巫女姫様ご一行
「なるほど、だからコキュートスは異常な成長を遂げることができたんですね」
「だと、思います」
「ふふふっ、レイラインについてこれほど造詣の深い方とお話したのは、初めてですわ」
「……買いかぶりですよ」
ギルド職員に巫女姫セラフィーナを紹介された私は、彼女と一緒にレイラインの中継ポイントを訪れていた。ジオと双子ドラゴンともども、セラフィーナの上等な馬車に乗せられたおかげで、予定よりずっと早く到着することができた。
時折聞こえるうめき声をバックに、私たちは周囲のマナを観察する。
彼女との相乗りを断れなかった理由はみっつある。
まず第一に、一度はお礼を言ったギルド職員手前、断りづらかったから。
第二に、セラフィーナの後ろに控える神官の『断ったらただじゃおかない』という圧が強すぎたから。
そして第三に、彼女が正確に中継ポイントを目指していたからだ。
巫女姫セラフィーナのパーティーは、コキュートス攻略上位ランカー。つまり、デュランダル神聖国から支援を受けてコキュートス探索を行っているパーティーだ。彼らがダンジョンを離れ、レイライン中継ポイントを目指すには理由があるはずだ。
それが何であれ、私の目的に関わってくるのは間違いない。彼女が何をするのか、見届ける必要があった。
「私、不思議だったんです。コキュートスの周りのマナは常に荒れ狂っていたでしょう?」
「そう……ですね」
私とレイラインについて議論する彼女は、普通の少女のように見えた。むしろ、博識で聡明だ。
後ろからうめき声が聞こえてこなければの話だけど。
「それが二か月前を境に、急に流れが変わってしまって。それで、レイラインの中継点にあたるこの場所を調べることにしたんですよ。まさか……一個人が起こしたこととは、思いませんでしたわ」
なるほど、メディアナで彼女と会ったのは偶然ではないらしい。
「こちらも、レイラインの変化はともかく、原因を推測して中継点まで来る人間がいるとは思いませんでしたよ」
これは本音だ。
レイラインの大いなる流れを正確に把握できる魔法使いは少ない。
「エリーさんの目的はわかりました。でも何故わざわざこんなことをしているんです?」
巫女姫はかわいらしく首をかしげる。
「国指定のパーティーにも入らず、魔術協会にも所属していないんですよね? どこからも評価されませんし、報酬も得られないのでは?」
「まあ、そうですね」
巫女姫に「独学で魔法を修めた魔女」と自己紹介した私は、ただの野良魔法使いである。実際の私も、勇者パーティーと魔術協会を追い出されてるから、過去はどうあれ野良なのは変わらない。
「しかし、放っておいたら大陸が滅びますから」
何も得るものがないからといって、滅びを見過ごすわけにもいかない。
そう言うと、セラフィーナは目を見開いた。
「見返りを求めず、ただ救済のために……?」
「それが私の仕事だと思うので」
「なんてすばらしい無償の愛なのでしょう! エリーさん、我が教会に帰依しませんか? あなたのような志ある方を、私たちデュランダル神聖国は歓迎します!」
いらねえ。歓迎すんな。
とは言えず、私はひきつった笑いを返す。
「そっ……それは光栄なことですね……! ですが、私は神聖な祈りの力は不得手ですし」
「大事なのは神を信じる心ですわ。あなたほど神官にふさわしい方はおりませんのに」
だから、大陸をどうにかしたい気持ちはあっても、君のところの太陽神を信じる気持ちはないから!
「私は、魔法使いでありたいのです」
「そうなんですか?」
「はい」
「……残念です」
巫女姫は小さく肩を落とすと、私から視線をそらした。
どうやら諦めてくれたらしい。
私は心の中でそっと胸をなでおろした。
デュランダル神聖国の神官になる? そんなの絶対お断りだ!
御者やってた神官を手近な木に逆さ吊りにして放置したまま、長々とレイライン談義に花を咲かせるような巫女姫と、一緒に仕事なんてできるわけないでしょーが!!
しかも御者が折檻された理由って、『馬車を揺らして、巫女姫様を不快にさせた』ってだけだからね?
そもそも馬車って揺れるものじゃね?
こんな森の奥まできておいて、揺れないとかないよね?
慈悲とか聖痕とかごちゃごちゃ言ってたけど、ただただ折檻がしたかっただけとしか思えない。
まさか、セクハラ勇者パーティー以上のブラックパーティーが存在するとは思わなかったわ!
っていうか、ジオもよくこんなパーティーに加入してたな?
