勇者VS
ギインッ!
勇者が私に向けて振り下ろした剣を、間に入ったジオがドラゴンの剣で受け止めた。
剣の勢いを横にいなし、さらにヴィクトルの足に蹴りをお見舞いする。
腐っても勇者、ヴィクトルはさっと後ろに飛びのいて蹴りをかわした。
「ち……」
「攻撃をしかけてきたのはお前、ということでいいな」
私を背中にかばう形で、ジオは漆黒の双剣を構える。
「は。どうせここは騎士連中の力の弱いダンジョン街だ。強いやつが正義なんだよ」
「なら、お前を倒せば俺が正義だな」
いや暴力沙汰はどっちみち褒められたことじゃないんだけど。
とはいえ、先に攻撃してきたヴィクトルをどうにかしないと、収まりそうにない。
「ジオ」
「任せてください、エリス。この程度のザコに俺は負けません」
ぎらり、と青い瞳が危険な光を宿す。
初めて見る、凶悪な顔だ。
傭兵だから戦うのが仕事なのはわかってたけど。あの好青年のどこに、こんなヤバそうな一面が隠れてたの。
「誰がザコだっ!」
ヴィクトルが再び仕掛けてきた。
太って鈍ったとはいえ、なおも鋭い剣戟がジオを襲う。しかし、ジオはそれら全てを、紙一重でかわした。
「少しはやるようだな」
「お前は思ったよりやらないようだ」
「ほざけっ!」
真正面から攻撃を加えてばかりだったヴィクトルが、不意にステップを変えてジオの左側から攻撃した。
ジオの左目は眼帯で覆われている。本来は死角になる場所だ。
でも。
「甘い」
「クソッ」
ジオはその攻撃もやすやすとかわし、剣を叩き返した。
目立つから隠してるだけで、そっちの目も見えてるからなあ。なんなら、ドラゴンの力のおかげで右目より見えてるところあるし。
「攻撃はこれで終わりか?」
ぜい、と息をつくヴィクトルをジオが冷静に見据えた。運動不足で息が荒くなっているヴィクトルに対して、ジオは息切れひとつしていない。スタミナの差は歴然だった。
「終わりなわけねえだろ! おいっ!」
ヴィクトルが後ろに控える愛人たちに声をかけた。茫然自失のルビィを除いたふたり、ベリルとサフィーアが魔道具を構える。
「ちょ、あんたたち!」
いくら劣勢だからって、三対一は卑怯すぎる。ジオにはドラゴンの剣があるとはいえ、呪術や魔法で攻撃されたら、対処しきれない。
私も加勢しようと構えた瞬間、白と黒の影が飛び出した。
「パパのジャマするな!」
「ワルい子は、めっ!」
サフィーアをホクシンが、ベリルをナンテンが、ぐしゃっと同時に踏みつぶした。大型犬サイズのドラゴンにのしかかられて、彼女たちは身動きがとれなくなる。
「何なのこいつ!」
「おかしい、ただの犬じゃ……きゃああっ」
彼女たちは抵抗しようとするたび、ドラゴンたちに踏み踏みされる。集中を乱され、魔法を使うどころではなさそうだ。
「役立たずどもが!」
「それはお前だろう」
愛人たちに悪態をついた一瞬で、ジオがヴィクトルに肉薄した。
どす、とその腹に拳を叩きこむ。
いつのまにか、ドラゴンの剣は鞘に収められていた。
「お前を倒すのに、特別な力はいらない。この体だけで十分だ」
「なにを……がっ!」
バシン! と強烈な音をたてて、ジオがヴィクトルの左足を蹴る。ぐらっと右に倒れそうになったところで、今度は右わき腹を拳が襲った。
前のめりになったら後ろに吹っ飛ばされ、後ろに倒れそうになったら襟首を掴まれ。
反撃しようとしたらいなされて、また拳が襲う。
抵抗することも、倒れることもできず、ヴィクトルはただただジオに攻撃され続けている。
なまじ、体が丈夫なせいで気絶すらできないようだった。
……っていうか、わざと致命傷を避けてませんか、ジオさん。
こんな芸当ができるほど実力差があるとは思ってなかったよ?!
