▼詳細検索を開く
作者: タカば
第二レイライン
「ここをこうして……こう……」

 最初のレイライン中継ポイントを修正してから半月後、私は新たな中継ポイントに到着していた。ノクトス南西に位置する森の奥である。
 ふたたびレイラインを修正するため、せっせと大地に術式を書き込んでいると、すぐそばから声がかかった。

「ママ、このへんの術式書き終わったよー!」

 顔をあげると、黒い毛並みの子ドラゴン、ホクシンがこちらに向かってやってくる。彼の前脚には私が持っているのと同じ、魔術用のペンが握られていた。

「ホクシン、ご苦労様。……うん、どこの記述も正確で綺麗ね」
「ボク、役にたった?」
「すごーく助かってるわ! いい子ねホクシン」

 わしわし、と頭をなでてあげると、ホクシンはもふもふの頭を私に擦り付けてきた。柔らかな羽毛が当たって気持ちいい。
 大量のマナをあびてやっと孵化した双子ドラゴンは、結局私たちと一緒に旅をすることになった。本来ドラゴンは十年ほどを母親と過ごして、地上の生き方を学ぶものなんだけど、無理な抱卵のせいでスバルは天に返っちゃったからね……。
 行く当てのない二頭をどうにも放っておけなくて、結局連れてきてしまった。
 産まれたばかりのドラゴン連れの旅なんて、お尋ね者の傭兵連れよりさらに狙われそうなパーティー構成になってしまったけど、仕方ない。
 だって。

「ママ、大好き」

 卵にマナを注いだ第二の母として、ママ呼びしてくるもふもふドラゴンを突き放すような真似、できるだろうか。
 いや私にはできない。

「産まれたばかりなのに、魔法に詳しいなんてすごいわねー」
「卵の中にいる間、母さんがたくさんお話してくれたから。使ったことはないけど、リロンはたくさん知ってるよ」
「スバルは卵を抱いてる間、ずっとあなたたちに語りかけてたのね」

 双子の抱卵期間は、本来の子育て期間の約三倍だ。そう考えると、彼らは普通のドラゴンよりずっと長い間、母親と共にいたとも言える。

「ママー! ただいまー!」

 話していると、元気な声が聞こえてきた。
 ホクシンと一緒に声のした方向を見ると、真っ白な毛並みの子ドラゴンがごきげんで走ってくる。その後ろから、黒髪の傭兵が姿を現した。彼は何故か、肩に大きな鹿を担いでいる。

「大物捕まえたよー!」

 ナンテンが勢いよく胸に飛び込んできた。私は彼女を受け止めると、ホクシンにしてあげたのと同じように、わしわしと頭をなでてあげる。毛並みが柔らかいのは一緒だけど、色が白いぶんホクシンよりちょっとひんやりしていた。

「鹿一頭かあ……またすごいのを狩ってきたね……」
「ナンテンが見つけて追い込んだらね、パパがズバっと仕留めちゃったの!」

 ジオは担いでいた獲物をどさりと置いた。鹿はまるまると太っていて、食べ甲斐がありそうだ。解体し甲斐もありそうだけど。

「こんな大型の獣、短刀で仕留められると思ってなかったんですけどね。試しに攻撃してみたら、首ごと斬り落としてしまって」

 なにそれ怖い。
 ドラゴンの剣、強すぎじゃないのか。
 私の持つ古竜の逆鱗といい、ツノの剣といい、人の手に余るレベルのお宝である。

「すごいでしょ! すごいでしょ!」

 ナンテンがぶんぶんとしっぽを振る。私はもう一度彼女の頭をわしわしとなでた。

「いい子ね、ナンテン!」
「えへへ~……」

 うちの子、かわいすぎか。
 夢中でなでていると、ナンテンが唐突に顔をあげた。金の瞳が不思議そうに私を見上げる。

「ねえ、パパはほめてあげないの?」
「え?」
「いいことしたら、なでなでがごほうびなんでしょ? エモノを仕留めたのはパパなんだから、パパもいっぱいなでてあげなくちゃ!」
「お……おう」

 この子たちがパパと呼んでいるのは、もちろんジオだ。彼も卵にマナを注ぐ仲介役をしていたから、私と同様に第二の父と認識されている。
 理屈はわかるんだけど、その呼び方だとまるで私たちが夫婦みたいに聞こえるから、どうにかしてほしい。いやパパ、ママ、と慕ってくれる姿はめちゃくちゃかわいいんだけど。
 私はちらりとジオを見た。
 子供を教育するにあたり、あっちはいいけど、こっちはダメというダブルスタンダードはご法度だ。平等に接するなら、ジオの頭もなでるべき……の、はず……?

「えーと」
「ど……どうぞ?」

 私の迷いを察したジオが、膝をついて頭を差し出してきた。二頭が見守る中、わしわし、とジオの頭をなでる。少しクセのあるジオの髪は、ドラゴンのもふもふした羽毛と違ってさらさらしている。でもそれがかえって心地よかった。
 っていうか、ドラゴンと一緒になって頭をなでられてる成人男性かわいいな!
 このままずっとなで続けたいとか、あらぬ欲望にかられてしまいそうになる。
 本気でやったら、完全セクハラだからやらないけど!
 いや、これも十分セクハラっぽいのか……?

「ジオ、ありがとう」

 めちゃくちゃに後ろ髪を引かれつつ、手を離す。我慢した私、えらい。
 ジオはゆっくりと体を起こした。

「血抜きはしてあるので、解体は俺がやります。後処理をお願いしていいですか」
「いいわ、食材の扱いは慣れてるから」

 魔女の薬は食にも通じている。
 術の使い方によっては、仕留めたばかりの獣の肉でも食べごろお肉に変えることができるのだ。育ち盛りの子ドラゴンには、たくさんお肉を食べてもらわないと!

「そちらの首尾はどうですか?」

 早速鹿の腹にナイフを入れながら、ジオが尋ねてきた。
 ふふん、とホクシンが誇らしげに胸をそらす。

「ママとボクのふたりでやったからね! もうすぐ術式が完成するよ」
「……やっぱり、やるんですか?」

 上機嫌な私たちとは対照的に、ジオの表情が曇った。

Twitter