先輩後輩
全てのレイラインを修正した一か月後、私たちは巨大ダンジョンコキュートス……ではなく、ダンジョンの北に位置する宿場町にいた。しかもただ町にいるだけじゃない、その中でもひときわ大きくて高級なホテルの一室だ。
「こんな高級な宿、初めて来ました」
念のため仮面をかぶったままのジオが部屋を見回す。犬のフリをしているナンテンとホクシンもそわそわと部屋の内装を観察していた。
「私もよ」
うちの実家はそれなりに格式が高いけど、所詮小役人。ここまで高級な場所に来たことはない。何故こんな場所に来るハメになったのだか。
「案内してきたのは、傭兵ギルドの方でしたよね」
「正式な職員だったみたいだし、罠って感じはなさそうね」
いつものように傭兵ギルド経由で乗り合い馬車を手配してもらおうとしたら、この宿で待つように言われたのだ。正式なギルドのやることだから、問題はないと判断して従ってるんだけど。
「もし、何かあったらすぐに俺の側に来てください。あなたを連れて離脱します」
「ナンテンもママを守るー!」
「僕も」
頼もしい仲間たちは、私のことになると鼻息が荒い。
これでも一応、特級一位のダンジョン探索許可をもらってる魔法使いなんだけどなー。
でも心配してくれるのは嬉しいので、双子ドラゴンたちの頭をなでなでする。
いつでも戦闘体勢に入れるよう、あえてソファに座らず待っていると、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
声をかけると、ドアが開いて見知った顔が現れた。
「よう、エリスさん。それからジオ」
「レオンさん!」
入ってきたのは、ノクトスのギルドマスター、レオンだった。スキンヘッドが今日も輝いている。初めて会った時は着古したベストとズボンだったけど、今日は紳士らしいコートを着ていた。『厳つい』から『威風堂々』にランクアップだ。
「レオン、何故ここに?」
「ちょいと商談にな。それと、ある人物の護衛だ」
「護衛……?」
首をかしげていると、レオンの後ろから小柄な女性がひょこっと顔を出した。鮮やかな若草色の髪と、かわいらしい顔立ちは忘れられない。
「ミレーユ?」
「エリス先輩! あああぁぁ……無事だったぁ……!」
ミレーユが抱き着いてきた。受け止めると、ぼろぼろと涙をこぼしながらしがみついてくる。私は感極まってしまったミレーユの背中をぽんぽんと叩いた。
いつかのジオとレオンの再現だ。
今度は先輩後輩の再会だけど。
「私は大丈夫よ、ミレーユ」
「はい……信じてました……でも、でもぉ……」
「心配してくれたのね、ありがとう」
しかし、なんでまたレオンさんとミレーユが一緒にいるんだろう?
嬉しいけど、この状況が理解不能なことには、変わりはなかった。
「なるほど……そういうことだったんですね」
宿のソファに落ち着いた私たちは、お互いに情報交換をすることにした。レオンさんとミレーユの接点については説明してもらいたかったし、私たちも双子ドラゴンのことや巫女姫のことを共有する必要があった。
「まさか、ミレーユがエヴァーグリーン商会のお嬢様だったなんてね」
実家に戻ったからだろう。彼女は協会にいたときとは打って変わって、上品な高級ドレスを着ていた。かわいらしい雰囲気のミレーユによく似合う。
「でも、魔術協会ではサーストンって名乗ってなかった?」
「あれは、母の旧姓です。商会から離れて、自分の力だけで魔術を極めたくて」
「なるほど。エヴァーグリーンを名乗らなかったのは、正解だったかもね。コネがあるってバレたら、協会長がどう悪用してたか」
「……ええ、私も今はそう思います。ふふ」
そう言って、ミレーユはほほ笑んだ。
「ん? 私、何か変なこと言った?」
「いいえ。エリス先輩はやっぱり先輩だなあ、って思っただけです」
「そこがエリスのいいところですよね」
うんうん、となぜかジオが一緒になって頷いている。
いやだから何が。
「強い力や財力を持つ者を見て、ただ心配するだけの人間は案外少ない。という話です」
「商会の力を利用してやろうなんて、思いつきもしないあたりがエリス先輩ですね」
いやそれは当たり前の話じゃないの?
ジオの力もミレーユの力も、彼らのものなわけなんだし。
「でも、そんなエリス先輩だからこそ、力を貸したいと思うんですけどね」
ミレーユがレオンに視線を向けると、彼は持っていた鞄から書類を出した。荷物持ちもレオンの仕事らしい。
「先輩からお預かりした薬のレシピの承認書と、販売契約書です。レオンさんを代理人として、すでに契約は締結されていて、各地で薬の販売が始まっています」
「もう売り始めてるの? 早くない?!」
「行動は迅速に、がエヴァーグリーン商会のモットーですから」
国内最大の商会の力ってすごいね?!
