。
「あれ……巫女姫じゃないか?」
「だよな?」
周りの野次馬も同意見だったらしく、全員口々に巫女姫の名前を呼んでいた。
『ジオ……そこにいるんですか?』
人影の視線がこちらに向けられた。
私の隣でジオが身構える。
『愛しい愛しい私のジオ。逃がしませんよ』
ずずん、と周りの建物を蹂躙しながら獣と人影がこちらに近づいてくる。とても人の手に負えるような存在には見えなかった。
「エリス、俺の後ろに」
ジオが私を背中にかばう。それを見て、巫女姫の表情が変わった。
『この女っ……! ジオに触れるな!』
女が鎖を引くと、紫の獣が吠える。
ごおっ、とすさまじい衝撃が私たちを襲ってきた。紙一重のところで、ジオが私を抱えて離脱する。
『消えろ! 消えろ! 消えろ! ジオは、私のものだ!』
駄々をこねる子供のように叫びながら、女たちが迫ってくる。私を抱えて、ジオは崩れる街並みを疾走した。
「エリス、この先で降ろします」
「何言ってんの?」
「あいつの目的は俺です。俺があいつのもとに行けば、あなたを助けることができるかも……」
「他人の善性に期待するなって言ったのは、ジオでしょ。あいつはジオを手に入れた上で、私を八つ裂きにする。そういう女よ」
「ですが」
「あいつにジオは渡さない! ナンテン、乗せて!」
白いドラゴンに声をかける。まっすぐ走ってきたその背中に飛び乗ると、ぐんと移動速度が上がった。振り返ると、荷物のなくなったジオをホクシンが背中に乗せていた。
「あっちの丘まで行って! 仕掛けるわ!」
「はーい!」
街を出て、開けた場所に出たところで私たちは止まった。
ナンテンの背中から降りて、自分の足で立った私は大きく深呼吸する。
紫の獣を連れた女は、すさまじい勢いでこちらに向かってきていた。
「巫女姫が何か企んでるってわかってて、無策で突っ込むわけがないでしょ」
懐から大事にしまっていた虹色のウロコを取り出す。スバルからもらった、古竜の逆鱗だ。
「術式……発動!」
逆鱗に魔力を込める。私の魔力に反応して、ウロコは虹色の輝きを放ち始めた。その光に呼応するようにして、足元から虹色の光が立ち上る。光は私の周りだけにとどまらず、丘全体、さらにダンジョン街を含めた辺り一帯へと広がっていく。
『……っ?!』
光り輝く女が立ち止まった。
異変に気が付いたのだろう。
『何……体から……力が、抜ける……?』
「コキュートスへのマナ供給停止。私がその程度で終わらせると思った?」
あんな巨大なダンジョン、真正面から攻略するなんてバカバカしい。
潰すなら、限界まで弱らせてからだ。
「レイラインを逆転させて、コキュートスのマナを大陸中に拡散してやる!」
女と獣を中心にオーロラのような光が放たれた。光は勢いよく外へと広がっていく。
『あ……アア……アアッ!』
「なまじダンジョンと一体化してたのが、仇になったわね!」
私の手の中で逆鱗が強く光り輝く。
レアアイテムがあるからといって、こんな大技、人間ごときが実現させるのは難しい。綿密な準備と、大がかりな記述式が必要だ。
だから私は一か月の時間をかけて、コキュートスの周りの森を巡り、連鎖発動式の記述式を各地に描いてきたのだ。
『嫌あああああっ、わたし、ワタシ……は! ジオがほしいの……! 手の中に閉じ込めて、ずうっと、ずうっと愛してあげるの……!』
体中のマナを拡散させながら、それでも女がこちらに向かってきた。
鎖でつながれた獣をこちらに向かってけしかける。
「ママに近寄るなああああっ!」
「あっちにいけーっ!」
双子が同時にブレスを吐く。その勢いに押されて、獣が足を止めた。
一瞬のスキをついて、ジオが前に出る。
「お前のそれは愛じゃない」
ドラゴンの黒い刃が獣を切り裂いた。
巨体に次々と傷が刻まれていく。
『ギイイイイィィィッ!』
痛みに怯んだところに、双子たちのブレスが追い討ちをかける。焼かれたところから勢いよくマナがあふれ出し、術式に乗せられてさらに拡散していく。
体の大半を消しとばされた獣は、ゆらりと幻のように霞んでいく。
『やめて……その、金の輝きは……私、私の……!』
「いいかげんにしなさいよ!」
私は逆鱗を握りながら巫女姫を睨みつけた。
「子どもみたいにほしいほしいって、わめきちらしてばっかりで……! それでどれだけジオが苦しんだと思ってるの!」
こんな女のことで悩むなんてバカみたいだ。
ぐだぐだ考えるのはもうやめ!
「あなたにジオは渡さない! ジオは、私のものよ!」
『なんだとぉぉぉ……!』
「愛してるから、絶対あげない!」
私は逆鱗に力をこめた。
拡散するマナの勢いが増していく。
『殺す! 絶対殺す!!』
女がその手を振り上げた。手のひらに危険な力が集まっていく。
ため込んだ力ごと、女の手が勢いよく私の頭上へと振り下ろされた。
でも私がその場から動く必要はなかった。横から、腕に向かってドラゴンの双剣が襲い掛かったからだ。
黒い刃は女の腕を手首ごと斬り落とす。
『ぎゃあああっ!』
「俺の愛する女に、手を出すな」
『違う違う違う! ジオは私の……!』
斬り落とされた腕から、激しくマナを拡散させながら女は頭をふりかぶる。また何か術を発動させようとしてるみたいだけど、うまく集中できずにいるみたいだ。
ふーん?
イライラすると余計に精神統一できないんだ?
そーかそーか。
私は、ジオに向かってにっこり笑いかけた。
「ジオ、大好き」
告げられて、ジオがぱっと顔を輝かせる。
「世界で一番愛しています、エリス」
『あああああああああっ、いやあああああああぁぁぁぁぁ!』
激情もむなしく、女の体からマナが解き放たれていく。輝いていた輪郭が、紫の獣と同様にかすんだ。マナが拡散されすぎて、存在を保てなくなったんだろう。
マナは生きとし生けるものを支える存在。
体を構成するマナがなくなれば、生物は命をとどめておくことはできない。
「終わりよ」
『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………!』
逆鱗がひときわ強く輝く。
蓄えたマナを全て散り散りにされて、巫女姫はその存在を消失させた。
「は……やった……」
へた、と私はその場に座り込んだ。
魔力を使い果たして、もう一歩も動けそうにない。
ぼんやりしていると、温かくて大きな腕が私を抱きしめた。
「ありがとうございます、エリス! あなたはやはり、世界で一番素晴らしい魔女です」
「ムカついてキレてただけよ」
「そういうところがいいんです。ああ……愛してます!」
「あー、パパだけズルい!」
「僕もママにぎゅーする!」
ジオに抱かれていると、ドラゴンたちもつっこんできた。二頭のもふもふに抱き着かれて、もみくちゃになる。だけど気分は最高だった。
「コキュートス、消滅させてやったわよ」
「さすが、誇り高き魔女エリスです」
マナが広がる丘の上で、私たちは笑いあった。