▼詳細検索を開く
作者: タカば
女子会
「は~気持ちよかった……」

 高級ホテルの高級バスルームを使って、旅の汚れを落とした私は肌触りのいいガウンを羽織ってベッドルームに入った。ベッドがふたつ並んだツインルームのソファでは、寝間着姿の後輩魔女ミレーユが先にくつろいでいる。
 今日は先輩後輩、女同士水入らずのパジャマパーティーだ。
 いつもママにべったりな双子ドラゴンも今日だけは別行動だ。寂しがるかと思ったけど彼らはレオンが気に入ったみたいで「おじちゃん! おじちゃん!」と遊んでもらっている。さすが交渉でギルドマスターになった男。子供の扱いがうまい。
 ジオとレオンのふたりも積もる話があると思って、私たちとは別部屋にしてもらった。
 高級ホテルは警備も厳重だから、護衛がずっと張り付いてる必要ないしね。

「契約とか金勘定とか、色々ありがとう、ミレーユ」
「先輩には魔術協会でたくさん助けてもらいましたから。これくらい、恩返しの内にも入りませんよ」
「いやいや充分すぎでしょ……このホテルとか」
「それこそ気にする必要はありません。エリス先輩は今や、エヴァーグリーン商会の最重要取引先ですから。接待しなかったら父に叱られてしまいます」
「……そういうものなんだ?」
「だから遠慮せず、旅の疲れを癒してください」
「まあ、考えすぎてもしょうがないか」

 折角の高級ホテル。楽しまなくちゃもったいない。
 私も後輩の隣に座る。
 テーブルには、高級そうなワインとおいしそうなオードブルが並んでいた。おいしいお酒とツマミ。魅力的なとりあわせだ。

「では、エリス先輩との再会を祝して乾杯!」
「元気な後輩に会えたことに乾杯」

 私たちは笑いながら、グラスを傾ける。

「ミレーユまで辞めちゃって……魔術協会は今頃どうなってるんだろ」
「さあ?」
「さあって……」
「実際わからないんですよ。私と同時期に魔女が全員辞めてしまいましたから。あそこの男性魔法使いと繋がりのある魔女は少ないですし。ただ……」

 ミレーユはそこで言葉を切ると、にやっと笑った。

「協会の主力薬品は先輩の薬に置き換わっちゃいましたからね。魔女が辞めた今、純水精製器をまともに動かせる魔法使いはいないでしょうし……財政実績ともに、大変なことになってるんじゃないでしょうか」
「うわあ……」
「先輩、ここは自分を追い出した組織が痛い目を見て嬉しい、って言うところなんじゃないですか?」

 いやー、ざまあみろって思う気持ちはゼロじゃないけどね。

「クズ協会長失脚しろって思ってても、協会そのものまで潰れろとは思ってなかったもの。人類の発展のために、魔術を研究する機関は絶対必要なわけだし」

 私は高級ハムにフォークを差す。普通のハムとは燻すチップから違うらしく、上品な香りがした。

「辞めた魔女たちの進路も心配。ミレーユみたいに守ってくれる実家がある子ばっかりじゃないから」

 だからって私個人に何かできるわけじゃないんだけどねー。
 こういう時、組織に所属しない人間は無力だ。

「人の心配ばっかりしてますけど、先輩自身の進路はどうなんです?」
「私? コキュートス攻略に向かうわよ」
「そこじゃなくて! 先輩はやると言ったらやる人ですから、ダンジョンはどんなことになっても攻略すると思ってます」
「……信じてくれてありがとう?」
「問題はその先です。ダンジョンがなくなったらどうするんです?」
「あー……」

 そのへんは、考えてなかった。

「……パーティーと協会を追い出されたストレスを、ダンジョン攻略にぶつけてたところあるからなあ」
「先輩が選んだ道なら、なんでも応援しますけどね。……ジオさんと結婚して冒険者になる、ってなっても薬の研究だけは続けてほしいです」
「なんでそこでジオと結婚?!」

 突然出て来た進路に、私はワインを吹き出しそうになった。
 冒険者になるはともかく、どうしてそんなオプションがついてくるんだ。

「え、恋人同士なんですよね?」
「違うわよ! ジオと私は雇用関係!」

 私たちのどこを見てそんな風に思うのか。双子ドラゴンにはパパママ呼びされてるけど、雇用関係の一線は引いてる……引いてる、はず!

「ええー……」

 なんだその残念なものを見るような目は!
 今まで先輩先輩って、尊敬の目で見てくれていた後輩はどこにいったの。

「でも、エリス先輩ジオさんのこと好きですよね」
「う」

 後輩の剛速球ストレートに、私は言葉を詰まらせる。
 いやいやいや私はあくまで雇用主ですからねー。ジオがいくらイケメンでも、優しくても、頼りになっても、そんな感情は……。

「好きですよね、先輩?」
「……ハイ、好キデス」

 後輩の圧に耐えられず、私はとうとう認めざるを得なくなる。

「だってえええええ……あんな顔も心もイケメンな男に、四六時中エリスエリスって気遣われて、好きにならずにいられるわけないじゃん………」
「何を変な抵抗してるんですか。普通に告白して付き合えばいいのに」
「それは無理」

 私がきっぱり言い切ると、後輩は目を丸くした。

「ミレーユもジオが呪われた経緯は知ってるでしょ。彼は雇用主からの求婚を断ったせいで呪われたの。同じ立場の私が好意を押し付けちゃダメ」

 だから、私たちがパーティーでいる以上、思いを打ち明けてはいけないのだ。
 他ならない、ジオのために。

「好意が押し付けにならなきゃいいんじゃないですか?」
「なにその屁理屈。意味がわからないんだけど」
「恋愛って屁理屈みたいなものですよ。だって、究極のダブルスタンダードなんですから」

 後輩はくい、とワイングラスを傾ける。

「何とも思ってない他人に触られたり、キスされたりしたらセクハラですよ。ぶん殴って息の根を止めてもいいと思います」
「……ミレーユ、酔ってる?」

 お嬢様にあるまじき言葉が聞こえた気がするんだけど。

「でも好きな人だったら、キスどころかそれ以上のことをされても、許しますよね。それどころか、してほしいことだったりする。好きってなった時点でどんなズルでも通っちゃうんですよ」

 だから、先輩。とミレーユが私を見つめる。

「こんな時くらいは理屈を考えずに、好きだって感情だけで行動していいんじゃないですか」

 彼女の言いたいことはわかる。
 わかるけど、納得はできなかった。
 ミレーユはあの日のジオを見ていないから言えるのだ。
 私は、あんな風にジオを傷つけたくない。


Twitter