異変
「ママ、あそこがダンジョンの入り口?」
「そうよ、あそこから迷宮に潜るの」
ナンテンに尋ねられて、私はほほ笑む。ジオの告白を受けた翌日、私たちは表向きいつも通りの態度でダンジョン攻略へと向かっていた。
今日ばかりは双子たちがいてくれてよかったと思う。
この子たちの前では、私もジオも『親』という仮面をかぶることができるからだ。
なんでもないフリをする言い訳があるのは、ありがたかった。
「まずは、入場手続きをしなくちゃね」
半年前と入り口の姿はさほど変わらない。物々しい様子で警備にあたる騎士たちの姿も同じだ。
「中にいれてくれる?」
ジオと私、ふたりそろって許可証を騎士たちに見せる。ひとりが許可証を確認する一方、もうひとりが犬のフリをしている双子ドラゴンたちに目を向けた。
「そっちの犬は?」
「彼が使役する猟犬よ。ひとり二頭までなら、使役する獣も連れていいってルールでしょ」
「……まあ、そうだが。本当に連れてくる奴がいるとはな。大抵はダンジョン内の異形の気配を感じただけで逃げ出すだろ」
「うちの子たちは勇敢なの」
ねえ、と声をかけると、ふたりとも誇らしげに胸をそらした。
ドラゴンはダンジョンの魔物程度に怖気づいたりはしないからね。
「ん? 青髪の魔女でエリスって……勇者パーティーに入ってたエリスか!」
許可証を確認してたほうの騎士が声をあげた。
確かに勇者パーティーメンバーってことで有名だったけど。もしかして、ここにいる間ずっと頭に「元勇者パーティー」ってつくんだろうか。心底嫌だ。
「それは前の話。今は彼と組んでるの」
どうせ大立ち回りした後だし、ということで仮面をやめ、左目だけ眼帯で隠したジオを示す。それを見て、騎士たちは、一斉にうんうんと頷いた。
「そりゃいい判断だと思うぞ」
「最近のあいつら、ムチャクチャだったからなあ……」
何やってたんだ、勇者パーティー。
昨日の様子でだいたい想像がつくけど。
「あんたのことだから大丈夫だと思うけど、気をつけてな」
「心配してくれてありがとう。ジオ、行きましょうか」
私たちがダンジョンに入ろうと、入り口に足を向けたところで、奥からぞろぞろと人が出て来た。荷物を背負って武装している集団、ダンジョン探索パーティーだ。彼らは一様に不安そうな顔でダンジョンから出てくる。
騎士たちも不安に思ったらしく、声をかけた。
「どうした? お前たちさっき入ったところだろ」
「それが……ダンジョンが変なんだよ」
「何がだ? 元から中は変なところだろ」
「まあそりゃそうなんだけどな。魔物が一匹もいねえんだ」
「はあ?」
明らかな異常事態に私も足を止める。
「それどころか、トラップも宝箱も見当たらない。そのくせ、なんか不気味な気配だけはしててな……気持ち悪いし稼ぎにもならねえから、出てきたんだ」
ジオが私を見る。
「レイライン遮断の効果が出た、ということでしょうか」
「違うと思うわ。補給がなくなったからって、魔物が消滅するなんてあり得ない。ダンジョンの魔物は、外敵を排除するための兵士なんだから」
魔物のいないダンジョンは、免疫機能のない生物のようなもの。いなくなったら活動そのものが立ちゆかない。
「不気味だな。原因がわかるまで、一旦入場禁止にしたほうがよさそうだ」
「今潜ってるのは……巫女姫と、アウルと……全部で10チームか」
騎士たちが入場を記録したファイルを確認する。
「警告したいところだが、どこもベテランチームだな。全員結構深いとこまで潜ってるだろ」
「俺らがちょっと行ってちょっと声をかけるってわけには、いかないしな……」
「私たちが見てきましょうか?」
声をかけると、騎士たちが目を丸くした。
「私なら二十階層まではポータル登録してあるし、中の構造も理解してるから。声をかけて回るくらいならできるわよ」
「えっ……そりゃ……助かるが」
騎士は視線をさまよわせる。安全管理を担当するはずの自分たちが、冒険者に頼るのが納得いかないだろう。
「大丈夫、異常が起きてるのはわかってるもの。無理はしないわ」
「……だったら、いいんだけどな」
はあ、と騎士のひとりが息を吐いた。
「とはいえ、他に手がないのも確かだ。あんたにまかせるよ。……これ持って行きな」
騎士は懐から魔道具をひとつ出して渡してきた。ダンジョン探索者として、何度か見たことのあるアイテムだ。
「緊急脱出用の転移ポータルじゃない! いいの? こんなに高価なもの渡して」
国が管理している大規模ダンジョンにひとつ配備されているかどうか、という貴重品だ。もちろん庶民が個人で所有できるレベルのアイテムではない。管理者とはいえ、一介の騎士の判断で冒険者に与えていいんだろうか。
「おかしなダンジョンに入ってもらうんだ、これくらい当然だろう。それに、実をいうと警備騎士たちの中には、アンタのファンが多いんだ。何もなしに行かせたって知れたら殺される」
「……それはどうも」
知らなかったぞ、そんな話。
あんなパーティーに所属してたら、声がかけづらいっていうのはわかるけど!
