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作者: タカば
慈悲の巫女姫(セラフィーナ視点)
 瞑想をやめて、私は目を開いた。

「巫女姫様、どうされました?」

 自分に仕える神官のひとりが、怪訝そうに声をかけてくる。私が今まで瞑想を中断したことなど一度もなかったからだ。

「気になることが、あって」

 それ以上の説明が億劫になり、私は言葉を切った。
 尋ねても無意味だと悟ったのか、神官はすっと頭を下げて引き下がる。
 今日の瞑想の目的は、巨大ダンジョン『コキュートス』周辺のレイライン調査だった。コキュートスの周囲は、レイラインが複雑に絡み合い、あちこちでマナの吹き溜まりができている。他の場所ではあり得ない状態だ。まだ確証はないが、コキュートスを異常なダンジョンたらしめている原因のひとつとだと思われる。
 だから、ダンジョン探索だけでなく定期的に瞑想し、レイラインの変化を観察していたのだけど。
 今日になって、急にマナの流れが変わった。
 コキュートスにマナを注ぎ込む、レイラインのひとつが揺らいだのだ。
 レイラインが姿を変える様を観察していると、突然ダンジョンの奥からどす黒い何者かが現れた。ソレは怒りも露わに、ゆらぐレイラインをさかのぼっていく。己からマナを奪う存在を絶対に許さない、という強い意志の塊だった。
 私も意識をレイラインに乗せて、こっそり後を追う。
 黒い何かは強大な力を持っている。
 コレが辿り着いたが最後、レイラインに干渉する何かは破壊されるだろう。
 しかし、黒い何かは、対象を攻撃しようとした瞬間消し飛んだ。
 視覚で捉えたわけではないが、マナの質でわかる。強烈なドラゴンのブレスだ。
 レイラインに干渉した何かとは別に、力あるドラゴンが攻撃を加えたらしかった。
 揺らいでいたレイラインが完全に切断され、コキュートスに流れこんでいたマナが止まる。あれほど荒れ狂っていた周辺のマナが、わずかながらに凪いでいた。
 このレイラインの変化は人為的なものだ。
 誰かが、高度な術式を用いてレイラインを捻じ曲げたのだ。
 コキュートスが捻じ曲げたレイラインを元に戻した、と言うほうが正しいか。
 自分以外に、レイラインの異常に気づいた者がいるとは驚きだった。
 そしてもう一つ驚いたのが……。

「何故、ジオの気配があそこに?」

 黒い何かが向かった先、レイラインに干渉した何かの先に、美しい金の輝きを感じた。
 ドラゴンと人間の力を併せ持つ、完璧な青年ジオだ。
 一目で心奪われた、あの美しい青年の魂を私が見間違うはずがない。
 何故、あんなところに。
 彼は強く美しいけど、ちょっと頭が足りない男だった。
 私が愛してあげると言っているのに、その得難い恵みを一切理解しなかった。
 体をなでてあげると言っても、その瞳にキスしてあげると言っても、全然笑わない。
 私がこれほどまでに慈しんであげているのに。
 きっと、頭が悪すぎて、愛を理解できなかったんだと思う。
 でもその程度で見放すほど、私は薄情じゃない。
 ちゃんと私の愛が理解できるよう、じっくり考えられる環境を整えてあげた。
 魂を縛り、体を縛り、声を縛る。
 歩くこともままならず、誰とも言葉を交わせず、他に何もできない状況に追い込まれたら、きっと私のことしか考えられなくなる。
 じっくり反省すれば、いくら頭の悪いジオでも、愛を理解すると思ったのに。
 三か月前のある日を境に、ジオの気配はぷっつりと途切れてしまった。
 一晩のうちに、綺麗さっぱり呪いの力が失せてしまったのだ。
 慌てて様子を見に行ったけど、そこにジオの姿はなかった。酒場の主人の話では青髪の魔女とともにどこかへと旅立ったらしい。
 その魔女が呪いを解いたとしか思えない状況だけど、それはそれで信じがたい。
 私はありったけの愛情を注いで彼を呪ったのだ。
 一介の魔女ごときの技で、どうにかなるモノではない。

「でも……レイラインを操っていたのが、その魔女だったとしたら」

 大いなるマナの奔流をねじまげる。
 人の身でこんな奇跡を起こせる魔法使いが只者であるわけがない。そんな人間なら、ジオの呪いを解いてもおかしくない。
 だが、それほどの実力を備えた魔女が、魔術協会にいただろうか。
 あそこは力ある少女を巫女姫とあがめる教会と違い、男社会だ。女が頭角を現すことなどまずありえないのだけど。

「ただいま戻りました」

 神官の声が私の思考を遮った。
 そちらに目を向けると、外出していた神官数名が並んでいた。彼らの表情は一様に暗い。
 きっと今日も私の命令を遂行できなかったのだろう。

「成果は?」

 それでも一応尋ねてやる。
 神官の一人が唇をわななかせながら、答えた。

「いえ……見つかりませんでした。申し訳ありません」

 私は、傍らに置いてあった鞭に手を伸ばした。
 それを見て神官たちが顔をこわばらせる。

「愚図ですね」

 ジオを見つける。
 彼らはただそれだけの命令すら遂行できない無能どもだ。

「し、しかし……ジオはおろか、青髪の魔女の姿さえ誰も目撃していません! これ以上探し回っていても」
「お黙りなさい」

 バシン、と音がして神官の顔に赤いスジができた。
 私に鞭うたれて聖痕が刻まれたのだ。

「あなたたちは失敗した、結果はそれだけです」
「は……い」
「……慈悲を与えます」

 私が宣言すると、ジオ捜索にあたっていた神官たちが一様に上着を脱ぎ、私に背を向けた。彼を見失ってからというもの、失敗続きの彼らの背中にはいくつもの聖痕が刻まれている。

「任務失敗は本来、命を持って償うべき罪。それを許し、さらに聖なる力を込めた印を刻む温情に、感謝なさい」

 鍛え抜かれた武闘神官の肌に鞭をふるう。鋭く刻まれた筋からは、みるみるうちに真っ赤な血が滲みだした。
 ひとつ。
 ふたつ。
 私の手で、聖痕が描かれていく。
 あまりの美しさに、ぞくぞくと気持ちが高揚していく。
 ああ、ジオ。
 あなたに聖痕を刻んだら、どれほど心地いいだろうか。
 私の愛から逃げ出すなんて、許されざる大罪だ。きっと背中に鞭打った程度じゃ浄化しきれない。
 しかし、どれだけ手がかかろうとも、私はジオを見捨てることはない。
 全身余すところなく聖痕で埋めて、今度こそ私の愛を理解させるのだ。

「あなたたち、支度しなさい」

 慈悲を与え終えた私は、静かに命令を下した。

「……は?」
「手がかりを見つけました」

 にっこり笑って、私は旅立った。

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