「エリス先輩が作った新型純水精製器が入手できたのも大きいですね。うちが薬の商いを始めた直後に、カメリアガーデンのオーナーが売り込みに来てくださって」
「あ……ガーデンで買ってもらった魔道具……」
「商会所属技師総出で分析して、量産した結果、飛躍的に製造効率が向上しました。あ、この魔道具の設計使用権もちゃんとエリス先輩名義で管理していますから、安心してくださいね」
ミレーユがにこにこ笑う横で、レオンさんが更に書類を出す。こっちには数字がいっぱいだ。
「これが薬の販売数、そこから算出された開発者へのレシピ使用料がこちらになります」
「わあ……って……ちょっと待って、桁がおかしくない?」
書類に並ぶ数字の桁数が多すぎて、ぱっと見ただけでは額がわからない。とにかく天文学的数字なのだけはわかるんだけど。
「やっぱりそうですよね……もっと、使用料を引き上げたかったんですけど、薬の単価を低く抑えるにはこれが限界で」
「そういう意味じゃなくて! 多すぎるって言ってるの」
「そんなことありませんよ。エリス先輩は風邪薬や流行り病の特効薬などを中心に開発してましたから。ひとつひとつの単価は低くても需要が多いので、合算すると大きな利益になるんですよ」
「そ……そうなんだ……」
今までどれだけレシピ開発してきても、全然懐に入らなかったのは何故なんだ。
「それは薬のレシピ開発者が『魔術協会』になっていたからですね。協会の中で開発したものは、協会の資産。使用料は協会に支払われて、協会内で分配される仕組みになっていました」
「協会内……あの協会長がまともに分配するわけないわね」
「若手魔法使いを教育指導して、研究環境を整えているのは魔術協会ですから、仕組み自体は間違ってないと思います。ただ……それにしても、協会側はエリス先輩に利益を分配しなさすぎだと思います」
ミレーユは桁数の多すぎる書類を私に示す。
「ですが、今回認可されたレシピは、エリス先輩が個人で開発したもの。当然使用料は全てエリス先輩個人に支払われます!」
「えええええ……」
「よかったですね、エリス!」
待ちなさい、そこのイケメン。無責任に誉めないで。
「こんなとんでもない額のお金をいきなり渡されても困るわよ!」
「そう言うと思ってました。レオンさん?」
ミレーユに言われて、レオンがまた書類を出してくる。
「こちらに財産管理委任状を用意しました。サインしていただければ、エヴァーグリーン商会にて、適切に管理運用いたします。もちろん、商会の窓口は私、先輩の代理人はレオンさんです」
「……よろしくお願い致します」
私は深々と頭を下げた。
有能な後輩、ありがたすぎる!
「こんな高級な宿、初めて来ました」
念のため仮面をかぶったままのジオが部屋を見回す。犬のフリをしているナンテンとホクシンもそわそわと部屋の内装を観察していた。
「私もよ」
うちの実家はそれなりに格式が高いけど、所詮小役人。ここまで高級な場所に来たことはない。何故こんな場所に来るハメになったのだか。
「案内してきたのは、傭兵ギルドの方でしたよね」
「正式な職員だったみたいだし、罠って感じはなさそうね」
いつものように傭兵ギルド経由で乗り合い馬車を手配してもらおうとしたら、この宿で待つように言われたのだ。正式なギルドのやることだから、問題はないと判断して従ってるんだけど。
「もし、何かあったらすぐに俺の側に来てください。あなたを連れて離脱します」
「ナンテンもママを守るー!」
「僕も」
頼もしい仲間たちは、私のことになると鼻息が荒い。
これでも一応、特級一位のダンジョン探索許可をもらってる魔法使いなんだけどなー。
でも心配してくれるのは嬉しいので、双子ドラゴンたちの頭をなでなでする。
いつでも戦闘体勢に入れるよう、あえてソファに座らず待っていると、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
声をかけると、ドアが開いて見知った顔が現れた。
「よう、エリスさん。それからジオ」
「レオンさん!」
入ってきたのは、ノクトスのギルドマスター、レオンだった。スキンヘッドが今日も輝いている。初めて会った時は着古したベストとズボンだったけど、今日は紳士らしいコートを着ていた。『厳つい』から『威風堂々』にランクアップだ。
「レオン、何故ここに?」
「ちょいと商談にな。それと、ある人物の護衛だ」
「護衛……?」
首をかしげていると、レオンの後ろから小柄な女性がひょこっと顔を出した。鮮やかな若草色の髪と、かわいらしい顔立ちは忘れられない。
「ミレーユ?」
「エリス先輩! あああぁぁ……無事だったぁ……!」
ミレーユが抱き着いてきた。受け止めると、ぼろぼろと涙をこぼしながらしがみついてくる。私は感極まってしまったミレーユの背中をぽんぽんと叩いた。
いつかのジオとレオンの再現だ。
今度は先輩後輩の再会だけど。
「私は大丈夫よ、ミレーユ」
「はい……信じてました……でも、でもぉ……」
「心配してくれたのね、ありがとう」
しかし、なんでまたレオンさんとミレーユが一緒にいるんだろう?
