乗合馬車
巨大ダンジョンコキュートスへ向かう乗合馬車は、混みあっていた。
荷馬車を改造した、ただ人を乗せて運ぶだけの馬車には、私たち以外にも数組のパーティーが肩を寄せ合って乗っている。
ダンジョンという危険地帯へと向かっているというのに、彼らの顔は一様に明るい。それは、ダンジョンは危険と同時に利益を得られる場所だからだ。
周囲のマナを糧に成長する不可思議な迷宮、ダンジョン。
そこには地上にはあり得ない植物が生え、あり得ない生物が闊歩し、あり得ない鉱物が産出する。中は迷い込んだ者の息の根を止めるトラップだらけで、ひとたび異形の大発生が起きれば、周辺の街ごと生態系を破壊してしまう。しかし、あり得ない存在は時に稀少な素材となる。ダンジョン内に巣食う異形の数さえコントロールできれば、これほど効率のよい稀少資源の産出箇所はない。
だから、どの国もこぞってダンジョン攻略する若者を支援するのだ。
「俺、北のダンジョンで特級二位を手に入れたんだぜ」
「おー、すげえな。俺はぎりぎり三位だ」
宝の山への侵入許可証を手に入れた冒険者たちは、証明書を見せあう。お互いの実力を探るにあたり、国からどれだけ認められているか、はわかりやすい指標のひとつだ。
「アンタは何位だ?」
ひとりがジオに声をかけてきた。
「変な仮面の上に女連れとは、さぞかしデキるんだろうな?」
ジオは無言で懐から許可証を取り出した。そこに書かれた許可は特級二位。しかし許可証にはそれが仮のものであることを示すスタンプが押されていた。
「なんでえ、仮免かよ」
「……発行が間に合わなくてな」
この許可証は、レオンが手配してくれたものだ。
セラフィーナの呪いが証明できない以上、ジオの降格を取り消すことはできない。
その代わりにレオンは『偉大な魔女の護衛』をジオの新たな実績として登録。エヴァーグリーン商会に多大な利益をもたらしたことを理由に、無理矢理傭兵ランクを昇格させたのだ。あわせて許可証も発行してもらったんだけど、正式な許可証がダンジョンアタックまでに間に合わなかったんだよね。
中に入るには問題ないんだけど、こういう場ではちょっと目立ってしまう。
「せっかくデカいダンジョンに入るんだ、ガンガン稼がねえとな」
「コキュートスも、いつまであるかわからねえし」
男のひとりから不穏なセリフが飛び出した。私は思わず顔をあげる。
「それってどういう……?」
「姉ちゃん知らねえのか。デュランダル神聖国から来た巫女姫パーティーが相当深くまで潜ってるって話だ」
「ええと……三十層だったか、四十層だったか……とにかく、完全攻略目前らしい」
「外国のパーティーが攻略か。勇者に肩入れしていた王国の連中はいい面の皮だな」
「……ヴィクトルのパーティーは」
「ああ、ありゃダメだ」
私の問いに、男のひとりがあきれ顔になる。
「まだ二十層あたりでグダグダしてるパーティーが、今更巫女姫を追い越せるかよ」
「まさか、そんな」
男たちの言葉が信じられず、私は息をのんだ。
勇者ヴィクトルは間違いなく最強だ。その強さは、二年もの間彼のサポートをしていた私がよく知っている。ドラゴンの剣を得たジオでも、真正面からやりあって勝てるかどうか。
そんな彼らが、半年以上かけてまだ二十層どまり?
信じられない。
「……当然の結果ですね」
ぼそ、とジオが私だけに聞こえるよう呟いた。
もしもしジオさん? どうしたの?
今まで一度も悪口とか言ったことなかったのに。
「ただ当たり前の話をしただけです。彼らはあなたの価値を理解せず、パーティーから追い出した。そんな愚かな連中にまともな仕事ができるとは思えません」
そう囁くジオの声は硬い。
確かに彼らは私を追い出したけど、それぞれの分野に秀でたエキスパートだった。ロゼリアという新たな魔女も加入している。そう簡単に戦力が落ちるとは思えないんだけどなあ。
「思考が善良なのは、エリスの長所ですが……世間はあなたが思うより愚か者が多いのですよ」
「む」
ジオに世の中を説かれるのは何か納得がいかない。
一応私のほうが年上のはずなんですけど?
