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作者: タカば
自己満足
「では、私たちはここで」

 メディアナの城門の前で、私たちはセラフィーナたちの馬車から降ろされた。全員無事なのを確認してから、思わずちょっと馬車から間合いを取ってしまう。そんな私たちの心境を知ってか知らずか、セラフィーナはニコニコ顔を私に向け続けていた。

「エリーさん、あなたとの旅はとても貴重な体験でした。この類まれなる縁を結んでくださった神に感謝を」
「こ……こちらこそ、得難い経験でした」

 今すぐこの場を去りたいけど、大人の社交辞令がそれを許してくれない。

「私はダンジョン『コキュートス』に戻りますわ。あなたはこれからどうされますの?」
「ノクトスに向かおうと思っています。少し、確認したいことがありますので」

 そう言うと、セラフィーナはわざとらしく目を丸くした。

「コキュートスへのマナ供給が止まった今が、絶好の攻略タイミングですのに?」
「……慎重派なんです」
「そんなにのんびりしていて、私が先にコキュートスを攻略してしまっても、いいんですの?」
「それで大陸のマナ枯渇が止まるのなら、構いません」
「目的が達成できれば、名誉も実績もいらない……無欲ですわね」

 私の言葉に、セラフィーナはため息をつく。

「無欲も行き過ぎれば、自己満足と同じですわ。あなたは、どうしてそこまでコキュートスにこだわるんですの?」

 セラフィーナの容赦ない一言が突き刺さる。
 私は勇者パーティーも、魔術協会も追放された身だ。コキュートスを攻略したところで、誰に褒められることもないし、報酬だって支払われない。どころか、旅費そのほかは自腹で、客観的に見たら損しかしてない。
 魔法使いとして新しく身を立てるのなら、こんなことをしてる場合じゃない。
 さっさと次の勤め先を見つけるべきだ。
 でも、私の心は、そんな普通の理屈じゃ納得できそうになかった。
 私の心を折ったのは、コキュートスだ。攻略のために苦労したあの日々が私から何もかも奪っていった。
 アレを倒すまで、私は前に進めない。
 だから私は、私のために、ダンジョンを攻略するのだ。

「……って、やっぱり自己満足か」
「エリーさん?」
「うーん、いい言葉が浮かびませんが……やりかけた仕事を放り出すのは、気持ち悪い。それだけですよ」
「……そう」

 セラフィーナはこくんと肯く。そして、武装神官にエスコートさせて自分の馬車に乗り込んだ。

「エリーさんの旅路に祝福を。また、会いましょう」
「……また」

 私が手を振ると、馬車が出発した。最初に会ったときと同じ、笑顔のまま巫女姫が去っていく。
 彼女たちの馬車が遠くなり、姿が見えなくなったところで、やっと私は大きく息を吐いた。

「あ~~~~死ぬかと思った……」

 横を見ると、ジオが頭を抱えてやっぱり大きなため息をついていた。

「よかった……離れられた……」
「ジオが一番怖かったわよね」
「俺のことはいいんです。巫女姫があなたに何かしたらと、心配で心配で……」

 ジオが自分の腹をさする。ストレスが胃を直撃しているようだ。あとで整腸薬を調合してあげよう。そうしよう。

「パパ、ママ、大丈夫?」
「お腹痛い?」

 ナンテンとホクシンが、かわるがわる私たちを見上げる。この子たちにも心配かけちゃたなー。

「もう大丈夫よ。ずっとおとなしくしてて、いい子だったわね。ナンテン、ホクシン」

 ふたりの頭をなでながら、私も緊張がほどけていくのを感じる。ドラゴンのもふもふ羽毛癒し効果は偉大だ。

「ジオも、よくあんなとんでもないパーティーに加入してたわね」

 う、とジオがうめき声をあげる。

「……最初は普通だったんですよ。デュランダル神聖国の後ろ盾もありましたし」
「身元の確かさだけは完璧よね」
「加入すればコキュートス探索ができる、ということで一か月のお試し参加をしていたんですが、その途中で左目の力を見抜かれて……それで……」

