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作者: タカば
エピローグ
 巨大ダンジョンコキュートス消滅から半年後。
 私は王都郊外のカフェでのんびりお茶を飲んでいた。同席しているのは、後輩魔女のミレーユだ。おしゃれなオープンスペースのテーブル席は、風が気持ちいい。

「……契約書関係の処理は終わりましたから、後は提出するだけですね」
「何から何まで、ありがとうミレーユ」
「いえいえ! 新魔法研究機関の設立に関われるなんて、こんな機会他にありませんから! バリバリ働かせていただきますよ!」

 ミレーユは嬉しそうに笑う。
 この仕事を心底楽しんでるみたいだ。よかった。
 ガラル失脚から一か月ほどで、魔術協会はあっさりと瓦解した。元協会長追放にあわせて行われた監査で、賄賂、横領、盗作、パワハラなどなど、ありとあらゆる組織犯罪が明るみに出たからだ。
 しかし、組織がダメダメであったとしても、魔法自体は重要な技術だ。研究機関が存在しなければ、国が立ち行かない。
 そこで私が新魔法研究機関『魔法研究協会』を立ち上げた。自腹で!

「発足しておいてから何ですけど、全部先輩が負担しなくてもよかったんですよ?」
「どうせ、私が持ってても使いきれない額なんだし。社会のために使ったほうがいいわよ」

 お金の出どころは、薬のレシピ使用料だ。
 個人で巨額の財産を持っていても、周りに狙われるのがオチだ。研究につぎこんで、手元に残ってないと思われてるほうが気楽だ。

「では、もろもろ手続きを進めて……来月から先輩の肩書は『魔法研究協会』オーナー兼、特別顧問になります」
「特別顧問……いい響きね。偉そうな割に、あまり運営に関わってなさそうで」
「先輩の適性は、政治じゃなくて研究ですからね。経営はエヴァーグリーン商会が引受けますので、好きなだけ研究に没頭してください。そのほうが人類の発展に役立ちます」

 尊敬されているのか、されてないのか。
 いまいち釈然としない評価だ。

「あ、みなさん来たみたいですよ」

 ミレーユが通りを見て顔をあげた。私もそっちに視線を向けると、眼帯をつけた青年と、スキンヘッドの紳士の姿があった。彼らは、もふもふの大型犬を二頭連れている。

「ただいま戻りました」
「どうだった?」

 カフェのオープンスペース越しにジオが声をかけてくる。私が尋ねると、ジオは笑顔で金属製のタグを私に見せてきた。魔法の力で虹色に輝くタグは、最高位ランクの傭兵の証だ。

「滞りなく、手続きが終わりました」
「ランクの降格処分、取り消しになったのね」
「不当降格は白紙に。さらに、今回のダンジョン消滅の功績が評価されて、最高位にランクアップしました」
「よかった……」

 私はほっと溜息をついた。
 あの女のせいで、ジオの経歴に傷がついてるのが、なんか嫌だったんだよね。
 ジオの横でレオンが笑う。

「巫女姫がダンジョン街で大暴れしながら、派手に自白してくれましたからね。手続きは少し煩雑でしたが、無実の証明自体は楽でしたよ」

 汚名を返上したジオとは反対に、巫女姫は他国のダンジョンを私物化して、大陸を滅びに導こうとした大罪人として、死んだ今も批判されている。デュランダル神聖国とうちの国で国際問題にまで発展してるとかなんとか。知らんけど。

「これからは、エリスさんの専属になるんでしたっけ」
「稀少素材の調達に、フィールドワークに、って、魔法研究してると護衛が必要なことが多いから」

 私情入りまくりの雇用関係なのはわかってるけど、契約継続だ。お互い納得してるから、これはこれでいいのだ!

「僕もママを手伝うよ」
「ナンテンもパパを手伝うー!」

 犬のフリをしているナンテンとホクシンが、こそこそと私たちにだけ聞こえるように囁く。ふたりの力もアテにしてるからね! しっかり頼るよ。

「ジオさんたちが合流しましたし、手続きも終わったので私はこれで失礼しますね」

 ミレーユが席から立った。彼女が鞄に手を伸ばす前に、レオンがさっと持ち上げる。

「俺が送っていきましょう。あなたも、魔法研究協会の重要人物ですから」
「ありがとうございます」

 レオンのエスコートでミレーユが去っていく。その後ろ姿を見送ってから、私も立ち上がった。

「今日はどちらへ? 行きたいところがある、とはうかがっておりましたが」
「行けばわかるわ」

 私はあえて何も説明せず、にっこり笑いかけた。





 私たちが向かったのは、カフェから少し離れた場所に建つ一軒家だった。一般的な世帯向けの住宅より二回りほど大きい。新築だけど、デザインがシックだからか落ち着いた雰囲気だ。

「じゃーん、こちらが新しいお家です!」
「……家、ですか?」

 ジオも、双子たちもぽかんと家を見上げている。

「魔法研究協会の特別顧問として活動することになったからね。研究拠点になる工房兼住居を構えることにしたの。こっちが工房エリアで、こっちが住居エリア」
「えー、ママだけおうち?」

 ナンテンがぷうと頬を膨らませる。

「一階にナンテンとホクシンの部屋もあるわよ。間取りを大きくとってあるから、ドラゴンの姿でくつろいでも大丈夫」
「僕の部屋?!」
「見てもいい?」
「どうぞ、いってらっしゃい」
「やったー!!!」

 ナンテンとホクシンは競い合うようにして、家に入っていった。
 そのはしゃぎように、残された私たちは苦笑する。

「喜んでもらえたみたいでよかった」
「産まれてからずっと仮ぐらしでしたから、余計嬉しいんでしょうね」
「何他人事みたいに言ってるの。もちろん、ジオの部屋もあるわよ」
「俺の……部屋?!」
「私の専属だもの。同じ家に拠点があったほうが便利でしょ」

 双子たちも一緒に住むっていうのに、ジオだけ別のところに住んでたら効率が悪くて仕方がない。
 そう説明しようとした瞬間、ぎゅうっと抱きしめられた。

「ジオ?」

 ちょっと待って、人通りの少ない場所だけど、ここは家の外ー!
 抗議しようにも青年は私の話を聞いてない。

「ありがとうございます、エリス。まさかこんな嬉しいプロポーズをしてくれるなんて、思ってもみませんでした」
「ええ? どこがプロポーズ?!」
「家族として一緒に暮らすための家を、用意してくれたんでしょう?」
「あっ……それは……そうか。そうなるのか……」

 むしろ今更である。
 なんで言われるまで気づかなかったんだ私。家を設計している横で後輩が微妙な顔をしていた理由がやっとわかった。気づいてたのなら、指摘してよー!

「エリスは、俺との未来を望んではくれないんですか?」
「そんなわけないじゃない! こ、これはその……ちゃんと考えてなかっただけで」
「じゃあ受け入れてください、エリス」

 片腕で私を拘束したまま眼帯をとって、ジオが私の顔を覗き込んでくる。
 私がその目に弱いって、わかっててやってるよね?

「エリス、愛しています。ずっと……一生側にいさせてください」

 唇を寄せられて。
 私は柔らかくそれを受け入れた。
これにて、追放魔女のお話は完結です!
読んでくださってありがとうございます!
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