ひとりでしないで
「この旅の目的は、元々レイラインを正して『コキュートス』へのマナ供給を断つことだもの。レイライン操作の術式はやめないわよ」
私がきっぱり断言すると、ジオは心配そうにため息をついた。
「しかし、あれを行使すれば、コキュートスから攻撃されます」
ジオに言われ、私は前回のことを思い出す。コキュートスから放たれた、黒い何か。スバルが助けてくれなかったら、私は今頃悪意に飲まれて命を落としていただろう。
確かにあれは危険だと思う。
だからといって、退くわけにはいかない。
「今度は何が起こるかわかってる。あらかじめ、対抗手段を用意すれば大丈夫よ」
「それが、これですか?」
ジオは地面いっぱいに広がった術式を見やる。私は大きく頷いた。
「マナのルート操作を半自動化して、さらに逆流してきたマナを術者を介さずに解放する設定に変えたわ。あの時みたいに、身動きが取れなくなることはない。さらに、黒い何かが襲ってきた時のための防護壁を五重に展開する。あれがどれだけ強くても、そう簡単に突破できないわよ」
「だといいんですが」
それでも心配ってことなんだろう。
「パパ、僕もママと一緒に術式を支えるから大丈夫だよ」
「ホクシンが、がんばってくれてるのは、ちゃんと知ってるよ」
ジオは憂鬱そうな顔のまま、ホクシンの頭をなでる。
理論上、充分な強度があるんだけどなー。でもどれだけ言葉を重ねたところで、魔法に明るくないジオから見たら、ただ『大丈夫』って連呼してるだけに見えるんだろう。
困ったな。こればっかりは証明してみせるってわけにいかないし。
「ママが心配なら、ナンテンが守るよ!」
ひょこ、とナンテンがその白い頭を突き出してきた。
「黒いのが来たら、母様みたいにブレスでどかーんってやるの! それならパパも安心でしょ?」
「いやそれナンテンひとりじゃ無理でしょ」
ナンテンが元気なのは知ってるけど、さすがに古竜レベルの出力は期待できない。話を聞いていたホクシンが口をはさんだ。
「パパと一緒にやれば? 母様の剣を使えば、パパもアレを切れると思うよ」
「確かに、あの力があれば可能……?」
黒い剣が破格の力を持っているのは証明済みだ。そして、ドラゴンの血をひくジオが、その力を十分に引き出せることも。
でもそれは、ジオとナンテンを最前線で戦わせることを意味しているわけで……。
私が迷っているうちに、ジオは両手で双子ドラゴンたちの頭をくしゃくしゃとなでた。
「いいアイデアですね。悪意は俺とナンテンが対処しましょう」
「ふたりとも、危険よ!」
「ついさっき全く同じセリフを俺に言わせたあなたが、それを言いますか?」
「う……」
痛いところを突かれた。
どう答えたものかと思っていたら、ジオが色違いの瞳で私をじっと見つめてきた。
「あなたが言ったんでしょう。ただ命令に従う奴隷ではなく、自分の頭で考える仲間がほしいと。ひとりで問題を抱え込まずに、俺たちを頼ってください」
「あ……」
言われて、気が付いた。
頼れ、なんて優しい言葉をもらうのが、ほぼ初めてだったことに。
魔術協会にいたころは、周り全部が競争相手だった。男の魔法使いに気を許そうものなら、研究結果を横取りされる。後輩魔女たちは、全員等しく守るべき存在だった。
勇者パーティーの連中は、自分の仕事すらもまともにやらない問題児ばかりで、私が尻拭いして回らなくちゃ、攻略を進められない。
ジオが仲間になってから仕事を頼むようになったけど、それだって完全な『指示』だ。問題解決を任せたり、彼の自発的な助力を進んで受け入れたことはなかった。
周りに要求されるばかりで、誰にも期待できなくて。
気が付けば誰かに何かをしてもらおうって気さえなくなっていた。
ひとりで何でもできるわけじゃないのに。
「わか……った」
「エリス?」
ジオたちを危険にさらすのは怖い。
失ったらって思っただけで、ぞっとする。
だからって、恐怖にかられて全部自分で抱えてたら、何も変わらない。
(知らなかったなあ…… )
人を信じて頼るって、こんなに勇気がいることだったんだ。
でも、きっとジオなら。
「あなたを頼るわ、ジオ。私とホクシンはレイライン操作に集中する。ジオとナンテンはコキュートスから差し向けられた悪意に対抗して」
「はい」
ジオがやっと明るい顔で返事した。その横で白黒ドラゴンコンビがぱたぱたと羽をはばたかせる。
