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作者: タカば
巫女姫の真意
 当初の予想よりはるかに早く、私たちは迷宮の終点に到着した。
 ダンジョンに出現するはずの魔物も罠も存在せず、最短ルートを示す地図がその手にあったからだ。ドラゴンの背に乗り、体力のほとんどを温存したまま、最奥の部屋へと飛び込む。そこには目を疑うような光景があった。

「あら、案外早いご到着ですわね」

 ダンジョンの要、迷宮を作り出す悪意の発生源である『ダンジョンコア』の傍らに、真っ白なローブを纏った女が立っていた。輝くような金の髪に、太陽神の紋章。巫女姫セラフィーナだ。彼女の側には、相変わらず神官たちが整然と並んでいる。
 いや、神官たちの中に予想外の人物が混ざっていた。

「協会長……?」

 派手な紫の髪は見間違えようがない。半年前までの上司、魔術協会長ガラルだ。彼は私の姿を認めると、眉を吊り上げた。

「エリス貴様! どこに行ったかと思えば、こんなところに!」
「いやそれはこっちの台詞よ。なんだってまた、こんな地の底にいるの」

 魔術協会の執務室から、一歩も出ないタイプだと思ってたんだけど。

「ふふ、元魔術協会長様は、新しく勇者パーティーのまとめ役として派遣されたんですって」
「……巫女姫様、元はつけないでください」
「あら失礼」

 なるほどー?
 失脚して勇者パーティーに派遣されたと。
 あいつらのパーティーにはロゼリアがいたはずだけど……昨日も彼女の姿はなかったし、なんやかんやあったんだろう。細かいことまで問いただす気にはなれなかった。

「でも、勇者たちは今、ダンジョン攻略どころではないでしょう? 私のパーティーで活躍していただけたら、と思ってお誘いしましたの」
「ははは、才能ある者は、どこにいてもその価値を見出されるものなのだよ!」

 ガラルは得意げに高笑いしているけど、私はその言葉を素直に受け取れなかった。
 いやどう考えても裏があるでしょ。
 巫女姫がガラルみたいなタイプを無条件で受け入れるとは思えないもん。

「ヨソのパーティーのことだから、メンバー変更でもなんでも好きにすればいいけどね。……で、ダンジョンコアに到達したのなら、さっさと破壊しなさいよ。コアさえなくなれば、マナを異常消費するコキュートスは止まるわ」
「お断りします」

 にっこりと、巫女姫はほほ笑んだ。いつものように、美しく。
 私も今更驚かないけどね。

「は……巫女姫様、何をおっしゃってるんです?」

 むしろ元協会長のほうが驚いていた。何も聞かされてなかったんかい。

「変だとは思ったのよ。私と一緒にレイライン操作した時に、あなたは術式に手を加えていた。あの時、すぐにわからなかったけど『バックドア』を紛れ込ませてたわね?」
「……よく気づきましたね」
「魔法使いをナメないでちょうだい。あなたは術式に介入して、あとから自分が手を加えられる『裏口』を作った。そして、完全に補給路が断たれるはずのコキュートスが、ふたたびレイラインからマナを得られるよう細工した」
「何故、そんなことを?」

 この場でひとりだけ状況を把握していない元協会長が問いただす。

「賢い魔法使い様なら、それもわかるんじゃありません?」
「コキュートスの存続。あなたは、この狂った迷宮を何らかの形で利用したいと思ってるんじゃない?」
「ふふ、正解です」
「……巫女姫様、あなたは何ということを」

 驚いているガラルに、巫女姫がよりそう。

「協会長様、あなたも一度は思ったことがあるのでは? 無限の力を手に入れれば、どんな願いも叶えられる、と」
「どんな……って」
「そう、例えば……あなたの期待にそわず、勇者パーティーから追い出された魔女に、おしおきできる、とか」
「……」

 ごくり、と元協会長は生唾を飲み込んだ。濁った視線をこちらに向ける。

「力さえあれば、あなたを虐げた全てに、復讐できる。辱めるも、踏みにじるも、あなたの思いのまま」
「それ……は……」
「さあ、こちらに手を。ダンジョンの力を取り入れれば、あなたは最強になる」

 巫女姫に手を引かれるまま、ガラルはダンジョンコアに手を伸ばした。

「待ちなさい!」

 止めようと前に出たら、神官たちが立ちふさがった。全員に武器をつきつけられて、足が止まる。しかしその一瞬で十分だった。

「おおお……っ!」

 ばり、と嫌な音がした。
 ダンジョンコアに手を突っ込んだガラルが、恍惚の表情でぶるぶると震えている。その周りでは金の光がキラキラと舞い散っていた。きっとセラフィーナが仕掛けた魔法だろう。

「さあ、ダンジョンの力に身をゆだねて……。ここには、ダンジョン中のマナを集結させています。力を取り入れた瞬間、あなたはダンジョンとなる」
「おおおおおおお………!!!!!!」

 ガラルはひときわ大きな雄たけびをあげる。
 そして次の瞬間、ぐしゃりと潰れた。

「ひっ!」

 ダンジョンコアを中心に、ぐにゃぐにゃの肉の塊になったかと思うと、また伸びあがる。肉はうねうねとうごめき、少しずつ形を整えていく。そして最終的にあらわれたのは、紫の毛並みに覆われた奇妙な四足歩行の獣だった。
 獣、といえばまだ聞こえはいいが、子供が適当に作った粘土細工のようなシロモノで不格好だ。鼻が大きくて耳が垂れてるから、なんとなく豚っぽい。

「お……おお……お……」

 よくわからない音を口から発する獣から、人間の知性は感じられなかった。
 その姿を見たセラフィーナは、怯むどころか微笑みながら、がしゃん! とその首に大きな枷をはめた。枷から伸びる鎖を手に嬉しそうに笑う。

「ふふふっ、ちょうど良い生贄が見つかってよかった。こんな巨大な力を直接取り込んだら、自我が崩壊してしまいますもの」

 じゃら、と鎖を引かれて紫の獣は従順に頭をさげる。

「エリスへの憎しみで、思考が単純化されていたのも都合よかったですわ。ありがとう、と言うべきなのかもしれませんね」
「そんなお礼いらないわよ!」
「さて……ジオ」

 すっとセラフィーナの視線がジオに向けられた。

「今度こそ、私のものになってもらいます。拒否権はありません」
「断る」

 ジオはドラゴンの剣を油断なく構える。側によりそう双子たちも毛を逆立てて威嚇した。

「抵抗は無意味ですわよ。ダンジョンコアの力を手に入れた私は、ダンジョンそのもの。ここはもう、私のお腹の中なんですのよ」

 ざわりと周りを取り巻くマナの流れが変わった。
 やばい。
 ここは巨大ダンジョンの底だ。
 出口に向かおうにも、すべての階層がセラフィーナの支配下だ。途中で捕まって取り込まれるのがオチである。
 わざわざ私たちがコアまでたどりつくまで待ってたのは、きっと逃げ道をふさいでしまうためだったんだろう。
 だからって、思惑通りになってやるもんか。
 私はすぐに走り出した。

「来て!」

 ジオたちへと向かいながら、魔道具を取り出す。
 全員一塊になりながら、緊急脱出用の転移ポータルを発動させた。
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