「行きましょ。中にいるパーティーが心配だわ」
「はい。急ぎましょう」
私たちは、不安を覚えながらダンジョンの中に入っていった。
「そうよ、あそこから迷宮に潜るの」
ナンテンに尋ねられて、私はほほ笑む。ジオの告白を受けた翌日、私たちは表向きいつも通りの態度でダンジョン攻略へと向かっていた。
今日ばかりは双子たちがいてくれてよかったと思う。
この子たちの前では、私もジオも『親』という仮面をかぶることができるからだ。
なんでもないフリをする言い訳があるのは、ありがたかった。
「まずは、入場手続きをしなくちゃね」
半年前と入り口の姿はさほど変わらない。物々しい様子で警備にあたる騎士たちの姿も同じだ。
「中にいれてくれる?」
ジオと私、ふたりそろって許可証を騎士たちに見せる。ひとりが許可証を確認する一方、もうひとりが犬のフリをしている双子ドラゴンたちに目を向けた。
「そっちの犬は?」
「彼が使役する猟犬よ。ひとり二頭までなら、使役する獣も連れていいってルールでしょ」
「……まあ、そうだが。本当に連れてくる奴がいるとはな。大抵はダンジョン内の異形の気配を感じただけで逃げ出すだろ」
「うちの子たちは勇敢なの」
ねえ、と声をかけると、ふたりとも誇らしげに胸をそらした。
ドラゴンはダンジョンの魔物程度に怖気づいたりはしないからね。
「ん? 青髪の魔女でエリスって……勇者パーティーに入ってたエリスか!」
許可証を確認してたほうの騎士が声をあげた。
確かに勇者パーティーメンバーってことで有名だったけど。もしかして、ここにいる間ずっと頭に「元勇者パーティー」ってつくんだろうか。心底嫌だ。
「それは前の話。今は彼と組んでるの」
どうせ大立ち回りした後だし、ということで仮面をやめ、左目だけ眼帯で隠したジオを示す。それを見て、騎士たちは、一斉にうんうんと頷いた。
「そりゃいい判断だと思うぞ」
「最近のあいつら、ムチャクチャだったからなあ……」
何やってたんだ、勇者パーティー。
昨日の様子でだいたい想像がつくけど。
「あんたのことだから大丈夫だと思うけど、気をつけてな」
「心配してくれてありがとう。ジオ、行きましょうか」
私たちがダンジョンに入ろうと、入り口に足を向けたところで、奥からぞろぞろと人が出て来た。荷物を背負って武装している集団、ダンジョン探索パーティーだ。彼らは一様に不安そうな顔でダンジョンから出てくる。
騎士たちも不安に思ったらしく、声をかけた。
「どうした? お前たちさっき入ったところだろ」
「それが……ダンジョンが変なんだよ」
「何がだ? 元から中は変なところだろ」
「まあそりゃそうなんだけどな。魔物が一匹もいねえんだ」
「はあ?」
明らかな異常事態に私も足を止める。
「それどころか、トラップも宝箱も見当たらない。そのくせ、なんか不気味な気配だけはしててな……気持ち悪いし稼ぎにもならねえから、出てきたんだ」
ジオが私を見る。
「レイライン遮断の効果が出た、ということでしょうか」
「違うと思うわ。補給がなくなったからって、魔物が消滅するなんてあり得ない。ダンジョンの魔物は、外敵を排除するための兵士なんだから」
魔物のいないダンジョンは、免疫機能のない生物のようなもの。いなくなったら活動そのものが立ちゆかない。
「不気味だな。原因がわかるまで、一旦入場禁止にしたほうがよさそうだ」
「今潜ってるのは……巫女姫と、アウルと……全部で10チームか」
騎士たちが入場を記録したファイルを確認する。
「警告したいところだが、どこもベテランチームだな。全員結構深いとこまで潜ってるだろ」
「俺らがちょっと行ってちょっと声をかけるってわけには、いかないしな……」
「私たちが見てきましょうか?」
声をかけると、騎士たちが目を丸くした。
「私なら二十階層まではポータル登録してあるし、中の構造も理解してるから。声をかけて回るくらいならできるわよ」
「えっ……そりゃ……助かるが」
騎士は視線をさまよわせる。安全管理を担当するはずの自分たちが、冒険者に頼るのが納得いかないだろう。
「大丈夫、異常が起きてるのはわかってるもの。無理はしないわ」
「……だったら、いいんだけどな」
はあ、と騎士のひとりが息を吐いた。
「とはいえ、他に手がないのも確かだ。あんたにまかせるよ。……これ持って行きな」
騎士は懐から魔道具をひとつ出して渡してきた。ダンジョン探索者として、何度か見たことのあるアイテムだ。
「緊急脱出用の転移ポータルじゃない! いいの? こんなに高価なもの渡して」
国が管理している大規模ダンジョンにひとつ配備されているかどうか、という貴重品だ。もちろん庶民が個人で所有できるレベルのアイテムではない。管理者とはいえ、一介の騎士の判断で冒険者に与えていいんだろうか。
「おかしなダンジョンに入ってもらうんだ、これくらい当然だろう。それに、実をいうと警備騎士たちの中には、アンタのファンが多いんだ。何もなしに行かせたって知れたら殺される」
「……それはどうも」
知らなかったぞ、そんな話。
あんなパーティーに所属してたら、声がかけづらいっていうのはわかるけど!
「行きましょ。中にいるパーティーが心配だわ」
「はい。急ぎましょう」
私たちは、不安を覚えながらダンジョンの中に入っていった。