デッドロック(ガラル視点)
「あああああ……クソッ、どういうことだ……!」
私は執務机に向かいながら、イライラと頭を掻きむしった。デスクの上には、手紙が何通も折り重なっている。それらは全て、貴族家からの薬の催促状だ。
魔法使いどもの薬の製造は相変わらず滞っている。
研究専門だった魔法使いまで動員し、総力をあげて作らせてはいるのだが、納品は遅々として進まない。さらに納品の足を引っ張っているのが、薬の質だ。せっかく作ったというのに、品質検査をしてみたら要求薬効が確認できず、納品直前に廃棄されるケースが後を絶たない。
催促状は日に日にうずたかく積まれていく。
「無能どもめ……!」
自分は何も難しいことをさせているわけじゃない。
今まで作っていた薬を、今まで作っていた通りに作れ、と指示しているだけだ。
魔女が数人辞めた程度で情けない……!
「協会長、お手紙が届いています」
ノックの音とともに、魔法使いがひとり部屋に入ってきた。
「どうせ催促状だろう。そこに置いておけ」
「い、いえ、それがどうも違うようで……」
魔法使いはおどおどと、煮え切らない様子で封筒を握り締めている。私はその手から封筒とひったくると、中を改めた。
「ああ、ダニステル侯爵から……やっぱり薬の催促……ん……?」
手紙の冒頭は確かに、薬の催促だった。しかし、途中から薬の未納品を理由とした契約解除と支援打ち切りへ話が変わっていく。
「なにっ……?!」
ダニステル侯爵は、ただの顧客ではない。この魔術協会に多額の投資を行っている支援者のひとりだ。彼からの資金がなくなれば、明日にでも魔術協会の財政は危うくなるだろう。
「まずい、大至急侯爵に申し開きをせねば」
「あの、協会長……」
「黙れ! お前の話を聞いている場合じゃない!」
「その……契約解除のお手紙は、これだけじゃなくて……」
魔法使いの手からは、貴人のものらしい手紙が何通も出てくる。それら全てが、支援打ち切りの通知だというのか。
「な……」
「協会長! お客様ですっ!」
何か言おうとしたところで、別の魔法使いがひとり、執務室に入ってきた。
「追い返せ! 今はそれどこじゃ」
「そんなの無理です! とにかく来てください!」
魔法使いのただ事ではない様子に引っ張られるようにして、私は応接室へと向かった。
「どういうことだ!」
部屋に入るなり、怒鳴りつけられた。
突然のことに一瞬頭が真っ白になりそうになる。ひるむ体を支えたのは、魔術協会長という立場とプライドだ。
「……何のお話でしょうか」
腹に力を入れて、言葉を絞り出す。
なんとか声だけは震えずにすんだようだ。
応接間で私を待っていたのは、数名の騎士たちだった。一介の下級兵士などではない、王国直属の近衛騎士だ。纏った騎士服には王国を象徴する紋章と並んで、階級を示す星のシンボルが輝いている。特に彼らを従えソファにふんぞり帰っている騎士のシンボルは、ちまちまと小さな星がいくつもつく士官階級のものではない。宝石を織り交ぜた大きな星をひとつだけ掲げることを許されているのは、将軍、団長クラスの重鎮だけだ。
何故こんな大物が魔術協会に。
騎士はソファに座ったまま、私を見据えた。
「お前が、魔術協会長ガラルか」
「……はい」
尊大な物言いに反論する権利はない。私はただただ頭を下げる。
「俺は王国騎士、第一騎士団団長、オルヴァンス・ダンケルトだ。俺の言葉は王家の言葉と思っていただきたい」