嬉しいけど、この状況が理解不能なことには、変わりはなかった。
「なるほど……そういうことだったんですね」
宿のソファに落ち着いた私たちは、お互いに情報交換をすることにした。レオンさんとミレーユの接点については説明してもらいたかったし、私たちも双子ドラゴンのことや巫女姫のことを共有する必要があった。
「まさか、ミレーユがエヴァーグリーン商会のお嬢様だったなんてね」
実家に戻ったからだろう。彼女は協会にいたときとは打って変わって、上品な高級ドレスを着ていた。かわいらしい雰囲気のミレーユによく似合う。
「でも、魔術協会ではサーストンって名乗ってなかった?」
「あれは、母の旧姓です。商会から離れて、自分の力だけで魔術を極めたくて」
「なるほど。エヴァーグリーンを名乗らなかったのは、正解だったかもね。コネがあるってバレたら、協会長がどう悪用してたか」
「……ええ、私も今はそう思います。ふふ」
そう言って、ミレーユはほほ笑んだ。
「ん? 私、何か変なこと言った?」
「いいえ。エリス先輩はやっぱり先輩だなあ、って思っただけです」
「そこがエリスのいいところですよね」
うんうん、となぜかジオが一緒になって頷いている。
いやだから何が。
「強い力や財力を持つ者を見て、ただ心配するだけの人間は案外少ない。という話です」
「商会の力を利用してやろうなんて、思いつきもしないあたりがエリス先輩ですね」
いやそれは当たり前の話じゃないの?
ジオの力もミレーユの力も、彼らのものなわけなんだし。
「でも、そんなエリス先輩だからこそ、力を貸したいと思うんですけどね」
ミレーユがレオンに視線を向けると、彼は持っていた鞄から書類を出した。荷物持ちもレオンの仕事らしい。
「先輩からお預かりした薬のレシピの承認書と、販売契約書です。レオンさんを代理人として、すでに契約は締結されていて、各地で薬の販売が始まっています」
「もう売り始めてるの? 早くない?!」
「行動は迅速に、がエヴァーグリーン商会のモットーですから」
国内最大の商会の力ってすごいね?!
「エリス先輩が作った新型純水精製器が入手できたのも大きいですね。うちが薬の商いを始めた直後に、カメリアガーデンのオーナーが売り込みに来てくださって」
「あ……ガーデンで買ってもらった魔道具……」
「商会所属技師総出で分析して、量産した結果、飛躍的に製造効率が向上しました。あ、この魔道具の設計使用権もちゃんとエリス先輩名義で管理していますから、安心してくださいね」
ミレーユがにこにこ笑う横で、レオンさんが更に書類を出す。こっちには数字がいっぱいだ。
「これが薬の販売数、そこから算出された開発者へのレシピ使用料がこちらになります」
「わあ……って……ちょっと待って、桁がおかしくない?」
書類に並ぶ数字の桁数が多すぎて、ぱっと見ただけでは額がわからない。とにかく天文学的数字なのだけはわかるんだけど。
「やっぱりそうですよね……もっと、使用料を引き上げたかったんですけど、薬の単価を低く抑えるにはこれが限界で」
「そういう意味じゃなくて! 多すぎるって言ってるの」
「そんなことありませんよ。エリス先輩は風邪薬や流行り病の特効薬などを中心に開発してましたから。ひとつひとつの単価は低くても需要が多いので、合算すると大きな利益になるんですよ」
「そ……そうなんだ……」
今までどれだけレシピ開発してきても、全然懐に入らなかったのは何故なんだ。
「それは薬のレシピ開発者が『魔術協会』になっていたからですね。協会の中で開発したものは、協会の資産。使用料は協会に支払われて、協会内で分配される仕組みになっていました」
「協会内……あの協会長がまともに分配するわけないわね」
「若手魔法使いを教育指導して、研究環境を整えているのは魔術協会ですから、仕組み自体は間違ってないと思います。ただ……それにしても、協会側はエリス先輩に利益を分配しなさすぎだと思います」
ミレーユは桁数の多すぎる書類を私に示す。
「ですが、今回認可されたレシピは、エリス先輩が個人で開発したもの。当然使用料は全てエリス先輩個人に支払われます!」
「えええええ……」
「よかったですね、エリス!」
待ちなさい、そこのイケメン。無責任に誉めないで。
「こんなとんでもない額のお金をいきなり渡されても困るわよ!」
「そう言うと思ってました。レオンさん?」
ミレーユに言われて、レオンがまた書類を出してくる。
「こちらに財産管理委任状を用意しました。サインしていただければ、エヴァーグリーン商会にて、適切に管理運用いたします。もちろん、商会の窓口は私、先輩の代理人はレオンさんです」
「……よろしくお願い致します」
私は深々と頭を下げた。
有能な後輩、ありがたすぎる!