「それとこれとは……」
ジオが反論しようとしたところで、ガタンと馬車が止まった。乗っていた冒険者たちがそれぞれ荷物を持って動き出す。コキュートスのダンジョン集落に到着したのだ。顔を上げると、ダンジョンを中心にして放射状に広がる街並みが目に入ってくる。
ここに来るのはもう半年ぶりになるだろうか。
商店や宿屋など、施設の様子はあまり変わってないようだ。
相変わらず犬のフリをしている双子ドラゴンたちを馬車から降ろしながら、ジオが言う。
「勇者ヴィクトルが本当に力を落としているかどうか。それはダンジョンに潜ってみればわかることです」
「同じダンジョン攻略を目指す者だしね。今考えることじゃない、か」
すり、とホクシンが私の足に頭をこすりつけてきた。ナンテンも体を寄せてくる。
しゃきっとしなきゃ。
この子たちを不安にさせてる場合じゃない。
「今日はとりあえず宿を確保しますか?」
「そうね、みんな移動で疲れてるから。ダンジョンに入るのは明日以降ね」
「宿はどこにしましょうか」
「うーん、私が知ってるところだと……」
話しながら、大通りを横切っていた時だった。
「エリス?!」
女の鋭い声が、私を呼び止めた。
荷馬車を改造した、ただ人を乗せて運ぶだけの馬車には、私たち以外にも数組のパーティーが肩を寄せ合って乗っている。
ダンジョンという危険地帯へと向かっているというのに、彼らの顔は一様に明るい。それは、ダンジョンは危険と同時に利益を得られる場所だからだ。
周囲のマナを糧に成長する不可思議な迷宮、ダンジョン。
そこには地上にはあり得ない植物が生え、あり得ない生物が闊歩し、あり得ない鉱物が産出する。中は迷い込んだ者の息の根を止めるトラップだらけで、ひとたび異形の大発生が起きれば、周辺の街ごと生態系を破壊してしまう。しかし、あり得ない存在は時に稀少な素材となる。ダンジョン内に巣食う異形の数さえコントロールできれば、これほど効率のよい稀少資源の産出箇所はない。
だから、どの国もこぞってダンジョン攻略する若者を支援するのだ。
「俺、北のダンジョンで特級二位を手に入れたんだぜ」
「おー、すげえな。俺はぎりぎり三位だ」
宝の山への侵入許可証を手に入れた冒険者たちは、証明書を見せあう。お互いの実力を探るにあたり、国からどれだけ認められているか、はわかりやすい指標のひとつだ。
「アンタは何位だ?」
ひとりがジオに声をかけてきた。
「変な仮面の上に女連れとは、さぞかしデキるんだろうな?」
ジオは無言で懐から許可証を取り出した。そこに書かれた許可は特級二位。しかし許可証にはそれが仮のものであることを示すスタンプが押されていた。
「なんでえ、仮免かよ」
「……発行が間に合わなくてな」
この許可証は、レオンが手配してくれたものだ。
セラフィーナの呪いが証明できない以上、ジオの降格を取り消すことはできない。
その代わりにレオンは『偉大な魔女の護衛』をジオの新たな実績として登録。エヴァーグリーン商会に多大な利益をもたらしたことを理由に、無理矢理傭兵ランクを昇格させたのだ。あわせて許可証も発行してもらったんだけど、正式な許可証がダンジョンアタックまでに間に合わなかったんだよね。
中に入るには問題ないんだけど、こういう場ではちょっと目立ってしまう。
「せっかくデカいダンジョンに入るんだ、ガンガン稼がねえとな」
「コキュートスも、いつまであるかわからねえし」
男のひとりから不穏なセリフが飛び出した。私は思わず顔をあげる。
「それってどういう……?」
「姉ちゃん知らねえのか。デュランダル神聖国から来た巫女姫パーティーが相当深くまで潜ってるって話だ」
「ええと……三十層だったか、四十層だったか……とにかく、完全攻略目前らしい」
「外国のパーティーが攻略か。勇者に肩入れしていた王国の連中はいい面の皮だな」
「……ヴィクトルのパーティーは」
「ああ、ありゃダメだ」
私の問いに、男のひとりがあきれ顔になる。
「まだ二十層あたりでグダグダしてるパーティーが、今更巫女姫を追い越せるかよ」
「まさか、そんな」
男たちの言葉が信じられず、私は息をのんだ。
勇者ヴィクトルは間違いなく最強だ。その強さは、二年もの間彼のサポートをしていた私がよく知っている。ドラゴンの剣を得たジオでも、真正面からやりあって勝てるかどうか。
そんな彼らが、半年以上かけてまだ二十層どまり?
信じられない。
「……当然の結果ですね」
ぼそ、とジオが私だけに聞こえるよう呟いた。
もしもしジオさん? どうしたの?
今まで一度も悪口とか言ったことなかったのに。
「ただ当たり前の話をしただけです。彼らはあなたの価値を理解せず、パーティーから追い出した。そんな愚かな連中にまともな仕事ができるとは思えません」
そう囁くジオの声は硬い。
確かに彼らは私を追い出したけど、それぞれの分野に秀でたエキスパートだった。ロゼリアという新たな魔女も加入している。そう簡単に戦力が落ちるとは思えないんだけどなあ。
「思考が善良なのは、エリスの長所ですが……世間はあなたが思うより愚か者が多いのですよ」
「む」
ジオに世の中を説かれるのは何か納得がいかない。
一応私のほうが年上のはずなんですけど?
「それとこれとは……」
ジオが反論しようとしたところで、ガタンと馬車が止まった。乗っていた冒険者たちがそれぞれ荷物を持って動き出す。コキュートスのダンジョン集落に到着したのだ。顔を上げると、ダンジョンを中心にして放射状に広がる街並みが目に入ってくる。
ここに来るのはもう半年ぶりになるだろうか。
商店や宿屋など、施設の様子はあまり変わってないようだ。
相変わらず犬のフリをしている双子ドラゴンたちを馬車から降ろしながら、ジオが言う。
「勇者ヴィクトルが本当に力を落としているかどうか。それはダンジョンに潜ってみればわかることです」
「同じダンジョン攻略を目指す者だしね。今考えることじゃない、か」
すり、とホクシンが私の足に頭をこすりつけてきた。ナンテンも体を寄せてくる。
しゃきっとしなきゃ。
この子たちを不安にさせてる場合じゃない。
「今日はとりあえず宿を確保しますか?」
「そうね、みんな移動で疲れてるから。ダンジョンに入るのは明日以降ね」
「宿はどこにしましょうか」
「うーん、私が知ってるところだと……」
話しながら、大通りを横切っていた時だった。
「エリス?!」
女の鋭い声が、私を呼び止めた。