「……はい」
これにも、頷くしかない。
「今日はお前に尋ねたいことがあって来た。貴様……どういうことだ?」
「どういうこと、といいますと?」
主語と述語を明らかにして話していただきたい。
これだから軍人は。
「勇者ヴィクトルのパーティーの件だ! あのバカどもの手綱をとるために、魔術協会から魔法使いを派遣したはずだろうが!」
「……はい」
「だというのに、ここ半年ろくな報告書があがってこない。実際の成果もだ! 聞けば、すでに攻略済みの二十階層付近でうろうろするばかりで、全く先に進めてないそうだ」
「そ、それは……」
私の責任じゃない。
反論しようとしたら、ぎろりと睨まれた。
「ゆ……勇者パーティーについては、担当魔法使いの……ロゼリアに直接お尋ねになってはいかがでしょうか……」
「尋ねられないから、ここに来たんだ」
「は?」
騎士団長はいらいらと踵を踏み鳴らす。
「魔法使いロゼリアは行方不明だ」
「はあ?! まさかダンジョン探索中に……!」
「いや、単なる脱走だ。拠点で勇者が療養しているスキに行方をくらましたらしい。状況から自発的な任務放棄だと判断している」
「まさか……そんな」
あの魔女は特に男の言うことをよく聞く女だった。勇者パーティーに入りながら、逃げ出すとは。
「そもそも、魔法使いによる勇者パーティーマネジメントは、優秀な魔法使いエリスだからこそ可能だったのだ。勝手に人事介入されては困る」
「う……」
協会に所属する魔女、魔法使いの人事権は私のものだ。お前こそ口を出してくるな、と言いたいが、奴の言葉は王の言葉だ。何も言い返せない。
「それで、エリスは今どこにいる? 再派遣しろ」
「いえ、それは……」
あいつはすでに魔術協会をクビになっている。
だが、いないと言ってこの騎士がそのまま引き下がるとは思えなかった。
どう答えればいい。どう言い訳すれば、この窮地を脱せる?
「協会長!」
応接間に、新たな人物が飛び込んできた。
ヨレヨレのローブを来た魔法使いだ。いつもなら、そんな格好で客の前に出てくるんじゃないと怒鳴りつけるところだが、今の私にとっては救いの手だ。こいつの用事にかこつけて、この場から逃げ出そう。
「な、何があったのかね?」
私が声をかけると、魔法使いはぜい、と荒い息を吐く。
「……壊れました」
「何がだ」
「純水精製器が……完全に、壊れました……!!」
「なんだと?」
純水は、現在の製薬システムの要だ。
アレが止まるということは、薬の生成そのものが止まることを意味する。
目の前が真っ暗になった私は、その場に崩れ落ちた。
私は執務机に向かいながら、イライラと頭を掻きむしった。デスクの上には、手紙が何通も折り重なっている。それらは全て、貴族家からの薬の催促状だ。
魔法使いどもの薬の製造は相変わらず滞っている。
研究専門だった魔法使いまで動員し、総力をあげて作らせてはいるのだが、納品は遅々として進まない。さらに納品の足を引っ張っているのが、薬の質だ。せっかく作ったというのに、品質検査をしてみたら要求薬効が確認できず、納品直前に廃棄されるケースが後を絶たない。
催促状は日に日にうずたかく積まれていく。
「無能どもめ……!」
自分は何も難しいことをさせているわけじゃない。
今まで作っていた薬を、今まで作っていた通りに作れ、と指示しているだけだ。
魔女が数人辞めた程度で情けない……!