「うっ……ぐ……」
ついにヴィクトルが地面に崩れ落ちた。
立ってられなくなった、というよりは、ジオが殴るのに飽きただけって感じだけど。
ジオはしゃがみこむと、ヴィクトルの襟首を掴み上げた。
「謝罪を」
「……は?」
「お前はエリスを侮辱し、不当に貶めた。謝れ」
「はあ? エリスが使えねーのは事実だろうが! 何を謝れってんだよ」
「……っ!」
襟首を掴まれたまま、ヴィクトルは叫ぶ。
「毎日毎日、やることなすこと、ぐっちぐち口はさんできやがって! 女は黙って言うこと聞いてりゃいいんだ!」
「エリスはただの『女』じゃない。真面目で優秀な『魔法使い』だ。それをお前は……!」
「なんでお前がキレて……あーそういうことか」
ヴィクトルは殴られて血のにじむ口元を歪めた。
「お前エリスに惚れてんのか。おっぱいだけはイイ女だからなぁ!」
ずたぼろのくせに、口だけ達者な勇者はげらげらと笑う。
なんてことを。
煽り文句にしてもタチが悪すぎる。
「……だったら、どうした」
低い、ものすごく低い声がした。
底冷えするような恐ろしいそれは、どうやらジオが発したものらしかった。
「俺がエリスに惚れている? ああ、そうだ。その通りだ」
「……へ」
「美しく気高い、エリス以上の女性なんてこの世にいない。惚れて当然だろう」
ジオを掴んだままのヴィクトルの襟首を引き寄せると、ごく近くでヴィクトルを睨みつけた。
「さて、惚れた女を侮辱された男が何をするか……お前も男なら、わかるよな?」
「ひっ……!」
ヴィクトルが怯んだ瞬間、ジオが頭突きを食わらせた。
ゴンッ! というすさまじい音がして、ヴィクトルが白目をむく。
「じ、ジオっ! まさか……!」
「殺してませんよ。喧嘩沙汰はともかく、殺しまでやったらさすがに捕まりますので」
「よかった……」
こんなバカな喧嘩でジオを前科者にするわけにはいかない。
「頭突きのついでに、左目で頭の中まで殴っておきましたけど」
「え」
それ、殺すよりヤバいのでは。
「奴が本当に力ある勇者ならそのうち回復しますよ」
「ええと」
「パパかっこよかった!」
「つよーい!」
何か言おうとしたところで、ナンテンとホクシンがとびついてきた。ジオがふと表情を緩める。いつもの優しい笑顔だ。
「それより、今夜の宿を探しに行きましょう。あんな連中とはこれ以上一秒だって関わりたくありません」
「そ、そうね……」
ジオたちに引っ張られるまま、私はその場を後にした。
勇者が私に向けて振り下ろした剣を、間に入ったジオがドラゴンの剣で受け止めた。
剣の勢いを横にいなし、さらにヴィクトルの足に蹴りをお見舞いする。
腐っても勇者、ヴィクトルはさっと後ろに飛びのいて蹴りをかわした。
「ち……」
「攻撃をしかけてきたのはお前、ということでいいな」
私を背中にかばう形で、ジオは漆黒の双剣を構える。
「は。どうせここは騎士連中の力の弱いダンジョン街だ。強いやつが正義なんだよ」
「なら、お前を倒せば俺が正義だな」
いや暴力沙汰はどっちみち褒められたことじゃないんだけど。
とはいえ、先に攻撃してきたヴィクトルをどうにかしないと、収まりそうにない。
「ジオ」
「任せてください、エリス。この程度のザコに俺は負けません」
ぎらり、と青い瞳が危険な光を宿す。
初めて見る、凶悪な顔だ。
傭兵だから戦うのが仕事なのはわかってたけど。あの好青年のどこに、こんなヤバそうな一面が隠れてたの。
「誰がザコだっ!」
ヴィクトルが再び仕掛けてきた。
太って鈍ったとはいえ、なおも鋭い剣戟がジオを襲う。しかし、ジオはそれら全てを、紙一重でかわした。
「少しはやるようだな」
「お前は思ったよりやらないようだ」
「ほざけっ!」
真正面から攻撃を加えてばかりだったヴィクトルが、不意にステップを変えてジオの左側から攻撃した。
ジオの左目は眼帯で覆われている。本来は死角になる場所だ。
でも。
「甘い」
「クソッ」
ジオはその攻撃もやすやすとかわし、剣を叩き返した。
目立つから隠してるだけで、そっちの目も見えてるからなあ。なんなら、ドラゴンの力のおかげで右目より見えてるところあるし。
「攻撃はこれで終わりか?」
ぜい、と息をつくヴィクトルをジオが冷静に見据えた。運動不足で息が荒くなっているヴィクトルに対して、ジオは息切れひとつしていない。スタミナの差は歴然だった。