 説明しながら、ジオはとうとうその場にしゃがみこんでしまった。
 ……元気の出る栄養剤も調合してあげよう。それがいい。

「パパ、元気だして」
「ナンテンがあのヒトやっつけてあげようか?」
「……ありがとう、ふたりとも。危ないからやっつけに行っちゃダメだよ」

 なでなで、とドラゴンたちをなでるうちに、ジオの声がちょっとだけ柔らかくなる。ドラゴンの羽毛癒しパワーは彼にも有効らしい。
 しばらくドラゴンに癒されていたジオは、嫌な気分を吐き出すようにため息をついてから、立ち上がった。

「エリス、これからどうします? セラフィーナにはノクトスへ向かうと言ってましたが」
「ノクトスは巫女姫向けのブラフよ。でも、寄り道をするのは本当……かも」

 私は懐から紙を一枚引っ張り出した。そこには魔法の術式が書きつけてある。

「それは何です?」
「巫女姫が私の術式に書き加えた魔法式の写しよ。単純に、彼女の神聖力を流し込むための構文に見えるんだけど……少しひっかかるの」

 彼女の書いた魔法式は、一見整合性が取れている。しかし、微妙に無駄な構文が差し挟まっているのが気になった。即興で他人の術式を修正したのだから、無駄はあって当然かもしれない。
 しかし、私の魔法使いとしての勘が、違和感を無視するなと叫んでいる。

「解析と検証に一週間……いえ、対処もいれたら一か月かかるかも」
「その間にセラフィーナがコキュートスを攻略してしまうかもしれませんね」
「……そうね。でも」
「見過ごせないんでしょう? 付き合いますよ、どこまででも」

 こういう時、迷いのない仲間がありがたい。

「ナンテンもー!」
「僕もママと一緒だから」
「もちろんよ!」

 私はナンテンとホクシンを抱きしめた。






 ガラガラと音を立てて進む馬車の中で、私は目を閉じた。
 少しずつ、距離があくごとに金色の竜の気配が遠ざかっていく。

「巫女姫様、ジオをあのままにしてよかったんですか?」

 勘の鈍い神官が声をかけてくる。私は目を開けずに大きくため息をついた。

「ジオが連れていた犬の正体はドラゴンです。守りが強すぎて、手が出せません。それにあの……」

 女、と口に出すのも汚らわしい。
 レイラインを曲げた魔法使いは、やはりジオの呪いを解いた魔女だった。
 私の刻んだ愛の呪印がことごとく消え去り、青い魔力がジオの全身を包んでいるのを見た時には叫び出しそうになった。
 それだけでも許しがたいというのに、あの女はジオの視線まで独占していた。
 どこにいても、何をしていても、あの金の瞳が最初に見るのはあの女。
 この私を目の前にしておきながら、金の視線は素通りしてあの女へ向かう。
 度し難い。
 許し難い。
 全ての尊厳を奪い取り、苦痛という苦痛を味わわせた上で、地獄に落とすべき罪人だ。
 しかし、私は神の鉄槌を振り下ろせずにいた。
 竜の加護は、あの女にも与えられていたからだ。
 それに、あの女自身の能力も侮れない。
 レイラインの変化を感じ取った時に予想した通り、あの女は破格の魔女だった。魔力量はさほどでもないが、技術は今まで見たどの魔法使いよりも優れている。
 殺せなくはないが、相当にてこずらされるだろう。
 あの女に気を取られて、ジオに逃げられてしまっては困る。
 女を排除し、今度こそジオを捕らえる。
 そのためには……。

「力が、必要ね」

 ぎり、と馬車のクッションを握り締める。
 加護があろうが、技術があろうが、関係ない。
 私が、抗いようのないほど圧倒的な力を手に入れれば、全ての問題は消え去る。

「コキュートスへ向かいなさい」

 私の命令に従い、馬車はまっすぐダンジョンへと向かった。

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