「協会長、お手紙が届いています」
ノックの音とともに、魔法使いがひとり部屋に入ってきた。
「どうせ催促状だろう。そこに置いておけ」
「い、いえ、それがどうも違うようで……」
魔法使いはおどおどと、煮え切らない様子で封筒を握り締めている。私はその手から封筒とひったくると、中を改めた。
「ああ、ダニステル侯爵から……やっぱり薬の催促……ん……?」
手紙の冒頭は確かに、薬の催促だった。しかし、途中から薬の未納品を理由とした契約解除と支援打ち切りへ話が変わっていく。
「なにっ……?!」
ダニステル侯爵は、ただの顧客ではない。この魔術協会に多額の投資を行っている支援者のひとりだ。彼からの資金がなくなれば、明日にでも魔術協会の財政は危うくなるだろう。
「まずい、大至急侯爵に申し開きをせねば」
「あの、協会長……」
「黙れ! お前の話を聞いている場合じゃない!」
「その……契約解除のお手紙は、これだけじゃなくて……」
魔法使いの手からは、貴人のものらしい手紙が何通も出てくる。それら全てが、支援打ち切りの通知だというのか。
「な……」
「協会長! お客様ですっ!」
何か言おうとしたところで、別の魔法使いがひとり、執務室に入ってきた。
「追い返せ! 今はそれどこじゃ」
「そんなの無理です! とにかく来てください!」
魔法使いのただ事ではない様子に引っ張られるようにして、私は応接室へと向かった。
「どういうことだ!」
部屋に入るなり、怒鳴りつけられた。
突然のことに一瞬頭が真っ白になりそうになる。ひるむ体を支えたのは、魔術協会長という立場とプライドだ。
「……何のお話でしょうか」
腹に力を入れて、言葉を絞り出す。
なんとか声だけは震えずにすんだようだ。
応接間で私を待っていたのは、数名の騎士たちだった。一介の下級兵士などではない、王国直属の近衛騎士だ。纏った騎士服には王国を象徴する紋章と並んで、階級を示す星のシンボルが輝いている。特に彼らを従えソファにふんぞり帰っている騎士のシンボルは、ちまちまと小さな星がいくつもつく士官階級のものではない。宝石を織り交ぜた大きな星をひとつだけ掲げることを許されているのは、将軍、団長クラスの重鎮だけだ。
何故こんな大物が魔術協会に。
騎士はソファに座ったまま、私を見据えた。
「お前が、魔術協会長ガラルか」
「……はい」
尊大な物言いに反論する権利はない。私はただただ頭を下げる。
「俺は王国騎士、第一騎士団団長、オルヴァンス・ダンケルトだ。俺の言葉は王家の言葉と思っていただきたい」
「……はい」
これにも、頷くしかない。
「今日はお前に尋ねたいことがあって来た。貴様……どういうことだ?」
「どういうこと、といいますと?」
主語と述語を明らかにして話していただきたい。
これだから軍人は。
「勇者ヴィクトルのパーティーの件だ! あのバカどもの手綱をとるために、魔術協会から魔法使いを派遣したはずだろうが!」
「……はい」
「だというのに、ここ半年ろくな報告書があがってこない。実際の成果もだ! 聞けば、すでに攻略済みの二十階層付近でうろうろするばかりで、全く先に進めてないそうだ」
「そ、それは……」
私の責任じゃない。
反論しようとしたら、ぎろりと睨まれた。
「ゆ……勇者パーティーについては、担当魔法使いの……ロゼリアに直接お尋ねになってはいかがでしょうか……」
「尋ねられないから、ここに来たんだ」
「は?」
騎士団長はいらいらと踵を踏み鳴らす。
「魔法使いロゼリアは行方不明だ」
「はあ?! まさかダンジョン探索中に……!」
「いや、単なる脱走だ。拠点で勇者が療養しているスキに行方をくらましたらしい。状況から自発的な任務放棄だと判断している」
「まさか……そんな」
あの魔女は特に男の言うことをよく聞く女だった。勇者パーティーに入りながら、逃げ出すとは。
「そもそも、魔法使いによる勇者パーティーマネジメントは、優秀な魔法使いエリスだからこそ可能だったのだ。勝手に人事介入されては困る」
「う……」
協会に所属する魔女、魔法使いの人事権は私のものだ。お前こそ口を出してくるな、と言いたいが、奴の言葉は王の言葉だ。何も言い返せない。
「それで、エリスは今どこにいる? 再派遣しろ」
「いえ、それは……」
あいつはすでに魔術協会をクビになっている。
だが、いないと言ってこの騎士がそのまま引き下がるとは思えなかった。
どう答えればいい。どう言い訳すれば、この窮地を脱せる?
「協会長!」
応接間に、新たな人物が飛び込んできた。
ヨレヨレのローブを来た魔法使いだ。いつもなら、そんな格好で客の前に出てくるんじゃないと怒鳴りつけるところだが、今の私にとっては救いの手だ。こいつの用事にかこつけて、この場から逃げ出そう。
「な、何があったのかね?」
私が声をかけると、魔法使いはぜい、と荒い息を吐く。
「……壊れました」
「何がだ」
「純水精製器が……完全に、壊れました……!!」
「なんだと?」
純水は、現在の製薬システムの要だ。
アレが止まるということは、薬の生成そのものが止まることを意味する。
目の前が真っ暗になった私は、その場に崩れ落ちた。