「終わりなわけねえだろ! おいっ!」
ヴィクトルが後ろに控える愛人たちに声をかけた。茫然自失のルビィを除いたふたり、ベリルとサフィーアが魔道具を構える。
「ちょ、あんたたち!」
いくら劣勢だからって、三対一は卑怯すぎる。ジオにはドラゴンの剣があるとはいえ、呪術や魔法で攻撃されたら、対処しきれない。
私も加勢しようと構えた瞬間、白と黒の影が飛び出した。
「パパのジャマするな!」
「ワルい子は、めっ!」
サフィーアをホクシンが、ベリルをナンテンが、ぐしゃっと同時に踏みつぶした。大型犬サイズのドラゴンにのしかかられて、彼女たちは身動きがとれなくなる。
「何なのこいつ!」
「おかしい、ただの犬じゃ……きゃああっ」
彼女たちは抵抗しようとするたび、ドラゴンたちに踏み踏みされる。集中を乱され、魔法を使うどころではなさそうだ。
「役立たずどもが!」
「それはお前だろう」
愛人たちに悪態をついた一瞬で、ジオがヴィクトルに肉薄した。
どす、とその腹に拳を叩きこむ。
いつのまにか、ドラゴンの剣は鞘に収められていた。
「お前を倒すのに、特別な力はいらない。この体だけで十分だ」
「なにを……がっ!」
バシン! と強烈な音をたてて、ジオがヴィクトルの左足を蹴る。ぐらっと右に倒れそうになったところで、今度は右わき腹を拳が襲った。
前のめりになったら後ろに吹っ飛ばされ、後ろに倒れそうになったら襟首を掴まれ。
反撃しようとしたらいなされて、また拳が襲う。
抵抗することも、倒れることもできず、ヴィクトルはただただジオに攻撃され続けている。
なまじ、体が丈夫なせいで気絶すらできないようだった。
……っていうか、わざと致命傷を避けてませんか、ジオさん。
こんな芸当ができるほど実力差があるとは思ってなかったよ?!
「うっ……ぐ……」
ついにヴィクトルが地面に崩れ落ちた。
立ってられなくなった、というよりは、ジオが殴るのに飽きただけって感じだけど。
ジオはしゃがみこむと、ヴィクトルの襟首を掴み上げた。
「謝罪を」
「……は?」
「お前はエリスを侮辱し、不当に貶めた。謝れ」
「はあ? エリスが使えねーのは事実だろうが! 何を謝れってんだよ」
「……っ!」
襟首を掴まれたまま、ヴィクトルは叫ぶ。
「毎日毎日、やることなすこと、ぐっちぐち口はさんできやがって! 女は黙って言うこと聞いてりゃいいんだ!」
「エリスはただの『女』じゃない。真面目で優秀な『魔法使い』だ。それをお前は……!」
「なんでお前がキレて……あーそういうことか」
ヴィクトルは殴られて血のにじむ口元を歪めた。
「お前エリスに惚れてんのか。おっぱいだけはイイ女だからなぁ!」
ずたぼろのくせに、口だけ達者な勇者はげらげらと笑う。
なんてことを。
煽り文句にしてもタチが悪すぎる。
「……だったら、どうした」
低い、ものすごく低い声がした。
底冷えするような恐ろしいそれは、どうやらジオが発したものらしかった。
「俺がエリスに惚れている? ああ、そうだ。その通りだ」
「……へ」
「美しく気高い、エリス以上の女性なんてこの世にいない。惚れて当然だろう」
ジオを掴んだままのヴィクトルの襟首を引き寄せると、ごく近くでヴィクトルを睨みつけた。
「さて、惚れた女を侮辱された男が何をするか……お前も男なら、わかるよな?」
「ひっ……!」
ヴィクトルが怯んだ瞬間、ジオが頭突きを食わらせた。
ゴンッ! というすさまじい音がして、ヴィクトルが白目をむく。
「じ、ジオっ! まさか……!」
「殺してませんよ。喧嘩沙汰はともかく、殺しまでやったらさすがに捕まりますので」
「よかった……」
こんなバカな喧嘩でジオを前科者にするわけにはいかない。
「頭突きのついでに、左目で頭の中まで殴っておきましたけど」
「え」
それ、殺すよりヤバいのでは。
「奴が本当に力ある勇者ならそのうち回復しますよ」
「ええと」
「パパかっこよかった!」
「つよーい!」
何か言おうとしたところで、ナンテンとホクシンがとびついてきた。ジオがふと表情を緩める。いつもの優しい笑顔だ。
「それより、今夜の宿を探しに行きましょう。あんな連中とはこれ以上一秒だって関わりたくありません」
「そ、そうね……」
ジオたちに引っ張られるまま、私はその場を後にした。