本心
宿の一室で、私は用意していた薬を飲んだ。わずかに苦みのある液体を飲み下すと、体が温かくなり、魔力が循環しはじめる。体の魔力量が増えるのにあわせて、黒かった髪がゆっくりと青へと色を変えていった。
「ママ、キレイ!」
青くなった髪を見て、ナンテンが目を輝かせた。ホクシンも興味深そうに私の髪を見つめている。
「どうして色を変えるの?」
「明日にはダンジョンに入るでしょ? 私も体に魔力を蓄えて、すぐに魔法を使えるようにしないと」
どうせ、勇者との一件のせいで街の住民に正体はバレている。変装なんかしたって今更だ。幸い、巫女姫たちはダンジョンに潜ったまま戻ってきてないみたいだし。彼女たちに気づかれる前に中へ入ってしまおう。
「食料の買い出しは済んでるから、ジオに……」
「ママ?」
突然黙ってしまった私を、ホクシンが見上げる。
「ええと」
私は言葉を詰まらせた。
ジオの名前を出すたびに、昼間の勇者とのやりとりを思い出して動揺するなんて、双子たちにどう話していいかわからない。
ごまかそうにも、うまい言い訳が思いつかなかった。
どうしよう、とぐるぐる考えていたら、突然ノック音がした。
「ひゃいっ」
返事をすると当のジオが中に入ってくる。
「エリス、少し話が……」
ジオの姿を認めたナンテンとホクシンは彼に向かってく。
「パパ、ママが変なの」
「困ってるみたい、どうしよう」
「ナンテン、ホクシン!」
それは今報告しなくていいから!
慌てていると、ジオは苦笑しながら双子たちの頭をなでた。
「それなら俺がなんとかする。ママと話がしたいから、ふたりだけにしてもらえないかな?」
「えーナンテン、パパと遊ぶー!」
「少しの間だから」
「でもぉ……」
「ナンテン、行こう」
ぐずるナンテンを止めたのはホクシンだ。
「空を飛ぶ練習しようよ。冒険に行くんだから、たくさん準備しないと」
「えー?」
「さぼるならさぼるでいいけど。いざという時にナンテンがコケても助けないよ」
「むうぅぅ……ナンテンだってできるもん!」
双子たちは争うように、窓から出て言った。ふたりとも、よたよたしたり変な飛び方をしつつも、夜の空に消えていく。
どうやら、双子たちからの追及はかわせたらしい。
「エリス」
ほっとしたのも束の間、聞き心地のいい低い声に我に返った。
そうだ、双子がいないってことは、ここは私とジオの二人きり。
『俺がエリスに惚れている? ああ、そうだ。その通りだ』
『美しく気高い、エリス以上の女なんてこの世にいない。惚れて当然だろう』
ジオの言葉が頭の中でくりかえし再生される。今は己の記憶力の良さが恨めしかった。
「俺が勇者に言ったことですが」
「ああああああ、あれね! 売り言葉に買い言葉ってやつよね! 雇い主を守るためにとっさについた嘘っていうか……」
「嘘じゃありません」
後ずさる私に、ジオが一歩踏み込んでくる。
「エリス、俺はあなたを愛しています」
「……なんで」
口をついて出たのはそんなひどいセリフだった。
でも、こんなに美しくて強くて優しい男が私を好きになる理由がわからない。
ジオは、ふっと口元をほころばせる。
「何故って……一目ぼれですよ。あなたと初めて会ったあの日、俺は、傷を癒すあなたの微笑みに恋をしたんです」
「で……でも……あれは、ただ、治療をした、だけで」
「そうですね。命を救われた喜びを恋愛感情と勘違いしたのかもしれない。ですが、共に旅をするあなたは、いつだって優しくて、気高くて、かわいくて……何をしていても、好きになる理由しか見つからない」
ジオは私の前に跪いた。
「エリス、愛してます」
青と金、色違いの瞳がまっすぐに見つめてくる。私は何を言ったらいいかわからず、ただ立ち尽くすことしかできない。
ジオの気持ちは嬉しい。
こんなにドキドキするのは人生初めてだ。
私は何かを返すべきなのに、口は縫い付けられたように固まって、動かない。
先に目をそらしたのは、ジオのほうだった。
ため息をついて立ち上がる。
「……この気持ちは、忘れてください」
「え」
「あなたは、パーティーリーダーのヴィクトルに体を要求され、組織を出た。それなのに、またパーティーメンバーに言い寄られるなんて、気持ち悪いでしょう」
踏み込んだはずの一歩を、後ずさる。
「安心してください。ただの雇われ傭兵としてふるまうのは慣れてます。指一本、触れることもしません。だから、あなたがダンジョン攻略を遂げるまで、側にいることをお許しください」
「……」
ジオはさらに後ずさると、ドアに向かった。
「おやすみなさい、エリス」
ぱたん、とドアが閉まって青年は部屋から完全にいなくなった。
私はへなへなとその場に座り込む。
『エリス、愛してます』
産まれて初めてもらった、愛の言葉。
そこに一切の嘘はない。
私だってジオのことが好きなのに。
どうしてこんな時に限って、私は言葉を返せないのか。
情けなさすぎて、私は膝を抱えて蹲ってしまった。
「ママ、キレイ!」
青くなった髪を見て、ナンテンが目を輝かせた。ホクシンも興味深そうに私の髪を見つめている。
「どうして色を変えるの?」
「明日にはダンジョンに入るでしょ? 私も体に魔力を蓄えて、すぐに魔法を使えるようにしないと」
どうせ、勇者との一件のせいで街の住民に正体はバレている。変装なんかしたって今更だ。幸い、巫女姫たちはダンジョンに潜ったまま戻ってきてないみたいだし。彼女たちに気づかれる前に中へ入ってしまおう。
「食料の買い出しは済んでるから、ジオに……」
「ママ?」
突然黙ってしまった私を、ホクシンが見上げる。
「ええと」
私は言葉を詰まらせた。
ジオの名前を出すたびに、昼間の勇者とのやりとりを思い出して動揺するなんて、双子たちにどう話していいかわからない。
ごまかそうにも、うまい言い訳が思いつかなかった。
どうしよう、とぐるぐる考えていたら、突然ノック音がした。
「ひゃいっ」
返事をすると当のジオが中に入ってくる。
「エリス、少し話が……」
ジオの姿を認めたナンテンとホクシンは彼に向かってく。
「パパ、ママが変なの」
「困ってるみたい、どうしよう」
「ナンテン、ホクシン!」
それは今報告しなくていいから!