「これから、レイラインの流れを変える術式を行うんですよね? 見学させてもらっても、よろしいですか?」
「……どうぞ」
目的を話した以上、レイライン修正の術式自体は秘匿事項でも何でもない。組み合わせは複雑だけど、使ってるのは基礎式ばかりだし。
私はセラフィーナに観察されながら術式を地面に書きつけ始めた。
半分くらい書いたところで、セラフィーナが手をあげる。
「なるほど……術式の基礎構成については理解しました」
「早いですね」
今までの話しぶりで、かなり優秀だとは思ってたけど予想以上だ。
「ここがマナの可視化構文、ここから先がマナの流量変化式ですわね。……でも、急にマナの流れを変えたらコキュートス側から反発が起きませんか?」
「それはこちらの防護壁で対抗します」
私は前回からさらに改良を加えて、七重になった防護壁の術式を指した。
「エリーさんの魔力で発動する仕掛けなんですのね。……お連れの護衛の力はお借りしないんですか?」
セラフィーナが、離れたところで待機している仮面の男と二頭の犬(に見せかけたドラゴン)を見た。
「か、彼らは野盗など物理的な害から守ってもらうために連れているので! 魔法使いの戦いに巻き込めませんわ!」
正体を隠すため、彼らは『戦闘で顔と喉を潰されたハンターと、その猟犬』と紹介している。当然ドラゴンソードもドラゴンブレスも秘密だ。この危険な巫女姫に手の内を見せるわけにはいかない。
ここは私ひとりでなんとかしないと。
……いざとなったら、なりふり構わず助けるつもりで、ずーっとジオとドラゴンたちが身構えてるのも感じてるけど。
「実際、今までは防護壁でなんとかしてきたわけです……からね……」
過去二か所の中継ポイントで何があったか知らない巫女姫は、術式をじっと見ながら考え込んでいる。
「ご納得いただけましたか?」
お願いだから納得しといてください。
これ以上胃の痛い想いをしたくないです。
祈るように彼女を見つめていたら、彼女はぱっと微笑んで顔をあげた。
「はい、とてもよくわかりましたわ! 術者にとっても負担のかかる術式だってことが!」
ぴく、と背後でジオが反応する。
そんなことも暴露しないでえええええええ……!
確かに負担ゼロとはいかないけど、耐えきれる範疇だからー!
「エリーさん、私もこの術式に協力させてください」
「きょ、協力ですか?」
「はい! 私の神聖力と神官たちの力を使って、コキュートスからの反発に対抗するのです」
言うが早いか、セラフィーナは地面いっぱいに広がった術式の一部を、ちょいちょいと書き換えた。術式に彼女の力が組み込まれる構成だ。
性格はともかく、巫女姫の力は絶大だ。折檻を受けてはいるけど、従えている武装神官たちも相当な実力者だと思われる。彼らがコキュートスからの悪意に対抗してくれるのなら、大幅な負担軽減になるだろう。前回ジオたちに助けてもらったのと同じだ。
でも、ここで彼女の手を借りていいんだろうか?
「え……っと」
「私はあなたの志に感銘を受けました。ぜひ後押しさせてください!」
きらきらした目に圧倒され、さらに神官たちに睨まれ、私は否応なく首を縦に振らされた。
「だと、思います」
「ふふふっ、レイラインについてこれほど造詣の深い方とお話したのは、初めてですわ」
「……買いかぶりですよ」
ギルド職員に巫女姫セラフィーナを紹介された私は、彼女と一緒にレイラインの中継ポイントを訪れていた。ジオと双子ドラゴンともども、セラフィーナの上等な馬車に乗せられたおかげで、予定よりずっと早く到着することができた。
時折聞こえるうめき声をバックに、私たちは周囲のマナを観察する。
彼女との相乗りを断れなかった理由はみっつある。
まず第一に、一度はお礼を言ったギルド職員手前、断りづらかったから。
第二に、セラフィーナの後ろに控える神官の『断ったらただじゃおかない』という圧が強すぎたから。
そして第三に、彼女が正確に中継ポイントを目指していたからだ。
巫女姫セラフィーナのパーティーは、コキュートス攻略上位ランカー。つまり、デュランダル神聖国から支援を受けてコキュートス探索を行っているパーティーだ。彼らがダンジョンを離れ、レイライン中継ポイントを目指すには理由があるはずだ。
それが何であれ、私の目的に関わってくるのは間違いない。彼女が何をするのか、見届ける必要があった。
「私、不思議だったんです。コキュートスの周りのマナは常に荒れ狂っていたでしょう?」
「そう……ですね」
私とレイラインについて議論する彼女は、普通の少女のように見えた。むしろ、博識で聡明だ。
後ろからうめき声が聞こえてこなければの話だけど。
「それが二か月前を境に、急に流れが変わってしまって。それで、レイラインの中継点にあたるこの場所を調べることにしたんですよ。まさか……一個人が起こしたこととは、思いませんでしたわ」
なるほど、メディアナで彼女と会ったのは偶然ではないらしい。
「こちらも、レイラインの変化はともかく、原因を推測して中継点まで来る人間がいるとは思いませんでしたよ」
これは本音だ。
レイラインの大いなる流れを正確に把握できる魔法使いは少ない。
「エリーさんの目的はわかりました。でも何故わざわざこんなことをしているんです?」
巫女姫はかわいらしく首をかしげる。
「国指定のパーティーにも入らず、魔術協会にも所属していないんですよね? どこからも評価されませんし、報酬も得られないのでは?」
「まあ、そうですね」
巫女姫に「独学で魔法を修めた魔女」と自己紹介した私は、ただの野良魔法使いである。実際の私も、勇者パーティーと魔術協会を追い出されてるから、過去はどうあれ野良なのは変わらない。
「しかし、放っておいたら大陸が滅びますから」
何も得るものがないからといって、滅びを見過ごすわけにもいかない。
そう言うと、セラフィーナは目を見開いた。
「見返りを求めず、ただ救済のために……?」
「それが私の仕事だと思うので」
「なんてすばらしい無償の愛なのでしょう! エリーさん、我が教会に帰依しませんか? あなたのような志ある方を、私たちデュランダル神聖国は歓迎します!」
いらねえ。歓迎すんな。
とは言えず、私はひきつった笑いを返す。
「そっ……それは光栄なことですね……! ですが、私は神聖な祈りの力は不得手ですし」
「大事なのは神を信じる心ですわ。あなたほど神官にふさわしい方はおりませんのに」
だから、大陸をどうにかしたい気持ちはあっても、君のところの太陽神を信じる気持ちはないから!
