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作者: タカば
静かなるダンジョン
 ダンジョン内は、恐ろしく静かだった。
 魔物の唸り声が聞こえない。罠の稼働する音もしない。
 私たち以外に動くものは何もなく、ただ、広大な迷路が下へ下へと続いているだけだ。
 記憶を頼りに、最短コースで階層をつなぐ階段を目指す。

「皆さん、思ったより素直に脱出してくれましたね」
「高難易度ダンジョンに何度も潜ってる、ベテランばかりだからね。これがただ事じゃないって、わかるんでしょ」

 幸いなことに、先行パーティーの避難自体は楽だった。異変を感じていたんだろう、私たちが声をかけるまでもなく出口に向かっていたパーティーも多かった。

「残ってるのは巫女姫のパーティーだけですが」
「入場時に申告した目標到達階層は四十五階層だったからねえ」

 そこまで深く潜っていたなら、避難に時間がかかってもしょうがない。

「エリス、あまり他人の善性に期待を持たないほうがよいかと」
「わかってるわよ。多分、この異変を起こしたのは巫女姫だわ」

 彼女は避難できないんじゃない。避難する必要がないのだ。

「あのコワいヒトは、ナンテンがやっつける!」

 他に人がいないこともあり、ドラゴンの姿に戻ったナンテンが気合をいれる。ジオも眼帯を外してフル戦闘モードだ。
 この先にいるのは仕事をさぼってむちむちになった勇者たちじゃない。
 祈りと研鑽を積み重ねた、力ある巫女姫だ。
 どんな悪意を向けられるかわかったものではない。
 でも、放っておくことはできない。
 彼女を好きにさせておいたら、きっとよくないことが起きる。
 それだけは確信があった。

「ママ、何かあるよ」

 一緒に進んでいたホクシンが、足を止めた。
 黒い鼻づらで、何かを指し示す。私もしゃがみこんで、ホクシンの見つけた『何か』を観察した。
 見つかりにくく偽装してあるけど、明らかに人工的な痕跡だ。
 刻み付けられた紋章には見覚えがある。デュランダル神聖国で信仰されている太陽神を示すシンボルだ。セラフィーナのローブに縫い付けられている紋章でもある。

「巫女姫が残したものね。どうしてこんなところに……」

 私は、紋章の周囲を観察する。法則性はすぐに見つかった。

「ここにあるってことは……次はここに……」

 推理した法則通りに歩いていくと、やはりそこにも紋章が刻まれていた。

「エリス? これは何が起こっているんですか?」
「レイライン操作よ」
「……コキュートスへのレイラインは断ったのでは?」
「私は補給路を断っただけ。元々、コキュートス内部にため込んでたマナまではなくなってないの。巫女姫はこの紋章を使って、迷宮内を巡るマナの流れ、コキュートスレイラインを操作してるのよ」

 ホクシンが、むうっと嫌そうな顔になる。

「マナの流れがユガんでて、きもちわるい」
「……魔物や罠が動いてないのはこのせいね。マナが一か所に集められてるせいで、免疫装置を作動できないのよ」
「急いで巫女姫を探しましょう。嫌な予感がします」

 ジオが迷宮の奥へと足を向ける。

「待って、慌てすぎもよくないわ。最下層までまだ二十階層以上あるのよ。途中で息切れしてたら、戦えるものも戦えなくなっちゃう」
「ママはナンテンが運ぶよ!」
「じゃあ、パパは僕が乗せていこうかな」
「ちょ、ふたりとも」

 この数か月で成長したとはいえ、ふたりはまだまだ子供だ。人を乗せて飛ぶのは、やっぱり負担が大きい。

「ダイジョーブ、飛ばないから!」
「ここじゃ天井にぶつかるだけだもんね。走っていくだけなら、そんなに大変じゃないよ」

 乗って、と背中を示される。

「……わかった、ふたりに頼るわ。でも、疲れたらちゃんと言うこと。いいわね?」
「はーいっ!」

 私は意を決してもふもふの背中に乗る。思ったより安定感があって乗り心地がよかった。
 彼らが安定して進めることを確認してから、私は用意していた魔道具を取り出した。一見、白紙に見える羊皮紙に魔力を通すと地図が浮かび上がってくる。

「エリス、それは?」
「コキュートス自動生成マップ」

 私だって、ただレイラインの操作だけをしていたわけじゃない。
 マナを操ると同時に、コキュートスのマナ循環とつながってたんだよね。外から俯瞰したことで、場当たり的に内部を探索するよりずっと詳しく、流れを把握できている。

「これがあれば、到達したことのない階層でも、自動で地図が生成されるわ。最短ルートを指示するから、ふたりはその通りに走って」
「わかった」
「いっくよー!」

 魔物が出てこないなら、好都合だ。
 私たちは最奥を目指してひたすらに走った。
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