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作者: タカば
巫女姫パーティーの実力
「巫女姫様、準備完了しましたッ!」

 セラフィーナの前に整列した武装神官たちが、報告した。その声に一音のズレもない。完璧なユニゾンだ。それは声だけじゃない、中に棒でも入ってるのかと思うくらいまっすぐな背筋も、武器を手にする構えも全く同じだ。逆さづりにされていた御者もこの中にいるはずなんだけど、完全に集団に溶け込んでしまっていて、区別がつかなかった。
 一糸乱れぬ、って表現がこれほどぴったりくるチームは他にいないと思う。
 揃いすぎた集団行動、怖い。
 それを見てセラフィーナは、にっこりと可憐な笑みをうかべた。

「よろしい、では始めましょう。エリーさん?」
「は……ひゃいっ……! 術式、開始します」

 私は慌てて地面いっぱいに広がる魔法の記述式に手をあてた。魔力を通すと、次々に魔法が発動していく。すぐに、周囲のマナが可視化されてオーロラのような光が広がった。
 私たちは既に何度か見ているけど、巫女姫たち一行は初めて見る光景だ。
 しかし彼らは慌てる様子もなくじっと周囲を警戒している。

「マナの流れを変えます」

 可視化からの流量変更。
 その次に来るのは、コキュートスからの反発だ。
 悪意の巣食う迷宮の方角を見ると、早くも何かがこちらに向かってくる気配があった。
 さすがに何度も同じことをされたら気づくか。
 今までにない速さで、コキュートスの方向から悪意が向かってきた。セラフィーナが優雅な足取りで、悪意へ向かって一歩踏み出す。

「そこまでです」

 セラフィーナがすっと手をあげた。
 同時に、地面から金に輝く何かが無数に生えだしてきた。それが茨の形をしている、と気づいたときには、それはコキュートスの悪意とぶつかっていた。
 金の茨はトゲを突き刺しながら悪意の塊を柔らかく包み込んでいく。
 あっという間に悪意は茨に飲み込まれ、繭のような巨大な物体へと変貌した。
 それでも繭の中で悪意は健在らしく、奥から不満げな声が響いてくる。すごい術だけど、止めるだけではダメだ。何らかの手段で、悪意分解してしまわなくては。
 巫女姫はどうするつもりなのか。
 彼女を見守っていると、彼女は上げていた手をすっと振り下ろした。
 それを見た武装神官たちが走り出した。手に持っていた武器を一斉に、繭へと振り下ろす。
 巫女姫が悪意を止めている間に、人海戦術で細切れにする作戦らしい。
 その方針自体は間違ってないけど……!

「巫女姫様?!」
「大丈夫です」

 巫女姫はにっこり笑う。
 いやそれ絶対大丈夫じゃないやつ!
 私が焦っているうちに、繭の周りでは予想通りの事態が発生していた。茨の繭の奥へと武器を振り下ろす武装神官たちの服が、血の赤に染まり始めたのだ。
 巫女姫の作りだした茨は、強い力を持っている。
 コキュートスの悪意を閉じ込めるトゲは、同時に周りで戦う武装神官たちの体をも傷つけていた。

「治療を……!」
「お気遣いは無用です」

 懐から治療薬を取り出そうとした私を、セラフィーナが止める。どうするつもりかと思っていたら、彼女は武装神官たちに向かって大きく腕を広げた。癒しの奇跡の光が彼らを包み込む。攻撃と同時に血を流す彼らの体は、傷ついた端から癒されていった。
 怪我しても治療するから大丈夫ってこと?!
 でもそれって結局武装神官たちは怪我してるよね? 痛み前提の作戦ってどうなの。こんな指示に従わされて、部下たちは何も思わないんだろうか。
 恐る恐る神官たちの顔色を窺ったら、彼らの顔は何故か赤く染まり、瞳はとろんとした恍惚の光を宿していた。

「巫女姫様の奇跡だ!」
「我らの力は巫女姫様のために!」

 痛みを顧みず、むしろ痛みを感じるごとに喜んで、彼らは武器を振り下ろす。その手に一切の迷いはなかった。

「……」

 彼らにとっては、この状況自体がご褒美のようだ。
 ……ならば、これ以上何も考えるまい。
 私は巫女姫たちに対する思考を放棄すると、自分の術式に集中した。彼女たちが悪意を押しとどめてくれているおかげで、マナの流れを変える術式は順調に進行している。逆流してきたマナを新しいレイラインに流し込んでいると、段々コキュートスのある方角が暗くなってきた。あちらへ向かうマナが減っているのだ。
 術式に流れ込むセラフィーナの神聖力の影響なのか、今までよりマナの減る速度が速い。私はその変化にあわせ、レイラインの流れを整える作業を前倒しした。

「これで、よし!」

 新しいレイラインの形を整えたと同時に、パアン! という大きな破裂音が辺りに響いた。武装神官たちが戦っていた場所を中心に、金色の光が花火のようにはじけている。どうやら、あっちも悪意討伐が完了したらしい。

「お疲れ様です。術式、お見事でした」

 作戦開始前と変わらず、巫女姫セラフィーナが美しく笑う。私も笑い返した。そうするしか、なかった。

「セラフィーナ様たちも、お見事……でした……」
「ふふ、これくらい簡単なお仕事ですわ」

 微笑むセラフィーナのすぐ横に、武装神官たちが集合して整列する。あれだけ激しく戦っていたというのに、彼らの神官服には血のシミひとつない。

「作戦完了しました。戦闘中に受けた傷は全て完治。人的被害はゼロです」
「そう。みんな無事でよかったわ」

 ねえそれ、本当に無事って言うのかな?
 その光景を見ながら、私は一刻も早くメディアナに戻りたいと心の中で祈った。
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