「私は、魔法使いでありたいのです」
「そうなんですか?」
「はい」
「……残念です」
巫女姫は小さく肩を落とすと、私から視線をそらした。
どうやら諦めてくれたらしい。
私は心の中でそっと胸をなでおろした。
デュランダル神聖国の神官になる? そんなの絶対お断りだ!
御者やってた神官を手近な木に逆さ吊りにして放置したまま、長々とレイライン談義に花を咲かせるような巫女姫と、一緒に仕事なんてできるわけないでしょーが!!
しかも御者が折檻された理由って、『馬車を揺らして、巫女姫様を不快にさせた』ってだけだからね?
そもそも馬車って揺れるものじゃね?
こんな森の奥まできておいて、揺れないとかないよね?
慈悲とか聖痕とかごちゃごちゃ言ってたけど、ただただ折檻がしたかっただけとしか思えない。
まさか、セクハラ勇者パーティー以上のブラックパーティーが存在するとは思わなかったわ!
っていうか、ジオもよくこんなパーティーに加入してたな?
「これから、レイラインの流れを変える術式を行うんですよね? 見学させてもらっても、よろしいですか?」
「……どうぞ」
目的を話した以上、レイライン修正の術式自体は秘匿事項でも何でもない。組み合わせは複雑だけど、使ってるのは基礎式ばかりだし。
私はセラフィーナに観察されながら術式を地面に書きつけ始めた。
半分くらい書いたところで、セラフィーナが手をあげる。
「なるほど……術式の基礎構成については理解しました」
「早いですね」
今までの話しぶりで、かなり優秀だとは思ってたけど予想以上だ。
「ここがマナの可視化構文、ここから先がマナの流量変化式ですわね。……でも、急にマナの流れを変えたらコキュートス側から反発が起きませんか?」
「それはこちらの防護壁で対抗します」
私は前回からさらに改良を加えて、七重になった防護壁の術式を指した。
「エリーさんの魔力で発動する仕掛けなんですのね。……お連れの護衛の力はお借りしないんですか?」
セラフィーナが、離れたところで待機している仮面の男と二頭の犬(に見せかけたドラゴン)を見た。
「か、彼らは野盗など物理的な害から守ってもらうために連れているので! 魔法使いの戦いに巻き込めませんわ!」
正体を隠すため、彼らは『戦闘で顔と喉を潰されたハンターと、その猟犬』と紹介している。当然ドラゴンソードもドラゴンブレスも秘密だ。この危険な巫女姫に手の内を見せるわけにはいかない。
ここは私ひとりでなんとかしないと。
……いざとなったら、なりふり構わず助けるつもりで、ずーっとジオとドラゴンたちが身構えてるのも感じてるけど。
「実際、今までは防護壁でなんとかしてきたわけです……からね……」
過去二か所の中継ポイントで何があったか知らない巫女姫は、術式をじっと見ながら考え込んでいる。
「ご納得いただけましたか?」
お願いだから納得しといてください。
これ以上胃の痛い想いをしたくないです。
祈るように彼女を見つめていたら、彼女はぱっと微笑んで顔をあげた。
「はい、とてもよくわかりましたわ! 術者にとっても負担のかかる術式だってことが!」
ぴく、と背後でジオが反応する。
そんなことも暴露しないでえええええええ……!
確かに負担ゼロとはいかないけど、耐えきれる範疇だからー!
「エリーさん、私もこの術式に協力させてください」
「きょ、協力ですか?」
「はい! 私の神聖力と神官たちの力を使って、コキュートスからの反発に対抗するのです」
言うが早いか、セラフィーナは地面いっぱいに広がった術式の一部を、ちょいちょいと書き換えた。術式に彼女の力が組み込まれる構成だ。
性格はともかく、巫女姫の力は絶大だ。折檻を受けてはいるけど、従えている武装神官たちも相当な実力者だと思われる。彼らがコキュートスからの悪意に対抗してくれるのなら、大幅な負担軽減になるだろう。前回ジオたちに助けてもらったのと同じだ。
でも、ここで彼女の手を借りていいんだろうか?
「え……っと」
「私はあなたの志に感銘を受けました。ぜひ後押しさせてください!」
きらきらした目に圧倒され、さらに神官たちに睨まれ、私は否応なく首を縦に振らされた。