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作者: タカば
怪しい一行
「馬車がない?」

 メディアナの町はずれで、ナンテンとホクシンと一緒に留守番をしていたジオは、私の報告を聞いて驚いた声を出した。仮面越しでも、びっくりしているのがわかる。
 私は肩をすくめる。

「どうも、近くのダンジョンで魔物大発生があったらしいわ。傭兵ギルドで管理している馬車は全部そっちで使ってるって」
「なら、仕方ないですね。街の防衛が都市所属の傭兵ギルドの主な仕事なのですから」
「問題は私たちのアシね」
「レイラインの中継点は、どこも人里離れた森の中ですからね……一番近い集落まででも、馬車を使わないと、行程に支障が出ます」

 順調に旅を進め、ふたつのレイラインを操作した私たちは、最後の中継ポイントへと向かっていた。ここメディアナは、そのポイントに一番近い都市である。私たちは近くの集落まで馬車に乗り、そこから徒歩で移動する計画を立てていた。目立つジオたちを置いて、傭兵ギルドに馬車レンタルの依頼を出しに行ってたんだけど、結果はまさかの在庫ゼロである。

「傭兵ギルド管理外の馬車が借りられたらいいけど……このメンバーじゃねえ……」

 私は、改めて旅のメンバーを確認する。
 髪から魔力をわざと抜いて黒髪になった、いかにも魔力のなさそうな魔女の私。仮面をつけた得体のしれない剣士のジオ。そして、体のマナを操作して見た目だけ犬に偽装したナンテンとホクシン。
 怪しい。
 めちゃめちゃ怪しい。
 白と黒の大型犬を連れた仮面の男を率いる黒髪の魔女って何だよ。三文小説にだってこんな怪しい悪の組織ご一行様は出てこない。
 当然、真っ当な業者はこんな連中に馬車を貸さない。乗合馬車にだって乗車拒否されるのが普通だ。それでもなんとかここまで街道沿いに移動してこれたのは、ノクトスギルドマスター・レオン直筆の紹介状のおかげだ。いざこざを仲裁していたらギルマスになった、という言葉は嘘ではなかったようで、こんな怪しい一行なのに、どこの傭兵ギルドへ行っても「レオンさんの頼みなら」と馬車を融通してもらえたのだ。
 しかし、馬車が物理的に存在しないのでは、紹介状パワーは使えない。

「ママはあの森のとこに行きたいんでしょ? ナンテンに乗ればいいよ」

 ツノと翼を隠し、白犬っぽく見せかけているナンテンが、私を見上げた。その頭をなでながら、私は苦笑する。
 ナンテンの気持ちはありがたいんだけど、その手を使うのは難しいかなー。
 どう説明しよう、と思っていたらホクシンがずい、と前に出た。

「森まで一気に行けるほど、まだ長く飛べないだろ」
「それはそうだけど~」

 ナンテンが口を尖らせる。
 ひとつの卵で育ったせいか、ふたりとも平均的な子ドラゴンとしては小柄で、未発達なんだよね。まだまだ長距離飛行できるほどの体力はない。

「だいいち、ナンテンの飛び方じゃ乱暴すぎて、ママが落っこちちゃうよ」
「も、もう落とさないもん!」
「一度落としかけたら十分なんだよ」

 そして、私が双子ドラゴンたちに乗らないもうひとつの理由がこれだ。
 ナンテンは元気で思い切りがいいのが長所だけど、飛び方も思い切りが良過ぎるんだよね……。

「ちゃ……ちゃんと練習してるもん」
「それは当たり前」
「う~~……」
「ホクシン、やめなさい。それは言い過ぎ」

 ぽん、とホクシンの頭に手を置いて言葉を遮る。
 確かにまだナンテンの背中に乗るのは無理だ。でも、こんな風に追い詰めていい話じゃない。

「人を乗せて飛べないのはホクシンも一緒でしょ」
「……う、はい」

 ナンテンとは対照的に、ホクシンは慎重派だ。でもその気質が災いしてか、いざ空を飛ぼうとしても腰が引けてしまって、よろよろ飛行になってしまう。これはこれで、危なっかしくて人を乗せられない。

「ナンテンにごめんなさいは?」
「……ごめん、ナンテン」
「うん……ごめん。ナンテンも考えなしだった……」

 ぺこ、とお互い頭を下げ合う、見た目犬っぽいドラゴン二頭。なんだかんだ言って、仲はいいんだよね。

「問題はこれからどうするかですね……」

 ジオが首をかしげる。私も首をかしげた。

「ダメもとで他の業者に頼んでみるか、ダンジョンから馬車が引き揚げてくるのを待つか、歩いていくか……」
「どれも、難しいですね。馬車がどうしても捕まらなければ、徒歩しかありませんが……時間がかかりますし、野盗に狙われる危険も増します」
「時間のロスは避けたいわ」

 私たちが遅れたら、そのぶん大陸全体のマナが目減りしてしまう。のんびりしているわけには、いかないのだ。
 ふたりして考えこんでいたら、傭兵ギルドのほうから人がやってきた。文官らしいベストを来た青年が手を振りながら近づいてくる。私の横でジオがぴくりと体を緊張させる。

「お知り合いですか?」
「さっき、馬車の件で対応してくれたギルド職員さんよ。どうかしたのかしら」
「エリーさん……ああ、よかった。まだいた」

 職員は私の前まで来ると、偽名で呼んで頭をさげる。

「どうされました?」
「馬車が手配できなくて、困っていたでしょう? ちょうど、持ち馬車で同じ方向に行く方がいましてね。エリーさんの話をしたら、一緒に乗せていってくださると」
「そうなんですか? 助かります!」

 なんていいタイミング。渡りに船とはこういうことを言うんだろう。

「あ……でも、このメンバーで大丈夫ですか?」

 私はちら、と横に立つ仮面の青年と、二頭の犬のフリをしているドラゴンを見る。

「ええ、それは大丈夫です。説明した上で了解いただいておりますので」
「そうなんですか。心の広い方ですね」
「そりゃあもう! デュランダル神聖国の慈悲深き巫女姫様ですから!」
「へっ……!」

 びくっ、とジオが体をこわばらせた。
 職員の後方から、真っ白な装束を着た一団がこちらにやってくる。先頭に立つのは美しい金髪の少女だ。その後ろには屈強な武装神官が何人も付き従っている。
 少女は私の前まで来ると、にっこりとほほ笑んだ。職員がぺこぺこと頭をさげる。

「巫女姫セラフィーナ様! 相乗りの件ありがとうございます!」
「ふふ、弱き者に手を差し伸べるのが巫女姫の務めですから」

 少女のシミひとつない、真っ白なローブには金糸で太陽神のシンボルが縫い取られていた。デュランダル神聖国では、最高位の神官か巫女姫にしか許されていない意匠だ。そして何より、体中からあふれる、神々しいまでの神聖力。間違いない、本物の巫女姫だ。
 巫女姫は、ふっくらとした白い手を私に差し出した。

「短い道中ですが、仲良くいたしましょう? エリー……さん?」
「……ヨロシク、オネガイシマス」

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