「わかったー!」
「任せて、ママ」
どうやら、私はいい仲間を持ったらしい。
私がきっぱり断言すると、ジオは心配そうにため息をついた。
「しかし、あれを行使すれば、コキュートスから攻撃されます」
ジオに言われ、私は前回のことを思い出す。コキュートスから放たれた、黒い何か。スバルが助けてくれなかったら、私は今頃悪意に飲まれて命を落としていただろう。
確かにあれは危険だと思う。
だからといって、退くわけにはいかない。
「今度は何が起こるかわかってる。あらかじめ、対抗手段を用意すれば大丈夫よ」
「それが、これですか?」
ジオは地面いっぱいに広がった術式を見やる。私は大きく頷いた。
「マナのルート操作を半自動化して、さらに逆流してきたマナを術者を介さずに解放する設定に変えたわ。あの時みたいに、身動きが取れなくなることはない。さらに、黒い何かが襲ってきた時のための防護壁を五重に展開する。あれがどれだけ強くても、そう簡単に突破できないわよ」
「だといいんですが」
それでも心配ってことなんだろう。
「パパ、僕もママと一緒に術式を支えるから大丈夫だよ」
「ホクシンが、がんばってくれてるのは、ちゃんと知ってるよ」
ジオは憂鬱そうな顔のまま、ホクシンの頭をなでる。
理論上、充分な強度があるんだけどなー。でもどれだけ言葉を重ねたところで、魔法に明るくないジオから見たら、ただ『大丈夫』って連呼してるだけに見えるんだろう。
困ったな。こればっかりは証明してみせるってわけにいかないし。
「ママが心配なら、ナンテンが守るよ!」
ひょこ、とナンテンがその白い頭を突き出してきた。
「黒いのが来たら、母様みたいにブレスでどかーんってやるの! それならパパも安心でしょ?」
「いやそれナンテンひとりじゃ無理でしょ」
ナンテンが元気なのは知ってるけど、さすがに古竜レベルの出力は期待できない。話を聞いていたホクシンが口をはさんだ。
「パパと一緒にやれば? 母様の剣を使えば、パパもアレを切れると思うよ」
「確かに、あの力があれば可能……?」
黒い剣が破格の力を持っているのは証明済みだ。そして、ドラゴンの血をひくジオが、その力を十分に引き出せることも。
でもそれは、ジオとナンテンを最前線で戦わせることを意味しているわけで……。
私が迷っているうちに、ジオは両手で双子ドラゴンたちの頭をくしゃくしゃとなでた。
「いいアイデアですね。悪意は俺とナンテンが対処しましょう」
「ふたりとも、危険よ!」
「ついさっき全く同じセリフを俺に言わせたあなたが、それを言いますか?」
「う……」
痛いところを突かれた。
どう答えたものかと思っていたら、ジオが色違いの瞳で私をじっと見つめてきた。
「あなたが言ったんでしょう。ただ命令に従う奴隷ではなく、自分の頭で考える仲間がほしいと。ひとりで問題を抱え込まずに、俺たちを頼ってください」
「あ……」
言われて、気が付いた。
頼れ、なんて優しい言葉をもらうのが、ほぼ初めてだったことに。
魔術協会にいたころは、周り全部が競争相手だった。男の魔法使いに気を許そうものなら、研究結果を横取りされる。後輩魔女たちは、全員等しく守るべき存在だった。
勇者パーティーの連中は、自分の仕事すらもまともにやらない問題児ばかりで、私が尻拭いして回らなくちゃ、攻略を進められない。
ジオが仲間になってから仕事を頼むようになったけど、それだって完全な『指示』だ。問題解決を任せたり、彼の自発的な助力を進んで受け入れたことはなかった。
周りに要求されるばかりで、誰にも期待できなくて。
気が付けば誰かに何かをしてもらおうって気さえなくなっていた。
ひとりで何でもできるわけじゃないのに。
「わか……った」
「エリス?」
ジオたちを危険にさらすのは怖い。
失ったらって思っただけで、ぞっとする。
だからって、恐怖にかられて全部自分で抱えてたら、何も変わらない。
(知らなかったなあ…… )
人を信じて頼るって、こんなに勇気がいることだったんだ。
でも、きっとジオなら。
「あなたを頼るわ、ジオ。私とホクシンはレイライン操作に集中する。ジオとナンテンはコキュートスから差し向けられた悪意に対抗して」
「はい」
ジオがやっと明るい顔で返事した。その横で白黒ドラゴンコンビがぱたぱたと羽をはばたかせる。
「わかったー!」
「任せて、ママ」
どうやら、私はいい仲間を持ったらしい。