勇者の末路(ヴィクトル視点)
「ねえ、ヴィクトル! やっぱこのダンジョン変だよ!」
「うるせぇ、嫌ならついてくるな!」
俺は女どもをしかりつけながら歩いていた。
ダンジョンに入るのは久しぶりだ。広大な迷宮を、記憶を頼りに奥へとズカズカ突き進んでいく。何が起きたのか、どこにも魔物がいなかった。
雑魚でもいれば、切り捨ててストレス解消できるのに。
「門番たちは危険だって言ってたよね」
「無理矢理入ってきちゃったけど……やっぱり」
「うるせぇ、つってんだろうが!」
苛立ちまぎれに、壁を殴りつける。
手がしびれただけで、これっぽっちも気分は晴れなかった。
腹立ちの原因はわかっている。
エリスと、クソ男のせいだ。
あいつらふたり、よってたかって俺をコケにしやがって。
人を太っただとか、鈍っただとか、バカにするにも程がある。
その上、わけのわからない力で頭をかきまわしやがった!
おかげで目覚めは最悪だ。
「サフィーア、お前治癒の腕落ちたんじゃねえか? まだ頭が痛えんだけど」
「ちゃんと治療したわよ! あいつの攻撃が強すぎたの!」
「どうだかな。治癒術師のクセに、ずーっと体がだりいって言ってたじゃねえか」
「あ……あれは! 今日はスッキリしてるから大丈夫よ」
ぎゃんぎゃんと言い訳する甲高い声が頭に突き刺さる。
スッキリだろうがなんだろうが、治ってないことに変わりない。元々使えない女だったが、最近ますますバカが加速してる気がする。
「索敵……って、ルビィはいねえんだったか」
赤毛の傭兵は拠点に置いてきた。
何がどうぶっ壊れたのか、部屋の隅で座り込んで立ち上がろうともしなくなったからだ。話しかけてみても『太った』としか言わない。
俺のこの体は、あれだ。
ちょっと油断してただけだ。
そこまで言われるほど太ってない。
絶対に、太ってなんか、いない。
「もう戻ろうよ~。みんな避難しちゃってるみたいだしさ」
「バッカ。だから好都合なんだろうが。目撃者がいねえんだから」
俺はにやりと笑う。
「異常の起きてるダンジョンの底だ。誰か戻ってこない奴がいても、『何が原因で』死んだかなんて、誰にもわからねえだろ」
「……エリスを殺したいのは、私もだけどね」
ベリルが赤い唇をゆがめる。
「でも、この状況じゃ……」
もう一度叱りつけて、女どもを黙らせようとした時だった。
ぐにゃっと地面がへこんだ。
「うあっ?!」
慌ててているうちに、地面が、壁が、まるで粘土のようにぐにゃぐにゃと輪郭を変えていく。とても立っていられなかった。
「なんだよこれ!」
「わ、わかんない……!」
「きゃああっ!」
最初に呑まれたのは、サフィーアだった。
ぐねぐねと波打つ地面に体ごと巻き込まれていく。
「助け……ヴィク……!」
「おいっ!」
手を伸ばそうにも、こっちも体を支えられない。壁に手をついたら、そのまま腕が抜けなくなった。
「チクショウ……何が、なんだか……!」
「いやああああっ!」
悲鳴と一緒に、今度はベリルが壁に埋まっていく。顔まで壁の中に取り込まれると、そこで声が聞こえなくなった。
「……嘘だろ」
逃げ場が、なかった。
右も左も景色はぐにゃぐにゃで、どっちが出口かわからない。
それどころか、今立っているのが床なのか、壁なのかすらわからなかった。
壁がまた大きくたわんだ。
灰色の壁面が眼前に迫ってくる。
逃げようにも腕が壁にはまりこんでいて、抜け出せない。
俺の悲鳴もまた、壁の中に飲み込まれていった。
「うるせぇ、嫌ならついてくるな!」
俺は女どもをしかりつけながら歩いていた。
ダンジョンに入るのは久しぶりだ。広大な迷宮を、記憶を頼りに奥へとズカズカ突き進んでいく。何が起きたのか、どこにも魔物がいなかった。
雑魚でもいれば、切り捨ててストレス解消できるのに。
「門番たちは危険だって言ってたよね」
「無理矢理入ってきちゃったけど……やっぱり」
「うるせぇ、つってんだろうが!」
苛立ちまぎれに、壁を殴りつける。
手がしびれただけで、これっぽっちも気分は晴れなかった。
腹立ちの原因はわかっている。
エリスと、クソ男のせいだ。
あいつらふたり、よってたかって俺をコケにしやがって。
人を太っただとか、鈍っただとか、バカにするにも程がある。
その上、わけのわからない力で頭をかきまわしやがった!
おかげで目覚めは最悪だ。
「サフィーア、お前治癒の腕落ちたんじゃねえか? まだ頭が痛えんだけど」
「ちゃんと治療したわよ! あいつの攻撃が強すぎたの!」
「どうだかな。治癒術師のクセに、ずーっと体がだりいって言ってたじゃねえか」
「あ……あれは! 今日はスッキリしてるから大丈夫よ」
ぎゃんぎゃんと言い訳する甲高い声が頭に突き刺さる。
スッキリだろうがなんだろうが、治ってないことに変わりない。元々使えない女だったが、最近ますますバカが加速してる気がする。
「索敵……って、ルビィはいねえんだったか」
赤毛の傭兵は拠点に置いてきた。
何がどうぶっ壊れたのか、部屋の隅で座り込んで立ち上がろうともしなくなったからだ。話しかけてみても『太った』としか言わない。
俺のこの体は、あれだ。
ちょっと油断してただけだ。
そこまで言われるほど太ってない。
絶対に、太ってなんか、いない。
「もう戻ろうよ~。みんな避難しちゃってるみたいだしさ」
「バッカ。だから好都合なんだろうが。目撃者がいねえんだから」
俺はにやりと笑う。
「異常の起きてるダンジョンの底だ。誰か戻ってこない奴がいても、『何が原因で』死んだかなんて、誰にもわからねえだろ」
「……エリスを殺したいのは、私もだけどね」
ベリルが赤い唇をゆがめる。
「でも、この状況じゃ……」
もう一度叱りつけて、女どもを黙らせようとした時だった。
ぐにゃっと地面がへこんだ。
「うあっ?!」
慌ててているうちに、地面が、壁が、まるで粘土のようにぐにゃぐにゃと輪郭を変えていく。とても立っていられなかった。
「なんだよこれ!」
「わ、わかんない……!」
「きゃああっ!」
最初に呑まれたのは、サフィーアだった。
ぐねぐねと波打つ地面に体ごと巻き込まれていく。
「助け……ヴィク……!」
「おいっ!」
手を伸ばそうにも、こっちも体を支えられない。壁に手をついたら、そのまま腕が抜けなくなった。
「チクショウ……何が、なんだか……!」
「いやああああっ!」
悲鳴と一緒に、今度はベリルが壁に埋まっていく。顔まで壁の中に取り込まれると、そこで声が聞こえなくなった。
「……嘘だろ」
逃げ場が、なかった。
右も左も景色はぐにゃぐにゃで、どっちが出口かわからない。
それどころか、今立っているのが床なのか、壁なのかすらわからなかった。
壁がまた大きくたわんだ。
灰色の壁面が眼前に迫ってくる。
逃げようにも腕が壁にはまりこんでいて、抜け出せない。
俺の悲鳴もまた、壁の中に飲み込まれていった。