慌てていると、ジオは苦笑しながら双子たちの頭をなでた。
「それなら俺がなんとかする。ママと話がしたいから、ふたりだけにしてもらえないかな?」
「えーナンテン、パパと遊ぶー!」
「少しの間だから」
「でもぉ……」
「ナンテン、行こう」
ぐずるナンテンを止めたのはホクシンだ。
「空を飛ぶ練習しようよ。冒険に行くんだから、たくさん準備しないと」
「えー?」
「さぼるならさぼるでいいけど。いざという時にナンテンがコケても助けないよ」
「むうぅぅ……ナンテンだってできるもん!」
双子たちは争うように、窓から出て言った。ふたりとも、よたよたしたり変な飛び方をしつつも、夜の空に消えていく。
どうやら、双子たちからの追及はかわせたらしい。
「エリス」
ほっとしたのも束の間、聞き心地のいい低い声に我に返った。
そうだ、双子がいないってことは、ここは私とジオの二人きり。
『俺がエリスに惚れている? ああ、そうだ。その通りだ』
『美しく気高い、エリス以上の女なんてこの世にいない。惚れて当然だろう』
ジオの言葉が頭の中でくりかえし再生される。今は己の記憶力の良さが恨めしかった。
「俺が勇者に言ったことですが」
「ああああああ、あれね! 売り言葉に買い言葉ってやつよね! 雇い主を守るためにとっさについた嘘っていうか……」
「嘘じゃありません」
後ずさる私に、ジオが一歩踏み込んでくる。
「エリス、俺はあなたを愛しています」
「……なんで」
口をついて出たのはそんなひどいセリフだった。
でも、こんなに美しくて強くて優しい男が私を好きになる理由がわからない。
ジオは、ふっと口元をほころばせる。
「何故って……一目ぼれですよ。あなたと初めて会ったあの日、俺は、傷を癒すあなたの微笑みに恋をしたんです」
「で……でも……あれは、ただ、治療をした、だけで」
「そうですね。命を救われた喜びを恋愛感情と勘違いしたのかもしれない。ですが、共に旅をするあなたは、いつだって優しくて、気高くて、かわいくて……何をしていても、好きになる理由しか見つからない」
ジオは私の前に跪いた。
「エリス、愛してます」
青と金、色違いの瞳がまっすぐに見つめてくる。私は何を言ったらいいかわからず、ただ立ち尽くすことしかできない。
ジオの気持ちは嬉しい。
こんなにドキドキするのは人生初めてだ。
私は何かを返すべきなのに、口は縫い付けられたように固まって、動かない。
先に目をそらしたのは、ジオのほうだった。
ため息をついて立ち上がる。
「……この気持ちは、忘れてください」
「え」
「あなたは、パーティーリーダーのヴィクトルに体を要求され、組織を出た。それなのに、またパーティーメンバーに言い寄られるなんて、気持ち悪いでしょう」
踏み込んだはずの一歩を、後ずさる。
「安心してください。ただの雇われ傭兵としてふるまうのは慣れてます。指一本、触れることもしません。だから、あなたがダンジョン攻略を遂げるまで、側にいることをお許しください」
「……」
ジオはさらに後ずさると、ドアに向かった。
「おやすみなさい、エリス」
ぱたん、とドアが閉まって青年は部屋から完全にいなくなった。
私はへなへなとその場に座り込む。
『エリス、愛してます』
産まれて初めてもらった、愛の言葉。
そこに一切の嘘はない。
私だってジオのことが好きなのに。
どうしてこんな時に限って、私は言葉を返せないのか。
情けなさすぎて、私は膝を抱えて蹲ってしまった。